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報告書&レポート

2023年8月16日 バンクーバー 事務所 佐藤佑美
23-16

Lithium Supply and Battery Raw Materials 2023参加報告

<バンクーバー事務所 佐藤佑美 報告>

はじめに

2023年6月20~22日にかけて、第15回Lithium Supply and Battery Raw Materialsが米国NV州LasVegasにて開催された。本会議は、工業用鉱物・金属関連の業界誌であるFastmarkets社が主催するリチウムの需給動向、生産技術、新規資源開発プロジェクト、主要用途であるリチウムイオン電池(LIB)材料などに関する動向を主題にした国際会議である。これまで、リチウム産出国であるチリやアルゼンチン、リチウム探鉱プロジェクトを抱えるカナダ、米国のほか、リチウム資源の一大消費国かつリチウム化合物の一大生産国である中国などで開催されてきた。

本稿では、リチウム需給動向、バッテリー需要動向、供給リスク、リサイクル、かん水からの直接抽出法(DLE:Direct Lithium Extraction)の5項目について議論された内容について報告する。

1.会議の概要

今年の本会議には35か国、450社以上から約1,100名が参加し、過去最多を記録した(2022年の参加者数は約650名)。本会議は合計61の講演やパネルディスカッションなどから構成され、講演者はリチウム生産メジャー企業、探鉱ジュニア、リチウム開発プロジェクトへの投資を検討する金融関係者や商社、リチウムに特化した投資コンサルタント、LIB関連企業、リチウム生産技術開発者、技術系コンサルタント、市場関係者など多岐にわたっていた。

講演会場の様子

講演会場の様子

出典:筆者撮影

2.講演内容

2.1.リチウム需給動向

Fastmarkets社によると、2022年のリチウム総需要は対前年比36%増の680千tで、バッテリー向け需要は全体の82%を占めていた。2007年の総需要は対前年比5%増の93千tで、うちバッテリー向け需要は3割弱であったことを踏まえると、過去15年間でリチウムの需要構造が著しく変化したことが分かる。脱炭素化経済の実現に向けてバッテリー原材料の需要は底堅いが、2020年から2022年後半にかけての価格変動(炭酸リチウム価格(Li 99.5%、EXW中国):1,400%増、水酸化リチウム価格(Li 56.5%、CIF中国、日本、韓国):844%増、スポジュメン精鉱価格(Li2O min 6%、CIF中国):2,100%増)が示すように、特にリチウムはボラティリティが高い点に注意が必要であると、Fastmarkets社のWill Adams調査責任者は指摘する。

世界的なインフレの影響も相俟って、足元では中国におけるEV (電気自動車)販売台数が2022年に比べて勢いを失っている。また、欧州および米国ではロシアによるウクライナ侵攻などによりサプライチェーンが混乱し、EV生産に必要な部材の供給に影響を及ぼしている。しかしながら、Adams調査責任者によればこのような障害は一時的なものであり、2026年にかけてのEVバッテリー向けリチウム需要の年平均成長率は31%と予想され、今後もEV市場がリチウム需要を牽引すると述べられた。他方で、定置用蓄電池(ESS:Energy Storage System)用途のリチウム需要もまた堅調であり、2026年にかけて年平均48%の成長率が期待されるとしている。

2022年時点では、全世界において45のリチウム鉱山が操業しており(年間生産量:約800千tLCE(炭酸リチウム換算)、2025年末までに23の新規プロジェクトが立ち上がる見込みである。2022年では総供給の97%が豪州、中国、チリ、アルゼンチンの4か国から生産されていたが、今後はアフリカ、ブラジル、カナダ、欧州、米国などからの新規供給が見込まれ、生産地域が多様化するとみられている。

リチウム価格は当面の間、高値圏で推移するとみられ、今後も需給タイト感が継続することが予想される。2026年以降は新規供給や政策的インセンティブなどにより供給過剰に転じるとみられるものの、非常にボラティリティの高い市場であることを念頭に、新規プロジェクトの遅延、マクロ経済動向、地政学リスク、EVインフラの普及動向、バッテリーの化学組成の変化、規制・政策動向、ESG(環境・社会・ガバナンス)の影響を考慮した上で適切な投資判断を行うことが重要であると、Fastmarkets社のRaju Daswani CEOはコメントした。

2.2.バッテリー需要動向

Fastmarkets社のPhoebe O’Haraアナリストによれば、2022年における世界のバッテリー需要(EV、ESS、家電製品向け)は852GWhであった。同需要は2033年には5TWhにまで拡大することが予想され、これに伴い約10百万tのバッテリー原材料(リチウム、グラファイト、ニッケル、マンガン、コバルト)需要が見込まれる。2033年にかけてはEVバッテリー需要の増加がバッテリー市場の成長を牽引し、国別では引き続き中国が大きなシェアを占めるものの、米インフレ抑制法(IRA:the Inflation Reduction Act)の導入を受けて米国のシェアが2022年の12%から2033年には25%まで増大するとみられる。

2022年における世界のESS市場は78GWhであるが、2033年にかけては年平均20%の成長率で拡大することが期待され、国別シェアは中国32%、米国21%、欧州18%となることが予想される。近年、米国ではESS向けバッテリー製造に特化した生産拠点が続々と新設されている点も特筆すべきである。2023年時点においては、ESS向け蓄電池シェアの75%をリン酸鉄リチウム(LFP)が占めるとされているが、2033年にかけてリチウムを使用しないナトリウムイオン電池やバナジウムレドックスフロー電池などが台頭し、化学組成が多様化する可能性があると、O’Haraアナリストは述べた。

同氏は、今後のEV/ESSバッテリー需要動向を考える上で押さえておくべき指標として(1)価格、(2)化学組成、(3)充電インフラ、(4)政策を挙げた。

(1)価格に関して、中国におけるEVの平均販売価格は過去7年間で53%値下がりしており、同国のLFPバッテリーセルの製造コストも2029年までに65US$/kWhにまで下落すると試算されている。バッテリー価格、原材料価格、EV価格の下落は、中間所得層のEV購買欲を刺激する重要な要因となるが、その一方で短期的にはインフレによるマクロ経済に対する影響に注意が必要である。

(2)化学組成については、費用対効果の観点から三元系(NCM)のうちHigh-Ni系およびHigh-Mn系が急伸長することが期待されるため、バッテリー電気自動車(BEV)向け正極材のシェアは、2033年時点でNCM56%、LFP35%、ナトリウムイオン電池9%となることが予想され、引き続きNCMが優勢であるとみられる。他方で、中国国外においてLFPバッテリーの採用が進む中、複数の有識者は今後炭酸リチウムの供給量が増加するとみている。しかしながら、Fastmarkets社の試算結果によると、平均リチウム含有量はNCM655で0.13kg/kWhの一方、LFPでは0.09kg/kWhであることから、LFPが続伸した場合には炭酸リチウムの総需要が減少する可能性がある点に留意しなければならない。

EV普及率を押し下げる要因の一つとなっているのが(3)充電インフラの不足である。一般的に、EV10台に対して少なくとも1つの充電インフラが整備されている必要があるとされているが、韓国や中国などを除く大半の欧米諸国ではこれを満たしていないのが現状である。また、中国においても地方都市では充電インフラの整備状況に偏りがみられ、さらなる改善が必要である。

(4)政策ではESSに焦点が当てられた。米国では複数の州においてESSの普及を促進するための環境整備が行われており、CA州やTX州が牽引する形で2025年までに80GWhの市場規模に拡大することが見込まれている。また、中国では再生可能エネルギー事業に併設する形でのESS導入を義務付ける政策により、2025年には100GWh規模にまで達することが予想される。

2.3.供給リスク

短期的には、急拡大するEVバッテリー向けリチウム需要に対して供給が追い付かないことが懸念されている。iLiMarkets社Daniel Jimenezパートナーの試算によれば、世界は今後リチウム生産量を少なくとも毎年250千t増加させる必要がある。市場により多くのリチウムを供給する手段に関して、複数のパネリストからは豪Allkem社と米Livent社の合併合意を引き合いに、合併・統合はシナジー効果を期待できるという観点では有効ではであるものの、新規供給を増やすためにはジュニア企業に対する投資が不可欠であるとの声が挙げられた。また、コンサルティング会社であるHouse Mountain Partners社のChris Berry社長は、米IRA法は北米域内サプライチェーンの構築を勢い付けたという点では大いに評価されるが、中流、下流に対する支援は手厚い反面、上流の鉱山事業に対する課題意識が不足していると主張。特に米国では新規鉱山開発に対する許認可プロセスの合理化が急務であり、より現実的な政策が打ち出される必要があると述べた。Danielパートナーは許認可プロセスの迅速化は然ることながら、新規プロジェクトが遅延する主な原因は技術的知見・経験不足にあると指摘。リチウムは資源タイプや地理的特性が多岐に亘る上、サプライチェーンは中国に依存している。同氏は、このような技術力や熟練労働者の不足を背景に今後4~5年間は深刻な供給不足に陥る可能性が高いとコメントした。

鉱石からリチウムへの精製プロセスが中国に大きく依存している点に関しては、リチウム大手生産者が登壇したパネルディスカッションにおいても論じられた。豪Allkem社Christian Barbier販売責任者は、米IRA法による税額控除要件や連邦政府による補助金は追い風となってはいるものの、原材料を適切な場所とタイミングで確保することが重要であり、キャパシティビルディングが求められるとコメント。米Livent社のSarah Maryssael戦略責任者は、北米における大半のプロジェクトはグリーンフィールドであることから、政府や市場からの資金的支援が必要不可欠であると指摘した。同氏はまた、鉱業界が人材確保に苦戦していること、特にリチウム業界はケミカルエンジニア不足に直面している点に言及。長年中国が培ってきた技術的水準に追い付き、中国国外でバッテリー品質のリチウムを生産する能力を構築することが極めて重要であるとした。

今後は二次原料やDLEの普及によってリチウムの供給構造に変化が見られるのではないかとの問いに対して、アドバイザリーサービスを提供するGlobal Lithium社のJoe Lowry社長は、2035年までにリサイクルからの供給は全体の12%、DLEを用いた供給は20%を占めるのではないかと予想した。リサイクルに関して複数のパネリストからは、当面はLFPのシェア拡大が見込まれるためリチウム回収量は期待できないものの、2035年以降は使用済みLIBからのリサイクル量が確実に増えることが予想されるとの見方も示された。

2.4.リサイクル

Fastmarkets社のLee Allenシニア調査員は、急伸するLIB需要と想定されるバッテリー原材料の供給不足、さらには米IRA法や欧州議会が採択した再資源化規則によって、リサイクル市場が急拡大するとの予想を示した。2023年現在、二次原料の割合は総供給量の5%に過ぎない。十分な量の使用済み車載LIBスクラップが市場に出回っていないため、処理コストと収益の観点からリサイクル工場がフル稼働できていない。しかしながら、大規模LIB生産工場(ギガファクトリー)の立ち上がりに比例する形で、スクラップ市場は2023年の約0.6百万t(110GWh LIB換算量)(製造工程内:70%、使用済みLIB:30%)から2033年には約3.0百万t(480GWh LIB換算量)(製造工程内:40%、使用済みLIB:60%)にまで拡大することが期待されるとしている。なお、Fastmarkets社は5月にブラックマスの新たな指標価格を立ち上げたところ、今後10年間でブラックマスはバッテリー原材料としての重要な位置を占め、2031年に価格のピークを迎えるのではないかと予想された。

北米最大級のバッテリーリサイクル企業である加Li-Cycle社などが登壇したパネルディスカッションでは、昨年に続き北米における湿式処理能力不足や法・規制整備の必要性が指摘された。クローズド・ループの確立にあたっては如何に循環性と安定性の高い製品を製造できるかがポイントとなるが、規模の経済は然ることながら、多種多様なLIBの仕様や所有者の変更、消費地域の分散などの課題に直面しているとの声が挙げられた。

2.5.DLE

DLEに関するパネルディスカッションでは、同技術がリチウム業界のゲームチェンジャーとなり得るか否かについて活発な意見交換が行われた。DLEの商業化に向けた課題は何かという質問に対して、加Summit Nanotech社Amanda Hall CEOは、自社鉱区を保有していないことから塩湖に対するアクセス機会が限られ、スケールアップが最大の課題であるとコメント。また、DLE企業は塩湖かん水のリチウム濃度や液組成に応じて都度プロセスをカスタマイズする必要があるため、プロジェクトの立ち上げに時間を要する点も普及上の課題である。

環境に配慮したリチウム採掘を重視する動きはDLEにとって追い風であるが、従来型の天日蒸発では日光を使用するため、エネルギー利用の観点では叶わない。したがって、プロセス全体で効率性、経済性、および持続可能性が向上することを、ステークホルダーに対して丁寧に説明していくことが重要であるとの見解が示された。

おわりに

ネットゼロ経済の実現に向けてEVバッテリー向け需要を中心としたリチウム需要は底堅く、新規プロジェクトが内在する様々なリスクを考慮すると、短期的には需給タイト感が継続することが予想される。

今年は米IRA法がサプライチェーンにもたらしたダイナミズムに言及した議論が多く、総じて同法は歓迎されるとの意見が大勢であった。しかしながら、技術力のある中国をサプライチェーンから完全に排除することは容易ではなく、北米においてはジュニア企業に対する政府や市場からのさらなる資金支援、上流の鉱山開発に対する許認可手続きの合理化、スキル人材の確保・育成が喫緊の課題であることが論じられた。

リサイクルに関しては例年に比べて目新しい議論はなく、またリチウム生産にかかる新技術についても引き続きDLEが有力視されるなど、本会議は講演内容、パネルディスカッションともに一巡したような印象を受けた。

重要鉱物を巡る国際的な調達競争は激化しており、とりわけバッテリーメタル市場は日々大きく変化している。引き続き業界構造を正しく理解し、サプライチェーン全体の動向を適切に把握することが求められるだろう。

おことわり:本レポートの内容は、必ずしも独立行政法人エネルギー・金属鉱物資源機としての見解を示すものではありません。正確な情報をお届けするよう最大限の努力を行ってはおりますが、本レポートの内容に誤りのある可能性もあります。本レポートに基づきとられた行動の帰結につき、独立行政法人エネルギー・金属鉱物資源機及びレポート執筆者は何らの責めを負いかねます。なお、本資料の図表類等を引用等する場合には、独立行政法人エネルギー・金属鉱物資源機資料からの引用である旨を明示してくださいますようお願い申し上げます。

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