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報告書&レポート

2024年8月15日 バンクーバー 事務所 五十畑樹里、武市知子
24-16

Direct Lithium Extraction Canada 2024参加報告

―北米を中心としたDLE動向についてー

<バンクーバー事務所 五十畑樹里、武市知子 報告>

はじめに

2024年7月17~18日に、カナダAB州Calgaryで「Direct Lithium Extraction Canada 2024」が開催された。昨今のEV(電気自動車)需要を背景に、一般的にリチウムの需要は増加の見通しである。McKinsey社によると、炭酸リチウムの世界需要は、2030年に3,000千tLCE(炭酸リチウム換算)以上に増加する予測となっており、将来的には供給不足1との見方から、北米でも、かん水からの直接リチウム抽出(Direct Lithium Extraction:DLE)技術に加えて、様々なリチウムの抽出技術が研究開発されている。

カナダ天然資源省(NRCan)が2022年11月、AB州のE3 Lithium社のDLE Pilot Projectに対して、3,545,000C$の資金提供を行ったことからもその期待と注目度が伺える。

今回、バンクーバー事務所から武市リサーチ・アシスタントが、本カンファレンスに参加した。カンファレンスには、加Go2Lithium社、英Evove社、米Lilac社など、リチウムのベンチャー企業が多く登壇したほか、CRU Group社、SFA Oxford社も市場動向をテーマに講演を行った。

カンファレンスの中で特に印象深かったトピックから、北米におけるリチウムの最新トレンドを以下の通り報告する。なお、各タイトルについては、各社のプレゼンテーション内容からまとめているもので、オリジナルのタイトルではないことを申し添える。

図1.「Direct Lithium Extraction Canada 2024」会場の様子

図1.「Direct Lithium Extraction Canada 2024」会場の様子

撮影:武市知子

1.今後のリチウムの需要と供給予測(CRU Group社Frank Nikolic氏)

リチウムの需要は、今後も堅調に増加するものの、多くの不確定要素があることから供給面が課題である。現在、EVの需要は鈍化しているものの、欧州や中国、米国でのEVの生産量は様々な支援を通じて今後も加速すると考えられることから、EV以外の蓄電池も考慮すると2023~2035年のバッテリー需要は7倍に増加する見込みである。よって、2030年までの需要増に対応するため、新規リチウムプロジェクトが必要とされている。

ナトリウムイオン電池はエネルギー密度が低く容量も大きいことからEVには適していないが、リチウムイオンバッテリー(LIB)需要の16%を代替する可能性がある。

中国がリチウムのサプライチェーンを支配しており、今後もその傾向は続くと見られる。EV関税を上げるだけではなく、米国のインフレ抑制法(IRA法)のように、北米のリチウム供給者がサプライチェーンを確保し、特定国への依存を減らすための政策が必要である。

今後10年間で既存のリチウム鉱山は、品位低下により生産量が減少し、処理費用も増加することから供給不足とコスト増が予測される。従来のリチウム生産国以外でもリチウムの供給が開始されると考えられ、2030年までに1.2百万tのリチウムが新たに供給される可能性がある(投資額は35~40bUS$)。2030年までは需給バランスがとれる可能性はあるものの、2035年にはリチウム1.1百万tが不足すると考えられる。

中国の現在のリチウムプロジェクトは、既存のリチウム生産国と関連しているが、ジンバブエなどのあまりリチウム生産を行ってこなかった国でもプロジェクトの推進を進めている。なお、アフリカは、零細採掘等の割合が高く、責任ある調達の観点から審査基準を高める必要がある。

石油のサプライチェーンと同様に、リチウムでもサプライチェーンの管理は重要である。リサイクルも含めたサプライチェーンが西側諸国内にあることが重要である。

2.LIBのサプライチェーンと北米市場(SFA Oxford社Kimberly Berman氏)

LIBに使用するリチウムやコバルトなどは、価格ボラティリティが高い。Original Equipment Manufacturers(OEM)にとって、一度サプライチェーンを確立した後は、この価格ボラティリティはリスクとなっている。

米国IRA法は、上流から下流までのEVサプライチェーンを北米域内もしくはFTA締結国内で確立するため、使用する鉱物や部品組み立ての段階で、中国企業からの脱却を目的の1つとしているが、実際のEVサプライチェーンが中国に依存しているため、かえって北米EV市場やサプライチェーンにリスクとなる可能性がある。一方、本件は法律として成立しているだけでなく、ナショナリズムを背景に、投資やイノベーションも生み出していることから、例えば、2024年11月の米大統領選挙後も、IRA法の中身は大きく覆されないと予測する。

カナダは、首尾一貫した鉱物資源戦略がなく、連邦政府と州政府の管轄権が重複していることが課題である。

需要側では、EV充電インフラの不足とEVの高コストが課題として挙げられる。Tesla社は、充電インフラの掌握などにより北米のEV市場で首位に立った。しかし、車社会の米国では、2台所有する家庭もあり、コスト高のEV普及率は低い。また、Tesla社以外の自動車メーカーでは、自社以外の充電システムを活用していることも多く、生活圏内に充電システムがないこともあり、EVバッテリーの容量を大きくする必要があるため可用性が課題である。

3.DLE技術の競争優位性と課題(SFA Oxford社Kimberly Berman氏、Alberta Innovates社Amanda Michell氏、Lilac Solutions社Thomas Mills氏)

DLE技術は、従来の蒸発型リチウムかん水に比べると、精製時間を大幅に短縮できることから、生産効率の向上につながる。

コストについては、蒸発型リチウムかん水と比較して安価もしくは同等程度に抑えることができるかが課題。また、油田DLEよりも地熱DLEの方が、OPEXが高いとみている。

DLE技術は、吸着型、イオン交換型、イオン液体型など、複数のプロセスが存在するが、現時点で最も実現可能性が高いDLE技術は、吸着型である。

米国のオイルメジャーがDLE技術でイノベーションを起こしつつあり、また、米国のガスメジャーもDLE事業に参入すると思われる。そのため、今後米国で一気にDLE技術によるリチウム生産が開始される可能性がある。

加AB州は、DLE技術について、従来の石油・ガス事業からの応用で、ボーリング事業に関して多くの強みがあり、技術開発では大学等と協力している。また既にAB州エネルギー規制当局(Alberta Energy Regulator:AER)は、DLEかん水事業を行うために必要な許認可や規制の枠組みを整備している。AB州政府は、経済の多様化や持続可能な環境の構築を目指すため州内のイノベーションを支援する目的で、Alberta Innovates社を設立。技術開発を行う大学や様々な企業に資金を提供している。しかし、米国オイルメジャーとの競争に晒された場合、同州のリチウムは、資金力や規模面から経済性を持たない危険がある。

AB州やSK州の石油随伴水型リチウム事業の帯水層は地下2.5km深くにあり、地表水とは隔離され閉じ込められている。AB州には6.7百万tのリチウム資源があると考えられているが、リチウム濃度は20~140ppmと低く抽出には高い技術が必要である。また、随伴水の組成から機材も腐敗しやすく、同州のリチウム開発は他の地域よりも難しいが、Alberta Innovates社の資金を活用して回収率を80~95%近くまで向上させた企業もある。

また、同じ貯留層で石油・ガスが生産されていることから、DLE処理施設は石油ガス施設に隣接することになる。実際に石油・ガス技術を持つ企業がカナダ西部で石油随伴水型リチウム事業の開発を進めている(なお、SK州には油田とは関連付けられていないリチウムかん水も存在する)。

DLE技術の課題は、リチウム抽出後のかん水内のリチウム濃度が低下し、低下後の濃度に合わせてシステムを再構築する必要があるため、コスト増につながることである。元々、回収可能なリチウム量の予測が難しいことから、システム設計に時間を要し、事業の経済性の判断が困難であることや、DLE技術は電力を大量に必要とし、インフラ未整備地域では現状実現は厳しいことも指摘される。

加えて、単に回収率の良い技術を採用すればよいわけではなく、かん水のリチウム抽出に使用する水量を懸念する地域コミュニティも存在するため、地域社会の理解を得ながら、飲料水への影響や電気代、薬剤費、不純物やかん水の温度など多くの要素を考慮して技術を採用する必要がある。

4.カナダにおけるリチウムかん水の資源量の評価法(Sproule社Doug Ashton氏、Alberta Innovates社Amanda Michell氏)

カナダではリチウムかん水の資源量については、鉱物資源プロジェクト情報開示基準National Instrument 43-101が使用されているが、これは鉱石用を念頭に作成されたもので、かん水や石油随伴水は想定されていない。そのため鉱石資源量をかん水に当てはめるための“Best Practice Guidelines”が発行されている。

カナダのリチウム資源の55%はカナダ東部の硬岩鉱床、残りの45%は石油随伴水や地熱水に存在する。プリンスエドワード島以外のカナダ全土でリチウム鉱床があると考えられており、カナダ全体の資源量の定量化が進められている。

おわりに

北米や欧州では、DLE技術分野のスタートアップ企業が多く設立しており、今回のカンファレンスでも複数の企業が登壇し、自社の技術紹介を行った。業界全体の雰囲気は、活気があり変化が速い印象であった。

DLE技術の開発は、かん水の温度や化学成分等の様々な条件に合わせて、個々のプロジェクトに応じて仕様を変える必要がある。さらにプロジェクトが進めばリチウム濃度も変わるため、時間の経過とともに技術の微調整を行う必要があり、水処理や化学的専門性において、高度な技術力が求められる複雑な事業であるが、企業にとっては、多くのビジネスチャンスがある。

北米のみならず、南米においてもチリSQM社などを中心に研究開発されており、今後数年間で、商業化が加速する可能性があるが、エネルギーを大量に消費することから、環境に配慮しつつ、コストとエネルギーを両立したプロセスを確立できるかどうかが肝心である。

おことわり:本レポートの内容は、必ずしも独立行政法人エネルギー・金属鉱物資源機構としての見解を示すものではありません。正確な情報をお届けするよう最大限の努力を行ってはおりますが、本レポートの内容に誤りのある可能性もあります。本レポートに基づきとられた行動の帰結につき、独立行政法人エネルギー・金属鉱物資源機構及びレポート執筆者は何らの責めを負いかねます。なお、本資料の図表類等を引用等する場合には、独立行政法人エネルギー・金属鉱物資源機構資料からの引用である旨を明示してくださいますようお願い申し上げます。

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