閉じる

報告書&レポート

2023年4月28日 サンティアゴ 事務所 兵土大輔
23-06

チリの「国家リチウム戦略」

<サンティアゴ事務所 兵土大輔 報告>

はじめに

南米のリチウムトライアングルの一角に位置するチリは、米国地質調査所(USGS)の“Mineral Commodity Summaries 2023”によると、リチウム埋蔵量(2022年ベース)が世界第1位、同生産量が世界第2位と豊富なリチウム資源を有する。現在は、チリのリチウム生産大手Sociedad Química y Minera de Chile S.A.(SQM社)と米Albemarle社の2社がSalar de Atacama(Atacama塩湖、Antofagasta州)で生産を実施している。チリ産業開発公社(CORFO)は、Atacama塩湖における鉱区の大部分を所有しており、SQM社及びAlbemarle社がCORFOと塩湖中のリチウム及びその他の物質を採掘するリース契約を締結している(金属資源レポート21_03_vol.51:2030年にかけてのリチウムの需要と供給(チリ銅委員会)参照)。

2021年12月19日、チリ大統領選(決戦投票)が実施され、左派Gabriel Boric候補(当時下院議員)が当選、2022年3月11日に同国史上最年少となる36歳で第34代大統領に就任した。Boric大統領は、選挙公約の1つとしてEmpresa Nacional del Litio(国営リチウム企業)の設立を掲げており、大統領に就任してから約1年以上の議論及び準備を進めてきた。

2023年4月20日、Boric大統領は「Estrategia Nacional del Litio(国家リチウム戦略)1」を発表した。同戦略は、将来的に民間企業がチリでリチウムプロジェクトに参画するうえで極めて重要になることから、本稿でBoric政権のリチウム政策や同戦略の概要について紹介する。

<現行のチリ鉱業法(法律第18248号、1983年公布)>

第7条にリチウムは鉱区の設定ができない鉱物と定められている。一方で、第8条には鉱区設定ができない鉱物の探鉱・採掘は国或いは国有企業によって直接、または、大統領最高政令で定める条件の適用を受ける管理鉱区、あるいは、特別操業契約(Contratos Especiales de Operación / CEOL)を通じて行うことができると定めている。なお、1983年以前に取得した鉱区であれば、リチウムの探査・採掘・生産する権利を有しており、その限りではない2

1.Boric政権のリチウム政策

Boric政権発足後、公約どおり直ちに国営リチウム企業の設立に向け鉱業省にて制度設計等の議論が進められた(表1)。当時の政府の方針としては、鉱業の国有化は考えていないとし、国営リチウム企業のビジネスモデルとして、国が主要株主(マジョリティ)を持つが、民間資本の参入(マイノリティ)に対しオープンである姿勢を示した。今般、国家リチウム戦略を発表したところ、今後は国営リチウム企業創設に向け法案を議会へ提出し、下院及び上院の審議ならびに承認プロセスを経る必要があることから、一定の期間を要すると考えられる。その間、政府はリチウム開発・生産に向け準備を進める方針である。後述する国家リチウム戦略のうち、リチウム探査に関してはチリ銅公社(CODELCO)及びチリ鉱業公社(ENAMI)が、リチウム採掘、生産、利用及びリサイクルのプロセスに関してはInstituto Tecnológico y de Investigación Público de Litio y Salares(以下、技術研究所)がそれぞれ役割を担うとしている。政府は国営リチウム企業設立に関する法案手続きと並行して、同研究所がリチウム開発・生産できる状態まで仕上げ、将来的には同研究所を国営リチウム企業へ統合し、国営リチウム企業の主導でチリのリチウム生産、管理を行うことが想定される。

表1.政府の国営リチウム企業設立に関する発言概要
年月 発言者 概要
2022年3月 Marcela Hernando鉱業大臣 国営リチウム会社の設立と新鉱業ロイヤルティ法案は、鉱業省が抱える課題の一部。
鉱業省内で、リチウム問題と塩湖の資源管理を担当するユニットを編成しており、このユニットは国営リチウム企業設立と全ての制度設計について担当する。
鉱業省、政府及びBoric大統領は、鉱業の国有化、鉱業資産の収用に関心はなく、政府の計画にもない。
2022年5月 Hernando鉱業大臣 2022年末までに国営リチウム企業のビジネスモデルを確立したい。政府は、国営企業が機関としてどのような役割を担うのか、年末までに事業を行うビジネスモデルの提案を期待している。また、国がこの国営企業の主要株主ではあるが、民間資本の参入に対しオープンであること、さらに政府が推進する野心的な税制改革の一環として、リチウムに鉱業ロイヤルティを適用する計画はない。
2023年1月 Mario Marcel 財務大臣 チリの国家リチウム戦略の発表を3月に延期と発表。
2023年3月 Hernando鉱業大臣 チリの国家リチウム戦略の発表を4月に延期と発表。
2023年4月 Boric大統領 チリの国家リチウム戦略を発表。

2.国家リチウム戦略の概要

2-1.目標と目的

国家リチウム戦略は大きく7つの目標を持つ。

  • チリの財産の増加
  • 国と世界における持続可能な産業の発展
  • 技術開発とサプライチェーンの発展
  • 社会的、環境的な持続可能性
  • 財政的な持続可能性
  • 生産の多様性と地域の成長力への貢献
  • 国内及び海外企業と連携し、リチウム産業においてチリが世界的リーダシップを取る

これらの目標に基づいて、

  1. 国営リチウム企業とリチウム関連の生産改革におけるCORFO委員会を通じて、生産過程の全てに政府を関わらせること
  2. 技術研究所を通じて能力を構築すること
  3. 産業の成長と資源の探査のための官民パートナーシップを発展させること
  4. 環境、政治、社会の持続可能性のため地域とコミュニティを巻き込むこと
  5. 産業のための適切な近代化を制度的な枠組み内で行うことを保証し、これらを国が抱える目標や挑戦に調和して行える保証を確保すること

を目的とする。

2-2.戦略的マイルストーン

第1項

先住民コミュニティや地元住民、州政府、学界、生産企業、市民団体、中央政府及びその他の公的機関等との対話を開始する。このプロセスは、国営リチウム企業の設立、技術研究所の活動を含み、リチウム産業の持続的な開発を保証するためにリチウム塩湖関係の制度近代化に関して、様々な関係者からの提案を参考にする。

第2項

生産サイクル全体を関与できる国家リチウム企業を設立する。同企業は、リチウム資源の探査、採掘、処理、またバッテリーセルの組み立てのような生産及びリサイクルまで、リチウム生産過程の全てに参加する。同企業は国営企業として機能し、探査、採掘、生産プロジェクトの持続可能な開発を可能とするための民間パートナーを探し、また採掘から活用、リサイクルまでの生産でのあらゆる分野における技術開発を促進する。

第3項

塩湖保護ネットワークを設立し、採掘が行われる塩湖では、環境への影響が低い技術の利用を徹底する。実際に採掘する塩湖では、淡水利用の減少と塩水の再注入を使ったリチウム直接抽出(DLE)のような環境影響を低減する技術が義務付けられる。また、これら技術の生物地球科学への影響のモニタリングを行う。さらに、リチウムを含む鉱物の抽出産業の、より誠実かつより透明性のある活動を保証するため、EITI(Extractive Industries Transparency Initiative)に加入するプロセスを開始し、国際的な最高水準を満たせるようにする。

第4項

現在、リチウムと塩湖に関連する制度的枠組みが複雑なため、監査機関、中央政府、州政府及び地方自治体との関係を取り締まる法律の見直しが必要となる。産業の成長と発展を可能にする新制度が塩湖への影響を抑え、既存の組織と新しく設立される組織の一貫性を実現し、この戦略に調和できるものを提案する。草案には2014年の国家リチウム委員会が実施した提案と2022年に鉱業省が主体となった省庁間ワークショップで進められた作業と議論の結果も参考にする。

第5項

リチウムと塩湖に関する技術研究所を設立する。同研究所は、リチウムの採掘、生産、利用及びリサイクルのプロセスを改善する技術と知識を生み出すことを主目的とする。同時に生態系の公共ベースラインの構築を通じて、採掘及びその他プロセスの影響を低減するためのモデルを生成し、塩湖の理解を深める。この取り組みにより、塩湖とそれに関係するコミュニティについて生態学、地質学、社会学の観点から研究し、最適な保護に貢献し、セクターの監査及び制限、効率的かつ情報を十分に得たうえで政府から決定する。

また、同研究所は官民連携で進める資源とその他の環境要素の調査に協力する。自然資本、探査及び採掘プロセスの案、設計及び実施に関する情報をエスカス協定にて決められた環境情報へのアクセス方法に基づき提供する。

第6項

政府をAtacama塩湖の活動に関わらせる。2030年にはCORFOの、Atacama塩湖の一部広域な地域の民間企業へのリース契約が完了することから、政府によるリチウムのコントロールが可能となる。リチウム生産に政府が参加することで、官民の連携がいつでもチリ国民と国の発展のためになることが可能になる。

この枠組みの中でCORFOは、Atacama塩湖でのリチウム採掘において政府が関わるための最善の方法をCODELCOに求める。CODELCOは政府を代表し、現在塩湖で生産している民間企業のリース契約が満了する前に政府が関われるようにする。さらにCODELCOは、今後Atacama塩湖の発展にとって最善となる他企業との協議を主導する。これに関連して、次の2つの考慮事項がある。

・Atacama塩湖でリチウムを生産する官民合同企業が設立された場合、CODELCOを通じて政府が管理する。

・チリは、既存のリース契約で定められていることを完全に遵守する。つまり、政府が想定より早期にAtacama塩湖に関わるのは、あくまで現在リチウムの生産権利を有する企業と合意した場合である。

第7項

その他の塩湖の探査において、塩湖保護ネットワークに属していない限り、責任ある持続可能なリチウム採掘の可能性を生み出す条件を作り出す必要がある。国にとって戦略的価値のある開発プロジェクトは、政府によって管理され、官民パートナーシップのもとで行われる。全てのプロジェクトにおいて、現地点でCORFOがAtacama塩湖で持つ契約に定められている政府、団体(町内会、州政府、地方自治体等)、環境・技術に対する要求事項、生産プロジェクトの割り振り等の利益と条件が基本となる。

・既にプロジェクトを所持しており、それぞれ様々な段階にある塩湖に関しては、リチウムの採掘と生産における特別操業契約(CEOL)をCODELCO及びENAMIに与える。CODELCO及びENAMIは、民間企業と提携するかを決めることができる。

・その他の塩湖の探査におけるCEOLは、民間企業を対象に透明性のある適切な入札が行われる。探査の結果、ポテンシャルがあると判断された場合、民間企業は生産段階において国営リチウム企業と提携を優先的に選択することができる。国にとって戦略的価値のあるプロジェクトである場合、この提携の持ち株比率の過半数は政府に属することとする。

このプロセスを通じて、塩湖探査の促進と、国内外の民間企業の参加機会を提供できる。国のリチウム資源は、入札を通じて創出され、探査費用は民間企業が負担し、その結果は適宜技術研究所に報告することになる。探査のCEOL入札での提出書類には、生産が現地に与える価値の計画案、プロジェクト内で活用することになった場合の生産過程、現地をより優先するイニシアティブ、技術開発及び生産について記さなければならない。

第8項

鉱業省が主体となるリチウム関連の生産改革におけるCORFO委員会を立ち上げる。同委員会は、生産の改革の促進を担当し、リチウムサイクルの上流と下流で新しい生産技術開発を可能とする科学技術発展政策を提案し、産業の現地レベルでの価値を与える機会を特定する。

3.国営リチウム企業に関する各社の反応及び最近のリチウムトピックス

冒頭で説明したとおり、SQM社及びAlbemarle社はCORFOと塩湖中のリチウム及びその他の物質を採掘するリース契約を締結している。両者のリース契約期限は、SQM社が2030年まで、Albemarle社が2043年までとなっている。政府は、リース契約が満了になる前に、国の代表としてCODELCOがAtacama塩湖で事業を行う両者と交渉を行う方針としている。他方、国家リチウム政策発表後、現在までにSQM社及びAlbemarle社から正式なコメントは発表されていない。

国家リチウム政策発表以前、Albemarle社は、国営リチウム企業のパートナーになることへの関心を示しており、同社は「チリにおいてリチウムに関する政策がないことが、リチウム産業の発展を遅らせてきたため、現在政府が行っている国営リチウム企業のパートナーの募集に多くの関心が寄せられている。Albemarle社や他企業がリチウム産業の開発、発展活動に参画するチャンスとはどのようなものかを知るため、その詳細発表を心持ちにしている。」とコメントしていた。

2023年3月、電気自動車(EV)大手、米Tesla社の関係者がチリを訪問し、鉱業省、外務省、CORFOと会合を行い、チリのリチウム産業発展への貢献に関心があることを示している。

他方、CORFOは、2022年8月からSQM社が生産したリチウム生産物の一部を優遇価格で提供する企業の選定(入札)を開始しており、2023年4月19日、BYD Chile SPA社(中・比亜迪股份有限公司(BYD社)の現地子会社)を落札者として決定したと発表した3。CORFOとSQM社間のリース契約には、SQM社のリチウム生産物の一部(炭酸リチウム11,244t/年、水酸化リチウム4,200t/年)をチリ国内企業へ優遇価格(直近6か月間の輸出価格の20%割引)で販売する義務が含まれている。落札内容は、2030年までSQM社が生産するバッテリーグレードの炭酸リチウムを年間最大11,244t優遇価格で入手できるというものである。BYD社は、290mUS$を投資しAntofagasta州にリン酸鉄リチウム(LFP)材料(LiFePO4)製造工場を設置する計画で、同工場に炭酸リチウム11,244tが使用される予定である。これにより、50千t/年のLFP材料が製造される。

このように、チリのリチウム資源に対しては、上流のリチウム生産企業に留まらず、バッテリーメーカーや自動車会社に至る下流企業においても関心を示していることがわかる。

おわりに

2022年3月のBoric政権発足後、選挙公約であった憲法改正及び税制改革を進めているが、いずれも国民投票及び下院議会で否決されており、軒並み支持率も下落した。その中で、Boric大統領は公約どおり国家リチウム戦略を発表したところ、各方面からの反響が大きいことから、チリのリチウム資源への関心の高さがわかる。今般発表された国家リチウム戦略に従えば、今後チリのリチウム開発・生産のうち政府が過半数を取ることになる。

他方、地元メディアによれば、Atacama塩湖の一部の先住民コミュニティが事前協議なしで国家リチウム戦略を発表したことに対し、「一般的に環境被害を受けるのは我々であるがその見返りがない」とコメントしている。塩湖と先住民コミュニティは密接に関係することから、その他の地域へ波及する可能性も考えられ、政府の対応が注目される。

今後、民間企業がチリのリチウム開発に参画するには、①国と探査に関するCEOL契約を締結する、②CODELCO及びENAMIと共同探査を行う、③技術研究所と共同で生産ないし技術開発を行う、の3点が選択肢として考えられる。

CEOL契約に関する入札は、前政権が2021~2022年にかけて実施しており、BYD社及び地元チリ・Servicios y Operaciones Mineras del Norte S.A.がいずれも約60mUS$で落札した4。しかしながら、CEOLに関しAtacama地域の先住民コミュニティが提起した権利保護の訴えを最高裁判所が認める判決を下した(2022年6月6日付 ニュース・フラッシュ:最高裁判所、リチウム探査及び生産の特別操業契約の入札プロセスに関し、先住民コミュニティの権利保護の訴えを認める参照)。このように、CEOL契約の締結は先住民コミュニティとの事前協議・合意なしでは難しいだろう。

CODELCO及びENAMIに関しては、民間企業とリチウムの共同探査をするかどうか決めることができるとしていることから、両者からの公募に依存するだろう。また共同探査を行うための詳細な契約内容については不透明である。

技術研究所は、環境に配慮した持続可能なリチウム開発を目指していることから、現在世界的に注目されているDLE技術がキーポイントになるだろう。政府は、自らが環境に配慮したリチウム開発をする技術がないと理解しており、民間企業が持つ技術に手を差し伸べている状況である。

リチウム価格は2021年10,000US$/t台であったが、2022年には50,000US$/t台まで高騰、現在30,000US$/t台まで下落する等ボラティリティが高いことから、BYD社他のように巨額の資金を投じてCEOL契約の権利を獲得することは容易ではないだろう。一方、CODELCO及びENAMIとの共同探査、技術研究所とのコラボレーションは現実的に参画の余地があると考えられる。

本稿では、Boric政権のリチウム政策及び国家リチウム戦略の概要について述べてきたが、今般発表された同戦略の詳細は不透明な点が多いため、引き続き政府の動向には注目が必要である。

参考文献

  1. https://saowcsblobassets.blob.core.windows.net/assets/CONV/1476735051720/EstrategiaNacionaldelLitio.pdf
  2. https://mric.jogmec.go.jp/reports/current/20130131/1262/
  3. https://www.corfo.cl/sites/cpp/sala_de_prensa/nacional/18_04_2023_byd_litio;jsessionid=gpObLOkyLg-JtpHJxykm5J0-VF33Hc34mfgM3NbFP5jbMWqzq3hW!-1830861344!812857449
  4. https://mric.jogmec.go.jp/reports/current/20220202/165736

おことわり:本レポートの内容は、必ずしも独立行政法人エネルギー・金属鉱物資源機構としての見解を示すものではありません。正確な情報をお届けするよう最大限の努力を行ってはおりますが、本レポートの内容に誤りのある可能性もあります。本レポートに基づきとられた行動の帰結につき、独立行政法人エネルギー・金属鉱物資源機構及びレポート執筆者は何らの責めを負いかねます。なお、本資料の図表類等を引用等する場合には、独立行政法人エネルギー・金属鉱物資源機構資料からの引用である旨を明示してくださいますようお願い申し上げます。

ページトップへ