報告書&レポート
ニッケル市場の構造と動向
―2017年需給動向並びに今後の見通しについて―
はじめに
ニッケルは、2016年にLME価格が7,710US$/tという2003年来の安値を付け、取引所在庫の総量も過去最高の50万t超を記録した。市況は長らく低迷していたが、近年回復傾向にある。2017年1月にはインドネシアの低品位鉱石の輸出が再開されたものの、市況への影響は懸念されていたよりも小さく、価格は上昇傾向を辿り、足元2018年6月7日には15,750US$/tの値を付けた。堅調なステンレス鋼向け需要が好感される中、最近では電気自動車(以下、EV)用リチウムイオン電池向けの需要増加見通しにも期待感が高まっている。
供給サイド・需要サイド共に数年前とは状況が変わり、市場構造に変化の兆しが見られるニッケル市場について、足元の動向を整理し今後の見通しについて考察する。

図1.LME価格及び取引所在庫の推移(2005~2018年5月)
出典:LME HP, SHFE HPより筆者作成
1.ニッケル生産フロー概観
リチウムイオン電池向けのニッケル需要拡大が期待される中で、どのようなニッケル製品が電池材料として適しているのかについて関心が高まっている。「ニッケル」と一言で言っても用途に合わせて製品や特徴が異なり、それらの製造に用いる原料も異なってくることは、前提条件として留意しておく必要がある。需給動向見通しを整理するにあたり、原料である鉱石の種類と、それらが製品に至るまでの生産フローを概観する。
(1)鉱石の種類
ニッケル鉱石は、主に地金の原料となる硫化鉱と、主にフェロニッケルの原料となる酸化鉱の2種類に大別される。硫化鉱の主産地はカナダやロシア、酸化鉱の主産地はインドネシアやフィリピンなどである(図2)。日本や中国は主に東南アジアの国々から酸化鉱の鉱石を輸入して製品の製造を行っている。酸化鉱は土壌上部に賦存するリモナイト鉱、土壌下部に賦存するサプロライト鉱に分けられ、後者のほうが品位が高いことが特徴である。

図2.ニッケル資源の分布
出典:O.R. Eckstrand, D.J. Good “World distribution of nickel deposits” 2000
硫化鉱・酸化鉱それぞれの特徴について表1にまとめた。資源量を比較すると酸化鉱のほうが多いものの、製錬処理のしやすさの観点からこれまでは硫化鉱のほうが多く生産されてきた。近年は品位の低い酸化鉱であるリモナイト鉱を原料として処理できるHPALなどの技術も開発され、今後は酸化鉱の生産量も増えていくことが期待される。ただし、原則として酸化鉱からのニッケル抽出は技術的に難しいことに留意する必要がある。
表1.ニッケル鉱石の種類
出典:メタルマイニング・データブック2012、
金属資源レポート2013年7月号「最新選鉱技術事情 鉱種別代表的プロセス編(2)-ニッケル-」
中村威一に加筆
(2)ニッケル鉱石が製品になるまで
ニッケルの鉱石が製品になるまでの流れは、地金(カソード、ペレット、ブリケット、パウダー等)を最終製品とした場合と、ステンレス材料としてのフェロニッケル・NPIを最終製品とした場合で異なる。図3に、ニッケルの主な生産フローを示す。硫化鉱から地金まで、酸化鉱からステンレスまで伸びる太い実線が世界での主要な生産の流れである。細い実線の矢印は日本企業が関連している主な生産方法である。

図3.ニッケル生産フロー
ニッケル地金はステンレス生産の際のニッケル分の調整用あるいは補充用として使用されることがある。図3内の地金からステンレスの手前に伸びている破線がそれにあたり、その総量は世界のニッケル消費量のうち約2割を占めるものと見込まれる。日本などでは調整用として使われているが、中国などではNPI原料(Ni品位15%以下)では補いきれなかったニッケル分の補充として地金を投入することがある。
リチウムイオン電池の正極材に用いられる硫酸ニッケルは、地金を生産する過程で得られるフローもあるものの、地金に硫酸を加えて生産する方法が主流である。その際、硫酸で溶解するニッケル地金の形態は、溶解のしやすさからパウダーやペレット、ブリケットなどが望ましいとされる。カソードも溶解は可能であるが、破砕コストがかかることが難点である。
図3の中で赤く囲まれている製品が、国際ニッケル研究会(以下、INSG)で定義されるプライマリーニッケルにあたるものである。INSGの定義によれば、プライマリーニッケルは製精錬所の生産物で、製精錬所以外の消費者がそのまま使用できる形態のものを指すとされており、ClassⅠ、ClassⅡ、Chemicalsの3種類に分類される(表2)。ClassⅠは地金にあたり、ClassⅡにはフェロニッケルやNPIが、Chemicalsには硫酸ニッケルなどが含まれる。
表2.ニッケル製品分類
出典:国際ニッケル研究会(INSG)の定義を基に筆者作成
(3)ニッケル鉱石生産国とプライマリーニッケル生産国
表3に、ニッケル鉱石生産国及びプライマリーニッケル生産国の2017年生産量上位5か国をまとめた。鉱石生産国とプライマリーニッケル生産国が異なることに留意する必要がある。
表3.ニッケル鉱石生産国とプライマリーニッケル生産国の上位5か国
出典:World Metal Statistics Yearbook 2018より筆者作成
2.ニッケル鉱石生産動向
2017年の鉱石生産量は199万tと前年比で4.6%の増加となった。ロシアやカナダでは減少したものの、インドネシアで大幅に増加した点が注目される(表4)。以下では、日本の主要な鉱石輸入先であり、特に近年の状況の変化が大きいフィリピンとインドネシアを取り上げる。図4に、インドネシアとフィリピンのニッケル鉱石生産量推移を示す。
表4.世界の鉱石生産量
出典:World Metals Statistics Yearbook 2018

図4.インドネシアとフィリピンのニッケル鉱石生産量推移(2013~2017年)
出典:World Metal Statistics Yearbook 2018より筆者作成
(1)フィリピン
フィリピンは現在、世界最大のニッケル鉱石生産国である。2016年ニッケル鉱石生産量は、価格低迷や品位低下の影響を受けて2015年比で33%減少し、2017年も2016年並みの水準に留まった。これは、天候不順や品位低下の影響が大きいと考えられている。環境保護政策の一環として同国で実施されていた鉱山監査に伴い、一部鉱山への閉鎖命令や操業一時停止命令が出されていたものの、この発令については、各社は在庫を販売することで対応したものとみられる。
フィリピンでは、2016年から始まった鉱山監査の結果が2017年1月に発表され、23鉱山に閉鎖命令、5鉱山に操業一時停止命令が出された。さらに2017年4月には、既存のニッケル鉱山は対象から除外されたものの、露天掘鉱山の禁止令が発出された。本禁止令については、その後、環境天然資源省大臣に就任したCimatu大臣が11月に撤回勧告を内閣に提出したが、大統領がこれを拒否するなど、いまだ同国鉱業政策には不安定さが見られる。
(2)インドネシア
インドネシア政府は2009年に従来の鉱業法を改正し、高付加価値化政策の実施を進めている。これに伴い2014年1月以降はニッケル鉱石の輸出を全面的に禁止していたが、2017年1月に低品位のものに限り輸出が解禁された。この影響を受け、インドネシアの2017年ニッケル鉱石生産量は、27万tと前年比で56%増となった。
なお、各社の実際の輸出量は、ほとんどの企業について、政府が出した輸出認可の量を大きく下回っていたと言われており、政府は度々「実際の輸出量が輸出割当に達しなかった場合にはそれ以降輸出認可を更新しない」「製錬所建設の6か月毎の進捗度が計画の90%に達していない事業主に対しては輸出認可を取り消す」といった警告を発している。2018年4月には、輸出認可に向けた推薦状を出すための条件について定めたエネルギー鉱物資源大臣令No. 25/2018を公布し、事業主に対し、政策で定めた方針を遵守するよう促している。
政策動向については、2022年以降ニッケル鉱石を再び全面的に禁輸する可能性があることに注意する必要がある。この点については議論が続いており、インドネシア国内のニッケル生産者動向次第で先行きは変わるものと考えられる。国営企業であるPT Antamをはじめとして、国内ニッケル事業者が付加価値の高いニッケル製品生産を進めることができれば、国内での原料確保のために再び鉱石の禁輸がなされる可能性がある。しかし計画通りに進展せず企業の経営が困難な状況が続けば、鉱石をそのまま輸出する方針が継続すると考えられるだろう。
鉱業法の改正についても議論が進められている中、2019年4月には大統領選挙も予定されている。2018年9月には大統領選のキャンペーンが開始されることから、鉱業政策に何らかの影響がないかについても慎重に状況を見守る必要がある。
3.プライマリーニッケル生産動向
世界のプライマリーニッケル生産量は、2017年世界全体で182万tとなり前年比で0.6%減少とほぼ横ばい推移した(表5)。以下では、生産量第1位の中国と、生産が急増しているインドネシア、及び日本の生産動向を概観する。
表5.世界のプライマリーニッケル生産量
出典:World Metals Statistics Yearbook 2018
(1)中国
中国で生産されるプライマリーニッケルは、金川集団が地金を生産しているが、その他のほとんどはフェロニッケル/NPIだと考えられ、2017年生産量は前年比0.2%減とほぼ前年と同水準となった。中国は、従来からインドネシアやフィリピンから鉱石を輸入し国内でプライマリーニッケルを生産してきたが、2014年のインドネシアのニッケル鉱石禁輸措置以降、製品そのものの輸入量が増加している。図5に示すように、中国のプライマリーニッケル生産は2013年には70万tを越えたもののその後減少傾向を辿り、2016年・2017年は41万tの水準で推移している。他方で、中国のフェロニッケル/NPIの輸入量は年々増加しており、2013年にはグロス量で約19万tだったものが2017年には約139万tとなった。特に2015年以降はインドネシアからの輸入増加が著しく、2017年には全体に占めるインドネシアからの輸入量のシェアは70%を超えた(図6)。

図5.中国プライマリーニッケル生産量推移(2013~2017年)
出典:World Metals Statistics Yearbook 2018

図6.中国フェロニッケル/NPI輸入量推移
出典:GTAデータを基に筆者作成
なお、中国国内の生産にあたって原料となる鉱石は、2014年1月にインドネシアの鉱石が全面禁輸されることを受けて、2013年には駆け込み需要で同国からの輸入が増え、2014年以降はこの時に貯蔵した鉱石の港湾在庫とフィリピンからの輸入鉱石を原料としていた(図7)。しかし、2017年1月にインドネシアの低品位鉱石が輸出解禁となったことから、再びインドネシアからの供給が増加しており、これを受けて再び中国国内におけるNPI生産が増加するか注目がされる。
昨今中国国内の環境規制は強化されており、足元2018年6月にも、山東省や内モンゴル自治区はじめとする中国国内の複数のNPI工場において、環境監査の影響を受けて減産あるいは操業停止の措置が講じられたことが報じられている。また近年では、ニッケル事業を行う中国企業のインドネシアへの進出が進み、現地での生産計画が多く立てられている。中国国内におけるNPI生産が従前より容易ではなくなりつつある中で、国内NPI生産者は2013年以前の水準で生産ができるのか、また一度インドネシアに進出した企業が再び中国で生産を行うように方針を転換する可能性はあるのか、先行きは不透明である。なお2017年のインドネシアからの鉱石輸出は、輸出量全体の4.9百万tのうち4.8百万tが中国に向けて出荷された(グロス量)。

図7.中国ニッケル鉱石輸入量推移
出典:GTAデータを基に筆者作成
(2)インドネシア
インドネシアでは、国内の高付加価値政策推進に伴いプライマリーニッケル生産を推進したことで、2015年以降中国資本等によるフェロニッケル/NPIプラントの建設が進んでいる。2017年のフェロニッケル/NPIの生産量は14万tとなり前年比で47%増加した。これは中国の大手ステンレスメーカーである青山集団(Tingshan Holding Group)のフェロニッケルプラントが稼動したことが大きな要因であると考えられる。表6は、インドネシアでフェロニッケル/NPIプラントを操業している主な企業の一覧である。赤く色付けされているものは中国資本が入っている企業であり、インドネシアの鉱石禁輸措置を受けて中国企業の進出が進んでいることがわかる。但し、ここで挙げた稼働中の工場以外では、着工見送り、建設中断となったものが把握できた限りにおいて9件あり(2017年末時点)、計画段階から進んでいないものはさらに多数あるものと目され、操業停止や建設中断となった計画のほうが多いと推察される。この背景としては、ニッケル価格の低迷等が考えられるが、足元のニッケル価格上昇やインドネシア政府の製錬所建設促進政策を受けて今後建設が進むかどうかが注目される。
表6.インドネシアで稼働中のフェロニッケル/NPI工場操業企業(赤は中国資本含)
出典:住友商事株式会社ご提供資料を基に筆者作成
(3)日本
日本のプライマリーニッケル生産動向については、2017年の生産量は前年比4.4%減であり、2016年と比較すると微減した。図8に、日本のニッケル鉱石輸入量内訳推移を示す。2014年にインドネシアのニッケル鉱石が禁輸されてからは、主にフィリピンとニューカレドニアの2か国から輸入がされているが、2016年には少量ではあるもののグアテマラから一時輸入されたこともある。2017年にインドネシアの低品位鉱石輸出は解禁されたものの、同年は同国からの輸入は行われなかった。その後2018年2月にはインドネシアからの輸入が55,000tあったことが確認されたが、3月・4月には輸入はされなかった。
インドネシアの鉱石は元来、フィリピンやニューカレドニアの鉱石より相対的に品位が高い。近年、フィリピンの鉱石は低品位化が進み、またニューカレドニアにおける鉱石生産量は限られている。こうした状況を鑑みると、現在インドネシアからの輸出は品位1.7%未満の鉱石のみに限られているものの、その中でもある程度高い品位のものが輸入可能になるか、もしくは鉱業政策の転換により品位1.7%以上の鉱石が輸出されるようになれば、同国が再び重要な原料供給源になるポテンシャルは高いと言えるだろう。

図8.日本のニッケル鉱石輸入量内訳推移
出典:財務省貿易統計データを基に筆者作成
4.取引所在庫動向
ニッケルの指定倉庫を有する取引所はLondon Metal Exchange(以下LME)及びShanhai Futures Exchange(以下SHFE)の2か所である。表7に示したとおり、LMEではカソード、ペレット、ブリケットの3種を、SHFEではカソードのみ、指定倉庫に入れることが可能である。
表7.取引所ニッケル在庫製品別在庫量(2018年5月29日時点)
出典:LME HP、SHFE HPを基に筆者作成
ニッケルの市場規模がおよそ200万tであるのに対して、取引所在庫は2016年に50万t超の水準まで積み上がった。その後の在庫総量は歴史的に見れば依然として多いものの、中国の旺盛な需要に牽引され昨今では減少傾向にある。2018年5月にはLME在庫が4年ぶりに30万tを切り、両取引所在庫の合計値も35万tを切った。なお、カソード、ペレット、ブリケットのいずれも、硫酸を加えることで硫酸ニッケルを生産することが可能であり、今後リチウムイオン電池の生産が増加した場合には、これら在庫が使われる可能性がある。また、この3品目の中で硫酸ニッケルの生産にあたって最も適している形状は、LME倉庫にあるブリケットである。カソードはそのものに硫酸をかけて溶解するには大きく、溶解しやすくするために破砕するコストがかかるため原料としてそれほど適していない。
LMEではとりわけブリケット在庫が減少している。ブリケットは前述のとおり硫酸ニッケル生産の材料となるが、ステンレス生産の際の調整用にも使用される。最近の減少傾向は、昨今旺盛なステンレス需要を受けたものとみられる。しかし、取引所在庫の内訳及び減少率は今後EV向け需要本格化の兆しを読み取る鍵となり得ることから、価格への影響と併せて引き続き注視していくべきだろう。

図9.LME及びSHFEの品目別ニッケル在庫量推移(2018年1月~5月)
出典:LME HP、SHFE HPを基に筆者作成
5.需要動向
2017年世界全体のニッケル消費量は前年比で0.9%増加した(表8)。ニッケル需要のうち65~70%がステンレス鋼向けであると言われており、残りを特殊鋼やめっき需要が占める。昨今話題に上ることの多いEV用リチウムイオン電池向け需要を含む電池向け需要は、足元ではニッケル需要全体の3%程度であると言われている。
表8.世界のプライマリーニッケル消費量
出典:World Metals Statistics Yearbook 2018
(1)ステンレス生産動向
世界のステンレス粗鋼の生産量は、2016年に4,500万tを超え、2017年には4,808万tとなった(図10参照)。前年比約6%の伸びとなり、堅調に増加している。
ステンレスは主に3種類のタイプがあり、クロム系ステンレスである400系、クロム-ニッケル系ステンレスである300系と、新興国等で多く生産されているクロム-マンガン系ステンレスの200系がある。200系ステンレスは高価なニッケルを使用しないことから価格競争力があるものの、品質面で300系・400系に劣り、さらにリサイクルしにくいという特徴がある。中国では、ニッケル価格が急騰した2007年頃から200系の生産が増加し生産シェアの約3割を占めていたが、この2~3年ほどで200系の生産は減少し300系・400系の生産が増えていると言われる。世界のステンレス粗鋼生産量のおよそ半分を占める中国において、品質の高度化がこのまま進めば、ステンレスに使用されるニッケルの需要も増加していくものと見込まれる。
なお、2007年にニッケル価格が50,000US$/tを超えた際、ステンレスメーカーは代替できる用途分野では300系から400系に切り替えている。ニッケルをクロムに代替できる部分はこの時におよそ切り替えが完了しており、今後、大幅なクロム系へのシフトは発生しにくいと考えられる。

図10.ステンレス粗鋼生産量の推移
出典:ISSFデータより筆者作成
(2)リチウムイオン電池向け用途の可能性
ニッケルはリチウムイオン電池の正極材に使用されることから、昨今の自動車電動化の動きに伴いこの分野における需要の増加が期待されている。ニッケルはリチウムイオン電池の正極材の材料としては硫酸ニッケルの形で使用される。
正極材には表9で挙げたような種類があり、それぞれ特徴が異なる。ニッケルが多く含まれるものは、ニッケル系(以下、NCA)及び三元系(以下、NMC)であり、NCAは高容量のため、自動車に搭載すると航続距離が伸びるという利点があるものの、他の正極材と比べると安全性の確保がやや難しい。NMCについてはニッケル、コバルト、マンガンの比率が1:1:1のものから5:2:3、6:2:2のものまで複数の種類がある。NMCは、昨今価格が高騰しているコバルトの量を減らす傾向にあり、特に高ニッケル・省コバルトのNMC811系のリチウムイオン電池の開発に注目が集まっている。
航続距離を基準として補助金政策を実施している中国においては、高容量・高密度のNMC811系のリチウムイオン電池の普及が進むと見られている。しかしNMC811系の電池は安全性の確保に課題が残るとして採用には慎重なメーカーも多く、搭載に向けて技術開発が進められている状況である。
表9.リチウムイオン電池正極材種類と特徴
6.まとめ及び今後の見通し
鉱石生産・プライマリーニッケル生産でのインドネシアの台頭、中国企業のインドネシア進出等、市場構造の変化が始まった2017年が過ぎ、足元2018年はEV用リチウムイオン電池向け需要増加に対する期待感が高まっている。長らく市況が低迷していたニッケルにとっては明るい未来を予感させる話題であると言えよう。
しかし、課題もある。価格が低迷していたこの数年間、新規鉱山開発はほとんど進んでおらず、今後の需要増加に市場は対応できるかどうかが懸念される。世界の鉱石生産量は増加傾向にあるが、酸化鉱であるインドネシアの生産に起因するところが大きい。また、インドネシアのプライマリー生産量は大きな伸びが見られたものの、世界全体の同生産量はほぼ前年並みに留まった。つまり、生産サイドにおいて増加傾向にあるのは酸化鉱及び酸化鉱由来のステンレス向け製品である点に注意する必要がある。今後リチウムイオン電池向けの需要が伸びるとすれば必要となるのはClassⅠニッケルであるが、主な原料である硫化鉱の不足が予想される中、これからは酸化鉱を由来としたClassⅠニッケル生産を伸ばすことに期待が寄せられる。
Valeは、2025年に電池分野の需要は35万~70万tになると見込み、ニッケル需要全体に対する割合は19%にまで伸びると予想する。さらに、2030年には電池分野の需要は100万~180万tになると見込んでおり、これはニッケル需要全体に対して約37%の割合を占めると予想する。こうした需要増加に対応するため、今後は取引所在庫からの引き出しが進み、さらにステンレス向けに販売されているClassⅠニッケルの一部が電池向け需要に振り向けられ、それでもなお市場はいずれ供給不足に陥るとの見方を示している。ClassⅠニッケルの主な原料である硫化鉱は、近年では低品位のものは十分にあるものの、原料として高品位鉱を用いた場合と同等量の供給を継続することが困難であることが課題である。こうした状況に対応するためには新規設備投資が必要であるものの、製錬設備を作るには大きな額の投資が必要であり、それを可能とするためには現在のニッケル価格水準では不十分であるとの指摘をしている。
こうした状況の中で、BHPのNickel Westプロジェクトなどはバッテリー向け製品に用いるパウダーやブリケットの生産を増加させる計画や、2019年第2四半期以降は硫酸ニッケルの販売を開始する計画を発表している。ClassⅠニッケルの一部が電池向け需要に振り向けられる動きは水面下で進みつつあることが伺える。
我が国の資源安定供給確保に際しては、こうした市場の動きを把握しつつ、各国の立場を理解した上で対策を進めることが、これまで以上に求められることになるだろう。日本がこれまで鉱石の輸入を頼ってきた国々が製品の高付加価値化を志向していることは確かであり、従来と同じ条件で、同じ関係性を維持し続けることは難しくなりつつある。
ニッケルは「価格が急騰すると原料として使われにくくなり、逆に価格が低いままだと設備投資や鉱山開発が進まず、さらに生産の継続すら難しくなる」というサイクルをこの10年で全て経験した。需要・供給のバランスを見極めて正確に先を見通すことは困難だが、市場の成長にとって鍵となる、価格や在庫、生産国の動向や需要分野の動きといった重要なファクターを今後も注視していきたい。
おことわり:本レポートの内容は、必ずしも独立行政法人石油天然ガス・金属鉱物資源機構としての見解を示すものではありません。正確な情報をお届けするよう最大限の努力を行ってはおりますが、本レポートの内容に誤りのある可能性もあります。本レポートに基づきとられた行動の帰結につき、独立行政法人石油天然ガス・金属鉱物資源機構及びレポート執筆者は何らの責めを負いかねます。なお、本資料の図表類等を引用等する場合には、独立行政法人石油天然ガス・金属鉱物資源機構資料からの引用である旨を明示してくださいますようお願い申し上げます。
