報告書&レポート
資源メジャー並びに中国企業による世界の銅権益参入をめぐる動き(前編)
―資源メジャーと金鉱山企業による銅生産企業M&Aの動き―
(BHPのAnglo American買収劇は今後どう発展するのか)
はじめに
2024年初め、加First Quantum Minerals社のパナマCobre Panamá銅鉱山の操業中止を引き金に、銅鉱石の不足感が顕在化し、TC/RC(Treatment and Refining Charges、溶錬精錬費)が急落した。銅鉱山業界ではこの10年余り、新規エリアに充てられる探鉱予算シェアが激減し、新鉱山の発見は減少、代わりに銅生産企業の買収活動が盛んとなってきた。その例として2024年4月に報道のあった豪BHPの英Anglo American買収の動きがある。しかし、その動きは不成立に終わった。この交渉の再開には英国で6か月間の差し止め期間があり、それが2024年11月に終わることから、今後のM&Aの動きに注目が集まっている。
今回は、前編でBHP、英・豪Rio Tintoなどの資源メジャーほか、米Newmont社や加Barrick Gold社などの金鉱山企業による動きを、後編では、21世紀に入ってからの中国企業による銅資源業界参入の歴史、並びに現在最も活発に活動している紫金鉱業集団股分有限公司(Zijin Mining Group)の動きを紹介する。
国際銅研究会(ICSG)は2023年10月、2024年の世界銅鉱山生産量が3.7%増加すると予測していた。そして、2023~2024年の銅精鉱市場は500千t以上の余剰になるだろうと見られていた。しかし、実際に起こったことはそうではなかった。それを覆したのは、2023年11月末、パナマ政府がCobre Panamá銅鉱山の操業中止を命じたことである。これにより銅鉱石不足感への圧力が高まり、スポット市場のTC/RCは、2023年末のベンチマークを大きく下回る状態となった。しかしこの出来事は単なる引き金で、資源メジャーを含む銅鉱山企業はそれ以前から増産に苦慮し、現在も市場では銅鉱石不足が続いている。
1.新規鉱山発見への道はより困難になっている
2024年9月中旬、2018年にBHPよって発見された豪州のOak Dam鉱床が、同社の希望の光となっているという記事が報じられた。同記事によると、この鉱床はめったにない貴重なもので、すべてが計画通りに進めば、BHPがここでゼロから新しい事業を建設することになるという。BHPは2023年、智CODELCOを抜いて銅鉱石生産量で世界一となった最大の資源メジャー企業である。この記事から、そのBHPでさえ、大規模な新規探鉱プロジェクトは少なくなっているということが窺える。
Bloomberg社の2024年9月19日付けの記事によると、探鉱活動においてグリーンフィールド(新規地域)での予算シェアは、2009~2013年には半分以上あった。しかしシェアは減少し、プロジェクトの規模も縮小、2019~2023年のグリーンフィールド分は約4分の1に過ぎなかったという。
1950~80年代には銅資源の発見が相次いでいた。現在生産されているものは殆どがその時代の発見である。世界最大の銅鉱山でBHPが稼行するEscondida銅鉱山は、2023年に約1.07百万tを生産しているが、その歴史は1970年代後半から1980年代初頭に遡る。
2024年9月末にS&P社は次のように報じている。「業界が新規探鉱を敬遠し、主要な銅の発見が少なくなっていることが明らかである。業界が初期段階の探査から距離を置く傾向にあるため、過去10年間で増えた埋蔵量の大部分は古い既存鉱床からのもので、主要な新しい銅の発見は世界的に少なくなり、1990年代に発見された鉱床での増加分が7割を占めている。また、1990年代~2000年代初頭の銅探査予算におけるグリーンフィールドでの探鉱シェアは通常5~6割の範囲であったが、2023年は、初期段階の探査はわずか28%で、過去最低を記録した。」
現在でも地質学的レベルではプロジェクトはあるといえる。しかし、高品質の鉱床を見つけるのが難しくなり、探鉱活動はより深く、技術的により難しい鉱床となり、また、あまり条件の良くない地域に進出する必要が生じている。前述のBHPの豪Oak Dam鉱床は地下約4kmにあり、その深度では地熱が問題になり始める。Olympic Dam Deeps鉱床も同じような条件下にある。同社が2024年7月に買収した探査会社加Filo Mining社のアルゼンチンとチリにまたがるFilo del Sol(FDS)銅プロジェクトは海抜約5,000mに位置し、空気が薄すぎてヘリコプターがホバリングするのも困難であるという。
この他、鉱業に対する社会的、環境的抵抗が強まり、人件費、設備費、原材料費も高騰している。さらに鉱山開発には時間がかかるため、銅の生産に至るには短くとも十何年も先のこととなる。Oak Dam鉱床の例でも、最終的な投資決定でさえ早くとも2027年になるという。
2.企業や投資家は新規開発より既存案件に手を伸ばす
このような状況下では、新規開発を進めようとする鉱山企業や投資家にとって、遠い将来に生産が開始するプロジェクトの判断は難題である。
金属価格が投資に見合うのか、という点は資金提供の大きな判断材料の1つとなる。銅価格は2024年5月に11,000US$/tを超えた。しかし、世界経済は低迷しており、銅が現在の価格から30%近く上昇し12,000US$/tに達しなければ、新規鉱山への大規模投資を奨励することはできないという。銅の場合、新規用途より既存用途の規模のほうが大きいため、電気自動車(EV)需要案件などの増加だけでは市場をけん引するに至らない。
このような背景では、鉱山経営者やその株主が、十分な資金を提供して新規プロジェクトを建設することより、代わりにライバル企業を買収したいと考えるのは必然である。
英CRU社によると、既存の鉱山からの生産量も今後数年間で急激に減少する見通しで、鉱山企業は業界の供給ニーズを満たすためには、2025~2032年までに150bUS$以上を費やす必要があるという。
3.資源メジャー、銅採掘企業間でのM&Aの動き
3-1.BHP
BHPは2024年4月、銅を目的としてライバルのAnglo Americanを4.9bUS$で買収しようとした。この動きは、鉱山企業が十分な鉱山を建設できていないことを色濃く反映したものとして捉えることができる。現段階で不成立に終わっているが、Anglo Americanを買収すれば、世界の銅生産量の約10%を占めるグループを形成するはずであった。
BHPは現在、世界一の銅生産企業である。主な稼行鉱山としては、チリのEscondida銅鉱山、Spence銅鉱山、Cerro Colorado銅鉱山、ペルーではAntamina銅・亜鉛鉱山がある。また、豪州ではCarrapateena銅鉱山、Olympic Dam銅・金鉱山、Prominent Hill銅・銀・金鉱山の3鉱山がある。豪SA州ではOlympic Dam銅製・精錬所の拡張を引き続き進めており、この地域での生産量を、前年度の322千t/年から2030年代初めまでに500千t/年に、2030年代半ばには650千t/年まで引き上げる予定である。拡張に関する最終投資決定(FID)を2027年に下す予定である。
同社の最近の足跡をたどると次の様になる。豪SA州の銅鉱山に注目して、銅と金の生産者である豪OZ Minerals社を2023年3月に6.4bUS$で買収した。2024年4月には、前述のとおり、ライバルのAnglo American買収の動きがある。また、2024年7月にはアルゼンチンとチリの国境で開発中のプロジェクトに注目し、加Filo Mining社を加Lundin Mining社と共同で買収することに合意した。両社は、Filo del SolとJosemaria両プロジェクトを保有するため、50:50の合弁会社を設立する。
Mike Henry CEOは2024年10月に次の様に述べている。「Filo社のプロジェクトは数十年で最も重要な銅の発見の1つであると考えている。取引が2025年3月期に完了すれば、このプロジェクトを推進する機会を得る。M&Aは同社にとって成長の選択肢の1つに過ぎない。当社は銅資源のグリーンフィールドでの活動を世界的に増やしてきた。すでに保有している資源からより多くのものを得ており、世界のどの企業よりも銅資源埋蔵量が多く、その成果が今現れている。」
3-2.Rio Tinto
BHPと肩を並べる資源メジャーのRio Tintoは最近、銅の成長に重点を置き始め、2024年以降、銅市場に年間3%の成長を見込んでいる。これまで、Rio Tintoにはいくつかの買収劇があった。2007年、銅ではないがアルミ生産大手、加Alcan社の買収を行った。一方で、2008年2月、BHPによる買収提示がなされた。この件は、世界経済で金属価格の急落により見送られたが、同年、中国のCHINALCO社(Aluminum Corporation of China、中国鋁業集団有限公司)に9%の株式を売却している。
Jakob Stausholm CEOは2024年上半期の業績説明の際、大型買収を検討するかもしれないが、市場は少し過熱しており、そのような価格に支払う用意がなく簡単に参入できない、と述べている。関係者によるとRio Tintoの買収リストには加Teck Resources(以下、Teck)も含まれているという。
生産面ではモンゴルOyu Tolgoi銅鉱山から大幅な追加生産が予定されている。CODELCOやペルーでの加First Quantum Minerals社との提携も含まれる。また、2023年にグリーンフィールドに0.3bUS$を費やしている。
同社はOyu Tolgoi銅鉱山のほか、米国のBingham Canyon銅鉱山、Kennecott銅鉱山を稼行、智Escondida銅鉱山にも権益を有する。Kennecott銅鉱山では製錬所を稼行しており、その生産量はすべて米国内で消費されている。2023年の銅鉱石産量は600千t程度で、世界の第8位である。
米AZ州Resolution銅鉱山は、完成すれば数十年にわたって米国の銅需要の4分の1以上を供給することになる。しかし、このプロジェクトが先住民San Carlos Apache族の聖地を破壊することを懸念し、先住民団体が強く反対、許可手続きは12年以上も長引いている。同プロジェクトの55%はRio Tintoが、45%はBHPグループが所有している。
3-3.Freeport-McMoRan
Freeportは単一の銅生産企業であったが、Richard Adkerson前CEOが、25.9bUS$のPhelps Dodge社や20bUS$のMcMoRan Exploration Company社などの大型買収を行い、大手銅生産企業となった。しかし同社は、この10年間の多くの時間を銅、モリブデン生産者の再編に費やしている。そして、浸出技術の革新により、低コストで銅の生産量を増やすことを目指している。
2024年6月に同社の新CEOとなったKathleen Quirk氏は内部成長に重点を置く姿勢を改めて強調しており、BHPによるAnglo American買収のような高額な入札が見られたM&Aの様なホットなトレンドからは一歩退いている。しかし、機会があれば経済的に対応する用意があるとも発言をしている。
同社は2023年、1.27百万tの銅を生産し、CODELCOに次ぐ第3位に位置する。北米ではMorenci銅鉱山があり、南米ではペルーCerro Verde銅鉱山の半分以上を所有し、住友金属鉱山も21%を所有している。2024年6月2日に同鉱山の拡張プロジェクトに関する技術報告書が承認され、2026~2044年まで目標取扱量を420千t/年、マインライフは2052年までと見られている。この鉱山は、ペルーで生産される銅の約19%とモリブデンの34%を占めている。
また、チリのEl Abra銅鉱山の51%を所有、残りはCODELCOが保有している。拡張に約7.5bUS$を投資する計画である。許可要件のため拡張には7~8年かかる見込みで、2025年末までに環境影響評価書を提出する予定である。拡張後は約340千t/年の銅が生産される。
インドネシアにはGrasberg銅鉱山があり、2023年Grasberg銅鉱山は約750千tを生産した。しかし、輸出ライセンスの更新時期に関連したインドネシアでの出荷遅延があり、売上が2023年に比べて減少したという。
2009年にDRコンゴTenke Fungurume銅・コバルト鉱山の生産を開始したが、2016年に保有株を中国のChina Molybdenum社(CMOC、洛陽欒川鉬業集団股分有限公司)に売却した。2020年には同じくDRコンゴKisanfu鉱山もCMOC社に売却した。
専門家は、同社の銅生産量は今後5年間1.3百万t/年と、ほとんど増加しないと予想している。
4.金鉱山企業からのラブコール
銅資産の買収の動きは、同業同士だけでなく鉱業界の他の鉱種、例えば金採掘量世界1位の米Newmont社、2位の加Agnico Eagle Mines社、加Barrick Gold社など金鉱山企業からも行われている。2024年1月DOW JONESは、金生産企業らは最近、貴金属が史上最高値となったことを祝ったが、彼らはその思いがけない利益の多くを銅に再投資していると報道している。
米Newmont社は金生産量世界第1位であるが、銅の生産も190千t/年以上あり銅生産量では世界の26位にある。2023年11月に豪Newcrest Mining社を約15bUS$で買収した。この買収は銅資産も目的の1つであった。米Newmont社のTom Palmer CEOは以下のように語っている。「世界は今後10年以内に大規模な銅不足に陥ると見ている。豪Newcrest社買収後、売上高の約10%を銅から得ており、今後20%以上に上昇すると予想している。現在、米Newmont社の埋蔵量の約30%が銅である。豪Newcrest社の買収が完了し、2024年の主な焦点は、Tier 1(一次請け)資産を統合し、世界最高の金と銅の事業とプロジェクトの集合体に変革することである。」
同社は2024年2月に国際銅協会(ICA)に加盟、同年10月には豪Cadia銅鉱山が、米Newmont社として初めてCopper Markを取得した施設となった。Cadia銅鉱山は豪州第2位の銅生産鉱山である。
金生産量第2位の加Agnico Eagle社は2023年、銀採掘の中心地であるメキシコZacatecas州にあるTeckのSan Nicolás銅・亜鉛プロジェクトの半分を買収した。2024年10月には、銅・金探鉱会社の加ATEX Resources社の株式13%を取得した。ATEX社はこの投資をチリAtacama地方の主力プロジェクトであるValeriano銅プロジェクト推進に充てる予定である。同プロジェクトは品位:銅0.49%、金0.21g/tで、1.44十億tの資源量がある。
同社のAmmar Al-Joundi CEOは、これを新天地チリでの事業拡大の可能性を試す手段と位置付けている。また、銅プロジェクトは非常に有益で、貴金属からの収益に占める同社のシェアが約99%から約93%まで下がるだろうとみている。これらの活動で、銅の将来性で金の先行き不安をオフセットしようとしている。
加Barrick Gold社は金生産量では第4位であり、銅生産メジャーの一角に食い込むという目標を立てている。Mark Bristow CEOは2023年11月、投資家に対し、「加Barrick Gold社はパキスタンで事業を構築し、ザンビアのCopperbeltにあるLumwana銅鉱山を拡張することで銅生産者メジャーになることを目指している、パキスタンのReko Diq銅・金プロジェクトは、2028年に生産が開始され、世界の10大銅鉱山に入るだろう」と述べた。また、2024年1月には加First Quantum Minerals社の主要投資家数社に接触し、買収の可能性に対する支持を探った。加Barrick Gold社は2023年、約160千tの銅を生産しているが、世界ランクでは第29位に位置する。
南アHarmony Gold Mining社は豪Eva Copperプロジェクトを2022年に買収、2028年を目標に開発を進めている。同社にとってこのプロジェクトは、金属価格が異なる方向に変動した際に収益への影響を和らげるチャンスになるとしている。
5.今後のM&Aはどう動くのか
2024年6月27日、Reuters社は、BHPによるAnglo American買収の試みが失敗に終わった今、新たに興味をそそられる分野で、次にM&Aの注目が集まるのはどこなのかという記事を出した。同記事によると、次の背景から、その目はTeckとFreeport-McMoRanに向けられているという。
銅に重点を置く主要企業には、英Antofagasta社(時価総額26bUS$)と、墨Southern Copper社(85bUS$)がある。これらの鉱山会社は、それぞれ600千t/年と900千t/年以上の生産量を誇っている。英Antofagasta社はチリのLuksic家が株式の65%を所有しており売却の兆しを見せていない。墨Southern Copper社はメキシコの財閥Germán Larrea Mota-Velasco氏が率いるGrupo Méxicoが株式の90%を保有している。加First Quantum Minerals社(11bUS$)は2023年、700千t/年以上の銅を生産したが、パナマCobre Panamá銅鉱山はパナマ政府との争いに巻き込まれている。
これとは対照的に、機関投資家が大部分を所有するFreeport-McMoRanは、より有望なM&A候補に見える。Teckはさらに魅力的である。その理由の1つは、同社の銅生産量は2028年までに約2倍の600千t/年近くになる可能性があり、Teckの2025年の銅EBITDAの予測は60%で、Freeport-McMoRanの45%を上回ることである。また、Keevil家の特別議決権株は5年後に普通株に切り替わる。さらにTeckの原料炭事業をGlencoreに売却すると、同社は非常に魅力的なターゲットになる。
2024年10月末、BHPのMacKenzie会長は、再度Anglo Americanに対する買収提案を行わないと受け取れる発言をしたが、後日これはそのような意思表示ではないと修正されている。
一方ターゲットとなったAnglo Americanは、豪州の原料炭鉱山の70%の権益を保有する合弁会社の株式33.3%を1.6bA$(約1.1bUS$)で売却することで合意、残りの石炭関係資産の売却、南アのプラチナ鉱山、De Beers社の分離検討が進んでいる。
Trump大統領の返り咲きで2025年の鉱業界にどのような影響があるか、銅買収の動きを含め注視する必要がある。
おことわり:本レポートの内容は、必ずしも独立行政法人エネルギー・金属鉱物資源機構としての見解を示すものではありません。正確な情報をお届けするよう最大限の努力を行ってはおりますが、本レポートの内容に誤りのある可能性もあります。本レポートに基づきとられた行動の帰結につき、独立行政法人エネルギー・金属鉱物資源機構及びレポート執筆者は何らの責めを負いかねます。なお、本資料の図表類等を引用等する場合には、独立行政法人エネルギー・金属鉱物資源機構資料からの引用である旨を明示してくださいますようお願い申し上げます。
