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チリの新鉱業ロイヤルティ法
はじめに
チリの新鉱業ロイヤルティ法案は、2021年3月に下院で議論が再開して以来、下院及び上院にて度重なる議論が行われてきた。当初、銅についてはLME価格に応じて変動する累進課税(限界税率75%)が下院で可決され、多くの鉱業関係者が同法案の動向について注視していた。時には、資源メジャーを始めとする鉱山会社及び鉱業関係者が上院鉱業エネルギー委員会で、同法案が鉱業に与える影響について発言を行った。チリ政府は、鉱山会社及び鉱業関係者からの意見を聞き同法案の修正を重ね、2023年5月9日に最終的な修正案を完成させた。
2023年8月3日、Boric大統領、Mario Marcel財務大臣及びMarcela Hernando鉱業大臣が新鉱業ロイヤルティ法に署名した1。また、同法は同年8月10日に官報に公示された2。同法は2024年1月1日から適用され、政府の試算では1,350mUS$(GDP 0.45%に相当)が徴収されるとしている。そのうち450mUS$がチリ国内の地域の発展を促進するために割り当てられる予定である。
本稿では、新鉱業ロイヤルティ法の承認プロセス及び内容について紹介する。
1.新鉱業ロイヤルティ法案の承認プロセス
これまでの新鉱業ロイヤルティ法案の承認プロセスを図1にまとめた。同プロセスのうち大きな分岐点となったのは、政府の関与である。当初は下院議員が考案した内容について議論が進められていたところ、政府や一部の議員から「税務問題に関する対応は大統領のみに限られる」とし違憲と反論していた。その結果、2022年7月1日、政府は新鉱業ロイヤルティ法案の政府案を発表した。2022年7月以降、同政府案が主体となり上院で議論が進められ、財務省によって税率や内容の修正が行われた。2023年1月に上院鉱業エネルギー委員会で同法案(政府修正案)が承認された後は特段動きがなかったが、同年5月に入り急速に議論が進められ上院財務委員会、上院本会議、下院鉱業エネルギー委員会、下院本会議によって約1週間でスピード承認された。このように、新鉱業ロイヤルティ法案は、2021年3月に下院で議論が再開されて2年5か月を要し、ようやく決着がついた形となった。
2.新鉱業ロイヤルティ法の内容
新鉱業ロイヤルティ法の主要な条項を紹介する。
(第2条)売上高に対する課税(Ad Valorem)
過去6年間の平均銅販売量が50千t/年以上の鉱山会社は、年間売上高に対して1%課税される。
ただし、鉱山会社の調整課税所得(RIOMA:adjusted mining operational taxable income)がマイナスの場合は、(年間売上高×1%)額からRIOMAのマイナス額を差し引いた額を支払う。
(第3条)RIOMAに対する課税
年間売上高の50%以上が銅であり、過去6年間の平均銅販売量が50千t/年以上の鉱山会社は、営業利益率(MOM:Margen Operacional Minero)に応じてRIOMAに税率8~26%が課税される。
ただし、課税年度においてRIOMAがマイナスの場合、同課税は適用されない。
営業利益率区分(MOM) | 税率(%) |
---|---|
0~20 | 8 |
20~45 | 8~12 |
45~60 | 12~26 |
60以上 | 26 |
(第4条)第3条の規定が適用されない場合
過去6年間の平均銅販売量が50千t/年未満である鉱山会社は、RIOMAに対して以下の税率が適用される。
- 銅販売量が12千t/年未満の鉱山会社は、第4条は適用されない。
- 銅販売量が12千t/年以上50千t/年未満の鉱山会社は、銅販売量に従って税率が変動する。
- 銅販売量が50千t/年を超える鉱山会社は、営業利益率に応じて課税が適用される。
平均銅販売量(/年) | 税率(%) |
---|---|
12千t未満 | 免除 |
12千t以上~15千t未満 | 0.4 |
15千t以上~20千t未満 | 0.9 |
20千t以上~25千t未満 | 1.4 |
25千t以上~30千t未満 | 1.9 |
30千t以上~35千t未満 | 2.4 |
35千t以上~40千t未満 | 2.9 |
40千t以上~50千t未満 | 4.4 |
営業利益率区分(MOM) | 税率(%) |
---|---|
35以下 | 5 |
35~40 | 8 |
40~45 | 10.5 |
45~50 | 13 |
50~55 | 15.5 |
55~60 | 18 |
60~65 | 21 |
65~70 | 24 |
70~75 | 27.5 |
75~80 | 31 |
80~85 | 34.5 |
85以上 | 14 |
(第8条)税負担率の上限
平均銅販売量50~80千t/年の鉱山会社は税負担率の上限を45.5%(35%(法人所得税+源泉徴収税)+ロイヤルティ)とする。
平均銅販売量80千t/年以上の鉱山会社は税負担率の上限を46.5%(35%(法人所得税+源泉徴収税)+ロイヤルティ)とする。
(第10条)金融市場委員会への報告義務
全てのロイヤルティ納税者に対し、事業体の所有権に関する注記を含む財務諸表を金融市場委員会に四半期ごとに報告する義務が定められている。
(第13条)基金の創設
鉱業州や鉱山事業活動地域コミュニティに利益をもたらす2つの基金(Fondo)が設立され、新鉱業ロイヤルティ法による税収が州、鉱山事業活動地域コミュニティに分配される(約1.5bUS$のうち、総額450mUS$)。
- Fondo Regional para la Productividad y el Desarrollo
この基金は、地元自治体への資金提供のために使われる。地域開発戦略に従って、生産活動、地域の発展、科学技術の促進を目的とするプロジェクト及びプログラムに資金を提供する。 - Fondo Común Municipal
この基金から、住民の健康に重大な影響を与える可能性のある製錬所、精錬所、鉱床及び尾鉱ダムがある鉱業州に属する市町村、港湾活動が主に鉱業活動と関連している州に資金が提供される。
(暫定第3条)
税の不変期間の適用を受けている納税者は、税の不変期間が終了する日まで、これら変更の影響を受けない。しかし、税の不変期間の適用を受けている納税者は、この法律にある規定に任意に遵守することができる。このような場合は、税金の不変性を放棄したものとみなされ、暦年に関してこの法律で定められた税金を一旦課せられると、以前の制度に戻ることはできなくなる。
その他:合意プロトコル
一部の議員から新鉱業ロイヤルティ法案を承認する代わりに次の条件が提案され、配慮されることとなっている(同法の条文に具体的な記載はない)。
- 地域や自治体の財政的問題緩和のために、2025年からロイヤルティからの各基金への分配額50%の額が予算に組み込まれる。
- 鉱業プロジェクトの環境許認可手続きにかかる時間を30%短縮する。
- 2024~2026年度予算に、Arica州、Parinacota州、Coquimbo州での産業インフラ投資を支援する基金を設立し、この基金に200mUS$/年、国民の安全確保の投資のために350mUS$/年を組み込む。
3.政府及び鉱業界の反応
メディアが報道している新鉱業ロイヤルティ法に関する関係者のコメントを紹介する。
Boric大統領
大手鉱山会社に対する新鉱業ロイヤルティ法は、歳入を増やすためだけでなく、チリ国民の利益に資するものである。
Mario Marcel財務大臣
新鉱業ロイヤルティ法が施行されたことにより、法的確実性が高まり、投資にプラスの影響を与える。
Marcela Hernando鉱業大臣
鉱業活動が行われている州が公正な報酬を受けることができるようになっただけでなく、鉱業活動がない地方地域まで報酬が受けられるようになったことから、新鉱業ロイヤルティ法は国内全ての州にとって良いニュースである。
Jorge Riesgo Sonami会長
新鉱業ロイヤルティ法案は、この5年間鉱業投資に影響を与え続けてきたが、下院で新鉱業ロイヤルティ法案が成立したことで、法的確実性が高まった。政府は、当初最大50%の税負担を提案していたが、最終的に提案は改められた。Marcel財務大臣は、我々の主張を理解し、法案にさまざまな調整を加えてくれた。法案での重要な点は、初めて鉱業州に直接資金が配分されるということである。中央政府がすべて管理しているため、これまでこのようなことはなかった。
右派政党議員
新鉱業ロイヤルティ法案は、鉱山会社と鉱業投資に影響を与える。
おわりに
チリの鉱山へ投資する民間企業にとっては、税制が不透明であると投資意思決定に影響が出ることから、新鉱業ロイヤルティ法が施行されたことで不安要素がなくなり投資環境が改善したと言える。実効税率を見ると、チリの現行の実行税率は40.3%と他国より低い。一方で、新鉱業ロイヤルティ法は他国より実効税率が高くなっており、鉱山会社にとってはより税負担がかかる状況になっている(図2)。
出典:一部Cochilcoの情報を引用
一方、鉱山投資は、政治、情勢、経済、インフラ、コミュニティ等の他条件も重要になり、総合評価で鑑みるとチリは他国と比べ投資環境の良い国であることに変わりないだろう。また、新鉱業ロイヤルティ法の中で、鉱業プロジェクトの環境許認可手続きにかかる時間を30%短縮する条件が導入されることは、コスト削減及び早期建設に移行できるメリットもある。このように、新鉱業ロイヤルティ法は、政府、議員と鉱業関係者との鬩ぎ合いかつ両者の妥協点を見出した結果と言えるだろう。
最後に、各鉱山会社における新鉱業ロイヤルティ法に関する事実上の影響度合いは2024年以降に明らかになるため、引き続き情報収集に努めたい。
参考文献
おことわり:本レポートの内容は、必ずしも独立行政法人エネルギー・金属鉱物資源機構としての見解を示すものではありません。正確な情報をお届けするよう最大限の努力を行ってはおりますが、本レポートの内容に誤りのある可能性もあります。本レポートに基づきとられた行動の帰結につき、独立行政法人エネルギー・金属鉱物資源機構及びレポート執筆者は何らの責めを負いかねます。なお、本資料の図表類等を引用等する場合には、独立行政法人エネルギー・金属鉱物資源機構資料からの引用である旨を明示してくださいますようお願い申し上げます。