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欧州重要原材料法案の公表
はじめに
2023年3月16日付けで、欧州委員会は欧州重要原材料法(European Critical Raw Materials Act)案を公表した。法案では、(1)欧州域内生産能力の強化(採掘、加工、リサイクル)と重要原材料毎のベンチマークの設定、(2)輸入依存が継続するとの前提の下での調達先多様化、(3)市場監視機能の整備、(4)サーキュラリティ・持続可能性の向上の4本を柱としている。以下、同法案等について概説する。
1.重要原材料と戦略的重要原材料
欧州委員会は2011年から重要原材料(Critical Raw Materials)リストを策定しており、3年毎に更新されてきた(2014年、2017年、2020年)が、これまでは法律に基づかず、予算等との関連も薄かった。
今般、重要原材料リストが初めて法的に位置づけられ、このうち特に重要なものを戦略的重要原材料(Strategic Raw Materials)として定義し、本法による支援措置等の対象としている。
(1)戦略的重要原材料リスト
戦略的重要原材料については、グリーン・デジタルの両トランジションや防衛・宇宙に関連する原材料でありこうした分野の技術における需要が多く見込まれ、戦略的重要性・将来需要の増加・生産量増加の困難性が認められるものとして、以下が指定されている。リストは4年毎に更新される。
(戦略的重要原材料リスト)
ビスマス | ホウ素(※1) | コバルト | 銅 |
ガリウム | ゲルマニウム | リチウム(※2) | マグネシウム金属 |
マンガン(※2) | 天然グラファイト(※2) | ニッケル(※2) | 白金族 |
磁石用レアアース(※3) | シリコン金属 | チタン金属 | タングステン |
(※1)冶金グレードに限る。
(※2)バッテリーグレードに限る。
(※3)ネオジム、プラセオジム、テルビウム、ジスプロシウム、ガドリニウム、サマリウム、セリウムに限る。
(2)重要原材料リスト
重要原材料については、戦略的重要原材料に加えて、供給リスクと経済的重要性を過去5年のデータに基づき計算の上、その両方で閾値を超えるもの(従来と同様の手法)が位置づけられている。リストは戦略的重要原材料と同様に今後は4年毎に更新される。
今回指定されたのは次の34種であり、2020年リストと比較して6種増(ヒ素、銅、長石、ヘリウム、マンガン、ニッケル)2種減(インジウム、天然ゴム)となっている。
(重要原材料リスト)
アンチモン | ヒ素 | ボーキサイト | バライト |
ベリリウム | ビスマス | ホウ素 | コバルト |
原料炭 | 銅 | 長石 | 蛍石 |
ガリウム | ゲルマニウム | ハフニウム | ヘリウム |
重希土類 | 軽希土類 | リチウム | マグネシウム |
マンガン | 天然グラファイト | ニッケル(※) | ニオブ |
リン鉱石 | リン | 白金族 | スカンジウム |
シリコン金属 | ストロンチウム | タンタル | チタン金属 |
タングステン | バナジウム |
(※)バッテリーグレードに限る。
2.戦略的重要原材料のベンチマークの設定
この法案の目的は、重要原材料の安全で持続可能な供給へのアクセス確保のためのフレームワークを構築することで、EU内のマーケット機能を改善することとしており、この達成に向けてベンチマークが設定されている。
具体的には、戦略的重要原材料全体でのEU域内供給キャパシティに係るベンチマークとして、2030年までに、域内採掘(Extraction)については域内需要の10%、域内加工(Processing)については同40%、域内リサイクル(Recycling)については同15%を目指す。また、個々の戦略的重要原材料の第三国(Several third countries)への依存度を2030年までに65%以下とする。これらの達成状況が不十分な場合には、追加的対策を検討する。
3.戦略的プロジェクトの特定・支援
EUの重要原材料バリューチェーンの強化のため、戦略的重要原材料の安定供給確保に資するプロジェクトを戦略的プロジェクト(Strategic Project)として特定し、許認可プロセスの迅速化やファイナンスアクセスの改善を図る。
(1)クライテリア
戦略的プロジェクトの主要なクライテリアは、次のとおり。
- 1)EUの戦略的重要原材料の安定供給の強化に貢献するものか(域外プロジェクトについては、戦略的パートナーシップや原材料に係る条項を含むFTAにより貿易・投資環境が保証されているか、欧州向けのオフテイク契約を結ぶ予定があるか、調達先多様化に貢献するものであるか等も評価)
- 2)十分な技術的フィージビリティを有しているか
- 3)高い持続可能性基準(欧州デューデリジェンス規則やOECDデューデリジェンスガイダンス、UNビジネスと人権原則など)を満たしているか
- 4)域内プロジェクトについては、クロスボーダーでのベネフィットがあるか(少なくとも2つ以上の加盟国に裨益する必要)
- 5)域外プロジェクトについては、相互に裨益するものであるか
申請プロジェクトのクライテリアへの適合性については、本法案により創設する欧州原材料委員会(European Critical Raw Materials Board、以下「Board」)が審査し、欧州委員会に助言を行う。
(2)許認可プロセスの迅速化
戦略的プロジェクトについては、許認可プロセスに係る各国ワンストップ窓口を設置される。戦略的プロジェクトは優先処理案件として位置づけられ、短期間での許認可プロセスが実施される。採掘については24か月、加工・リサイクルについては12か月を超えてはならないとされ、期限内に包括的決定がなされない場合は許認可が付与されたものとみなされる(理事会指令等において環境影響評価の実施が特に求められている場合を除く)。戦略的プロジェクトにおいては環境影響評価プロセス統合的な実施・調整が求められるほか、パブリックコンサルテーション期間は90日以内としなければならない。また、国・地域・地方自治体のゾーニング等において、重要原材料プロジェクト開発を位置づける必要がある。
(3)ファイナンスアクセスの改善
戦略的プロジェクトに対するファイナンスアクセス改善を図るため、Boardの下にサブグループを設置し、既存ファイナンスツール(追加の民間資金、欧州投資銀行(EIB)や欧州復興開発銀行(EBRD)、加盟国支援策など)を考慮し、プロジェクトのニーズに応じたファイナンス方法を調整する。
なお、法案と同時に公表された影響評価レポート(Impact Assessment Report)では、重要原材料ファンド(CRM Fund)についての検討がなされていたが、これは法案には盛り込まれていない。ただし、法案の前文において、重要原材料バリューチェーンにとって債務保証、融資、出資等の公的支援は必要であるとした上で、State aidに関して、現行の緩和されたガイドラインの下で、民間資金との重複や締め出し、市場競争の歪曲につながるものではないとの前提の下、EUにとって明確な付加価値のある重要原材料バリューチェーンへの公的支援は十分に可能であるとしている。
4.リスクのモニタリングと軽減
(1)モニタリング
欧州委員会は、重要原材料に関する供給リスクのモニタリング(貿易フロー、需給、供給の集中、EU・全世界のバリューチェーン各段階における生産能力)を実施する。モニタリング情報についてはウェブサイトで公表し、モニタリングダッシュボードを定期的に更新する。また、戦略的重要原材料のサプライチェーンに係るストレステストを少なくとも3年毎に実施する。供給混乱リスクが生じた場合には、欧州委員会は加盟国、Board、EU危機監視・対応メカニズム部局に対して警告する。
加盟国は、重要原材料に関する自国内プロジェクトの情報を提供する。また、主要な市場オペレーターを特定し、情報収集・提供を行う。
(2)備蓄
加盟国は、戦略的重要原材料の備蓄状況に関する情報(利用可能な備蓄水準、備蓄水準の推移、戦略的備蓄のルール・手続)を欧州委員会に提出する。
欧州委員会は、Boardの見解も踏まえ、戦略的重要原材料のEU域内備蓄の安全水準を示すベンチマークを設定するとともに、全体の備蓄水準を評価し、越境融通の可能性を把握する。また、加盟国に対して、備蓄水準の積み増しや越境融通のための措置について(拘束力のない)勧告をすることができる。
(3)企業リスクへの備え
域内で戦略的重要原材料を使用して戦略的技術(※)を製造する大企業は、2年毎にサプライチェーン監査(戦略的原材料のマッピング、サプライチェーンストレステスト)が義務付けられる。
(※)エネルギー貯蔵・eモビリティ用バッテリー、水素・再生エネルギー関連危機、トラクションモーター、ヒートポンプ、データ関連機器、モバイル電子機器、3Dプリンター、ロボット、ドローン、ロケットランチャー、衛星、先端チップなど
(4)共同調達
欧州委員会は、戦略的重要原材料の需給を集約するシステムを設け、運用する。システムに参加する企業と加盟国当局は、透明性を確保した上で、価格やその他の条件等について共同調達の交渉を行うことができるほか、より良い条件での契約や供給不足防止のために共同調達を行うことができる。
5.サステナビリティ
(1)サーキュラリティ、リカバリ
加盟国はサーキュラリティ向上に向けた国家プログラム(廃棄物の回収促進、製品・部品のリユース促進、研究開発、労働力確保、リサイクル材利用促進)を法施行後3年以内に実施する。
鉱山廃棄物からの重要原材料のリカバリを促進する。鉱山操業者に対してリカバリ可能性に関する予備的経済評価を義務付けるほか、加盟国は閉鎖鉱山廃棄物施設に関するデータベースの整備とサンプリング等による詳細調査を実施する。
(2)永久磁石のリサイクラビリティ、リサイクル材利用
磁石関連製品(※1)を市場に供給する者は、永久磁石の利用有無、その種類(※2)について、法施行後3年以内にラベリングしなければならない(防衛・宇宙用途を除く)。
(※1)磁気共鳴画像装置、風力発電機、産業ロボット、モーター車両、軽車両、冷却器、ヒートポンプ、電気モーター(自動洗濯機、回転式乾燥機、電子レンジ、掃除機、食洗器に含まれるものを含む)
(※2)1)ネオジム・鉄・ホウ素、2)サマリウム・コバルト、3)アルミニウム・ニッケル・コバルト、4)フェライト
1)~3)については製品にデータキャリア(位置、重要、取り外し方法等)の同梱・添付が義務付けられる(法施行後3年以内)。
また、1)~3)であって0.2kg超の永久磁石を含む製品について、含有する原材料情報(※3)のウェブサイトでの公開を義務付け(法施行後3年以内又は委任法令施行後2年以内のいずれか遅い方)。
2030年12月31日以降、欧州委員会は、リサイクル材(※3)の最低含有量を義務化することができる。
(※3)ネオジム、ジスプロジウム、プラセオジウム、テルビウム、ホウ素、サマリウム、ニッケル、コバルト
(3)環境
重要原材料のサステナビリティに係る認証スキームを開発し、その運用を監督する政府又は機関は、当該スキームの承認を欧州委員会に申請することができる。認証スキームを承認する場合には、その旨を実施法令にて担保するものとする。
欧州委員会は、重要原材料の環境フットプリントの計算・認証方法を制定することができる。
6.戦略的パートナーシップ
前述(3.)のとおり、域外での戦略プロジェクトの選定にあたっては、戦略的パートナーシップや原材料に係る条項を含むFTAにより貿易・投資環境が保証されているかを要件として求めている。EUは、カナダ、ウクライナ、ノルウェー、カザフスタン、ナミビアとの間で戦略的パートナーシップを締結し、重要原材料バリューチェーンの整備やESG(環境・社会・ガバナンス)基準の適用等について合意している。また、ニュージーランド、チリ、メキシコと締結しているFTAにおいても、重要原材料分野での協力等について規定している(いずれも批准待ち。また、豪州、インドと交渉中)。
7.Critical Raw Materials Club
法案と合わせて、欧州委員会が欧州議会・欧州理事会等に宛てた「ツイントランジションを支える重要原材料の安全で持続可能な供給」と題したコミュニケーション文書も公表された。
本文書は、EUにおける重要原材料バリューチェーンの開発、グローバル生産を支える互恵的な供給・連携の多様化の加速、バリューチェーン全体での持続可能性と循環性の促進といった項目からなり、Critical Raw Materials Club(CRMクラブ)についても説明がなされている。
具体的には、「重要原材料の安全で手頃で持続可能な供給へのアクセスは、多くのパートナー間で共通の関心事であり、一部による市場支配に対抗し、持続可能性の課題に対処するためには、国際協力が不可欠である」とする。そして「EUは政府間フォーラムやMSP(Minerals Security Partnership:鉱物安全保障パートナーシップ)、第三国との戦略的パートナーシップなどを補完・発展させ、消費国と資源国が一堂に会して、重要原材料の安全で持続可能な供給を促進するためにCRMクラブを設立すべきである」とした。CRMクラブは、合意された一連の原則に基づき、以下の行動を展開することに関心と意欲のある同じ考えを持つ(like-minded)関係者に開かれたものとなるとしている。
- 市場開発のモニタリングと知識共有の強化
- 探査の取組の強化
- 持続可能な投資を可能とする環境整備の強化
- 投資プロジェクトの市場化の時間短縮
- 規制の協力を通じた市場アクセスの促進
- 重要原材料サプライチェーンにおける労働者の権利と社会的責任のあるプラクティス促進のための協同
- 循環型で持続可能な経済の促進と高品質なリサイクル生産能力の強化
- 新たな供給開拓のための本分野におけるイノベーションの推進
- 危機への準備と対応に向けた効率的で協調的なアプローチの実施
欧州委員会はCRMクラブの設立に関心のある潜在的なパートナーとの議論を行っていくとして、「2023年3月10日に発表された対象を絞った重要鉱物協定のEU・米国の間の交渉は、より広範なCRMクラブに向けて取り組むための基礎を提供するものである」と説明している。
おわりに
欧州重要原材料法案は、従前の欧州半導体法案の構造(戦略的プロジェクトの特定・支援、市場モニタリング)をベースに、戦略的備蓄、リサイクル促進策、サプライチェーンのデューデリジェンス等を盛り込んだものとなっている。
原材料リストについては、ニッケル・銅を戦略的重要原材料に追加したことを歓迎する、アルミ・亜鉛も追加して欲しいとの業界の声を紹介する報道が見られた。原料炭はポーランドの圧力により重要原材料に残ったとの報道もあった。重要原材料リストのみならず、戦略的重要原材料リストにも銅が指定されたのが印象的である。銅はいわゆるベースメタルであるものの、グリーントランジションにより需要の大幅な増加が見込まれるとされている。
戦略的プロジェクトについては、ファイナンスアクセスへの改善措置について規定されたものの、専用の重要原材料ファンドのような追加的予算措置は盛り込まれなかった。なお、Ursula von der Leyen委員長は、重要原材料を対象とした欧州共通利益プロジェクト(IPCEI)の創設や、将来的な欧州ソブリンファンド(European Sovereignty Fund)の創設について言及している。
備蓄については、加盟国への勧告措置は規定されているものの、加盟国に対する備蓄義務は課されていない。備蓄はボランタリーな目標に留まったとの報道も見られた。なお、2023年1月17日付けで、欧州議会の産業研究エネルギー委員会(Committee on Industry, Research and Energy(ITRE))が、「グリーントランジション・脱炭素化のための重要原材料を含む製品の供給のセキュリティ強化」と題する研究結果を公表しており、同研究では、EUが備蓄施設を設けることで、原材料や部品の供給の混乱を緩和し得るとしている。潜在的な備蓄により60日分の輸入をカバーする場合、重要原材料の備蓄に必要とされる金額は、6.45b€(重要原材料のみ)~25.8b€(グリーン・デジタルトランジションに関連する約300の輸入品)の範囲と推定している。なお、備蓄を政策的に推進する場合、官民の役割分担が議論になるとしたうえで、民間企業による自主的な備蓄を公的に資金支援することが望ましいとの見立てを提起している。
リサイクルについては、永久磁石におけるリサイクル材の利用の義務化については今後の検討に委ねられた。なお、報道によれば、Thierry Breton委員自らが「(リサイクルに係るベンチマーク15%に関し)野心に欠ける」と言及している。
法案は、今後欧州議会・欧州理事会による審議が行われ、施行まで1年程度を要すると見込まれる。近年急激な盛り上がりを見せる欧州重要原材料政策について、引き続き注目していきたい。
参考文献
https://ec.europa.eu/commission/presscorner/detail/en/ip_23_1661
https://single-market-economy.ec.europa.eu/publications/european-critical-raw-materials-act_en
おことわり:本レポートの内容は、必ずしも独立行政法人エネルギー・金属鉱物資源機構としての見解を示すものではありません。正確な情報をお届けするよう最大限の努力を行ってはおりますが、本レポートの内容に誤りのある可能性もあります。本レポートに基づきとられた行動の帰結につき、独立行政法人エネルギー・金属鉱物資源機構及びレポート執筆者は何らの責めを負いかねます。なお、本資料の図表類等を引用等する場合には、独立行政法人エネルギー・金属鉱物資源機構資料からの引用である旨を明示してくださいますようお願い申し上げます。