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報告書&レポート

2023年8月8日 サンティアゴ 事務所 兵土大輔
23-15

南米のリチウム資源に関する中国企業の進出状況

<サンティアゴ事務所 兵土大輔 報告>

はじめに

近年、多数の中国企業が南米のリチウムプロジェクトに参画しており、それらは上流企業に限らず製品、バッテリー及び自動車メーカーそのものであるケースが増えている。中国企業の進出は、一般的にリチウムプロジェクトに対して巨額の投資を行って資源を確保するほか、リチウム生産会社からリチウム供給契約を締結する等その形態は様々である。

COCHILCOのレポート1によると、リチウム市場については、2021年から供給が逼迫しており、若干の供給不足が2024年まで続くと予測されている。また2027年以降は、供給を上回る需要の伸びが見込まれていることから、さらに供給不足が生じると予測されている。このことから、電気自動車(EV)産業にとってリチウム資源の確保は最優先課題であると言え、昨今南米のリチウム資源にアプローチしている中国企業の動向に注目が集まっている。

本稿は、チリ、アルゼンチン、ブラジルのリチウム資源に関する中国企業の近年の動向について取りまとめた。

1.南米における中国企業の進出状況

チリ、アルゼンチン、ブラジルのリチウム資源における中国企業の近年の進出状況について表1に取りまとめた。直近1~2年間では、世界で鉱山事業を展開する中Zijin Mining Group(柴金鉱業集団)、リチウム製品を生産する中Ganfeng Lithium社(贛峰鋰業股份有限公司)、リチウムイオン電池(LIB)及び自動車事業を展開する中BYD社(比亜迪股份有限公司)等、鉱山会社だけでなく下流メーカーもまたチリ、アルゼンチン、ブラジルのリチウム資源へアプローチしていることがわかる。

その他、アルゼンチンにおいては、Ganfeng Lithium社がCauchari–Olaroz(Jujuy州/同社が権益46.7%保有)及びMariana(Salta州/同87.2%保有)リチウムプロジェクトに、また中Tibet Summit Resources社がSal de los Angeles(旧 Diablillos)(Salta州/同45%保有)リチウムプロジェクトにそれぞれ参画している2。なお、Cauchari–Olarozリチウムプロジェクトは2023年から生産を開始予定とされている。

表1.チリ、アルゼンチン、ブラジルのリチウム資源に関する中国企業の近年の進出状況
年月 関連プロジェクト 中国企業 概要
チリ
2022年1月 CEOL(特別操業契約)の権利を落札3 BYD Chile SPA社(BYD社の現地子会社) CEOLに関する契約の権利をBYD Chile SPA社が落札した。その後、最高裁判所はAtacama地域の先住民コミュニティが提起した権利保護の訴えを認める判決を下したため、同入札は無効となった。
2023年4月 Atacama塩湖 BYD Chile SPA社 2030年まで智SQM社が生産するバッテリーグレードの炭酸リチウムを最大11,244t/年優遇価格で入手できる権利を落札。
Antofagasta州にリン酸鉄リチウム(LFP)バッテリーの正極材製造工場を建設予定。
アルゼンチン
2021年10月 Tres Quebradas(Catamarca州) Zijin Mining Group Zijin Mining Groupが加Neo Lithium社の全株式を総額約960mC$で取得することで合意。
2022年7月 Pozuelos Pastos Grandes(Salta州) Ganfeng Lithium社 Ganfeng Lithium社がLitica Resources社(Pluspetrol社子会社)から962mUS$で獲得することで合意。
ブラジル
2023年7月 EV工場(Bahia州) BYD社 BYD社がBahia州に624mUS$を投資しEV工場を建設すると発表。

筆者が特に興味深い点としては、BYD社が上流から下流まで迅速なサプライチェーンを構築したことが挙げられる。南米におけるBYD社の取り組みについて時系列を追ったところ、数年前からブラジル国内のEV市場を見据えた投資を行っていたように読み取れる。

BYD社の南米における取り組み

2015年: ブラジルSão Paulo市に電気バス工場を開設。
2020年: ブラジルAmazonas州Manaus市でLFPバッテリー工場の生産を開始。投資額は2.7mUS$、年間最大18千個/年の電池モジュールを生産可能。
2021年: チリでCEOLの契約の権利を落札(上述のとおり、後に無効となる)。
2023年: 2030年までSQM社が生産するバッテリーグレードの炭酸リチウムを最大11,244t/年優遇価格で入手できる権利を落札。同時に、Antofagasta州でPlanta de Cátodos de Litio BYD Chile(LFPバッテリーの正極材製造工場)の建設計画を発表。同工場は50千t/年のLFP材料(LiFePO4)を製造するよう設計されている。同プロジェクトの投資額は少なくとも290mUS$と推定されており、2025年末までに操業開始予定。
同   年: ブラジルBahia州に624mUS$を投資しEV工場を建設すると発表。同EV工場は2024年末から操業を開始予定で、EV150千台/年を生産する計画(2023年7月7日付 ニュース・フラッシュ:BYD社、Bahia州に3bBRLを投資しEV工場を建設する計画を発表参照)。

上記を踏まえ、ブラジルでBYD社がEV生産のために構築したサプライチェーン(南米完結型)を以下のとおり想定する。

  1. (a)チリでSQM社から炭酸リチウムを優遇価格で購入。
  2. (b)SQM社から購入した炭酸リチウムをBYD社がチリAntofagasta州に建設予定の正極材製造工場へ供給。同工場でLFP正極材(LiFePO4)を生産。
  3. (c)生産したLFP正極材をブラジルAmazonas州Manaus市のLFPバッテリー工場へ供給、同工場でLFPバッテリーを生産。
  4. (d)生産したLFPバッテリーをBYD社がBahia州に建設予定のEV工場へ供給、EVを生産し国内市場へ販売。

BYD社がブラジルにEV工場を建設するにあたり、Lula大統領や州政府から協力を受けており、また2032年まで税制優遇措置(商品流通サービス税(ICMS)を95%減税)が適用されることも追い風となっていると考えられる。

他方、現在ブラジル政府は一般の大衆車購入に対する補助金支給制度を行っている。EVを普及しなくとも、大衆車でエタノールを使用して脱炭素化を図る方針である。一般的にブラジルではエタノール及びバイオ燃料を多く生産できることから、世界の中でもハイブリッド車(HV)及びプラグインハイブリッド車(PHEV)が生き残ると言われており、当面EVの需要は伸びないと予想されている。一方で、BYD社のような格安のEVが市場に出回ると立場が逆転し、EV市場が拡大する可能性がある。

2.中国企業の現状と今後の動向の予想

チリ

チリでは、鉱業法の関係により(法律第18248号、1983年公布)「リチウムは鉱区の設定ができない鉱物」と規定されている。現在、チリではSQM社及び米Albemarle社の2社がリチウムを生産している。SQM社の株式23.77%は、中Tianqi Lithium社(天斉鋰業股份有限公司)が2018年12月に加Nutrien社から取得しており、既に中国資本が入っている4

他方で、2023年4月20日、Boric大統領が「国家リチウム戦略(Estrategia Nacional del Litio)」を発表した5。今後、民間企業がチリのリチウム開発に参画するには、(a)国と探査に関するCEOL契約を締結する、またはCEOL契約を持つ民間企業と共同パートナーになること、(b)CODELCO及びENAMIと共同探査を行うこと、(c)2024年にチリ政府が設立する技術研究所と共同で技術開発を行うこと、の3つが選択肢となっており、チリのリチウム資源へのアクセスは容易ではない。2021~22年にかけてBYD社がCEOL入札に参加したことから、中国企業は「(a)国と探査に関するCELO契約の締結」からのアプローチが考えられる。

チリ政府の方針は、環境に配慮した持続可能な生産を行うことであり、今後リチウム開発を行う場合、リチウム直接抽出(DLE)技術のような環境影響を低減する技術を導入することが義務付けられている。現在、複数の中国企業がDLE技術開発を行っていることから、チリ政府の方針に協調しつつ、参入の機会を伺っていると考えられる。

アルゼンチン

アルゼンチンのリチウム資源は、主要なリチウム生産会社及び中国企業が生産段階に近いプロジェクトを抑えており、中国企業同士でも熾烈な争いが始まっている。アルゼンチンのリチウムプロジェクトは約1,000mUS$程度で買収することがトレンドとなっている。このことから、引き続き巨額の資金を投じる中国企業が有望な探査プロジェクトないし企業買収の動きが活発化すると考えられ、益々中国資本によるリチウムプロジェクトの権益シェアの拡大が予想される。

ブラジル

近年、ブラジルのMinas Gerais州では、硬岩タイプ(スポジュメン鉱石)のリチウムポテンシャルが見出され民間企業による探査が活発化している。同地帯はリチウムバレーと呼ばれ、その一角に2023年5月にリチウム生産を開始した加Sigma Lithium Resources(Sigma Lithium)社が操業するGrota do Ciriloリチウムプロジェクトが存在する。同プロジェクトから生産されたバッテリーグレードのリチウム精鉱については、2021年に韓LG Energy Solution社と少なくとも60千t/年を供給することに合意しているが、残りは中国のスポット市場で金属加工企業向けに販売されるとみられている。地元メディア情報では、2023年初め米Tesla社とGanfeng Lithium社がSigma Lithium社の買収を検討していると報じられており、中国企業他から関心が高いプロジェクトである。ブラジルはSigma Lithium社のGrota do Ciriloリチウムプロジェクトが旗艦プロジェクトとなり、今後同地帯のリチウムプロジェクトに投資できるかどうかの判断の指標となるだろう。同プロジェクトの経済性の評価基準が定まれば、アルゼンチンと同様、ブラジルのリチウムプロジェクトも資金力のある中国企業の進出が始まるだろう。

なお、リチウムバレーには45のリチウム鉱床があるとされており、豪Latin Resources社、米Atlas Lithium社、加Lithium Ionic社、豪Gold Mauntain社及び米Brazil Minerals社等が現在リチウム探査を実施している。

おわりに

中国企業は巨額の投資を行い南米のリチウム資源の確保を着実に進めており、さらに下流産業まで進出している企業もある。特に、BYD社は自動車会社(IT部品含む)でありながら、ここ2~3年で上流のリチウム資源確保から中下流のプラント建設まで迅速なサプライチェーンを構築している。その他、中国自動車大手のGreat Wall Motor(長城汽車/GWM)社もブラジル市場にEVを導入するため、地元モーターメーカーであるWEG社と独占的パートナーシップ契約を締結している。同パートナーシップは、全ての技術サポートを提供するWEG社とともに、ディーラー、駐車場、ショッピングモール及びその他の商業施設において、EVを充電するための幅広いネットワークを構築するものである。GWM社は、2021年8月に独Mercedes-Benz社からSao Paulo州にある工場を買収した。同社は、今後数年間で1.97bUS$を投資し2024年5月から自動車生産を開始すると発表している。このようにブラジルないし南米のEV市場をターゲットとする中国企業の進出が増えている状況であり、今後それに伴うリチウム資源獲得の動きが益々激化することが予想される。

米国地質調査所(USGS)によると、2022年世界のリチウム生産量は、豪州61千t(世界シェア47%)、チリ39千t(同30%)、中国19千t(同15%)、アルゼンチン6.2千t(同5%)、ブラジル2.2千t(同2%)となっており、チリ、アルゼンチン、ブラジルがトップ5に入っている6。また南米3か国は、今後リチウム生産量の増加が期待されており、中国企業の関心が高いと考えられることから、引き続き中国企業の動向に注目していきたい。

参考文献

  1. https://www.cochilco.cl/Mercado%20de%20Metales/Mercado%20del%20Litio%20-%20Proyecciones%20al%202035%20-06.06.2023I.pdf
  2. https://mric.jogmec.go.jp/wp-content/uploads/2023/02/trend2022_ar_data.pdf
  3. https://mric.jogmec.go.jp/reports/current/20220202/165736/
  4. https://mric.jogmec.go.jp/reports/mr/20220603/167954/
  5. https://mric.jogmec.go.jp/reports/current/20230428/176933/
  6. https://pubs.usgs.gov/periodicals/mcs2023/mcs2023-lithium.pdf

おことわり:本レポートの内容は、必ずしも独立行政法人エネルギー・金属鉱物資源機構としての見解を示すものではありません。正確な情報をお届けするよう最大限の努力を行ってはおりますが、本レポートの内容に誤りのある可能性もあります。本レポートに基づきとられた行動の帰結につき、独立行政法人エネルギー・金属鉱物資源機構及びレポート執筆者は何らの責めを負いかねます。なお、本資料の図表類等を引用等する場合には、独立行政法人エネルギー・金属鉱物資源機構資料からの引用である旨を明示してくださいますようお願い申し上げます。

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