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報告書&レポート

2024年11月12日 ジャカルタ 事務所 Megumi Febian
24-24

インドネシア新政権発足と国家経済諮問委員会の役割

<ジャカルタ事務所 Megumi Febian 報告>

はじめに

インドネシアでは、2024年10月20日にプラボウォ・スビアント(Prabowo Subianto)大統領が就任し、新政権が発足した。同21日には省庁再編に係る大統領令が発令され、7調整大臣府41省、閣僚数は48名と1960年代以来最多となった。政策目標として食料とエネルギー自給、天然資源の高付加価値化等を掲げ、これら経済部門における目標達成に向けた政策提言や勧告を行う機関として、国家経済諮問委員会が設置された。政策提言の対象には、第1回閣議で言及された戦略物資26品目の高付加価値化も含まれ、同委員会の今後の動向が注目される。

本レポートでは、現時点で公表・報道されている情報をもとに、新政権の政策目標、省庁再編、国家経済諮問委員会についての概要と、高付加価値化を目指す26品目の戦略物資について報告する。

1.新政権発足(2024年10月20日~2029年10月19日)

前国防相のプラボウォ・スビアント氏(グリンドラ党(Gerindra)党首)は2024年10月20日に第8代大統領に就任し、正式に新政権を発足させた。副大統領にはジョコ・ウィドド(Joko Widodo)前大統領の長男でソロ(Solo、Central Java)市長を務めたギブラン・ラカブミン・ラカ(Gibran Rakabuming Raka)氏が就任した。

プラボウォ大統領は、過去2回の大統領選(2014年、2019年)でジョコ前大統領に敗北しているが、ギブラン氏を副大統領に据えて3回目で大統領の椅子を勝ち取った。就任演説の際も自身の敗北経験を元に、国民が直面する課題に対する共感と、その解決に向けた強い意志を表明した。

写真1.プラボウォ・スビアント第8代大統領

写真1.プラボウォ・スビアント第8代大統領

写真2.ギブラン・ラカブミン・ラカ副大統領

写真2.ギブラン・ラカブミン・ラカ副大統領

出典:インドネシア大統領府ホームページ

氏名 Prabowo Subianto Djojohadikusumo
プラボウォ・スビアント・ジョジョハディクスモ(73歳)
出生 1951年10月ジャカルタ生まれ
略歴 1995年 陸軍特殊戦闘部隊司令官(1998年はく奪)
2014年 グリンドラ党結成、党首に就任
大統領選挙に出馬するがジョコ氏に敗北
2019年 大統領選挙に再び出馬するがジョコ氏に敗北
第2次ジョコ政権にて国防相就任
2024年 ギブラン氏とペアを組み大統領選挙勝利

氏名 Gibran Rakabuming Raka
ギブラン・ラカブミン・ラカ(37歳)
出生 1987年10月ソロ生まれ(ジョコ前大統領長男)
略歴 2010年 飲食店経営
2021年 中部ジャワ州スラカルタ(ソロ)市長就任
2024年 ブラボウォ氏の副大統領として大統領選挙勝利

2.拡大した省庁と紅白内閣(7調整府 41省 閣僚数48名 大臣級6名 副大臣数56名1

プラボウォ大統領は、インドネシアの国旗にちなんで、通称「紅白内閣」を2024年10月21日に発足させた。閣僚数が48人と1960年代以来最多である。スリ・ムルヤニ(Sri Mulyani)財務相やバフリル・ラハダリア(Bahlil Lahadalia)エネルギー鉱物資源相など、約3分の1が前政権から留任し、ジョコ前大統領の路線継承を印象付けた。主要ポストは、プラボウォ氏率いるグリンドラ党副党首スギオノ(Sugiono)外相(第16回BRICS首脳会合@露カザン(Kazan)市にプラボウォ大統領の特使として出席、インドネシアは招待国として参加)、プラボウォ氏側近で前国防副大臣のシャフリ・シャムスディン(Sjafrie Sjamsoeddin)国防相である。

事実上「オール与党」を組閣したプラボウォ大統領は、就任演説で以下のような政策目標を掲げた。

  • 汚職根絶:政府の透明性を高めることを強調
  • 食料とエネルギー自給:5年以内に達成目標
  • 経済成長:年8%の成長率を目指し、天然資源に付加価値をつける政策重視

また、ジョコ政権が掲げた「黄金のインドネシア2045」(建国100周年にあたる2045年までに高所得国・先進国入り。尼:Visi Indonesia Emas 2045/英:The Golden Indonesia 2045 Vision)目標も継続する。

写真3.スギオノ外相

写真3.スギオノ外相

写真4.シャフリ・シャムスディン国防相

写真4.シャフリ・シャムスディン国防相

出典:インドネシア外務省、国防省ホームページ

プラボウォ大統領は同日、2024年から2029年までの紅白内閣における省の職務と機能編成に関する大統領令2024年第139号2を発令した。この大統領令により、調整大臣府の構成が前政権の4つから7つ3に増加し、それに伴い各調整大臣府が管轄する省も変更された。

エネルギー・鉱物資源省を管轄していた海洋投資調整大臣府はなくなり、エネルギー・鉱物資源省は経済担当調整大臣府の管轄下となった。大統領令2024年第139号第2章第26条によると経済担当調整大臣府は、以下の機関を統括する。

  1. 労働省
  2. 工業省
  3. 貿易省
  4. エネルギー・鉱物資源省
  5. 国営企業省
  6. 投資・下流省/投資調整委員会(BKPM)
  7. 観光省
  8. その他必要と判断される機関

環境林業省は分割され、それぞれ環境省、林業省と独立し、食糧問題担当調整大臣府の管轄下となった。

本大統領令で言及されている省庁及び機関の組織改編は、2024年12月31日までに完了することとしている。

3.国家経済諮問委員会の復活

プラボウォ大統領は21日、ジョコ前大統領側近で前海洋・投資担当調整大臣ルフット・ビンサル・パンジャイタン(Luhut Binsar Pandjaitan)氏を国家経済諮問委員会(尼:Dewan Ekonomi Nasional/英:National Economic Council)委員長に任命した。また22日には、ルフット氏をデジタル化・政府技術担当大統領特別顧問に任命した。

国家経済詰問委員会は、アブドゥラマン・ワヒド(Abdurrahman Wahid)大統領の時代の1999年大統領令(Keppres)第144号によって設立された経緯がある。しかし、それから1年も経たないうちに、国家経済詰問委員会の解散に関する大統領令2000年第122号によって解散させられた。今回、プラボウォ新政権で再び導入された国家経済詰問委員会は大統領直轄の省庁レベルの機関となる。国家経済詰問委員会の業務内容について、ルフット氏は自身のインスタグラムにて、「この機関は、経済部門における優先的なプログラムが適切に達成できるよう、助言と勧告を提供することを任務とする。さらに、プラボウォ大統領は調整と実施の加速化を望んでいる。」と明かしている。

写真5.ルフット・ビンサル・パンジャイタン氏

写真5.ルフット・ビンサル・パンジャイタン氏

出典:インドネシア海洋・投資調整大臣府ホームページ



4.国家経済諮問委員会の焦点

プラボウォ政権からは国家経済諮問委員会の任務と責務については未だ発表されていない。2024年10月25日付現地報道4によると、国家経済諮問委員会のスポークスマンであるジョディ・マハルディ(Jodi Mahardi)氏が述べた任務は以下のとおり。

  • 大統領直属の 「経済シンクタンク」として経済成長を妨げる戦略的障害の特定。
  • 天然資源下流化(注)プログラムに対する政策提言。特に、プラボウォ首相が10月23日の第1回閣議で言及した「26品目の下流化戦略物資」5について焦点当てる。
  • 新・再生可能エネルギーの開発と国家エネルギー安全保障を通じて、エネルギー自立を加速させる提言。
  • 産業部門、農業部門、エネルギー部門において総合的な優れた教育の強化を通じて国民の福祉を向上させるための提言。
  • 子供や妊婦の栄養改善などの社会プログラムの提言。
  • 今後1~2年以内に経済デジタル化システムの改善を実現することの提言。

国家経済諮問委員会は、大学や研究機関、国際通貨基金(IMF)、世界銀行、アジア開発銀行(ADB)などの国際開発パートナーと緊密に協力する。この相乗効果により、データに基づく強力な提言の作成、政府サービスのデジタル化の支援、インドネシア金融セクターの管理最適化における国家経済諮問委員会の役割が強化される。ジョディ氏は、国家経済諮問委員会が大統領に提言する内容は、すべて包括的な調査に基づいており、その政策が効果的に実施され、インドネシア経済に真の影響を与えることを保証するものと述べている。

(注)インドネシア語では「hilirisasi」(下流化)。サプライチェーンの川下を含めた高付加価値化を意味するが、本レポートでは現地での報道等に倣い「下流化」と記す。

5.26品目の下流化(hilirisasi)戦略物資

2024年10月23日の第1回閣議においてプラボウォ大統領は、アイルランガ・ハルタルト(Airlangga Hartarto)経済担当調整相、ロサン・ルスラニ(Rosan Roeslani,)投資・下流相、バフリル・ラハダリア・エネルギー・鉱物資源相に対して、下流分野でのプロジェクトが一刻も早く開始できるよう、直ちにプロジェクトのリストを作成し、資金を調達するよう要請した。さらに、各省庁の作業プログラムが下流化事業の加速に大きく貢献し、相乗効果を発揮できるよう指示した。下流化プログラムは26の重要物資を対象としている。

10月25日付現地報道6による州別の物資候補は下記のとおり。

表1.州別の下流化物資候補
下流化物資候補
アチェ州(Aceh) 天然ガス、パイン樹脂
北スマトラ州(North Sumatra) パーム油、天然ゴム
リアウ州(Riau) パイン樹脂、ココナッツ、パーム油
リアウ諸島(Riau Archipelago) 海藻
ジャンビ州(Jambi) ココナッツ、木材
南スマトラ州(South Sumatra) 天然ガス、天然ゴム、ココナッツ
バンカ・ブリトゥン州
(Bangka Belitung )
ボーキサイト
バンテン州(Banten) ボーキサイト、錫、鉄、金、原油
西ジャワ州(West Java) ニッケル、鉄、ボーキサイト、錫、銅、原油、パイン樹脂、木材、天然ゴム、塩
中部ジャワ州(Central Jave) ニッケル、鉄、錫、銅、パイン樹脂、木材、海草
東ジャワ州(East Java) ニッケル、鉄、錫、金、原油、天然ガス、ココナッツ、木材、マグロ・カツオ・鯖、エビ、塩
バリ島(Bali) 海藻
中部カリマンタン州
(Central Kalimantan)
ボーキサイト、石炭、パーム油
西カリマンタン州
(West Kalimantan)
錫、ボーキサイト、鉄、木材、ココナッツ
東カリマンタン州
(East Kalimantan)
原油、天然ガス、木材
南カリマンタン州
(South Kalimantan)
鉄、石炭、パーム油、木材
西スラウェシ州(West Sulawesi) エビ
中部スラウェシ州
(Central Sulawesi)
ニッケル、天然ガス、マグロ・カツオ・鯖
北スラウェシ州(North Sulawesi) 金・銀、ニッケル、ココナッツ、マグロ・カツオ・鯖
南スラウェシ州(South Sulawesi) 天然ガス、木材、エビ、カニ、海藻、塩
南東スラウェシ州
(Southeast Sulawesi)
ニッケル、鉄、アスファルト、エビ、カニ
西ヌサ・トゥンガラ州
(West Nusa Tenggara)
金・銀、銅、海草
東ヌサ・トゥンガラ州
(East Nusa Tenggara)
海藻、塩
北マルク州(North Maluku) ニッケル、マグロ・カツオ・鯖、エビ、カニ
マルク州(Maluku) 銅、鉄、天然ガス、マグロ・カツオ・鯖、エビ、カニ、海藻
西パプア州及び南西パプア州
(West Papua and Southwest Papua)
銅、天然ガス、海藻

具体的な下流化プログラムでは、ニッケルの下流化で電気自動車(EV)バッテリーの世界的サプライチェーンの主要プレーヤーになることを目指し、パーム油はバイオディーゼルや油脂化学製品などの派生製品に加工することで国家収入に大きな付加価値をもたらすと同時に、燃料輸入への依存を減らすことができるとされている。天然ガスは、輸出価値の高いLNGに加工し、ボーキサイトは世界市場で需要が増え続けているアルミナ及びアルミニウムに加工される。

プラボウォ大統領は、下流化プログラムが人々の福祉を向上させる具体的な戦略であると強調しており、これらのプロジェクトへの投資を加速させることが、インドネシアが世界経済の舞台で地位を確保するための鍵になると述べている。

おわりに

インドネシアでは、ニッケル・ボーキサイトについて未加工鉱石の輸出がそれぞれ2020年1月及び2023年6月から禁止されており、中国・韓国をはじめとする外資企業が電気自動車(EV)バッテリー向けニッケル加工等の中・下流産業に参入している。重要物資に含まれている他の銅・錫等の他の天然資源については、今後の政策や外資の参入動向を引き続き注視していきたい。また、中・下流産業の発展には投資促進だけでなく、人材育成が急務とされており、今後人材育成や技術移転等の分野で他国との協力関係構築が加速すると考えられるため、この動向についても注目したい。


  1. 1. インドネシア大統領府2024年10月20日付ニュース:https://www.setneg.go.id/baca/index/presiden_prabowo_subianto_umumkan_kabinet_merah_putih_periode_2024_2029
    インドネシア内閣官房2024年10月21日付ニュース:https://setkab.go.id/presiden-prabowo-subianto-lantik-menteri-kabinet-merah-putih-periode-tahun-2024-2029/
    大統領府ニュースと内閣官房ニュースで大臣級の人数は5人であるが、ルフット・ビンサル・パンジャイタン氏(国家経済諮問委員会委員長)及びテディ・インドラ・ウィジャヤ氏(Teddy Indra Wijaya)(内閣官房長官)の記載が相違していることから、6人とした。
    また、大臣級、副大臣の人数は報道によっても異なっていること、新政権の再編を2024年12月31日までに終わらせることになっていることから、今後、変更する可能性がある。
  2. 2. 大統領令2024年第139号:https://jdih.kemendag.go.id/peraturan/peraturan-presiden-republik-indonesia-nomor-139-tahun-2024-tentang-penataan-tugas-dan-fungsi-kementerian-negara-kabinet-merah-putih-periode-tahun-2024-2029
  3. 3. 調整担当大臣府は、①政治・治安担当、②法務・人権・入国管理・矯正担当、③経済担当、④人材開発・文化担当、⑤インフラ・地域開発担当、⑥地域社会開発担当、⑦食料担当で構成
  4. 4. CCNインドネシア2024年10月25日付記事:https://www.cnnindonesia.com/ekonomi/20241025131935-532-1159508/jadi-ketua-den-luhut-dapat-tugas-banyak-dari-prabowo
  5. 5. インドネシア共和国大統領2024年10月23日付プレスhttps://www.presidenri.go.id/siaran-pers/presiden-prabowo-tegaskan-sinergi-program-kerja-dan-hilirisasi-komoditas-untuk-masa-depan-indonesia/
    ジョコ前大統領時代に、21品目(石炭、ニッケル、スズ、銅、ボーキサイト、鉄鋼、金銀、ブトンアスファルト、石油、天然ガス、パーム油、ココナッツ、ゴム、バイオ燃料、原木、松脂、エビ、漁業、サバ、海藻、塩)を下流化物資として指定している。直近の報道では、28品目を指定した下流ロードマップを策定したとのこと。
    CNNインドネシア2024年10月26日付https://www.cnnindonesia.com/ekonomi/20241026150407-92-1159869/prabowo-ingin-hilirisasi-28-komoditas-unggulan-ri-nikel-hingga-pala
  6. 6. CNNインドネシア2024年10月25日付記事:https://www.cnbcindonesia.com/research/20241024153734-128-582783/prabowo-mau-hilirisasi-26-komoditas-sawit-rumput-laut-bisa-jadi-opsi

おことわり:本レポートの内容は、必ずしも独立行政法人エネルギー・金属鉱物資源機構としての見解を示すものではありません。正確な情報をお届けするよう最大限の努力を行ってはおりますが、本レポートの内容に誤りのある可能性もあります。本レポートに基づきとられた行動の帰結につき、独立行政法人エネルギー・金属鉱物資源機構及びレポート執筆者は何らの責めを負いかねます。なお、本資料の図表類等を引用等する場合には、独立行政法人エネルギー・金属鉱物資源機構資料からの引用である旨を明示してくださいますようお願い申し上げます。

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