閉じる

報告書&レポート

2024年4月16日 バンクーバー 事務所 佐藤佑美
24-06

PDAC2024参加報告 ―カナダ、メキシコの鉱業投資環境―

<バンクーバー事務所 佐藤佑美 報告>

はじめに

2024年3月3~6日にかけて、加ON州Torontoにおいて探鉱者・開発者協会が主催する年次総会(Prospectors & Developers Association of Canada Convention、以下PDAC)が開催された。バンクーバー事務所は本大会において2004年以降毎年ブースを出展し、機構及び本邦鉱業分野のプロモーションを行うとともに、業界関係者との面談を実施することで新規案件の発掘ならびに既存案件の支援を積極的に実施してきた。

本稿では、バンクーバー事務所の管轄地域であるカナダ、メキシコの探鉱・開発投資環境に関して本大会で議論されたポイントを報告する。

1.会議の概要

PDACは世界最大級の非鉄金属鉱業大会で、まだ冬の厳しい寒さが残る3月のTorontoで開催される(2024年は記録的な暖冬のため、比較的穏やかな気候に恵まれた)。世界中の最新のプロジェクト探鉱状況や鉱業の趨勢、ビジネス交渉を行う機会として、30千人規模の鉱業ビジネス関係者(探鉱等ジュニア企業、資源メジャー、鉱業器機設備等関連企業、投資銀行等投資機関、シンクタンク)、および政府機関・大学関係者が一堂に会する一大イベントとなっている。

鉱山会社は毎年春から秋にかけてフィールドスタディを実施、その後、鉱量評価等調査結果を取り纏めることが通例となっているが、本大会においてその成果を発表することで投資家を呼び込み、翌年以降の活動に備えるなど、探鉱・開発資金調達のための重要なビジネス機会であることも大きな特徴である。

開催92周年目を迎えた本大会には世界各国・地域から26,926名が参加し、鉱業ビジネス関係者による1,000のブースが展示された。直近の参加者数は、2019年25,843名、2020年23,144名、2021年は新型コロナウイルス感染症拡大の影響によりオンライン開催、2022年6月17,445名、2023年3月23,819名であった1。2024年の参加者数増加は、エネルギー・トランジションに対する期待と緊張、バッテリーメタル相場の低迷とジュニア企業の資金調達難、金の史上最高価格更新と銅市況の上昇といった複雑なマーケットを反映したものであるともいえるだろうか。

写真1.展示会場の様子

写真1.展示会場の様子

筆者撮影 

写真2.機構ブースの様子

写真2.機構ブースの様子

筆者撮影 

2.カナダ

これまでカナダの探鉱・開発案件は先住民問題、環境保護規制、インフラ整備、資源規模、コスト等の観点から劣後していたが、中南米での資源ナショナリズムや優良なバッテリーメタル案件の獲得競争を受けて、昨今ではカナダの地政学やクリーンな資源を再評価する動きが顕著にみられている。

グリーン経済への移行が加速する中、加連邦政府は2021年3月に31鉱種を重要鉱物に指定、2022年12月には重要鉱物戦略2が発表され、連邦予算から最大3.8bC$を重要鉱物開発支援に拠出することが約束された。重要鉱物戦略では電気自動車(EV)市場の優先性からリチウム、グラファイト、ニッケル、コバルト、銅、レアアースに当面の焦点を当て、北米完結型サプライチェーンの構築を志向し、同盟国・同志国との連携強化を目指すという方向性が示され、連邦・州政府の積極的な資金支援に呼応する形でON州、QC州を中心にEV関連製品の供給網が構築されつつある。実際、S&P Global Market Intelligenceによれば3、2023年のカナダにおけるリチウム、ニッケルの探鉱費はそれぞれ前年比120%増、38%増であったほか、2022年以降、蘭Stellantis社と韓LG Energy Solutions社による大規模バッテリー製造工場建設計画に代表されるように4、上記2州を中心にEV関連投資や原材料の長期供給契約、探鉱・開発案件に対する戦略的投資が相次いでいる。

PDAC2024ではカーボンニュートラルの実現に向けたエネルギー・トランジションにおいて重要な鉱物、特にバッテリーメタルが最注目分野となっており、連邦・州政府による積極的な投資呼び込み政策やOEM(Original Equipment Manufacturers)、商社、メーカー等による上流投資が活発化している旨が紹介された。足元のバッテリー価格の低迷はジュニア企業の資金調達に影を落としてはいるものの、業界関係者の多くは2024年のバッテリー市場の成長に対する期待感が強く、今後数年間で新規プロジェクトが立ち上がる可能性について楽観的な見方を示した。

一方で連邦政府に対しては、連邦影響評価法(Impact Assessment Act)に対する違憲判決が生じさせた不確実性や許認可手続きの長期化、投資法の厳格化等により、豪州に比べて投資先としての魅力が劣後するとの評価もなされた。カナダは世界有数の鉱業国だが、先述のとおり先住民とのコンサルテーション問題や環境保護規制、連邦・州間の調整により、プロジェクト開発期間の長期化は長年の課題となっている。先住民との和解はカナダの政治的問題でもあることから、プロジェクトに対する先住民の影響力については今後も常に注視しておく必要がある。

また、連邦政府は2022年に重要鉱物分野に対する外国国有企業からの投資規制を強化すると同時に、必ずしもカナダ国内に資産を保有しない中国企業3社に対して、保有するカナダ企業の株式売却を命じている5。PDAC2024においてJonathan Wilkinson連邦エネルギー・天然資源大臣は、中国国有企業とカナダの鉱山会社のオフテイク契約についても審査の対象とすることを検討中であると発言、同時に同盟国との連携強化により特定国に過度に依存するサプライチェーンからの脱却を図っている。一方で実態としては、資金調達難に陥っている探鉱ジュニアが本社をカナダ国外に移転し、投資法による審査を免れようとする動きがみられており、政策の在り方が問われている。

メキシコ

メキシコではAndrés Manuel López Obrador(AMLO)政権発足後、2019年に新規鉱業権付与の全面停止が宣言され、2020年には鉱業基金の撤廃に続き、経済省鉱山次官ポストが廃止された。AMLO大統領はリチウムをエネルギー・トランジションのための「国家戦略鉱物」と位置付け、2022年4月の鉱業法改正により事実上国有化することで民間企業の新規参入を制限した6。そのわずか1年後には再び鉱業法および関連法を改正し、経済省メキシコ地質サービス庁(SGM)による探鉱の独占や鉱区入札制度の導入、鉱業権付与に先立つ各種影響評価の実施義務化等が法制化された7。さらには2024年2月、AMLO大統領によって露天掘り採掘権付与の禁止を含む20の憲法及び法律改正案が国会に提出される等、2024年6月の次期大統領選挙を前に不透明な鉱業政策が鉱業界を悩ませている。なお、2023年に改正された鉱業法および関連法に対しては最高裁が25の条項に対して疑義を呈しており、今後立法過程に違憲性が無かったか否かについて審議が行われる予定である。

PDAC2024ではMexico Business News社が主催するMexico Mining Forum 2024が開催され、メキシコの鉱業見通しや主要鉱業州の投資環境が紹介された。パネルディスカッションでは、メキシコでは自動車産業を中心に、米国近くに生産拠点を置く「ニアショアリング」を目的とした投資が進んでおり、それに伴い鉱業国としての重要性が増している点が述べられた。また総じて、北米経済圏に組み込まれたメキシコは、特に操業鉱山を保有する鉱山会社にとっては依然として魅力的な投資先であることが論じられた。

一方で近年の不透明な鉱業政策は同国に対する信頼を脅かしており、加Luca Mining社(Tahuehueto多金属鉱山:Durango州、Campo Morado多金属鉱山:Guerrero州)は「鉱山会社は確立されたゲームのルールに基づいてメキシコに投資しており、憲法に反した突然のルール変更は国としての魅力を損なう」とコメント、加Almaden Minerals社(Ixtaca金・銀プロジェクト・Puebla州)は「メキシコには大きな可能性がある」とした上で、「投資を促進するためには政治的安定性が必要不可欠である」と強調、政策決定は誤解ではなく科学に基づきなされることが重要であるとした。その他のパネリストからも、次期政権に対しては政策の一貫性、安定性、透明性に加えて、政府の意図を明確にすることに期待するとの声が挙がった。

政策の不確実性についてメキシコ鉱業会議所(CAMIMEX)のKaren Floresゼネラルディレクターは、鉱業を促進し、経済成長を促すためには当局とのさらなる協力が必要であると指摘、次期政権とは新規鉱業権付与の再開や法的確実性の確保、鉱業州との協力推進等の目標を達成したいと語った。

おわりに

PDAC2024には世界各国・地域から約30千人近くの鉱業関係者が集い、最新の鉱業動向に関する議論や有望な探鉱・開発案件にかかる数々の交渉が行われていた。今回も重要鉱物、特にバッテリーメタル案件に関するジュニア企業のブースやセッションは賑わいを見せていたものの、前年に比べて全体的にややトーンダウンした印象を受けた。その理由は、市場規模が小さく、ボラティリティが高いという重要鉱物特有の課題によるものかもしれず、また特定国を除いたサプライチェーンの再編が想像以上に難しく依然としてボトルネックの改善に至っていないという現実に直面しているためかもしれない。カナダとメキシコ、いずれの国においても脱炭素社会の実現を目指しながらも競争力を担保するためには、業界構造を正しく理解し、探鉱・開発者の視点に立って何を優先すべきかを見失わないことが大切ではないだろうか。


  1. 1. The Prospectors & Developers Association of Canada. Press Releases
    Press Releases (pdac.ca)
  2. 2.Government of Canada. “The Canadian Critical Minerals Strategy”.
    The Canadian Critical Minerals Strategy – Canada.ca
  3. 3. S&P Capital IQ. “World Exploration Trends 2024 – PDAC special report”. 2024.03.08.
  4. 4.2022年3月28日付 ニュース・フラッシュ:Stellantis社、LG Energy Solution社との合弁でON州に大規模バッテリー工場を新設
  5. 5.2022年11月7日付 ニュース・フラッシュ:連邦政府、中国国有企業3社に対し、保有するカナダの重要鉱物資源企業の株式の売却を命令
  6. 6.2022年5月18日付佐藤すみれ著カレント・トピックス22-05:メキシコ2022年鉱業法改正の概要と課題
  7. 7.2023年5月18日付佐藤すみれ著カレント・トピックス23-07:メキシコ2023年鉱業法および関連法改正の概要

おことわり:本レポートの内容は、必ずしも独立行政法人エネルギー・金属鉱物資源機構としての見解を示すものではありません。正確な情報をお届けするよう最大限の努力を行ってはおりますが、本レポートの内容に誤りのある可能性もあります。本レポートに基づきとられた行動の帰結につき、独立行政法人エネルギー・金属鉱物資源機構及びレポート執筆者は何らの責めを負いかねます。なお、本資料の図表類等を引用等する場合には、独立行政法人エネルギー・金属鉱物資源機構資料からの引用である旨を明示してくださいますようお願い申し上げます。

ページトップへ