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報告書&レポート

2023年7月28日 シドニー 事務所 片山弘行
23-14

豪州連邦政府の新たな重要鉱物戦略

<シドニー事務所 片山弘行 報告>

はじめに

豪州連邦政府は2023年6月20日、新たな重要鉱物戦略「Critical Minerals Strategy 2023-2030」を発表した。2019年及び2022年に発表された戦略は前政権が策定したもので、労働党政権が掲げる気候変動政策や先住民政策とは必ずしもリンクしていなかった。今回の戦略は、労働党が重視するこれらの政策に整合的なものとなる。新たな重要鉱物戦略「Critical Minerals Strategy 2023-2030」は、豪州の重要鉱物セクターの成長のための枠組みを定めたものとして位置づけられ、(1)強固で安全な国際的パートナーシップを通じた多様で弾力性のある持続可能なサプライチェーンの構築、(2)重要鉱物の加工能力の構築、(3)再生可能エネルギー大国になるための豪州産重要鉱物の利用、(4)豪州資源からのより多くの価値抽出、雇用と経済機会の創出を目的としている。

これらを実現するため以下の6つの柱を注力分野として示しており、以下では各柱について概観する。

  • Developing strategically important projects「戦略的に重要なプロジェクトの開発」
  • Attracting investment and building international partnerships「投資誘致及び国際パートナーシップの構築」
  • First Nations engagement and benefit sharing「先住民関与と利益の分配」
  • Promoting Australia as a world leader in ESG performance「ESG(環境・社会・ガバナンス)パフォーマンスにおける世界のリーダーとしてオーストラリアの推進」
  • Unlocking investment in enabling infrastructure and services「インフラやサービスへの投資の活性化」
  • Growing a skilled workforce「技能労働者の育成」

1.Developing strategically important projects「戦略的に重要なプロジェクトの開発」

戦略的に重要な重要鉱物プロジェクトのリスクを軽減し、民間資金を誘致し、豪州の加工・製造産業が豪州の資源にアクセスできるよう豪州政府が支援を行う。

  • Geoscience Australiaによる広域地質調査プロジェクト「Exploring for the Future」プログラムに225mA$。広範な地球科学データを取得、開放することで重要鉱物プロジェクトの形成を促進
  • 100mA$の助成金プログラム「Critical Minerals Development Program」。19件の初期~中期探鉱プロジェクトに対して助成金を交付。2023年1月に第2回公募、5月に13事業者に対して計48.877mA$が交付決定。対象鉱種/製品はリチウム、コバルト、グラファイト、高純度アルミナ、タングステン、タンタル、バッテリー前駆体、バナジウム。第1回は前政権時の2022年3月に「Critical Minerals Accelerator Initiative」として発表された助成金プログラムで新政権になった2022年9月に6件のプロジェクトに計49.68mA$が交付決定
表1.Critical Minerals Development Programによる助成対象プロジェクト
受領者 プロジェクト 金額(A$)
第1回(Critical Minerals Accelerator Initiativeとして)
Alpha HPA Ltd QLD州Gladstone近郊の超高純度アルミナ製造プラントの拡張 15,500,000
Cobalt Blue Holdings NSW州Broken Hill CobaltプロジェクトのDFS実施 15,000,000
EQ Resources Ltd QLD州Mt Carbineタングステン鉱山再開及び廃石からのタングステン回収 6,000,000
Global Advanced Metals Pty Ltd WA州Greenbushesリチウム鉱山からのタンタル-錫の回収プラント 4,000,000
Lava Blue Ltd バナジウム鉱山廃棄物からの高純度アルミナ、マグネシウム、その他重要鉱物の回収技術の開発 5,240,000
Mineral Commodities Ltd WA州Munglinupにおける鉱石から負極製造までの統合グラファイト製造ビジネスの構築 3,940,000
第2回
Australian Energy Storage Solutions Pty Ltd WA州Kwinanaでの正極材活物質製造パイロットプラント 5,463,398
Australian Strategic Materials Ltd レアアース、ジルコニウム、ニオブ、ハフニウム製造、製錬、分離設備を有するNSW州Dubboプロジェクトにおけるエンジニアリング 6,500,000
IGO Ltd WA州Kwinanaでの統合バッテリーマテリアル(NCM活物質)製造設備のパイロットテスト 4,600,000
Clareville Pty Limited 浮選の回収率向上に向けた新たな添加剤の試験、スケールアップ 1,953,225
Tungsten Metals Group Pty Ltd フェロタングステンパウダー製造設備 1,154,000
Magnium Australia Pty Ltd WA州CollieでのCSIRO特許技術であるマグネシウム金属抽出の商業化 6,250,000
Queensland Pacific Metals Limited QLD州Townsvilleでのコバルト、高純度アルミナ製錬設備の設計 5,000,000
EcoGraf Limited NSW州Lucas Heightsでのフッ酸フリーのグラファイト製錬プロセスの実証 2,900,605
International Graphite Limited WA州グラファイトプロジェクトから負極材製造までの統合プロジェクト 4,700,000
Evolution Mining Limited QLD州Ernest Henry鉱山での備考からのコバルト回収計画支援 2,234,965
High Purity Quartz Ltd QLD州Townsvilleでの珪砂処理、金属シリコン製造設備のプレFS 1,210,500
Northern Minerals Limited WA州Browns Rangeレアアースプロジェクト 5,910,307
Tungsten Mining NL WA州Mt Mulgineタングステンプロジェクトにおけるパラタングステン酸アンモニウム製造可能性を含む試験 1,000,000
  • 豪連邦政府系金融機関であるExport Finance Australia(EFA)、Northern Australia Infrastructure Facility(NAIF)、Clean Energy Finance Corporation(CEFC)を通じた融資、債務保証、出資による金融支援。9件のプロジェクトに対して計2.3bA$を支援
  • 連邦政府の支援プログラムNational Reconstruction Fundから、「Value-add in resources」プログラムとして1bA$、再エネ及び低排出技術として3bA$を重要鉱物プロジェクトに支援。具体的支援対象プロジェクトの選定はこれから
  • 重要鉱物プロジェクトにおける技術開発課題の解決のための研究開発支援としてAustralia「Critical Minerals Research and Development Hub」を50.5mA$で設立
  • 重要鉱物分野における研究開発能力の工場、商業化の促進、産業界の更なる寄与を目的にCurtin大学、Queensland大学、James Cook大学及び全豪企業30社超による「Resources Technology for Critical Minerals Trailblazer」を50mA$で設立
  • 北部豪州のインフラプロジェクト支援機関であるNAIFを通じた重要鉱物プロジェクトに対する500mA$の支援。特に下流工程への支援。本戦略を受けて今後展開

2.Attracting investment and building international partnerships「投資誘致及び国際パートナーシップの構築」

豪州の下流加工能力を成長させ、多様で強靭、かつ持続可能なグローバルサプライチェーン構築のための同志国との連携強化、投資拡大を図る。

  • 豪州国内での重要鉱物の加工に基づく多様かつ強靭なサプライチェーンの構築のための戦略的、商業的パートナーシップの確立に57.1mA$を投資
    • このうち40mA$は、豪州と同志国との共同投資、豪州とパートナー国との間の重要鉱物サプライチェーン構築に資する重要鉱物プロジェクトへの助成金
    • サプライチェーンと接続する戦略的プロジェクトの評価を含む世界的な重要鉱物への関与の強化に6.65mA$
    • Austradeによる重要鉱物に関する国際的な関与の強化に6.7mA$
  • 外資による豪州の重要鉱物セクターへの投資パターンを追跡するより洗練された方法を開発するために4年計2.2mA$を財務省に予算措置。外資が豪州の国益や安全保障に抵触しないかどうか監視
  • 豪州国内の重要鉱物プロジェクトの機会を紹介したAustradeによる「Australian Critical Minerals Prospectus」の発行。2022年12月に第4版を公開、55のプロジェクトについて紹介
  • より高いESG基準等の形成における多国間フォーラムでのリーダシップの発揮

3.First Nations engagement and benefit sharing「先住民関与と利益の分配」

先住民及びコミュニティの土地、水に対する権利を尊重し、利益共有を促進させるために先住民コミュニティの関与と協業を促進させる。

  • 環境保護・生物多様性保全法(Environment Protection and Biodiversity Conservation Act 1999(EPBC法))改正に向けた作業着手。意思決定における先住民関与・参加のための国家環境基準(National Environmental Standard for First Nations Engagement and Participation in Decision-Making)を策定中
  • 先住民とのパートナーシップを締結して先住民文化遺産保護の改革に取り組むことをコミット
  • 先住民クリーンエネルギー戦略(First Nations Clean Energy Strategy)を策定し、政府によるネットゼロに向けたエネルギー政策やプログラムに対して先住民が発言できるようにし、ネットゼロ移行の恩恵を共有できるようにする

4.Promoting Australia as a world leader in ESG performance「ESGパフォーマンスにおける世界のリーダーとしてオーストラリアの推進」

環境保護を担保しつつ迅速かつ効率的で永続性のある環境許認可、グローバル市場へのアクセスを可能とする強力なESG基準、永続的なソーシャルライセンスの支援、先住民を含むコミュニティとの利益分配にたいして法規制枠組みを適合させる。

  • 重要鉱物に関連するESG基準の適用。例えばEFAによる支援では「OECDコモンアプローチ」と「赤道原則」の2つのアプローチを適用。またFBICRCを通じて豪州産電池材料の認証及びライフサイクル分析について実施中
  • 国際標準化コミュニティ/組織と連携し、重要鉱物の標準化に取り組む。Quad(Quadrilateral Security Dialogue)を通じてインド太平洋地域におけるクリーンエネルギーサプライチェーンのための原則を確立すべく協力を進める
  • 連邦研究開発機関を主とした研究開発による環境フットプリントの削減。Geoscience Australiaは鉱山廃棄物からの重要鉱物等の回収可能性に焦点を当てた「Atlas of Mine Waste」を発行
  • 環境保護・生物多様性保全法(EPBC法)改正を通じて、戦略的に重要なプロジェクトに対する迅速かつ効率的な連邦環境プロセスの確立。また州・準州による許認可プロセス合理化の取り組みとの整合性確保
  • 2050年ネットゼロを達成するための明確な道筋と支援の産業界への提供。Powering Australia PlanやSafeguard Mechanism改正等の政策枠組みによりエネルギー効率の高い低炭素な技術の開拓、採用促進を図る
    • 輸出産業支援のための600百万豪ドルのSafeguard Transformation Stream基金により脱炭素化に向けた取り組みに対する重要鉱物の採掘・加工企業への助成金支援

5.Unlocking investment in enabling infrastructure and services「インフラやサービスへの投資の活性化」

重要鉱物セクターの国内/海外市場へのアクセスに資することを目的に、戦略的なインフラとサービスにより産業ハブを開発し、コスト低減、プロジェクトリスクの低減、大規模な投資の誘致につなげる。

  • 重要鉱物分野の大規模投資と成長を可能にするインフラプロジェクトの特定
  • コスト低減に資する産業クラスター、ハブの奨励
  • 国家内閣が採択した、社会の脱炭素化に伴う経済転換のための「National Transformation Principles(国家変革原則)」やインフラ優先リストなどの政府の投資枠組みや諮問機関を通じて重要鉱物の開発を可能にするインフラの促進

6.Growing a skilled workforce「技能労働者の育成」

熟練した多様な技能労働力により、豪州重要鉱物産業の発展、特に下流加工産業の育成を図る。

  • 雇用・技能協議会(Jobs & Skills Councils)を通じて短期、中期、長期的な労働力不足の解決を図る
  • 女性や先住民などの人々を惹きつけ定着させるための職場安全、文化、柔軟性などの障害を取り除くことにより技能労働者不足を低減する。また技能移民による技能不足に対する問題解決を模索する
  • ネットゼロに向けた重要鉱物の役割、雇用機会を強調することでコミュニティの鉱業分野に対する理解を促進させる

おわりに

本戦略では、国際協力の促進、サプライチェーン強靭化に資するプロジェクトの支援、先住民エンゲージメント、投資促進につながるインフラ整備支援などが特徴であり、特に驚くような新機軸が打ち出されているわけではない。目新しい直接的な支援はNAIFを通じた500mA$の補助金のみであり、業界からはやや落胆の声も聞かれる。ただし、天然資源に関する連邦政府の権限は限定的であるためこのような開発促進に資する周辺環境の整備や国際協力の推進といった点に注力するのは致し方ないと思われ、州政府との連携に期待される。

前回の戦略ではシリコン、高純度アルミナが新たな重要鉱物として追加された。今回の戦略策定に当たっても業界は銅やニッケルを重要鉱物に含めるよう強く要請していたものの、これらの鉱種の追加はされなかった。重要鉱種への追加の有無が資源産業による投資に直接的に影響が及ぶことはないと思われるが、今後一層需要が高まる銅やニッケルに対しても政府として重要視しているというメッセージを発出することは重要であったかと思われる。

図1.豪州国内の重要鉱物鉱山及びプロジェクト

図1.豪州国内の重要鉱物鉱山及びプロジェクト

出典:Critical Minerals Strategy 2023-2030

表2.前回の重要鉱物戦略に記載された豪州の重要鉱物26鉱種(今回の戦略で変更なし)
重要鉱物 米国 EU 日本 豪州地質
ポテンシャル
2020年豪州
EDR (t)
2020年豪州
生産量(t)
2020年世界
生産量(t)
High purity alumina     データなし データなし データなし
Antimony 125,200 3,900 155,000
Beryllium データなし データなし 240
Bismuth データなし データなし 17,000
Chromium 0 0 40,000,000
Cobalt 1,495,000 5,600 135,000
Gallium データなし データなし 300
Germanium データなし データなし 130
Graphite 7,970,000 0 1,100,000
Hafnium 14,500 データなし データなし
Helium         データなし 4(hm3 140(hm3
Indium データなし データなし 900
Lithium 6,174,000 40,000 82,000
Magnesium Magnesite:
286,000,000
Magnesite:
799,000
Magnesite:
26,000,000
Manganese Manganese ore:
276,000,000
Manganese ore:
4,800,000
17,200,000
Niobium 216,000 データなし 78,000
Platinum-group elements 107 0.522 380
Rare-earth elements 4,200,000 20,000 240,000
Rhenium     データなし データなし 53
Scandium     30,340 データなし データなし
Silicon データなし データなし 8,000
Tantalum 99,400 100 1,800
Titanium Ilmenite:
274,000,000
Rutile:
35,300,000
Ilmenite:
1,100,000
Rutile:
200,000
Ilmenite:
12,000,000
Rutile:
1000,000
Tungsten 577,000 1,000以下 84,000
Vanadium 7,408,000 0 86,000
Zirconium Zircon:
79,300,000
Zircon:
400,000
Zircon:
2,000,000

出典:2022 Critical Minerals Strategy

おことわり:本レポートの内容は、必ずしも独立行政法人エネルギー・金属鉱物資源機構としての見解を示すものではありません。正確な情報をお届けするよう最大限の努力を行ってはおりますが、本レポートの内容に誤りのある可能性もあります。本レポートに基づきとられた行動の帰結につき、独立行政法人エネルギー・金属鉱物資源機構及びレポート執筆者は何らの責めを負いかねます。なお、本資料の図表類等を引用等する場合には、独立行政法人エネルギー・金属鉱物資源機構資料からの引用である旨を明示してくださいますようお願い申し上げます。

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