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報告書&レポート

2023年5月22日 シドニー 事務所 片山弘行
23-08

豪連邦2023/24年度予算案に見る豪州連邦政府の
資源エネルギー政策の方向性について

<シドニー事務所 片山弘行 報告>

はじめに

2023年5月9日、豪州連邦政府は2023/24年度(2023年7月1日~2024年6月30日)連邦予算案を発表した。

本予算は、昨年5月の連邦議会選挙で政権交代を果たした労働党にとって初めての通年予算であり、労働党政権の思想が強く反映されたものと思われる。今後、議会での審議によって修正される可能性もあるが、現時点での労働党が考える資源エネルギー政策の方向性を示すものでもあることから、本予算案について概観することとしたい。

1.資源エネルギー関連予算案骨子

予算案のうち資源エネルギー関連の骨子を以下に示す。なお、金額は基本的には2026/27年度までの4年間分として計上している。

1.1.Powering Australia with cheaper, cleaner, more reliable energy

Boosting renewable energy generation「再生可能エネルギー発電の加速」
✧「Capacity Investment Scheme」を通じて再エネ投資を加速
✧エネルギー市場の規制と消費者保護を目的にAustralian Energy Regulatorへ46.5mA$を拠出
✧20bA$の政府投資プログラムRewiring the Nationのうち12bA$を以下のプロジェクト等に投資
  • TAS州のBattery of the Nationプロジェクトに1bA$
  • VIC州の再エネゾーンと洋上風力発電に1.5bA$
  • NSW州の重要な送電網に4.7bA$
Electrifying our economy「経済の電化」
✧豪州初の電気自動車(EV)戦略「National Electric Vehicle Strategy」の一環として燃費基準の導入促進に7.4mA$

1.2.Powering net zero industries and jobs

Building critical minerals industries「重要鉱物産業の構築」
✧重要鉱物における戦略的・商業的パートナーシップ「Critical Minerals International Partnerships」の構築・開発に57.1mA$
Hydrogen and new energy industries「水素及び新エネルギー産業」
✧大規模再エネ水素プロジェクト加速のため2bA$の「Hydrogen Headstart」プログラムの設置
  • 予算書には2026/27年度までの4年間で156.1mA$が計上。残額は予備費「contingency reserves」として予算書には記載
  • ✧2030年までに1000MWスケールの電解装置のキャパシティ確保のため、2〜3の大規模再エネ水素/アンモニアプロジェクトを公募(2024年第1四半期から)、市場価格との値差を「production credit」として2026/27年度から10年間助成
✧Guarantee of Originスキーム確立に38.2mA$
Powering Australia Industry Growth Centre
✧再エネ技術の製造、商業化、導入を目指す豪州企業を支援する「Powering Australia Industry Growth Centre」の設立に14.8mA$
Skills for the clean energy economy「クリーンエネルギー経済のための技能」
✧クリーンエネルギー分野における労働力のニーズを調査し、クリーンエネルギーへの転換に必要な技能を戦略的に計画できるようにすることを目的とする「Clean Energy Capacity Study(クリーンエネルギー職能調査)」を実施
Sustainable finance「持続可能ファイナンス」
✧企業の気候変動に関する情報開示要件の導入と包括的な戦略「Sustainable Finance Strategy(持続可能な金融戦略)」の策定
  • 豪州政府グリーンボンドプログラムの設立
  • 産業界との共同出資による持続可能な金融タクソノミーの開発
  • 金融市場におけるグリーンウォッシングの監督強化
Establishing the Net Zero Authority「Net Zero Authorityの設置」

Accelerating industrial decarbonisation「産業の脱炭素化の加速」
✧Powering the Regions Fund(地域活性化基金」の一環として、400mA$の支援プログラムIndustrial Transformation Streamの設置。鉄道や航空など地方における既存の産業活動の脱炭素化を支援するとともに、新たなクリーンエネルギー産業の育成を支援
Securing critical inputs for the net zero transition「ネットゼロへの移行に向けた」
✧Powering the Regions Fundの一環として、400mA$の助成金プログラムCritical Inputs to Clean Energy Industries Streamの設置。排出削減に取り組みながら生産を維持できるようにすることを目的として、クリーンエネルギー産業の開発を支援
Transforming Safeguard Mechanism facilities「セーブガードメカニズム施設の転換」
✧Powering the Regions Fundの一環として、600mA$の支援プログラムSafeguard Transformation Streamの設置。セーフガードメカニズムの対象となる輸出産業の排出量を削減し、国際競争力を高める

1.3.Modernising our industrial base

National Reconstruction Fund
✧既に15bA$を拠出しているNational Reconstruction Fundの継続。融資、債務保証、株式投資を通じて再エネ技術、医療、輸送、農林水産、資源の付加価値化、防衛など豪州の強みのある優先分野へ投資

1.4.Energy price relief

Price caps and gas market reforms「価格上限及びガス市場改革」
✧昨年12月に導入したガス卸売価格の上限、発電用石炭価格の上限の継続(2025年7月まで)。ガス販売に関する行動規範を義務付け。

1.5.Making our tax and superannuation system fairer

Fairer taxation of Australia’s gas resources「豪州ガス資源に対する公正な課税」
✧石油資源利用税(PRRT)の改定
✧控除により相殺できる所得の割合を90%に制限
  • LNGプロジェクトにおけるガスの移転価格の算定方法(Gas Transfer Pricing)に関しては、レビューで提案されていたNetback価格のみの算定は採用せず、従来と同じNetback価格とコストベースの価格(Wellhead Price)の併用を継続(図1)
  • これにより年2.4bA$の税収増を見込む
図1.Gas Transfer Price算定方法

図1.Gas Transfer Price算定方法

出典:Petroleum Resource Rent Tax: Review of Gas Transfer Pricing Arrangements,
Final report to the Treasurer, May 2023

2.予算案から見る資源エネルギー政策の方向性

2.1.重要鉱物

重要鉱物に対しては、前政権のような直接的ないわゆる「真水」の補助金はなく、国際的なパートナーシップの強化やサプライチェーン強化を目的とした国内での付加価値産業育成のための支援が中心となっている。元来、天然資源は州の管轄下にあり、連邦の権限は州際通商や輸出促進、国際関係など天然資源関係でいえば限定的であることから、連邦予算においてはこのような側面支援策が中心にならざるを得ない。しかし、国際的なパートナーシップ構築に比較的大きな予算を計上していることは、豪州にとって重要鉱物分野での国際的なサプライチェーン強靭化を重要視していることの証左であろう。

2.2.水素/アンモニア

本予算案の一つの目玉として「Hydrogen Headstart」プログラムが挙げられる。これは米国のインフラ抑制法(Inflation Reduction Act; IRA)での水素支援の豪州版とも言えるものであり、将来の水素供給国としての地位確立を狙う豪州の意図を強く示したものと言える。本プログラムは大規模再エネ水素プロジェクトに対して生産コストと販売価格の値差をクレジットとして支援するものであり、予備費含めて総額2bA$を計上する。一方、Deloitteの試算によると世界的な水素支援の水準には10年間で15.5bA$の支援が必要 [1]としていることから、米国IRA対抗としては規模として十分ではないとの指摘もある。また、いわゆるグリーン水素/アンモニアのみの支援であり、ブルー水素は対象から除外されているところに現政権の再エネを中心とする姿勢が如実に現れている。

2.3.CCS

水素支援でブルー水素が対象に入っていないことからも推測される通り、脱炭素技術としてのCCSについては明示的な支援策は示されていない。これは労働党が政権を獲得した後、前政権が設けていたCCS補助金をキャンセルしたことからも分かる通り、CCSに対する消極的姿勢の表れと思われる。ただし、セーフガードメカニズムの改正において新規ガス開発のベースラインをゼロと設定した根拠の一つとしてCCSという脱炭素技術の存在を挙げていることから、エネルギートランジションにおけるCCSの重要性は労働党政権も認識している。例えば、セーフガードメカニズム対象施設の脱炭素化の支援策として挙げられている600mA$の「Safeguard Transformation Stream」プログラムについて、2023年1月のセーフガードメカニズム改正に係るコンサルテーションペーパーには本支援プログラムの対象技術としてGHGの地下貯留技術としてのCCSを排除しておらず、今後の詳細スキームの公表が待たれる。

2.4.石油・天然ガス

石油・天然ガス関連で最も大きなトピックスは石油資源利用税(Petroleum Resource Rent Tax; PRRT)の改正である。従来からこのPRRTは豪州の減耗資産である石油・天然ガスの採掘から得られる超過利潤の国民への還元に関して十分な機能を果たしていないとの指摘があり、それを受けて前政権時の2017年にレビューが行われ、Callaghanレポートとして提言がまとめられている [2]。今回の予算案発表に先立ち連邦政府はこのCallaghanレポートの提言にほぼ応じる形で改正を行うこととしている。本改正により、従来PRRTの納税をCapexやOpexが100%控除されることから繰り延べされていたLNG事業者にとって影響は避けられない。

しかし、Callaghanレポートで提言されたLNGプロジェクトにおけるガス移転価格の算出方法としてより課税対象額が高くなるNetback価格を採用する方法については見送っており、利益算出の際の移転価格については改正前と同様の水準となり、改正の影響は比較的軽減されたものと思われる。

3.他政党の反応

自由党のDutton党首は労働党の予算案に対する対案スピーチ(budget reply speech)において、労働党のエネルギー政策に関して、電力市場やエネルギートランジションにおけるガスの重要性に対して価格操作による市場介入や課税強化などにより投資を損なっていると非難するとともに、安定的なエネルギー源としてのモジュール型原子炉の導入検討について言及している。原子力発電については、豪州ではなかばタブー化されて議論すら受け付けない状況であったが、議論を可能とする雰囲気が醸成されてきたものとして注目される。

緑の党は、環境保護庁への資金提供などについては歓迎の声明を発表しているが、石炭・天然ガスの開発中止を改めて求めるなど、依然強硬な姿勢を示している。

おわりに

発表された予算案からうかがう現政権の政策の方向性として、水素を中心とするクリーンエネルギー分野及び重要鉱物のサプライチェーンにおいて、世界で中心的な役割を担うことを目的とした予算配分となっていると評価される。一方で、天然ガスやCCSについて連邦政府は以前より豪州経済及び周辺国に対するエネルギー安定供給、エネルギートランジションの観点から重要性を明言するものの政策に形となって現れているものは少なく、その点において業界に懸念を抱かせるものであるが、本予算にもその傾向が見て取れるといえよう。

参考文献

  1. Deloitte, “Australia’s hydrogen tipping point: The urgent case to support renewable hydrogen production,” 2 2023. [オンライン]. Available: https://www2.deloitte.com/content/dam/Deloitte/au/Documents/about-deloitte/deloitte-au-australias-hydrogen-tipping-point-report-updated-280223.pdf.
  2. M. Callaghan, “Petroleum Resource Rent Tax Review, Final Report,” 13 4 2017. [オンライン]. Available: https://treasury.gov.au/sites/default/files/2019-03/R2016-001_PRRT_final_report.pdf.

おことわり:本レポートの内容は、必ずしも独立行政法人エネルギー・金属鉱物資源機構としての見解を示すものではありません。正確な情報をお届けするよう最大限の努力を行ってはおりますが、本レポートの内容に誤りのある可能性もあります。本レポートに基づきとられた行動の帰結につき、独立行政法人エネルギー・金属鉱物資源機構及びレポート執筆者は何らの責めを負いかねます。なお、本資料の図表類等を引用等する場合には、独立行政法人エネルギー・金属鉱物資源機構資料からの引用である旨を明示してくださいますようお願い申し上げます。

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