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報告書&レポート

2025年6月18日 ロンドン 事務所 平田哲人、ボネット佳林
25-13

EIT RawMaterials Summit 2025参加報告

<ロンドン事務所 平田哲人、ボネット佳林 報告>

はじめに

2025年5月14~15日にかけて、ベルギーBrusselsにおいてEIT RawMaterials Summit 2025が開催された。EIT RawMaterialsは、EUの機関であるEIT(European Institute of Innovation and Technology)が設立した原材料分野のコンソーシアムである。今回のSummitには、欧州政府、国際機関の代表者や業界関係者らが、重要原材料、防衛、リサイクルなど、幅広い分野で議論を交わした。主なパネルディスカッションの内容は次の通り。

1.主なパネルディスカッションの概要

1.1. 欧州の防衛サプライチェーンの確保における地政学的動向

欧州の防衛に必要な重要原材料(CRM)の確保は、単なる産業上の課題を超えた戦略的課題となっていることから、グローバルな地政学的緊張、同盟関係の変動、安全保障リスクが、欧州の防衛優先事項とサプライチェーンのレジリエンスをどのように再構築しているかについて議論された。主に、国際的な動向が防衛政策決定にどのように影響を与えているか、地政学的なリスクを軽減するために必要な適応策は何か、そしてCRM法と欧州の2030年目標が軍事準備態勢と戦略的自立とどのように交差するかについて各人の見解を主張した。

Benjamin Gallezot氏(仏政府)
  • 防衛に必要な資材は民間産業でも使用されており、主権に関する懸念から防衛分野における供給安全保障の最大化が必要。フランスは、防衛企業に対する鉱物資源の備蓄を義務付ける法的枠組みを導入し、緊急時には防衛生産を優先し、防衛生産のための徴用活動を認める措置を講じている。
  • 緊急対応のため国家レベルで備蓄が行われているが、欧州のサプライチェーンを考慮すると欧州全体の問題であると認識している。オランダへの潜水艦供与に関する加盟国との議論はその例で、民間と防衛生産のシナジーが重要。
  • EU及び欧州各国の政府側の認識が企業よりも高いことから、強制力の弱い欧州重要原材料法をより強力にすることで、企業が自主的に行動するように促すことを検討すべきである。また、企業は供給リスクをコストに組み込む必要があり、リスクへの認識を高め、政府支援、インセンティブ、EIB支援を組み合わせることで、民間部門が供給リスクを考慮するようにする必要がある。
Allard Castelein氏(蘭政府)
  • オランダ政府は重要な原材料の確保という基本的な考え方に共感しているが、緊急性や課題の統合という壁に直面している。防衛能力と並行して回復力のある産業生態系を確保するため、詳細な評価と協力、特に国境を越えた取り組みが必要とされる。
  • オランダ、フランス、ベルギーなどの近隣諸国間で物流、接続、防衛産業が相互に密接に関連しており、2030年の目標達成などには、各国がベストプラクティスと教訓を共有するための協力と透明性を担保することが不可欠。
  • プロジェクトを推進するため、差額決済契約、最低国家保証、一時的な利益保証など、民間投資家向けの保証の必要性が求められる。
Joachim Nunes De Almeida氏(DG Grow)
  • サプライチェーンの安全保障を保証できる信頼できるパートナーと、欧州の再軍備化に必要な原材料の需要を算出する必要がある。また、多くの防衛プロジェクトは商業的に成立せず、公的補助金が不可欠。
  • 47の戦略的プロジェクトのうち11がグラファイト関連であり、欧州は中国に67%依存しているが、中国の市場支配力が強化され、市場に製品が過剰供給され、これらのプロジェクトが損なわれる可能性があることから、これらのプロジェクトを保護する必要がある。
  • CRM法に規定されている供給と需要をマッチングするプラットフォームの提供が、第4四半期ごろに行われる見込み。また、ドラギレポート「The future of European competitiveness」で提言されている原材料の共同購入と備蓄については、来年、委員会において政治的イニシアチブを推進したいと考えている。
Nicola Beer氏(欧州投資銀行)
  • 欧州投資銀行(EIB)は、採掘、加工、精製、リサイクル、代替品開発を含むサプライチェーンの多様化に焦点を当てている。EIBは戦略的プロジェクトリストの約60%に関与しており、防衛、グリーン移行、デジタル移行のいずれにおいても、セクター間の壁を打破し変化を効果的に管理している。
  • サプライチェーン構築に際し、データと資源探査がボトルネックとなっており、特にウクライナではソ連時代のデータの再検証が必要。また、リスクを軽減し資金調達を促進するため、オフテイク契約と市場の透明性が重要で、公共のマーケットプレイスや商品取引所の創設が必要と考える。
  • 起業家にとって、どこで、いつ購入するかを決定することはリスク軽減の一部であり、このリスクはコスト計算に組み込むべき。EIBは、長期融資や保証付き金融商品を通じてリスク軽減を提供していることから、地政学的な変化を考慮した事業計画の再計算を推奨したい。
Oleksandr Kubrakov氏(ウクライナ国防省顧問)
  • ウクライナは鉱物資源を有しながらも、過去30年間、大規模な長期投資が必要だったため新たな鉱山開発を行ってこなかった。ウクライナが欧州統合に近づく中、これらのプロジェクト(可能性調査や環境影響評価を含む)に着手する時期が到来したと感じており、欧州企業参加やEIBによる合弁事業融資を必要としている。
  • 欧州防衛産業については、欧州委員会からの長期的な資金調達と契約が必要であり、これが重要鉱物産業の発展も促進すると考える。ウクライナが経験したことを参考に、生産の加速と部品・鉱物供給の解決策を見つける必要がある。

1.2. 原材料の安全保障とグローバルサプライチェーンにおける投資と国際貿易の動向

Rt Hon Dominic Raab氏(元英国外務大臣、副首相)
  • 重要鉱物の需給ギャップは地政学的に深刻化しており、今後30年で必要とされる鉱物量は人類史の大半(過去7万年分)に相当する。供給の過度な集中はOPEC危機を想起させる構造的リスクを伴い、冷静かつ長期的視点での西側の対応が不可欠である。加えて、現在の投資水準では将来の需要に追いつかない恐れがある。
  • 中国が既に20年先行している現状に対し、西側は低コスト競争ではなく、高いESG(環境・社会・ガバナンス)基準と透明性を基軸とした「トップへの競争」によって差別化すべき。単なる価格ではなく「より良い提案(better offer)」が鍵となる。
  • OEM(Original Equipment Manufacturers)など下流企業の関与が不十分であり、短期的利益への偏重が将来的リスクへの対応を遅らせている。資本支出とリスク分担の見直しに向けて、官民連携をより戦略的に活用すべき。
  • 供給安定のためには、長期オフテイク契約、戦略的備蓄、価格帯の設定などに加え、許認可制度改革によるプロジェクトの加速が必要。米欧の手続きの遅さがボトルネックとなっており、鉱山プロジェクトを「国家インフラ」と位置づけ、許認可を迅速化する枠組みが求められる。
  • EUと米国のみでは供給ニーズを満たせず、チリやインドネシアなど非同盟国との実利的かつ長期的な連携が不可欠である。民間投資と高い基準を組み合わせた「信頼できるパートナー」としての立場を築く必要がある。
  • 西側諸国は非同盟諸国(例:サウジアラビア、ブラジル、チュニジア)と「付加価値の共有(value chainの上流化)」によるWin-Win関係を構築すべきだ。相手国は精錬・加工工程の取り込みを望んでおり、西側もサプライチェーン確保の観点から柔軟な対応が求められる。
  • 決定的な変化をもたらす一手として、「欧州版の国家的指導組織(例:米国の国家エネルギー支配評議会)」の設置が必要と考える。断片的な官僚制ではなく、実行力を持つリーダーシップ体制の構築が求められる。

1.3. 欧州の金属の未来を確保する:クリーン産業協定、金属行動計画、循環経済法

欧州では戦略的プロジェクトを起点に鉱山探査や資金調達、社会的受容の強化が必要とされる。エネルギー価格や規制負担、海外の補助金競争が課題で、競争力維持には支援策が不可欠だとの議論がされた。循環経済法でリサイクル促進が進む一方、廃棄物流通の規制緩和や輸出管理強化が求められており、持続可能な原材料供給と環境基準の両立に向けた制度整備が急務であるとされた。

Jan Klawitter氏(Anglo American)
  • 47の戦略的プロジェクトのリスト化は単なる始まりに過ぎず、加盟国レベルでの実施、資金の動員、および社会的受容が求められている。
  • 新たな供給源の追加にとどまらず、欧州の産業エコシステム全体を視野に入れ、 探査を促進する必要性がある。
  • 成功する鉱山プロジェクトを確保するため、探査の重要性を再確認するとともに、忍耐強い資本、規律ある継続性、予測可能なルールを備えた支援環境の整備が不可欠である。
  • EU機関と加盟国に対し、銅のような金属の重要性や鉱山開発・探査の役割について人々を教育するための支援を呼びかけたい。
Patrick Ammerlaan氏(Boliden)
  • グローバルな電力コストとの競争力を維持するため、立法の調和と、鉱業における二酸化炭素排出量に対する間接コスト補償の拡大が重要だ。
  • 戦略的プロジェクトについて、2030年以降に追加生産が発生する場合でも対象とすべきであり、欧州の金属生産を増やすための探査投資が必要である。
  • 中国とインドの補助金により製錬の過剰生産能力と原材料の不足という極端な市場状況が生じている。
  • 欧州企業が競争力を維持し原材料へのアクセスを確保するためには、財務支援や原材料の供給保証が必要だと考えており、それらには鉱山への出資が含まれる可能性もある。
Javier Targhetta氏(Atlantic Copper)
  • 欧州の電力価格は、化石燃料など非欧州要因の影響を受けすぎており、これを切り離す「価格決定構造の分離」が必要である。現行の限界価格清算方式(marginal settlement)は、最も高コストな電源に価格が引き上げられる仕組みであり、欧州産業の競争力を損なっているため、再考されるべきである。
  • 欧州連合域内排出量取引制度(ETS)は実質的な削減努力をしている産業を罰しており、さらにグリーン水素は現時点で実効性のある選択肢とは言えないことが課題である。リサイクルを促進しながら二酸化炭素排出を一律に罰することには矛盾があり、企業の取り組みを正しく評価するにはライフサイクル評価の導入が求められる。
  • 欧州全域での廃材の自由な流通が必要であり、また進歩を阻害することなく脱炭素化を実現するための協力が重要である。
Daniela Cholakova氏(Aurubis)
  • 炭素コストが欧州生産者の競争力に影響を与えることを懸念しており、排出枠配分や間接コスト補償といった支援措置の維持が必要と考える。
  • 新たな循環型経済法の制定を強く支持する。現在、欧州の銅生産の半分はリサイクルから来ており、需要の増加に対応するため、一次生産とリサイクルの両方を増加させることが非常に重要だ。二次銅の市場は既に非常に機能しており、製品寿命終了時に回収可能な銅のほぼすべてがリサイクルされている。
  • リサイクルをさらに増加させる主な障害は、二次原料の供給不足であることから、銅に関しては、リサイクル率目標のような需要を刺激する措置を講じる必要はないと考えている。
  • 二次原料の供給は、欧州内の廃棄物の移動を制限または遅延させる一部の作業や行政手続きの影響を受けることから、二次原料の輸入を促進する要因でもある。例えば、有害でない電子廃棄物に対する新たな処理要件が導入された場合がこれに該当するので、有害でない電子廃棄物は一般廃棄物として分類し、要件を適用すべきだと考える。
  • 欧州は銅スクラップの純輸出国であり、一次金属の純輸入国となっており、廃棄物を欧州内に留めて、当地の高い環境基準に従って運営する大規模なリサイクル業者に直接送ることが重要だ。銅スクラップの廃棄については、依然として基準の執行が不十分であり、これを強化することで、欧州からの銅スクラップの流出を削減できると考える。
Wouter Ghyoot氏(Umicore)
  • EU内廃棄物輸送の障壁を撤廃し、分類を調和させて価値ある材料を欧州内に留めることが重要である。
  • EUからの電子廃棄物とプリント基板の輸出が著しく、より厳格な執行とデジタル化が必要だと考える。

1.4. 循環経済とリサイクル産業における資本・政策課題

全登壇者が「欧州におけるスクラップの域内留保」を非交渉事項と強調した。リサイクル可能資源の域外流出を防ぎ、域内の高い環境・技術基準のもとで再資源化すべきとの意見で一致した。「競争力を維持したままスクラップを欧州に留める」こと、ならびに一次資源と二次資源のバランス確保の必要性が強調された。

Frédéric Carencotte氏(Carrester)
  • 競争力のある技術・環境負荷の低減・多様なマグネット由来の原料対応を強みとする自社プロセスの構築により、長期的ビジョンに基づいた資本確保を実現した。
  • 市場価格の短期変動に囚われず、政府支援や長期顧客契約(例:Stellantis社)を活用した段階的な成長が鍵であり、長期的な視点を持つ投資家との提携が重要である。
  • CRM法のような政策目標が、民間企業による契約締結やリサイクル技術開発の後押しとなっており、政策と民間の連動が消費者行動にも影響を与える。
Paul Voss氏(Eurometaux)
  • EUの政策は規制中心で資金的支援が乏しく、米国のIRAとの比較で競争力に課題がある。より多くの資本を循環経済へ誘導する財政措置が必要だ。
  • 欧州の資本市場は脆弱であり、企業が米国での資金調達を優先する傾向にある。EUは投資評価の基準を「価格」から「供給の確実性」へと転換させる役割を果たすべきだ。
  • 消費者の認識改革に向けて、リサイクル材料の定義や品質基準の明確化が必要だ。企業間取引(B2B)ではグリーン素材への需要はあるが、価格プレミアムが支払われにくいという矛盾も存在する。
Macarena Gutiérrez氏(Fertiberia)
  • EV(電気自動車)などの普及におけるインフラ整備の遅れと価格の高さが、実際の消費行動との乖離を招いている。社会はサステナブル志向を掲げながらもコスト負担には消極的。
  • 欧州内では厳格な生産基準が求められる一方で、安価な中国製品の輸入には寛容な現状がある。循環経済を推進するには、国際競争力と整合性のある規制設計が求められる。
  • 政策は競争力を維持しつつ、一次資源とリサイクル資源の両立を促す方向で設計されるべきだ。
Inge Neven氏(Brussels Environment)
  • 循環型経済のスケールアップには、市民への認知向上と日常的な行動変容の促進が不可欠である。専門家だけでなく一般消費者とのコミュニケーションが課題だ。
  • 持続可能なファッションの例のように、「見せる」ことで関心を引き、複雑な循環システムの理解を深める努力が必要だ。日常的な選択こそが移行の鍵である。
  • バリューチェーン全体を統合するエコシステム構築の促進において、規制とインセンティブの両面からの支援が求められる。

1.5. 欧州における重要鉱物投資とサプライチェーンの課題と展望

欧州委員会が重要鉱物分野で47の戦略的プロジェクトを認定するなど、供給強化に向けた政策的な動きは進んでいるものの、直接的な資金援助は乏しく、迅速な許認可手続きや市場の透明性向上、リスク分散策の整備が依然として課題となっているとされた。厳しい規制環境や資金調達の難しさから欧州の競争力は相対的に低下しており、米国やアジア各国の積極的な政策支援や市場介入策を参考にすべきという声が多く聞かれた。また、ESG面の課題も根強く、業界全体で信頼の構築と持続可能性の強調が求められているとされた。

Bert Koth氏(Denham Capital)
  • 多くの新興鉱山開発企業(ジュニア企業)は、資金調達のために実態にそぐわない過大な投資計画を示すことが多く、ガバナンスの甘さが投資リスクを高めている。
  • 日本のJOGMECや米国のコスト超過保証制度のような、政府が資金面やリスク面で一定の支援を行う枠組みは、欧州ではまだ整っておらず、その導入が望まれる。
  • 欧州は規制の複雑さや厳しさから、投資家が慎重になりすぎる傾向にあるため、リスク管理を強化しながらも柔軟に資金を投入できる仕組みが必要だ。
Olav Skalmeraas氏(Norge Mineraler AS)
  • 戦略的プロジェクト認定は直接の資金支援を伴わないものの、プロジェクトの信用力向上や銀行融資の評価が迅速になるなど、間接的に資金調達を円滑にする効果がある。
  • 原材料の採掘から精製・加工までのバリューチェーン全体を統合することで、サプライチェーンのリスクを低減し、効率的かつ安定的な供給体制を構築することが重要である。
  • 複数の関係者が関わる複雑なプロジェクトを円滑に推進するためには、政府がオーケストラの指揮者のように調整役を担い、産業界や金融機関、規制当局間の連携を強化することが必要だ。
Peter Verbraken氏(APG Asset Management)
  • 原材料の戦略的重要性は認識しているが、鉱山投資には高いリスクが伴い、投資家(特に年金基金)が求める安定性やESG基準を満たすことが難しいため、資金流入が限定的になる。投資案件のコスト超過や計画変更の不確実性が、投資判断の大きな障壁となっている。
  • 年金基金の投資方針は保守的であり、鉱山プロジェクトへの直接投資を認める明確なマンダテがないため、資金提供には説得力ある投資魅力とESG課題のクリアが不可欠である。業界の持続可能性への改善や社会的意義を示す「ストーリーテリング」が資金誘導に重要だ。
  • エネルギー転換や防衛政策のために原材料確保は不可欠であり、鉱山プロジェクトのリスクを低減するために政府のコスト超過保証や戦略的備蓄など多角的な支援策が必要である。また、鉱業セクターの環境・社会的改善の実績を積極的に発信し、投資家の理解と支持を得ることが重要だ。
Frank Jackel氏(Metals-hub)
  • 米国や日本、韓国、中国といった国々は、戦略的備蓄や価格の安定化、政府による市場介入を積極的に行っており、こうした手法は欧州にも多くの示唆を与える。
  • 重要鉱物の価格形成を生産者や消費者に近い市場で行い、市場の透明性を高めることは、価格の急激な変動を抑え、供給の安定化につながる。
  • ただし欧州は自由貿易を重視しているため、過度な市場介入や規制は控えつつ、バランスを保つ形での戦略が求められる。
Yann Ropers氏(Deutsche Bank)
  • 銀行は貸出リスクを非常に重視し、事業計画の現実性や価格の安定性を厳格に評価するため、不確実性の高い重要鉱物事業には慎重になりがちである。
  • ESG要件は銀行にとっては投資制約よりも、リスクを増加させる要因として認識されており、規制対応の負担も大きい。
  • 銀行規制(例:欧州のCRR3など)を見直し、重要鉱物分野への貸出促進を目的とした特別措置を設けることが検討されるべきである。

1.6. 産業界の声:欧州の産業バリューチェーンの未来を切り拓く

欧州の重要鉱物と産業バリューチェーン強化は、戦略的プロジェクトや資金支援が進む一方で、許認可の遅延や複雑な規制が大きな障壁となっているとの議論がなされた。環境規制と競争力の両立や資本市場の断片化も課題で、米国の迅速な支援制度を参考にすべきとの声も多く聞かれた。循環経済推進や資源国との連携が重要視される中、公的資金の限界から民間投資を促す市場整備が急務であり、欧州産業の競争力と持続可能性を両立させるため、迅速な政策対応が求められているとされた。

Jan Moström氏(LKAB)
  • 鉱山開発には地質学的評価、採掘技術の確立、環境許認可取得など多段階のプロセスが必要であり、それぞれに複雑な法規制が関与する。この「コスト」を抑えることが、事業の採算性を確保するうえで大きな課題となっている。
  • 鉱山プロジェクトは10年〜40年のスパンを想定して進められるため、長期的な金属価格の前提が収益性評価において重要だ。しかし、現在はグローバル価格を前提とするしかなく、EU独自の気候・環境目標を反映した「地域価格設計」が存在しない点が、プロジェクトの妨げとなっている。
  • 鉱業への投資は資本集約的かつ回収までに長い時間がかかるため、法制度の一貫性と予測可能性が重要だ。現在のEUの法制度は分断されており、長期的な安定性に欠けるため、投資判断を下すうえで大きな障害となっている。
Emanuel Proença氏(Savannah Resources)
  • Savannah社はすでに60m€以上を自己資金で投資し、厳格な規制を順守した上で、競争力のあるリチウムプロジェクトを構築してきた。現段階で必要なのは、遅延ではなく「行動」と「実行」であり、行政・規制当局も実現可能な手法で迅速に支援すべきだ。
  • 同社のプロジェクトは同等規模のブラジルのプロジェクトより約2倍のコスト(280mUS$)を要している。環境・社会的要件を満たした「模範的なプロジェクト」であっても、グローバル資本市場では同条件で競争しなければならず、追加コストを誰が負担するかが未解決の課題である。
  • 欧州全体がEV、電池、ドローン、国防など15百万人の雇用に関わるバリューチェーンを抱えており、これを支える原材料供給が「実現しなければならない」状況だ。競合である中国は5年で目標を達成し6年目には上回る実行力を示しており、欧州も「2030年を議論するのでなく、2027年に結果を出す」必要がある。
Cedric Duclos氏(Saft)
  • 現状、欧州で生産されるバッテリーは「中国製の設備と原材料」に大きく依存しており、真の意味での欧州バッテリーとは言えない。たとえばグラファイト精製の99%が中国依存であることを例に、単なる国内生産ではなく上流から下流まで一貫した欧州のバリューチェーン構築が必要である。
  • 米国のIRA(インフレ抑制法)が「実行主義」で迅速に効果を出しているのに対し、欧州の制度は申請に平均500~1000時間を要するなど「手続き過多」で、危機感に乏しい。書類ではなくモノを作ることが本業の産業に、もっと即応的・実利的な支援策が必要だ。
  • 多くのプロジェクトに資金を分散するのではなく、成功が見込めるプレイヤーを明確に選定して集中支援すべきである。また、価格競争力のない高コスト構造で自由貿易を維持すれば、グローバル競争で確実に敗北するだろう。今は話し合いではなく行動の段階だ。
Mika Seitovirta氏(Sibanye Stillwater)
  • リチウム精製施設などの戦略的プロジェクトでも、排水基準などの環境規制が頻繁に変わり、数千万ユーロ規模の追加コストが発生するケースもある。責任ある鉱業のための規制は必要としつつも、「いつ・何が必要になるか」が見通せない現状は、投資の判断と収益性に深刻な影響を与えている。
  • 欧州の制度では、内容が的外れでも誰でもプロジェクトに対して異議申し立てが可能であり、これが長期化・不確実性の温床になっている。実際に、対象外の範囲からの訴えにより、1年以上プロジェクトが遅延した事例もあり、これでは投資家の信頼を損ない、事業遂行が困難になる。
  • 欧州の補助金制度(例:Innovation Fund)は手厚いが、使い勝手が悪く、条件も硬直的だ。4年で成果を出すことを求められても、実際には許認可や土地取得に数年かかるのが現実だ。特に新規参入が多く想定外の事態も起こるバッテリー金属産業では、フェーズごとに資金投入できる段階的・柔軟な支援設計が不可欠であり、「支援の仕組み自体を現実に合わせる」必要がある。
Alberto Castronovo氏(企業・イタリア製品担当省)
  • 欧州の重要原材料法に基づき、戦略プロジェクト47件のうち4件がイタリアから採択されている。いずれもニッケルやコバルトなどのリサイクル分野で、イタリアの強みである自動車産業と循環経済の取組みを活かしたもので、イタリアはこの分野でEU全体の供給網強化に貢献できる。
  • 持続可能な競争力を実現するには、リサイクルインフラの強化、二次原料の活用促進、供給元の多様化、戦略投資・官民連携の推進、エネルギーコストへの対策が不可欠である。こうした施策により、原材料の安定供給と下流産業(特にEV・電池)の競争力を高める必要がある。
  • EU内で戦略プロジェクトのパイプラインは整いつつあるが、今後はそれを支える金融バリューチェーン(投資・資金調達)の構築が急務だ。官民連携による新たな投資エコシステムの確立が、今後数週間から焦点になるだろう。
Christian Ehler氏(欧州議会議員)
  • 気候変動対策として二酸化炭素削減は不可欠だが、過去15年ほどは気候目標と持続可能性(特に環境規制)の両立がうまくいっておらず、これが欧州経済の競争力に影響している。今後はこれらを再調整し、持続可能性と経済成長を両立させる議論が必要だ。
  • グローバル化の影響で欧州の共通市場は停滞し、サービス市場やインフラ整備が遅れてきた。今後は内部市場の強化に焦点を当て、規制の断片化を解消し、資本市場の統合を進めることが不可欠だ。公的資金での「勝者・敗者の選別」は難しいため、市場全体の魅力向上を目指す。
  • 資源確保のためにはアフリカ諸国との協力が欠かせず、単なる環境保護主義だけでは持続可能な資源供給は実現しない。欧州はこれまで過度に「清廉潔白」を装ってきたが、今後は現実的かつ戦略的に交渉し、原料供給の確保と産業維持のために痛みを伴う議論を受け入れる必要がある。

1.7. 欧州の防衛サプライチェーン確保に向けた産業および技術的解決策

欧州における防衛サプライチェーンの強靭化は、原材料の安定供給、産業基盤の再構築、制度改革の三位一体での取り組みが不可欠であるという共通認識がパネル全体に共有された。登壇者は、サプライチェーンの脆弱性、資源確保の不透明性、規制の複雑さ、投資インセンティブの欠如といった具体的課題を指摘し、政府と産業界が一体となった迅速かつ戦略的な対応の必要性を強調した。

Anne Lauenroth氏(ドイツ産業連盟)
  • ドイツ産業連盟は幅広い製造業を代表し、サプライチェーンの強靭性と原材料確保が最重要課題であると認識している。特に防衛・安全保障分野では、企業は既にリスク管理や在庫確保など多様な対策を実施している。
  • 政府と産業界が協力してリスクやコストの分担を明確化し、短期的な緊急対応と中長期の産業政策の両面から戦略的対話を進めることが必要である。
  • グローバル競争が激化する中、産業全体の連携促進や政策による協働インセンティブの整備、エネルギーコスト等の環境整備に注力しつつ、即時対応が可能な課題を優先的に解決することが重要である。
Guillaume Bastien氏(Alteo Alumina)
  • 欧州の産業は必要な製品と材料を生産できるが、安定した長期的な注文量と公平な取引条件が不可欠である。 ボリュームが小さく投資回収が難しいため、事業として成り立ちにくい状況である。
  • 防衛産業の取引は不透明で魅力に欠けており、承認手続きの長期化や競争相手(特に中国)との価格競争が大きな課題である。 これにより防衛産業への参入者が限られ、供給体制の再構築が難しい。
  • 米国のような柔軟な補助金制度や明確な戦略が欧州に欠けており、既存産業との連携や保護策を強化しつつ、長期的かつ協調的な発注体制の確立が急務である。 政府からの明確な指針が必要とされている。
James Watson氏(Eurometaux)
  • 現在の世界情勢は不安定であり、産業界は安定した環境を強く求めている。特に欧州が直面する貿易戦争や地政学的リスクが課題である。
  • EUのCRM法は目標達成に必要な鉱山や加工・リサイクル施設の増設計画を示しているが、具体的な資金支援が不足している。 防衛分野への直接的な資金投入がほとんどなく、投資を促すための支援策が必要とされる。
  • 「ReArm Europe」計画の巨額資金の多くは非鉄金属産業には届かず、防衛産業の材料調達目標も限定的であるため、非鉄金属産業強化にはさらなる具体策と資金投入が不可欠である。 健全な産業基盤と需要先(オフテイカー)がなければ、防衛産業の成長も難しい。
Marie-Christine von Hahn氏(ドイツ航空宇宙産業協会)
  • 防衛産業の製品(戦闘機、ドローン、衛星など)を作るためにはまず「注文」が必要であり、注文がなければ生産が始まらない。つまり、明確な発注計画が最優先課題である。
  • 戦略的備蓄(ストックパイル)は重要な要素だが、備蓄に適した資源や材料の特性を理解し、どれが備蓄に向くかを見極める必要がある。
  • 政府、産業界、科学界など関係者が互いに信頼し合い、協力し合うことが最大の課題であり、共通理解のもとに優先順位を定め、迅速に行動する必要がある。これは欧州の主権と安全保障を守るために不可欠な取り組みである。
Mathieu Schwander氏(欧州防衛機関)
  • 欧州防衛機関(EDA)は加盟国間の協力の場であり、重要資源の供給確保や依存関係の特定、緩和策の構築を推進している。複数の加盟国が連携してプロジェクトを開始し、迅速な対応を目指している。
  • 欧州防衛機関(EDA)は加盟国間の協力の場であり、重要資源の供給確保や依存関係の特定、緩和策の構築を推進している。複数の加盟国が連携してプロジェクトを開始し、迅速な対応を目指している。
  • 軍の要求を満たすことが最優先であり、リサイクル材料などの二次資源も必要条件を満たすことを証明し、小規模での実証や周知活動が重要である。他産業の事例も踏まえ、技術革新と品質基準の整合が課題となっている。
Paul Gait氏(Anglo American)
  • 欧州には多くの鉱業会社が存在し、鉱業の能力はあるが、国内での活用が不足している。鉱業は防衛産業を含む広範な工業基盤の重要な一部であり、原材料の世界的な需要増加に直面している。
  • 現代の生活水準を支えるために必要な銅の量は膨大で、過去の鉱山資源の総量を大きく上回っている。鉱業産業は主に地質学的に有利な地域(ラテンアメリカやアフリカ)で展開されてきたが、欧州での資源開発にも積極的に参加したい意向を示している。
  • 産業基盤の再建には莫大な投資が必要であり、規制や許認可の課題が開発を遅らせている。鉱業は信頼性が低いと見なされているが、農業と同様に重要な産業として政治的支援や資金調達の革新的な仕組みが求められている。

おわりに

欧州の指導者たちは重要原材料法の目標達成に疑問を呈し、産業面と地政学的制約を考慮すると、現行のスケジュールは楽観的すぎる可能性があると警告した。オランダ、フランス、欧州投資銀行、ウクライナの代表者は、防衛関連資材を含むサプライチェーンの制約を踏まえ、目標の緊急な見直しと加盟国間の連携強化が必要だと強調した。 また業界関係者は欧州の規制負担の重さ、競争力の低迷、そして重要資源の外部供給への依存拡大に対する懸念を口にした。

次回は2026年5月19日~21日にかけてBrusselsにて開催予定。

おことわり:本レポートの内容は、必ずしも独立行政法人エネルギー・金属鉱物資源機構としての見解を示すものではありません。正確な情報をお届けするよう最大限の努力を行ってはおりますが、本レポートの内容に誤りのある可能性もあります。本レポートに基づきとられた行動の帰結につき、独立行政法人エネルギー・金属鉱物資源機構及びレポート執筆者は何らの責めを負いかねます。なお、本資料の図表類等を引用等する場合には、独立行政法人エネルギー・金属鉱物資源機構資料からの引用である旨を明示してくださいますようお願い申し上げます。

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