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報告書&レポート

2024年8月27日 サンティアゴ 事務所 兵土大輔
24-17

南米のリチウムプロジェクトの開発・生産状況及び将来の生産予測

<サンティアゴ事務所 兵土大輔 報告>

はじめに

チリでは2023年4月にBoric大統領が国家リチウム戦略(2023年4月28日 カレント・トピックス23-06:チリの「国家リチウム戦略」参照)を発表し、国が主導でリチウム開発を行う方針を示し、将来的にリチウム生産量の増加が期待される。隣国アルゼンチンでは近年、中国企業及び大手リチウム企業が開発に向けプロジェクトを牽引しており、世界第2位のリチウム生産国であるチリを追い越す勢いで投資が進んでいる。ブラジルではMinas Gerais州のリチウムバレーと呼ばれる地域において硬岩タイプのリチウム鉱床が多数発見され、ジュニア企業が探査ならびに開発を進めており、将来的にリチウム供給国として注目されている。

現在、世界のリチウム生産量は豪州が第1位を誇るが、南米のリチウム生産量は世界全体の約30%を占め、また将来的に電気自動車(EV)普及を見据えて南米への投資が活発化しており、堅調にリチウム生産量が増加すると予想されている。すなわち、将来的に南米はEVを生産するにあたってのサプライチェーン構築に欠かすことのできないリチウム供給国となる。本稿では、南米のうちチリ、アルゼンチン及びブラジルの3か国におけるリチウムプロジェクトの開発・生産状況及び将来の生産予測を取りまとめた。

なお、本稿では、リチウムの数量を炭酸リチウム換算(LCE)で統一する。金属リチウムに対する純分換算率は、炭酸リチウムを18.8%、水酸化リチウムを16.5%とする。

1.南米のリチウムプロジェクトの開発・生産状況及び将来の生産量予測

米国地質調査所(USGS)によると、2020年の世界のリチウム生産量は437千t(LCE)であり、そのうちチリが世界全体の22%、アルゼンチンが同7%、ブラジルが同2%となっており、南米で32%のシェアを占める1。2023年の世界のリチウム生産量は982千t(LCE)と3年間で倍増する中、各国のリチウム生産量は堅調に増加していることからその国別割合に大きな変動はなく、チリが世界全体の24%、アルゼンチンが同5%、ブラジルが同3%となっており、南米で30%超のシェアを占め、2020年と同水準となっている2

図1.2020年及び2023年の世界のリチウム生産量(LCE)

図1.2020年及び2023年の世界のリチウム生産量(LCE)

出典:USGSの情報を基にJOGMECにて作成

次にチリ、アルゼンチン及びブラジルのリチウム開発・生産状況及び計画中の将来の生産量についてプロジェクト情報を基に取りまとめた。なお、今回選択したリチウムプロジェクトは、生産中及び2030年までに生産が見込まれる確実性の高いプロジェクトを対象とした。

チリ

チリでは現在、Atacama塩湖にて智SQM社及び米Albemarle社の2社が生産を行っており、2023年のリチウム生産量は計218.5千t(LCE)であった(表1)。チリはこの2社のリチウム生産量で世界第2位を築いている。既存の操業プロジェクトに加え、現在開発ないし経済性評価を進める智Simco SpA社(Errázurizグループ)及びCODELCOのMaricungaプロジェクトを加味すると、将来的には計335千t(LCE)のリチウム生産量が見込まれる。

その他、ENAMI(チリ鉱業公社)のAltoandinosプロジェクトや民間企業へ開放予定の26の小規模塩湖に関してもリチウムポテンシャルがあるものの、政府は国家リチウム戦略に従い環境影響調査、塩湖周辺に居住する先住民との事前協議及び特別操業契約(CEOL)入札プロセス等を行い、またチリのリチウム開発は環境に低負荷な直接リチウム抽出技術(以下、DLE)等の新技術を導入することが義務付けられていることから、開発までに時間を要すると考えられる。すなわち、表1以外のプロジェクトに関しては、2030年以降に開発される可能性が高い。

チリにおけるリチウム開発の課題は、環境への影響と先住民との共存であろう。前者に関しては、世界的にDLE技術を持つ企業が多数あり、チリの各塩湖に合った技術が採用され環境に低負荷なリチウム開発が進むだろう。一方、DLE技術によるリチウム生産が確立され環境に配慮した生産を行ったとしても、必ず先住民の理解が得られるとは限らない。チリでリチウム開発を進めるには、政府と協力して先住民と丁寧な対話及び理解促進を行うことが最も重要になると考える。


各塩湖によってかん水の組成が異なり、最適とされるDLE技術がそれぞれ異なる。

表1.チリのリチウムプロジェクトに関する2023年生産量及び生産容量
プロジェクト名(州) 権益所有者(%) 生産物 2023年生産量
(千t/LCE)
生産容量
(千t/LCE)
ステージ CAPEX(mUS$) 生産開始、
予定時期
Salar de Atacama(AF) SQM (100) 炭酸リチウム
水酸化リチウム
165.5 200
30
生産中 1997
Salar de Atacama拡張(AF) SQM (100) 炭酸リチウム
水酸化リチウム
  210
100
建設中 2024
2025
Salar de Atacama(AF) Albemarle Corp (100) 炭酸リチウム 53 80 生産中 1984
Maricunga(AC) Simco SpA (100) 炭酸リチウム   25
(水酸化リチウム22千t)
建設中 2026
Maricunga(AC) CODELCO (100) 炭酸リチウム   20 DFS 2030
炭酸リチウム生産量及び生産容量 合計 218.5 335      

AF:Antofagasta、AC:Atacama
(注)SQM社は生産した炭酸リチウムを原料として水酸化リチウムを生産しているため、本稿では炭酸リチウムの数値を参考にする。また、Simco SpA社に関しては、水酸化リチウムの生産容量をLCE換算とした数値を参考にしている。なお、Albemarle社は、1984年にSociedad Chilena del Litio社がリチウム生産を開始し、その後企業間の買収を経て現在に至る。

出典:各社HP及び一部地元メディア情報

アルゼンチン

アルゼンチンでは現在、Salar de Olaroz及びSalar del Hombre Muertoプロジェクトの2件がリチウム生産を行っており、2023年のリチウム生産量は計41.6千t(LCE)であった(表2)。既存操業プロジェクトに加え、現在開発中ないしFS中のプロジェクトを加味すると、将来的には計409.5千t(LCE)のリチウム生産量が見込まれる。

アルゼンチンは中国企業の大規模投資が顕著であることから、2030年までに開発されるリチウムプロジェクトが多数存在する。また先住民や環境問題によって停滞するプロジェクトが比較的少ない印象を持つ。一方、アルゼンチンでのリチウム開発の課題としては、昨今ハイパーインフレによる経済の不安定さやリチウムにおける税制優遇等の政策が挙げられる。足元、Milei政権は、政府支出の削減、為替レートの調整、及び補助金の削減額調整等により、インフレの抑制を最優先課題として取り組んでいる。また、2024年6月アルゼンチン議会で経済改革及び緊縮財政を目的とする「アルゼンチン人の自由のための基盤及び出発点に関する法律」が可決され、同法律には大型投資奨励制度(RIGI)が含まれている3。RIGIは、200mUS$以上の新規投資に対して税制優遇措置が設けられ、また資機材輸入にかかる税金免除等も対象となる。このように、政府のインフレ対策や大型プロジェクトの促進に向けた税制優遇措置が具体的に進めば、リチウムプロジェクトへの新規投資及び既存プロジェクトの拡張が増加すると考えられる。

表2.アルゼンチンのリチウムプロジェクトに関する2023年生産量及び生産容量
プロジェクト名(州) 権益所有者(%) 生産物 2023年生産量
(千t/LCE)
生産容量
(千t/LCE)
ステージ CAPEX
(mUS$)
生産開始、
予定時期
Salar de Olaroz(Phase 1)(Ju) Arcadium Lithium(66.5),
豊田通商 (25), Jujuy Energia y Mineria (8.5)
炭酸リチウム 16.7 17.5 生産中 300 2013
Salar de Olaroz(Phase2)(Ju) Arcadium Lithium(66.5),
豊田通商 (25), Jujuy Energia y Mineria (8.5)
炭酸リチウム   42.5 生産中 425 2024
Salar del Hombre Muerto(Phase1)(Ca) Arcadium Lithium (100) 炭酸リチウム 18.8 18 生産中 150 1997
Salar del Hombre Muerto(Phase2)(Ca) Arcadium Lithium (100) 炭酸リチウム   40 建設中 640 2024
Centenario -Ratones(Sa) Eramet (50.1), Tsingshan (49.9) 炭酸リチウム   24 生産中 870 2024
Cauchari – Olaroz(Phase1)(Ju) Ganfeng Lithium (46.7),
Lithium Argentina (44.8),
Jujuy Energia y Mineria (8.5)
炭酸リチウム 6 40 生産中 979 2023
Cauchari – Olaroz(Phase2)(Ju) Ganfeng Lithium (46.7),
Lithium Argentina (44.8),
Jujuy Energia y Mineria (8.5)
炭酸リチウム   60 FS 2025
Salar del Rincón(Phase1)(Sa) Argosy Minerals (90)ほか 炭酸リチウム 0.07 2 生産準備中 15 2024
Salar del Rincón(Phase2)(Sa) Argosy Minerals (90)ほか 炭酸リチウム   10 FS 141 2026
Sal de Oro(Phase1)(Sa) Posco (100) 水酸化リチウム   28
(水酸化リチウム25千t)
生産中 830 2024
Sal de Oro(Phase2)(Sa) Posco (100) 炭酸リチウム   23 建設中 668 2025
Sal de Vida(Ca) Allkem Ltd. (100) 炭酸リチウム   15 建設中 374 2026
Tres Quebradas(Ca) Zijin Mining Group (100) 炭酸リチウム   20 建設中 380 2023
Mariana(Sa) Ganfeng Lithium (100) 炭酸リチウム   20 建設中 600 2024
Pozuelos Pastos Grandes(Sa) Ganfeng Lithium (100) 炭酸リチウム   25 建設中 338 2024
Pastos Grandes(Sa) Lithium Argentina (85),
Ganfeng Lithium (15)
炭酸リチウム   24 FS 448.2 未定
Salar del Rincón(Sa) Rio Tinto (100) 炭酸リチウム   3 FS 389 2024
Sal de los Ángeles(Sa) Revotech Asia (46),
Tibet Summit Resources (45), Leading Resources Global (9)
炭酸リチウム   25 FS 700 未定
Cauchari(Ju) Arcadium Lithium (100) 炭酸リチウム   25 FS 340 未定
Kachi(Ca) Lake Resources (100)
※Lilac Solutions社がEarn-in中(最大25%獲得可能)
炭酸リチウム   25 DFS 1,376 2027
炭酸リチウム生産量及び生産容量 合計 41.6 409.5      

Ju:Jujuy、Ca:Catamarca、Sa:Salta
(注)生産容量の合計は、拡張を計画するプロジェクトに関しては拡張見込みの数値を代表として合計に加算にした。また、Posco社のSal de Oro(Phase1)については、水酸化リチウムを炭酸リチウム換算して合計に計上している。

出典:各社HP情報及び一部メディア情報

ブラジル

ブラジルでは現在、Grota do Cirilo及びCachoeiraプロジェクトの2件がリチウム生産を行っており、2023年のリチウム生産量は計15.5千t(LCE)であった(表3)。既存操業プロジェクトに加え、現在開発ないしFS中のプロジェクトを加味すると、将来的には計216.6千t(LCE)のリチウム生産量が見込まれる。

アルゼンチンのように中国企業他が大規模投資するかん水タイプと異なり、ブラジルの硬岩タイプの鉱床はジュニア企業の探査及び開発が目立つ。ブラジルでのリチウム開発の課題としては、インフラ整備が挙げられる。Grota do Ciriloプロジェクト等で有名となったリチウムバレーが注目されたのは最近のことで、開発に至ったプロジェクトが少なく、道路及び送電線の整備が不十分なところが多い。またスポジュメン精鉱を海外輸出する港湾施設の調整も必要となる。これに対して、Alexandre Silveira鉱業・エネルギー大臣は、Minas Gerais州のエネルギー転換プログラムに58bBRL(ブラジルレアル)を投資すると発表しており、このうち31bBRLは再生可能エネルギーの発電に、23bBRLは送電線に、4bBRLはバイオ燃料部門に投資するとしている。この投資により3,700kmの送電線が同州の都市とブラジル国内の他地域に結ばれる計画がある。またMinas Gerais州政府は民間企業による鉱業への投資を歓迎しており、2024年6月には同州で「Brazil Lithium Summit 2024」が開催され、各社のプロジェクトの紹介ならびにネットワーキングの機会を提供している。これら政府の政策や取り組みによってプロジェクトを後押しできるのかが将来的にリチウム生産量の増加に関係してくるだろう。

表3.ブラジルのリチウムプロジェクトに関する2023年生産量及び生産容量
プロジェクト名(州) 権益所有者(%) 生産物 2023年生産量
(千t/LCE)
生産容量
(千t/LCE)
ステージ CAPEX(mUS$) 生産開始、予定時期
Grota do Cirilo(Phase1)(MG) Sigma Lithium Corporation (100) スポジュメン精鉱 14 37 生産中 112.8 2023
Grota do Cirilo(Phase2)(MG) Sigma Lithium Corporation (100) スポジュメン精鉱   104 建設中 100.5 2025
Cachoeira(MG) Companhia Brasileira de Litio (100) スポジュメン精鉱 1.5 1.5 生産中   2019
Mibra(Phase2)(MG) AMG (100) スポジュメン精鉱   16.5 建設中   2024
Itinga(MG) Lithium Ionic (100) スポジュメン精鉱   24 建設許可申請中 266 2026
Salinas(Phase1)(MG) Pilbara Minerals (100) スポジュメン精鉱   55.5 PEA 253 2026
Salinas(Phase2)(MG) Pilbara Minerals (100) スポジュメン精鉱   70.6 PEA 55 2029
炭酸リチウム生産量及び生産容量 合計 15.5 216.6      

MG:Minas Gerais

出典:各社HP情報及び一部メディア情報

2.世界のリチウム需要と将来の南米のリチウム生産量について

2023年の南米3か国のリチウム生産量は計275.6千t(LCE)で、その内訳は、チリが79%、アルゼンチン15%、ブラジルが6%となっている(図2)。一方、2030年には同961.1千t(LCE)と約3倍に増加することが期待される。同961.1千t(LCE)の内訳は、チリが35%、アルゼンチンが43%、ブラジルが22%と割合は拮抗し、ブラジルがチリに迫り、またアルゼンチンがチリを上回ることが予想される。

COCHILCO(チリ銅委員会)によると、世界のリチウム需要は2023年が917千t(LCE)、2030年には2,453千t(LCE)に達すると予測されている(図3)4。2023年の南米3か国のリチウム生産量275.6千t(LCE)は、同年の世界のリチウム需要の30%をカバーしている。また南米のリチウム生産量は2030年までに同961.1千t(LCE)が期待されることから、同年の世界のリチウム需要の約40%を供給できる可能性がある。このことから、将来的にEV普及によるリチウム需要が増加する見通しに対して、南米はリチウム供給シェアを拡大させることが期待される。

図2.南米3か国における2023年のリチウム生産量及び2030年の同予測(LCE)

図2.南米3か国における2023年のリチウム生産量及び2030年の同予測(LCE)

出典:各社HP情報及び一部メディア情報を基にJOGMECにて作成

図3.2020~2035年における世界のリチウム需要量予測(千t LCE)

図3.2020~2035年における世界のリチウム需要量予測(千t LCE)

出典:COCHILCOの情報を基にJOGMECにて一部加筆

おわりに

現在、南米ではリチウム開発に向けた投資が活発化しており、その中でも将来的にアルゼンチンのリチウム生産量がチリを上回る可能性のあることが分かった。メディアや専門家等が、将来的にアルゼンチンのリチウム生産量が世界第2位まで上昇する可能性があると述べる記事を見かけるが、それを裏付ける状況となっている。これに対し、チリは国家リチウム戦略に従い、Atacama塩湖で操業するSQM社のプロジェクトにCODELCOが参画する予定であり、それに合わせてリチウム生産量を増加させる計画がある。また、CODELCOのMaricungaプロジェクト、ENAMIのAltoandinosプロジェクト、そのほか中小規模塩湖の開発がどれくらい現実的に開発されるかが生産量増加のカギとなるだろう。

アルゼンチンは中国企業を中心とする大規模投資が顕著に見られ、2030年までに多数の優良プロジェクトがリチウム生産を開始する。その一方で、リチウム賦存ポテンシャルのある塩湖のほとんどが既存プロジェクトにカバーされており、新規優良プロジェクトが減少している状況と言える。2030年以降にリチウム生産量をさらに増加させるためには、既存プロジェクトの拡張及びDLE技術を活用した回収率の向上等の取り組みが必要になると考えられる。

ブラジルは、2030年までにチリに迫るリチウム生産量が期待され、また未探鉱プロジェクトが多数存在することから、アルゼンチンと同等のポテンシャルを秘めているといえる。また、硬岩タイプの鉱床の利点は、採掘からスポジュメン精鉱の生産時間がかん水タイプから生産される炭酸リチウムに比べて極めて早いことが挙げられ、引き続きスピード感のある生産量増加が期待される。さらに、表2および表3で示すとおり、ブラジルの硬岩タイプは、アルゼンチンのかん水タイプのリチウムプロジェクトに比べてCAPEXが低いとされている点も注目に値する。ただし、硬岩タイプは炭酸リチウムの生産ではなくスポジュメン精鉱を生産して海外輸出を想定しているためCAPEXが低く抑えられること、またOPEXはかん水タイプに比べ高くなることに留意が必要である。

COCHILCOによると、2020年代後半にはリチウムが供給不足に転じると予測されている3。将来的な世界のリチウム需要に対し、南米が重要なリチウム供給源の役割を担えることがデータから示され、今後EV生産にあたって南米のリチウムを中心としたサプライチェーンの構築が重要であると言えることから、引き続き南米3か国の開発動向に注視していきたい。

おことわり:本レポートの内容は、必ずしも独立行政法人エネルギー・金属鉱物資源機構としての見解を示すものではありません。正確な情報をお届けするよう最大限の努力を行ってはおりますが、本レポートの内容に誤りのある可能性もあります。本レポートに基づきとられた行動の帰結につき、独立行政法人エネルギー・金属鉱物資源機構及びレポート執筆者は何らの責めを負いかねます。なお、本資料の図表類等を引用等する場合には、独立行政法人エネルギー・金属鉱物資源機構資料からの引用である旨を明示してくださいますようお願い申し上げます。

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