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ミャンマーWa州の錫生産停止について
はじめに
ミャンマーは世界の錫鉱石の生産量のうち、10%を占めている。また、これらの鉱石は同国のShan州の自治区であるWa州で、ほとんどが生産されている。ミャンマー産の錫鉱石・精鉱は、主に中国、タイに輸出されている。中国は、錫地金の世界最大生産国であるが、原料となる錫鉱石・精鉱のソースは、自国生産と輸入がある。中国の錫鉱石・精鉱の輸入はミャンマーからの輸入がおよそ8割を占めており、ミャンマーは、中国の最大輸入相手である。国際錫協会(ITA;International Tin Association)によると、2022年の中国の錫精鉱輸入の約3分の2はミャンマー産のもので、合計でおよそ48,000t、そのうちミャンマーの鉱石生産が約40,000tで、同国の鉱石生産のうち70%がWa州のものとされている。さらに、2022年は錫価格が上昇した際、ミャンマーからの輸入量のうち、一部はWa州の備蓄からもたらされた。
また、中国の輸入先としてミャンマーのほかに、DRコンゴと豪州が主な輸入先となっている。
錫の主要用途は、はんだであるが、景気の鈍化等から半導体産業の需要が低迷しており、Macquarie社によれば2023年4月時点で、今年の需給バランスは供給過剰見通しとなっていた。
出典:Bloomberg
出典:米国地質調査所(USGS)
出典:ITC
Wa州の錫採掘・加工等の規制の概要
ミャンマーWa州は、2023年8月から採掘・加工等を停止している。本件については、2023年4月に同州中央経済計画委員会(EPC)から、「2023年8月1日以降の錫鉱石採掘・加工等を一切停止する」との通知が公表され、今回の規制の狙いは同地域における資源保護のためとされており、鉱業近代化の一環とのことである。この近代化が意味するところは、同地域では鉱山管理体制が十分に整っておらず、中小や零細採掘による違法な採掘などが多く存在すると思われ、政府による管理の強化と乱掘による資源の減少の防止が目的ではないかと思われる。
この発表により、中国国内の錫価格は急騰し、LMEの3か月先物価格も2か月ぶりの高値(27,705US$/t)となった。
Wa州では、錫鉱石の選鉱までを実施しており、製錬能力はほとんどないと思われる。ミャンマー国内では、ヤンゴンに国営の製錬所が1件あるが、近年はフル生産で操業していない可能性が高い。よって、ミャンマーは中国への鉱石輸出を収入源としているところが大きいと考えられ、この生産・輸出禁止が長期化することは現時点では想定しにくいが、実際には公式に輸出規制の期限が具体的に明らかとされていないため、いつまで今回の措置が実施されるのかが不明である。
Wa州と中国間の錫輸出入については、2022年にも停止したことがある。新型コロナウイルスの感染拡大により、中国の錫の一大生産地である雲南省でロックダウン措置が実施され、Wa州でも感染拡大の影響でロックダウンが実施されたため、両地域間で車両等の通行が一切できなくなった。これにより錫の輸出入が滞ったことがあった。
また、ミャンマーは、2021年の軍事クーデターによって、国内の情勢が不安定となっており、政治的なカントリーリスクが高い。Wa州は、中国とミャンマーの国境沿いに位置しており、ミャンマー国軍とは別の「Wa州連合軍(UWSA)」という少数民族武装勢力により支配されている。よって、国内の政治体制が統一されていないことから、ミャンマーの錫生産に関する統一された統計もないと思われ、同州内での生産動向および輸出動向が把握しにくい。
2023年8月1日に採掘が停止され、直近で錫精鉱の供給に大きな影響はないと見られているが、EPCから具体的な生産開始予定などが公表されていないため、見通しが不透明な状況が続いている。中国は、今回の規制が開始される前の7月に、5,000t(純分換算量)の輸入を行った。ミャンマーのトレーダーが輸出禁止前に在庫を処分したためとされている。ITAによると、2023年の中国の錫製錬用の原材料の供給は減少するとのことで、今回の規制の影響は免れないだろう。
2023年8月21日のWa州EPCの発表によると、同年8月30日までに鉱山企業(オーナー)は、中央事務委員会と協力して、選鉱事業の承認手続きを行う予定。中央事務委員会は、承認手続き後EPCに報告し、EPCが登録する選鉱施設は、8月末までに、場所、設備、生産規模といった詳細情報が登録されるとのこと。
おわりに
今後、DRコンゴなどのアフリカ地域や豪州において錫の生産量の増加が見込まれるが、これらの国の生産動向とあわせて、引き続きミャンマーの錫生産動向を注視する必要がある。
参考文献
- Myanmar’s Wa State announces tin mining suspension from August – International Tin Association
- Wa State Reveals Further Details on Mining Suspension – International Tin Association
- Column: Tin spooked by threat of supply disruption in Myanmar | Reuters
- Market Excess and High Inventory Offset the Impact of Myanmar’s Tin Mine Ban in the Short Term_Nonferrous Metals Industry News_Yangtze River Metal Information_Yangtze River Nonferrous Metals Network (ccmn.cn)
- China-Myanmar ports have successively appeared epidemics, Myanmar tin ore imports have been blocked__Shanghai Nonferrous Metal Network (smm.cn)
- Tin mining in Myanmar: Production and potential
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