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報告書&レポート

2024年9月3日 金属企画部 調査課 白鳥智裕
24-18

インドネシアのニッケル埋蔵量枯渇の懸念

―RKEFニッケル製錬所建設のモラトリアム―

<金属企画部調査課 白鳥智裕 報告>

はじめに

2024年8月5日付けのエネルギー鉱物資源省のニュースリリースによると、Arifin前エネルギー鉱物資源大臣は、ニッケル銑鉄(NPI)を生産するロータリーキルン(RKEF)方式のニッケル製錬所に対して新たな建設許可を出さないとした。

背景には、インドネシアのニッケル埋蔵量が枯渇することに対する懸念があるので、本レポートで、この点について、報告する。

1.インドネシアのニッケル埋蔵量と可採年数

米国地質調査所(USGS)のMineral Commodity Summaries 2024によれば、インドネシアのニッケル埋蔵量は、55,000千t(ニッケル純分)であり、インドネシアは世界で最大の埋蔵量を保有すると推定されている。

また、この15年間の高付加価値政策及び2020年以降のニッケルの未加工鉱石の輸出禁止に伴い、ニッケルを加工して、多くのフェロニッケルやNPIを生産する製錬所(主にRKEF製錬所)が建設・操業開始、インドネシア国内でのニッケル鉱石処理能力が増大した。これに伴い、ニッケル鉱石の生産量、フェロニッケル及びNPIの生産量も増加し、最近ではいずれの生産量も世界一となった。

図1.国別ニッケル埋蔵量(純分)

図1.国別ニッケル埋蔵量(純分)

出所:Mineral Commodity Summaries 2024

他方で、インドネシア国内でのニッケル鉱石の処理能力が増大したことによって、ニッケル資源が枯渇することが、数年前から指摘されていた。枯渇が懸念されたのは、ニッケル品位1.5%以上(若しくは1.7%以上)となる鉱石(主にサプロライト鉱)であり、フェロニッケルやNPIの原料となる。

2024年5月、ジャカルタで開催された「The 3rd Nickel Producers, Processors and Buyers」の「Ministerial Keynote Address」では、エネルギー鉱物資源省より、フェロニッケルやNPIの生産に使用されるニッケル品位1.5%以上のニッケル鉱石は、既存・建設中・計画中のものを含めたRKEF製錬所の処理能力を稼働させた場合、2029年までに枯渇するとの試算が掲示されるとともに、ニッケル品位1.5%以上のサプロライト鉱の消費量を管理する必要があると発表した。

表1.豪州の主なニッケル鉱山、プロジェクト及びプラント
ニッケル品位 加工処理 埋蔵量
(百万t)
鉱石需要
(百万t/年)
可採年数
1.5%以上 乾式製錬 3,688.6 584.9 2029年まで 約6.3年
1.5%未満 湿式製錬 1,554.9 150.3 2033年まで 約10.3年

出所:エネルギー鉱物資源省プレゼンテーション資料(2024年5月)1を元に作成

2.インドネシアのニッケル潜在地域

エネルギー鉱物資源省の2023年10月18日付け報道2によれば、インドネシアのニッケル資源量は合計で鉱石17.7十億t(ニッケル純分177.8百万t)、ニッケル埋蔵量は5.5十億t(ニッケル純分57百万t)であり、特に南東Sulawesi州、中部Sulawesi州、南Sulawesi州、Maluku州、北Maluku州、Papua州、西Papua州に、ニッケルが潜在している可能性があるものの未だ調査されていない地域(グリーンフィールド)がある。そのようなグリーンフィールドの調査を行い、ニッケルの埋蔵量を増加させることが、今後の課題であるとした。

「PELUANG INVESTASI NIKEL INDOESIA 2020(2020年インドネシアのニッケル投資の機会)」3によれば、Sulawesi島にあるニッケルグリーンフィールドの77%には、未だ鉱業事業許可地域(WIUP)/鉱業契約(KK)の対象となっていない地域、2.6十億t(グロス)のニッケル鉱石が埋蔵している。同様に、Maluku諸島のニッケルグリーンフィールドの43%はWIUP/KKの対象ではなく、ニッケル鉱石埋蔵量は1.4十億t、Papua州及び西Papua州(インドネシア領ニューギニア島)にはニッケルグリーンフィールドの98%はWIUP/KKの対象ではなく、ニッケル鉱石埋蔵量は0.06十億tであり、インドネシアには未だ広大で有望なニッケルの未開発地域があるとし、調査を進めているようである。なお、Sulawesi島及びMaluku諸島は、インドネシアのニッケル生産が活発に行われているが、Papua州及び西Papua州での鉱業活動を行うには、ローカル・コミュニティへの対応上、難しいようである。

 図2.ニッケルの潜在地域(特別鉱業事業許可地域(WIUP)/鉱業契約(KK)対象地域以外)

図2.ニッケルの潜在地域(特別鉱業事業許可地域(WIUP)/鉱業契約(KK)対象地域以外)

出所:インドネシアエネルギー・鉱物資源省地質所プレゼンテーション(2024年5月)よりJOGMEC作成

3.インドネシアのニッケル鉱石生産量とニッケル製錬所の鉱石処理能力

既に、インドネシア国内のニッケル製錬所の鉱石処理能力は、国内のニッケル鉱石生産量を上回っている。エネルギー鉱物資源省が承認した予算・作業計画(RKAB)における2024年のニッケル鉱石生産量は、152.62百万t4であるが、インドネシア国内の稼働中のニッケル製錬所のニッケル鉱石処理能力は、サプロライト鉱を処理する乾式製錬所で240.09百万wmt、リモナイト鉱を処理する湿式製錬所で約48.17百万wmtであり、乾式製錬所と湿式製錬所の合計で288.26百万wmt(図3)と、鉱石処理能力が鉱石生産量の約2倍にもなっている。

そのため、インドネシアでは、国内のニッケル製錬所の処理能力を満たすために、不足分のニッケル鉱石をフィリピンから輸入している状況となっている。特に2024年3月以降、フィリピンからのニッケル鉱石の輸入が急増している(図4)。

図3.インドネシアのニッケル製錬所数とニッケル鉱石処理能力

図3.インドネシアのニッケル製錬所数とニッケル鉱石処理能力

出所:エネルギー鉱物資源省地質所プレゼンテーション(海洋投資調整大臣府2023年データ)より、JOGMEC作成

図4.インドネシアのニッケル鉱石輸入量(千t グロス)

図4.インドネシアのニッケル鉱石輸入量(千t グロス)

出所:S&P Global Market Intelligence – Global Trade Atlas

本来、インドネシアの高付加価値政策の結果、建設された製錬所は、インドネシア国内で生産されたニッケル鉱石の加工が目的であり、インドネシア政府も、ニッケル鉱石を輸入してまで、ニッケルを加工することは想定していなかったことであろう。

4.ニッケル資源枯渇に対するインドネシア政府の対応

(1)RKEF製錬所、新設許可発給の停止

ニッケル製錬所のニッケル鉱石処理能力がインドネシア国内のニッケル鉱石生産量を上回り、さらに、可採年数が残り約6年と試算される中、2024年8月2Arifin前エネルギー・鉱物資源大臣は、エネルギー鉱物資源省は、新たな工場の更なる開発、新規の建設許可発給の一時停止(モラトリアム)につき、工業省と合意したことを明らかにした。同大臣によれば、国際的な需要の状況5を見て、ニッケル産業を評価したことによる。また、付加価値が高くない製品の一つとして、NPIを掲げており、新たな工場とは、乾式によるRKEF製錬所である6。新規のRKEF製錬所の建設許可を発給しないことに、法的根拠は必要なしとされている。

(2)高圧酸浸出法(HPAL)製錬所の建設の推進

湿式によるHPAL製錬所については、ニッケルの下流部門での付加価値創出を高めるため、インドネシア政府は、引き続きその建設・操業を奨励している。インドネシアの高付加価値政策の一端であり、また、電気自動車(EV)産業やそれを支えるインフラを構築する企業にインセンティブを与えている。

しかし、表1では、HPAL製錬所で加工する品位1.5%未満のニッケル鉱石の可採年数について約10年、2033年までと試算している。この可採年数も決して十分なものとは言えないと考えるが、インドネシア政府、又は、インドネシアのニッケル産業関係者が品位1.5%未満のニッケル鉱石が枯渇すると懸念している様子はない。

おわりに

2018年までのUSGSのMineral Commodity Summariesでは、インドネシアのニッケル埋蔵量は4,500千t(純分。以下同じ)、2019年は21,000千t、2024年は55,000千tと増加傾向にある。また、最新のエネルギー鉱物資源省地質庁7の報告「Neraca Sumber Daya Mineral dan Batubara Indonesia Tahun 2023(2023年インドネシアの鉱物及び石炭の資源と埋蔵量のバランス)」では、ニッケルの埋蔵量は56,117千t(純分)であり、この数字はいずれMineral Commodity Summariesに反映されるだろう。また、報道によれば、2024年8月1日、エネルギー鉱物資源省地質庁は、未調査のままである潜在的なニッケルの埋蔵地域を100か所特定したと発表した。したがって、調査が進むことによって、ニッケル資源の埋蔵量が増加すれば、ニッケル資源が枯渇するというのは杞憂かもしれない。

しかし、最近ではEV用バッテリーの原料となるMHP(mixed hydroxide precipitate:混合水酸化物)を生産するHPAL製錬所プロジェクトにインドネシアは注力しているものの、ニッケルの加工製品についてはフェロニッケル及びNPIが主である。そのため、現状、インドネシアは、ニッケル品位1.5%以上のニッケル鉱石枯渇に危機感を抱いている。


  1. 1. 「The 3rd Nickel Producers, Processors and Buyers」カンファレンス(2024年5月)の「Ministerial Keynote Address」のデータ。また埋蔵量は、鉱物・石炭・地熱資源センターのデータ(2023年1月)、新たな埋蔵量の追加は無し、全ての製錬所は2026年までに建設と仮定、製錬所データは、海洋投資調整大臣府のものと注記あり。数値は、資料、発表者等によって異なっており、本レポートでも数値は必ずしも一致しない。
  2. 2. https://www.esdm.go.id/en/media-center/news-archives/nikel-tetap-menarik-untuk-investor
  3. 3. https://www.esdm.go.id/id/booklet/booklet-tambang-nikel-2020
  4. 4. https://www.esdm.go.id/en/media-center/news-archives/per-18-maret-2023-kementerian-esdm-setujui-587-rkab-batubara-dan-191-rkab-mineral
  5. 5. ニッケル鉱石の過剰生産とニッケルの国際価格の下落を意味していると思われる。
  6. 6. https://www.esdm.go.id/en/media-center/news-archives/hilirisasi-nikel-hasilkan-nilai-tambah-industri-baterai-kendaraan-listrik
  7. 7. https://geologi.esdm.go.id/publikasi/laporan-dan-buku/neraca-sumber-daya-mineral-dan-batubara-indonesia-tahun-2023

おことわり:本レポートの内容は、必ずしも独立行政法人エネルギー・金属鉱物資源機構としての見解を示すものではありません。正確な情報をお届けするよう最大限の努力を行ってはおりますが、本レポートの内容に誤りのある可能性もあります。本レポートに基づきとられた行動の帰結につき、独立行政法人エネルギー・金属鉱物資源機構及びレポート執筆者は何らの責めを負いかねます。なお、本資料の図表類等を引用等する場合には、独立行政法人エネルギー・金属鉱物資源機構資料からの引用である旨を明示してくださいますようお願い申し上げます。

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