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チリAtacama塩湖におけるSQM社及びCODELCOのMOU締結
はじめに
2023年4月にBoric大統領が国家リチウム戦略1を発表した。同戦略により、今後チリでのリチウム開発は国が主導で行うこととし、また従来の操業で採用されていた蒸発法ではなく環境に配慮した新技術を用いた持続可能な開発が義務付けられた。さらに、政府がSalar de Atacama(Atacama塩湖、Antofagasta州)の操業に参画することになっており、CODELCOが政府を代表して交渉及び共同開発等の役割を担うこととなった。これを受けCODELCOは、Atacama塩湖の操業に関与するため2023年5月に子会社のMinera Tarar社を設立した。
Atacama塩湖では、チリのリチウム生産大手Sociedad Química y Minera de Chile S.A.(SQM社)と米Albemarle社の2社がリチウム生産を実施している。チリ産業開発公社(CORFO)は、Atacama塩湖における鉱区の大部分を所有しており、SQM社及びAlbemarle社がCORFOと塩湖中のリチウム及びその他の物質を採掘するリース契約を締結している(2021年8月3日付 金属資源レポート21_03_vol.51:2030年にかけてのリチウムの需要と供給(チリ銅委員会)参照)。そのうちSQM社は、CORFOとのリース契約期限が2030年までとなっている。
2023年12月27日、SQM社及びCODELCOは、Atacama塩湖の共同開発における官民パートナーシップに関する覚書(MOU)締結を発表した2。このMOUの内容は、チリで将来リチウム開発を希望する民間企業にとって政府との契約条件のベースとなることが想定されるため、各社関心の高い内容となっている。このことから、同MOUの主要な条項について紹介したい。
1.MOUの目的及び目標
2023年12月27日に発表されたMOUの内容のうち、主要な目的及び目標を抜粋する。なお、詳細や不明点は原文2を参照願いたい。
提携の目的と目標
両当事者は、パートナーシップの実施において、以下の目標と目的を設定した。
(1) 2025年1月1日から提携
目標は、提携が、2025年1月1日に、もしくはそれ以降の日の可能な限り早急に、実現することである。提携が有効となる日から、事業会社は、製品の生産に必要な生産活動及び商業活動を効果的に展開するため、全ての資産、人員、及びその他のリソースを備えていなければならない。事業会社は、CORFO及びSQM社間の契約(~2030年12月)とCORFO及びMinera Tarar社間の契約(2031年1月~2060年12月)の保有者となる。
(2) 2024年第1四半期中に正式な契約を締結
両当事者は、遅くとも2024年3月31日(締結期限)までに、提携の目的と目標、提携実行にあたっての課題と作業スケジュール、権利、義務、表明保証、役割、各当事者の寄与に関する約束、提携、提携実行、Operating Companyについて記述する正式な契約(Partnership Agreement)に署名するよう努める。
(3) Operating Company
Operating Companyは、必要かつ十分な資産、資源、人員を全て備え、直接またはその子会社を通して、業務遂行、採掘権を持つ鉱区の探査及び開発、ならびにAtacama塩湖で生産された製品の商品化を目的とする会社でなければならない。上記に基づいて、Operating Companyは、Operating Companyのコーポレ-ト・ガバナンスに対する株主の影響力を損なうことなく、自律的な組織であり、株主から独立したものとなる。
(4) 提携期間
提携には一定の期間が定められる。最初の期間は、CORFO及びSQM社間の契約の有効期間、つまり提携発効日から2030年12月31日までに相当する(第1期)。次の期間は、CORFO及びMinera Tarar社間の契約の有効期間、つまり2031年1月1日から2060年12月31日までに相当する(第2期)。なお、2031年前期を移行期間とする。
(5) Operating Companyの所有権
Operating Companyの所有権比率は、各当事者がOperating Companyに行う貢献を勘案し、リチウム開発におけるSQM社の運営上及び商業上の経験、提携発効日からOperating Companyの50%+1株を保有する株主としてのCODELCOの(法律上の)地位を反映する。
(6) ガバナンス
提携の第1期中、取締役会は偶数で構成され、各当事者は構成員の半数を任命する。取締役会長はCODELCOが任命する。取締役副会長はSQM社が任命する。どちらも議決権を有さない。
第1期では、SQM社がOperating Companyの業績の統合を維持し、米国の投資会社法に基づく投資会社とみなされないような方法で、SQM社は株主総会の議決権の過半数を有し、また、取締役会の経営管理に関する議決において同点の場合に解決する権利を有する。
第1期中、取締役会及び株主総会における特定事項の決議に関して、CODELCOに拒否権を与えるため過半数超の投票が必要である。
第2期での取締役の構成員数は奇数で、CODELCOが過半数を占め、CODELCOが任命した役員が取締役会長、SQM社が任命した役員が取締役副会長となる。どちらも議決権を有さない。第2期では、単一の普通株式が発行され、Operating Companyの株主の権利と義務は株式保有率に応じて付与される。CODELCOは、株主総会で過半数の議決権を有することになる。この種の提携では通例であるように、株主契約を損なうことなく、CODELCOはOperating Companyの業績を統合し、第1期でCODELCOに付与されたものと同等の一定の拒否権をSQM社に付与する。
Opening Companyは、チリの法律第18,046号第50条第2事項で言及される機能と両当事者のコンプライアンスプログラムに関して、対応する機能を実行する3名の役員で構成される監査委員会を設置する。
(7) チリ政府により多くの利益
この提携は、鉱区での操業と採掘及びそこから得られる経済的利益を把握し、配当金、鉱区のリース料、ロイヤルティ、一般税金の支払い等の形で価値を最大限に引き出すことにおいて、CODELCOまたはCODELCOの子会社を通してチリ政府がOperating Companyの株主として、CORFOが鉱区の賃貸人として参加することを認める。
両当事者は、CODELCOが、2025~2030年の間に、Operating Companyによる合計201千t(LCE換算、6年間にわたって分配された場合の33,500t/年に相当)の商業化による利益に応じた利益配当を受け取る権利を有することに同意する。提携の第2期は、各当事者は、株式保有比率に応じた経済的利益を受け取る。
(8) 操業継続確保
CORFOとチリ政府の収入の損失や遅延、あるいは国際リチウム市場における競争力や存在感の喪失を避けるため、鉱区での採掘・操業の継続は優先されなければならない。このため両当事者は、CORFO及びSQM社間の契約とCORFO及びMinera Tarar社間の契約の運用上の移行を促進し、価値の損失と運用上及び財務上のリスクを最小限に抑えるために必要かつ有益なあらゆる措置を講じる。
CORFO及びSQM社間の契約とCORFO及びMinera Tarar社間の契約の期間での操業継続性を確保するため、提携が有効であることを条件として、
(a)CORFOは、2030年12月31日までのCORFO及びSQM社間の契約に基づいて、SQM社が現在保有している生産及び販売割当から300千t(LCE換算)増加することを承認する。そのうち、165千t(LCE換算)がSQM社の生産計画で検討されている。残り135千t(LCE換算)は、2025~2030年に生産できるかどうか次第である。135千t(LCE換算)の全部または一部が生産された場合、利益はOperating Companyの株式保有比率に応じて株主に分配される。
(b)CORFO及びMinera Tarar社間の契約に基づいてCORFOが持つオプションを損なうことなく、CORFOは、Atacama塩湖の特定のSQM社資産についてCORFO及びSQM社間の契約に基づいて保有しているオプションの権利を放棄する。
前記の契約の修正と権利放棄は、提携が有効であることを条件に、提携の発効日に発効する。
(9) 提携の中心にあるSalar Futuroプロジェクト
Salar Futuroプロジェクトは、プロジェクトエリア、新技術に基づく少なくとも280~300千t/年(LCE換算)の生産体制、Atacama塩原盆地からの最大レベルの取水と工業用水使用量の削減、水分捕捉による機械的蒸発、リチウム塩水の再注入、より高効率で環境的に持続可能な開発ができるようAtacama塩湖流域の水収支の改善、Salar Futuroプロジェクトにおける新技術導入の促進といった内容を含め、最終文書で両当事者が合意すべきいくつかの基本的な考え方に基づいて開発されなければならない。
SQM社は、CODELCOが必要とするあらゆる協力を行う。Minera Tarar社とOperating Companyは、Salar Futuroプロジェクトの準備と実施に関連する調査を実施する(関連する可能性のある情報へのアクセス、現地訪問の許可、現在の操業と鉱区開発に関する詳細な調査、Salar Futuroプロジェクトに関連する認可取得に必要な措置を講じる認可などが含まれるが、これらに限定されない)。
Operating Companyは、CODELCOが任命する役員によって推薦された2名、SQM社が任命する役員によって推薦された2名で構成されるSalar Futuroプロジェクト技術委員会を設置する。同委員会は定期的に会合を開き、Operating Companyの最高経営責任者及び取締役会に勧告を行う。
(10) 高い環境基準とコミュニティとの関係
Salar Futuroプロジェクトに関連する活動が環境及び社会に与える可能性のある影響に関して、提携においては高い環境基準を満たし、またAtacama地域のコミュニティとの関係維持や対話の実践は両当事者にとって優先目標である。両当事者は、先住民族との協議プロセスに関して適用される規制を遵守する。
(11) Operating Companyの財務方針
2030年までの新たな投資に資金を提供するため、Operating Companyは、金融機関からのみ融資を受ける。株主は保証人とはならない。金融機関から融資が受けられない場合、SQM社またはSQM社の関係者が市況に応じて選択した融資により資金調達される。第2期間中に株主に配当を行う前に、融資を完済しなければならない。 2031年以降、Operating Companyが新たな資金調達を必要とする場合、資金調達のために次の優先順位を守らなければならない。
(a)利益を完全に保証する。
(b)株主から保証を伴わない株主以外の第三者との負債、返済能力を考慮して借り入れ可能な最大金額枠内で許容できる最大額及び両当事者が合意した最低利率まで。
(c)株主からの任意の貸付け、株主契約に記述される条件に従う。
(d)新株式発効による増資、株主契約に記述される条件に基づく支払い。
(12) Maricunga塩湖での採掘権
各当事者が、Operating Companyに行う貢献に加え、前提条件に従ってSQM社または子会社がMaricunga塩湖及びMaricunga塩湖の5km範囲以内の地域で保有する全ての採掘権(手続き中、設定済み)及びその他の権利の所有権をCODELCOに譲渡する。
2.チリで将来リチウム開発を行う場合に想定される政府との関係
上述のとおり、今後チリのリチウム開発は国が主導で行うこととしており、国にとって戦略的価値のある開発プロジェクトは政府によって管理され、官民パートナーシップのもとで行われる。現在チリ政府は、保護対象とする塩湖と開発対象とする塩湖を選定している。開発対象となった塩湖については、それぞれリチウム探査に関する特別操業契約(CEOL)の入札が行われる予定である。CEOLを落札した企業は、リチウム探査を行うことができる。仮に開発へ進む場合、当該プロジェクトに経済性が見い出されれば政府が参画し、また開発の権利が付与される。この時、政府が参画する条件として、今回のSQM社とCODELCOのMOUの条件がベースとなることが想定される。すなわち、政府と民間企業は新会社を設立し、政府が50%+1株、民間企業が50%-1株の構成となり、両当事者は株式保有比率に応じた経済的利益を受け取ることになるだろう。
おわりに
2023年5月、SQM社とCODELCOが正式にAtacama塩湖の共同開発に関する交渉を開始したとのニュースリリース3が発表された。それから約7か月で本合意に至っており、チリ政府ないしCODELCOが銅だけでなくリチウム開発も重要視している様子が伝わる。その中で筆者として最も関心の高いところは、CODELCO側の条件が非常に強気であったことである。このことは、将来的に民間企業がリチウム開発を行う上で影響を受けかねない状況である。チリ政府は自由主義経済のもと公平性を担保することから、CORFO及びSQM社間の契約が2030年で終了した後のリチウム生産の権利については、公平に入札を実施する可能性が高く、SQM社にとっては2030年以降もAtacama塩湖で操業する権利を確保するため妥協せざるを得ない状況であったと推察する。
財政難で「小さな政府」を目指しているチリが今後大半のリチウムプロジェクトにマジョリティで参画する場合、開発資金を全て負担できるとは到底考えられず、共同パートナーとなる民間企業にとっては不確定要素が大きい。しかしながら、チリ政府関係者によれば、中国をはじめ欧州、アジア等の民間企業は既に2024年以降に開始されるCEOL入札に高い関心を示しており、チリのリチウム資源へのアプローチが過熱しているという。
本稿では、SQM社とCODELCOが締結したMOUの内容の一部を紹介したが、政府の国家リチウム戦略の実行は日進月歩で流動的となっているため、引き続きチリのリチウムに関する動向に注視し情報収集・発信に努めたい。
参考文献
- 1.https://saowcsblobassets.blob.core.windows.net/assets/CONV/1476735051720/EstrategiaNacionaldelLitio.pdf
- 2.https://www.codelco.com/prontus_codelco/site/docs/20160401/20160401130745/2023_12_27_memorando_de_entendimiento_codelco___sqm.pdf
- 3.https://www.codelco.com/prensa/2023/presidente-directorio-codelco-y-gerente-general-sqm
おことわり:本レポートの内容は、必ずしも独立行政法人エネルギー・金属鉱物資源機構としての見解を示すものではありません。正確な情報をお届けするよう最大限の努力を行ってはおりますが、本レポートの内容に誤りのある可能性もあります。本レポートに基づきとられた行動の帰結につき、独立行政法人エネルギー・金属鉱物資源機構及びレポート執筆者は何らの責めを負いかねます。なお、本資料の図表類等を引用等する場合には、独立行政法人エネルギー・金属鉱物資源機構資料からの引用である旨を明示してくださいますようお願い申し上げます。
