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報告書&レポート

2023年10月13日 金属企画部 調査課 小口朋恵
23-26

チリのリチウム国家戦略とDLE技術

─日智リチウム戦略と低環境負荷技術に係るワークショップ開催─

<金属企画部調査課 小口朋恵 報告>

はじめに

チリでは、2023年4月、Boric大統領が「国家リチウム戦略」を発表し、チリでのリチウム開発において旧鉱業法に基づく特別操業契約(CEOL)締結による鉱区の取得から、国家主導の開発へと移行する内容が明かされた。電気自動車(EV)の世界的な普及に伴い、近い将来リチウムの需要が爆発的に増えると予想されている中、世界最大規模のリチウム埋蔵量を誇るチリは、EV生産メーカーを抱える各国から大いなる注目の的となっている。我が国も、長年銅の生産開発で培ってきたチリとの良好な関係に基づき、チリの新たな方針を深く理解し、そして日本としてチリの将来の生産増加にいかに協力・貢献できるか、ひいては我が国の資源獲得にいかに繋げることができるかを検討していかなければならない。その際鍵となるのは、直接抽出技術(DLE)と呼ばれる、従来の天日干しと比べて環境負荷が少ない、新たなリチウム生産方法である。

本稿では、2023年7月25日にチリの首都Santiagoで開催した、「日智リチウム戦略と低環境負荷技術に係るワークショップ(CHILE-JAPAN Workshop on Lithium Strategies and Low Environmental Impact Technologies)」の概要を紹介する。このイベントでは、チリ鉱業省高官がチリの国家リチウム戦略を説明し、また我が国からもDLE技術によるチチリへの貢献可能性のアピールを行った。今後の我が国のリチウム戦略立案にあたって本稿が一助となれば幸いである。

写真1.開会挨拶(佐藤努JOGMEC金属企画部長)

写真1.開会挨拶(佐藤努JOGMEC金属企画部長)

1.チリの国家リチウム戦略(リチウムと塩湖:最新の状況と展望)
<講演者:Gonzalo Gutiérrez、チリ鉱業省>

(1)チリの国家リチウム戦略

本日は、Boric大統領が提案したチリのリチウム塩湖の政策について説明する。リチウムの主な用途は周知だが、そのリチウムについて世界でどのような関心があるのか、そしてチリのリチウム事情、リチウムと塩湖に関する政策、Boric大統領の2023年4月26日の演説内容について、政策に焦点を当てて話をしたい。そして日本政府・企業と引き続き対話をしていきたい。

まずリチウムの用途は、15年前まではセラミック、医療といった伝統的な用途が多かったが、近年は大半が再利用可能なバッテリー(リチウムイオン電池:LIB)に使用されている。リチウムはエネルギーの貯蓄、エネルギーの効率化、エネルギーの製造、この3つの要素からリチウムのニーズが増大、価格が高騰し、多くの国でクリティカルな物質とされている。チリでも数年前から、このような傾向になると見極め議論を進めてきた。LIBは過去に爆発といった事故も発生したが、この10年特に大きな問題も無く無事にバッテリーが製造され、モバイル、小型家電、車両に使われるようになっている。ではなぜ我々にとってこれほどまでにリチウムが重要になったのかというと、2015年のParis協定で石油からの脱却、持続可能なエネルギーつまり風力発電や太陽光発電に切り替えるとしたが、これにはエネルギーを貯蔵する必要があり、その電池にリチウムが必要になるからである。数年前、米国やEUがリチウムをクリティカルな資源として定めた。ここでいうクリティカルな資源とは、必要にも関わらず入手できない資源を指す。リチウムの将来的な利用を視野に、もはや理想ではなく現実としてリチウムの重要性を捉えている。

(2)チリのリチウム資源

リチウム原料は、鉱石と塩湖かん水の2種類ある。塩湖は主に南米南部にあり、世界のリチウムの65%がこの南米南部3国に集中しており、リチウムトライアングルと呼ばれる。豪州や米国、中国は鉱石からリチウムを抽出するが、塩湖ほどは採れない。チリには60以上の塩湖があり、塩湖の周囲には非常に豊かな植動物等の自然があり、先住民居住区もある。古典的な鉱業で進めると、1か所から何かを採ると隣の別のものまで採ってしまうという現象が起こり、実際塩湖の環境を壊すことになりかねない。よって異なる観点から、このチリの塩湖のエコシステムを理解した上でリチウム抽出作業をしなければならない。これを理解して初めてチリ政府が提案している政策が理解できよう。

(3)現在のリチウム抽出作業

現在Atacama砂漠で行われているリチウム生産は、地下10~14mにあるかん水をポンプで汲み上げ、サッカー場規模の面積を持つプールに移し、天日乾燥で抽出される塩が6%程度になったら化学処理場へ運ぶ。これは雨が降らない、太陽光・紫外線が強いといった同砂漠の特徴を生かした生産方法である。ボリビアUyuni塩湖のかん水はマグネシウムを含むが、Atacama塩湖はそれを含まないのでプロセスのコストが安くなる。最後にAntofagastaの工場で炭酸リチウムが完成する。

チリにあるリチウムの90%がAtacama塩湖にある。その他はAtacama塩湖の1割程度の面積で濃度も低い。アルゼンチンと比べてもチリのほうが何倍も濃い。Atacama塩湖ではチリSQM社がチリのリチウム生産の65%を行っている。その他の塩湖の調査もしているが、小規模である。

(4)特別操業契約

1979年、チリ政府はリチウムを政府の管理下とした。リチウムを採掘対象とする鉱区は発給されているものの、民間企業と大統領が特別操業契約を締結する場合に限り販売許可が得られる。1979年以降、このリチウム鉱区はCORFO(Corporación de Fomento de la Producción)とCODELCOの2社のみが取得し、その他の塩湖で調査・開発する場合は特別操業契約が必要になる。ここが今後のチリの戦略に関わる重要なポイントだが、実際に契約があるのはMaricunga塩湖のCORFOとCODELCOの2社のみである。リチウムの規制には、鉱業関係のみならず水や環境に関する様々な機関も関与している。現在、新法を更新中のところ、大胆な改革には新たな動きが必要である。

チリのリチウムと塩湖の調査は、政府が1960~70年代初頭に政府が始めたビジネスで、当時CORFOに存在した部署が2つの会社を始め、その後SQM社と米Albemarle社のJVとなり、政府は1990年代に株主から退いた。このため、今再び政府が事業に関わるのは特別なことではない。1990年代以降、様々な国の調査員や大学教授が民間企業に移ったため、政府に当時あった人脈は引き抜かれてしまった経緯がある。

チリのリチウム生産・輸出量はともに好調で、輸出品目の90%が炭酸リチウム、残りは硫酸リチウムや水酸化リチウムである。豪州の鉱石由来のリチウムは中国で再度水酸化リチウムに加工してバッテリーに使用されるが、チリの炭酸リチウムは直接バッテリーに使用される素材である点が重要なポイントである。

(5)新たな生産モデル

過去の政権において、世界中でリチウムが必ず求められるようになる中で今後どうすべきかを様々に調査した結果、当時の政府はリチウムにさほど注力しておらず、バリューチェーンもできていない、規制も足りないほか、更に良いプロセスで作れるのではないか、との課題提起があった。また政府がAtacama塩湖での活動を全く制御していない印象を持たれた。このため、これを制御する公営企業を作るべきとの結論に至った。更に付加価値をつけるため、Atacama塩湖周辺の居住者への配慮を含め、環境に良い方法でなければならないので、DLE等新たな技術を精査する必要が生じた。

チリには、北に鉱山、南にフルーツ、魚があり、国土の真ん中に位置する首都がビジネスの中心地である。この状況は1963年当時と比べても全然変わっていないばかりか、チリには新しい技術が無かった。未来のチリ経済強化のため、リチウムを単に抽出するだけでなくバリューチェーンに何かしらの形でチリを組み込むことが必要と考えるが、恐らくここが最もハードルになる。このため、塩湖の管理方法を更新し、民間企業に頼るのではなく、科学技術を新たに創設する公営企業が一括管理する。1960年代と同様に国が自らのノウハウを持ち、民間企業と協業して実際の操業や商売に加わらないといけない。これがBoric大統領の発表内容である。環境の持続性、新技術・ビジネスモデルの構築に向けて、様々なプレイヤーが入ってこの業界が拡大する計画となっているが、鉱業省が中心となって様々な機関がリチウム政策に携わる。国会で議論中のリチウム公社が設立されるまではENAMIがリチウム産業に関与し、Atacama塩湖で実際に活動を開始する手続きを始めている。塩湖にはダイバーシティの観点から、保護対象となる塩湖のネットワークを作り、そこでは抽出作業は行わず、別の塩湖にて抽出作業を行うことになる。開発には2段階あり、ひとつは探査、もうひとつは抽出作業になるが、国営企業(ENAMI等)が何らかのプロジェクトを進めている場合は、引き続きそれを実施できる。北部の塩湖に3つのプロジェクトがあり、民間企業3社と交渉段階にあるので、これをまず実施し、次に特別操業許可を企業に与えることになる。これは国営企業と民間の連携で行うが、できなかった場合はCODELCOとENAMIで実施する。今後の方針は2023年末までに定め、抽出作業に携わる企業を決めたい。教育機関、NGO、企業との協議の下、地元住民とも協議を重ね、良い方向へ進んでいきたい。

2.リチウム、塩湖に関する科学技術と知見
<講演者:Virginia Garretón Rodríguez、科学技術・知識・イノベーション省>

環境、コミュニティを守りながらのリチウム開発戦略について、当省から説明したい。例えば、家族が住む家があり、その下に金の宝がある。その金を取るために、家を潰して金を取るか、それとも家を守りながら金を取るか。簡単に言うとそれがチリの状況である。難しい問題も発生するだろうが、我々は国を守りながらリチウムを取っていきたい。

持続性を基本としたリチウム抽出について、まずチリは他国よりCO2排出量を一層低減、ゼロにしたいという目標がある。持続性のある方法で科学技術を伸ばし、環境に優しい方法でリチウムを取る。そのためのキーワードは「持続性」であり、これには経済価値、環境保護、コミュニティ保護の3点がポイントである。以前から、チリには地域、性別等に起因する様々な格差問題があり、こうした一般的な経済格差を可能な限り縮めることが課題である。それには、首都Santiagoだけでなく国全体として、リチウム、グリーン水素等の持続性をベースに科学系の企業や取引を支援しなければならない。これには様々なプログラムがあるが、スタートアップ企業や公共事業に対し、一般的なコミュニティや環境に関するサポートをしていきたいと考えている。そしてチリの一般人もこの協議に参加できるようにすることが重要である。

チリは小国で、人口は1,700万人程度、国民総生産は日本より低いが、この10年間でチリには複雑なシステムが作られ、ベンチャーキャピタルもあり、1,500以上のイノベーション、様々な科学技術系の民間企業も公的企業もある。大学は55あり、そのうち30がリサーチ系の学部を持ち、卒業後の就職支援等もしている。チリの20省の中でもこれに類似する何かしらの支援をしている。鉱業やリチウムに関する支援も備えている。チリ人のPh.D.は1,800人と少ないが、他国と比べさほど少なくはない上に、毎年10%ずつ伸びている。Ph.D.の取得には時間を要するが、取得すれば政府から資金援助等が得られるので、科学技術分野が伸びている。チリの1,500社が技術、調査関係の企業で、各州の大学は企業が技術開発できるよう支援している。科学技術系の企業は、売上の20%を会社に再投資して技術を伸ばしている。鉱業分野では78社が新技術・能力を開発できる企業である。

チリには科学技術の支援に関する機関ANID(Agencia Nacional de Investigación y Desarrollo:研究開発機構)、CORFOが協業し、科学技術をベースとしたスタートアップ企業を支援している。

最後にリチウムとグリーン水素について話したい。我々には様々な格差解消の課題がある。リチウムについては今後技術研究所が立ち上がるが、民間企業の方が新技術開発に長けているところもあるので、技術研究所と共に塩湖のバイオダイバーシティ保護についてモニタリングをしながら、民間企業と情報共有していく機関になると思われる。この研究所は恐らくAntofagasta州等の北部に作られると思うが、持続性、技術、バイオダイバーシティに関する塩湖のモニタリング、コミュニティも管轄することになろう。グリーン水素に関する戦略は、生産者等国内のみならず海外も含めた関連企業の支援をしていきたい。グリーン水素のバリューチェーンにどのように組み込むかを考えなければいけないが、今後、様々な計画、案が政府の支援を受けつつ、大学とも協力しながら、海外の人達もチリの新たな業界に参入する支援をしていく所存である。

3.日本政府の支援ツールとDLE技術概要
<講演者:JOGMEC金属企画部企画課 課長代理 米村和紘>

(1)日本のターゲット

チリは米国とのFTA締結国という利点があるので、それを活かしながらチリの持続的成長をどのように促していくか、一緒に議論していきたい。

2022年8月に我が国の蓄電池産業戦略検討官民協議会が示した蓄電池産業戦略において、2030年までに国内で150GWh/年の国内製造基盤を確立し、世界で600GWh/年の製造能力を日本企業が確保することを考えている1。この150GWh達成には炭酸リチウムが100千t/年必要になるので、新たな資源のリソースを獲得しなければならない。このことからチリの生産物は日本企業にとって極めて関心が高い状況である。また、日本政府はサプライチェーンの強靭化にも強い関心を持っている。IEAが2023年7月に公表した“Critical Minerals Market Review”によると、多くの鉱種において製/精錬業が特定国に偏っている2。つまり、いくらリチウム原料をチリや豪州で生産しても、それが必ず特定国を通過する構図となっているので、チリの製/精錬能力を高めていくことによる、世界的な多角化が重要なポイントとなる。チリは銅地金の生産量を増やしたいとも聞いているので、製/精錬業でチリの割合が増えることも将来の重要なポイントとなってくる。

(2)DLE技術

DLE技術の天日干しとの最大の違いは、DLEは汲み取った水をDLEモジュールを通じて処理し、水を再び塩湖の中に戻すことが可能な点である。この水は循環して使われるので水の使用量そのものが減ることになる。処理に要する時間は、1年半必要な天日干しより大幅に短縮され、数日~1か月程度である。環境影響も、蒸発池が不要なため生態系への影響、土地の利用も軽減できる点が大きな利点である。長期的な環境改善、環境負荷軽減のためにはDLEが重要、かつ効率生産という面でも有効な手段と考える。ただ、前例がないことから実際に塩湖に水を戻す際の環境影響は慎重な検討が必要である。経済性に関しては、天日干しに対してDLEはCapexが少々かかるが、リチウムの回収率は、天日干しが40~60%に対してDLEは70~90%との試算もある。これがCAPEXを相殺するので、経済性は全体としてさほど変わらないとみられる。但しDLEの実用例は実際には無いので、コストはよく精査しなければならない。

DLEは1つの技術ではなく、吸着剤、イオン交換樹脂、膜、溶媒抽出といった複数のパターン(要素技術)がある。それぞれ長所・短所あり、リチウム抽出の際に酸を必要とするものもある。更に、DLEの適用には技術のアセスメントも取得する必要がある。不純物は塩湖によって大きく異なるため、技術と塩湖の特徴のマッチングが極めて重要になってくる。現在のところ、吸着剤が約6割、イオン交換が約2割だが、その他の方法も検討されている。技術開発は、一概に大手企業によるものではなく、開発主体となっている企業が独自にDLEを開発している事例もあるので、オーダーメイドの技術を作る必要がある。このため、塩湖で複数の技術を試してみなければならない。開発の際、DLE導入にあたっての技術の選択がひとつのリスクとなってこよう。そのため、どのような技術が適用できるのかを予め知っていると、塩湖開発を更に促進できるのではないか。

我々は引き続き、環境に配慮した技術について、我が国のメリットもアピールしながらチリ政府と日本企業が連携してやっていけるよう、その方向性についてチリ側と共有していきたい。

おわりに

チリ鉱業省からは、今次Boric大統領が発表した国家リチウム戦略や国営企業の創設は特別な政策ではないことが強調された。確かにチリは銅生産において世界規模の生産量を誇る国営公社CODELCOを擁し、資源開発に政府が関与することへのいわゆる違和感や唐突感は無いのだと思われる。この、国による開発を推進していくという点から、様々な決定に慎重さを増し、民間企業による開発とは異なったスピード感で実施していく可能性が推察される。また多くの国がチリのリチウム資源に関心を抱いていることは現地でも十分理解されているため、どこと手を組むかという意思決定には一層時間を要する可能性がある。そのような中で、我が国は銅生産で培われてきたチリとの信頼関係をベースに、我が国の技術力といった得意や強みを生かした形で、チリと日本双方にとってメリットが享受できる選択を今後していくこととなり、機構としては、それに向けた活動を今後も継続していく所存である。


  1. 1. https://www.meti.go.jp/policy/mono_info_service/joho/conference/battery_strategy/battery_saisyu_torimatome.pdf
  2. 2.https://iea.blob.core.windows.net/assets/afc35261-41b2-47d4-86d6-d5d77fc259be/CriticalMineralsMarketReview2023.pdf

おことわり:本レポートの内容は、必ずしも独立行政法人エネルギー・金属鉱物資源機構としての見解を示すものではありません。正確な情報をお届けするよう最大限の努力を行ってはおりますが、本レポートの内容に誤りのある可能性もあります。本レポートに基づきとられた行動の帰結につき、独立行政法人エネルギー・金属鉱物資源機構及びレポート執筆者は何らの責めを負いかねます。なお、本資料の図表類等を引用等する場合には、独立行政法人エネルギー・金属鉱物資源機構資料からの引用である旨を明示してくださいますようお願い申し上げます。

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