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世界の亜鉛需給動向
―2017年レビューと今後の見通し―
はじめに
2018年、LME亜鉛価格は概ね3,000US$/t台で推移し、10年ぶり高値を維持している。過去を振り返ると、2015年は亜鉛価格の低迷により、生産コストの高い鉱山は操業が難しくなり、亜鉛鉱山の閉山・操業停止が相次いだ。これに加え、世界上位の亜鉛生産量を誇るCentury鉱山とLisheen鉱山がマインライフを終え閉山を迎えたことやGlencoreが計画的減産を行ったことで2016年は亜鉛鉱石供給不足に陥ることとなった。こうした亜鉛鉱石供給不足を背景に亜鉛需給は逼迫し、2016年1月以降価格は上昇を辿ってきた。価格回復により増産した鉱山や再稼動を迎えた鉱山が複数あるものの、足元は未だ減産分をカバーできるほどの生産量に達しておらず、依然として供給不足の構造から脱し切れていない。
しかし、2018年に入り、亜鉛価格は下落局面に突入の様子をみせ、これまでのような右肩上がりの現象は落ち着いたように見える。2018年6月には中国需要減退懸念から下落傾向が続き、7月には1年ぶり2,500US$/t台の値をつけた。本稿では、2017年及び2018年上半期の亜鉛市場の動向を考察し、今後の亜鉛需給についての見通しを述べる。
1. LME動向
1-1. 価格
(1) 2017年までの動き
まず、図1のとおり2016年1月から2018年6月のLME価格を示す。

図1.LME亜鉛価格の推移(2016年1月~2018年6月)
LME価格は、2016年1月に2009年5月以来となる1,453.5US$/tの安値をつけたものの、以降はこれを底値に右肩上がりに上昇してきた。2016年11月にはひと月あまりで2,200US$/t台から2,800US$/t台まで一気に上昇する局面もあったが、2017年2月半ばに2,971US$/tの高値をつけて以降はLME在庫の積み増し、中国のGDP成長率目標引き下げ及び米国政治の先行き不透明感等を背景に慎重な値動きに転じ、5月18日には約半年振りに2,500US$/tを割った。しかし、6月下旬以降はドル安進行や中国需要の底堅さから供給不足懸念が広まり力強さを取り戻し、一気に2,700US$/t台へ上昇した。8月には北朝鮮情勢悪化による投資家のリスク回避ムードから買いの動きが控えられたものの、緊張状態が落ち着くとその後はLME在庫減少や中国環境規制強化の動きから同国鉱山や製錬所の一部が操業停止し需給が逼迫するとの見方が広まったことにより大きく値を上げ3,000US$/tを突破、2007年10月以来の高値を記録した。その後も、足元の亜鉛需給逼迫感や中国需要の底堅さが意識され、10月には中国における環境規制の動きが強まったことも支援材料となった。この間米朝関係悪化によるリスク回避やドル高傾向等に上値を抑えられる場面もあったが、価格は3,200~3,300US$/t台で高止まりした。11月から12月にかけては、中国政府の金融取り締まり強化から投資家の活動が鈍り始めたことや同国経済の先行き懸念、ドル高進行が嫌気され軟調な値動きとなり、一時3,100US$/tを下回ったものの、12月半ばに発表されたGlencoreの生産再開計画の規模が市場の予想を下回ったことで供給不足懸念が高まり、価格は急回復して3,309US$/tで越年した。
(2) 2018年の動き
亜鉛価格上昇の勢いは、2018年に入ってもしばらくは緩む様子はなく、1月にはLME在庫がおよそ10年ぶりの低水準となったことで需給のタイト感がさらに高まり3,600US$/tまで上伸した(1月29日)。2月もLME在庫減少やドル安進行を好材料に上昇傾向を辿り、2月16日は3,618US$/tの記録的高値をつけた。しかし、図2に示すとおり、2月下旬から3月上旬のひと月に満たない間に300US$以上急落し、その後も現在まで概ね軟調な値動きを辿っている。2018年2月を境に、亜鉛市場は価格下落の局面に入ったことが伺える。

図2.LME亜鉛価格の推移(2018年1月~2018年6月)
2018年2月半ばに3,600US$/tを超え10年半ぶりの高値まで上昇したところ、下旬は米国利上げ観測からドル高が進んだことや、27日に米FRB議長が2018年の利上げ回数を3回以上に増やす必要性について検討すると言及したことから、金利のつかないコモディティへの投資が抑えられ、亜鉛価格は急落した。2月28日、中国国家統計局発表の同国2月製造業PMIが50.8(対先月比-1.0)と1年半ぶり低水準となったことや、3月1日には米国・トランプ大統領が鉄鋼とアルミニウムについて輸入制限措置を発動する方針を表明したことから亜鉛需要減退懸念が高まったことも圧迫材料となった。3月中旬にはドル高進行が一服したことや米中が貿易摩擦の回避に向けて歩み寄っているとの報道を好感し3,200US$/tで一時下げ止まったものの、4月4日には中国政府が米国に対する報復関税を発表したことから再び米中貿易摩擦懸念が拡大し亜鉛価格は再び下落傾向を辿り、さらに4月中旬にはシリアの化学兵器使用疑惑をめぐり米英仏による軍事攻撃の可能性等中東情勢が緊迫化し、3,100US$/t台へ値を下げた。その後は供給不足が意識され、4月19日には3,200US$/t台を回復したものの、25日以降月末にかけて18.1万tまで減少していたLME在庫が23.7万tまで積み増しされたことを受け、再び軟調な値動きに転じ、5月4日には2,968US$/tの安値をつけた。その後も米中貿易摩擦に対する懸念やドル高傾向が続いたことを嫌気し、3,000US$/t台で弱含みに推移した。5月下旬は中国建設需要拡大で鉄鋼価格が上昇したことやドル安が進んだことに下支えされ、さらに6月8日発表の中国5月貿易統計も好調だったことが亜鉛価格を下支えして上昇傾向を辿った。6月12日に3,229US$/tの約2ヶ月ぶり高値をつけたところ、中国の固定資産投資の伸び率が1995年以降で最低となったことをうけ、同国需要減退懸念が加速。また6月15日には知的財産権侵害問題を巡り米国が対中制裁の発動を決定、中国も報復措置を表明したことで米中貿易摩擦への懸念が強まり亜鉛価格は急落、6月26日には2,895US$/tの10ヶ月ぶり安値をつけた。
2. 在庫の動き
図3に示すとおり、LME亜鉛在庫は長く減少が続いていたところ、2018年3月以降は増加傾向にある。2018年2月末以降LME価格が下落傾向を辿っている背景には、中東情勢悪化等による地政学リスク回避の動きや中国需要減退懸念に加え、LME在庫増加による需給逼迫懸念緩和も大きな要因となっているものと見られる。2018年6月末の時点でのLME在庫は249千t(キャンセルワラント比率11.68%)となり、2017年10月以来の水準に回復した。

図3.LME在庫推移(2016年1月~2018年6月)
表1に主なLME倉庫における在庫量を示す。亜鉛のLME在庫は2017年1月から2018年1月の間に約250千tが減少した。米国・New Orleans倉庫が最大の在庫を保有していたところ、亜鉛需給が逼迫し始めた2016年半ば頃よりさらにNew Orleans倉庫に在庫集中するようになり、現在もLME在庫量の74%を占めている。一方、その他の倉庫の在庫は減少しており、2016年6月末の時点で在庫を抱えている倉庫は、New Orleans倉庫のほか、ベルギー・Antwerp倉庫、マレーシア・Port Klang倉庫、マレーシア・Johor倉庫、スペイン・Bilbao倉庫、台湾・Kaohsiung倉庫のみとなっている。
| 2016年1月※ | 2017年1月※ | 2018年1月※ | 2018年6月※ | |||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| New Orleans | 365,725 | 13.15% | 380,125 | 26.58% | 179,125 | 8.65% | 183,425 | 17.77% |
| Antwerp | 47,000 | 0.96% | 23,425 | 11.53% | 325 | 100.00% | 60,050 | 0% |
| Johor | 17,800 | 36.80% | 6,650 | 54.89% | 775 | 87.10% | 775 | 87.10% |
| Port Klang | 14,750 | 3.90% | 3,325 | 67.67% | 0 | – | 0 | – |
| Rotterdam | 9,650 | 5.96% | 8,725 | 2.29% | 0 | – | 0 | – |
| 計 | 460,475 | 12.41% | 427,850 | 25.91% | 180,825 | 9.12% | 244,950 | 13.58% |
注※)各月初日のデータ
3. 世界の需給動向
3-1. 鉱山生産
図4に世界の鉱山生産量推移を示す。国際鉛亜鉛研究会(ILZSG)によると、2017年の世界の亜鉛鉱山生産量は12,969千t(対前年比147千t増)。亜鉛鉱石の最大の生産国は中国(世界全体に占める割合37.4%)で、2017年の亜鉛鉱山生産は中国4,854千t(対前年比341千t減)、続いてペルー1,473千t、豪州842千tとなった。亜鉛鉱石生産は、2016年は対前年比859千t減と大幅に減少していたが、2017年は既存鉱山における亜鉛生産が増加したことや一部の鉱山で操業再開・新規操業開始したことにより生産量が増加した。特に、ペルー・Antamina鉱山やインド・Rampura Agucha鉱山の大規模鉱山での増産、2014年生産開始のトルコ・Pinargozu鉱山や2016年生産開始のエリトリア・Bisha鉱山等において開発が進展したことが亜鉛鉱石生産の回復に寄与した。一方、2015年頃より続く厳格な環境規制で操業停止鉱山が出ている中国では340千t以上も前年生産量を下回った。

図4.世界の亜鉛鉱石生産推移(2013~2017年)
出典:ILZSG
その他の鉱山生産動向としては、2017年10月にキューバ・Castellanos鉱山 (生産能力50千t/y)、同11月には豪州・Dugald River鉱山(同170千t/y)が新規操業開始し、2015年に操業停止した米国・Middle Tennessee鉱山及びメキシコ・Campo Morado鉱山も2017年中に操業再開となり、全体で500千t以上の生産能力が回復した。さらに2018年に生産開始のプロジェクトとして南ア・Gamsberg鉱山(同250千t/y)の開山や2015年に閉山した豪州・Century鉱山の尾鉱からの回収(同264千t/y)、Glencoreが2015年に操業停止を決めた豪州・Lady Loretta鉱山の操業再開等が進行中で、合計800千tを超える生産量が見込まれる(表2)。
2015年に豪州・Century鉱山(生産能力500千t)とアイルランド・Lisheen鉱山(同150千t)の閉山、Glencoreの減産(合計500千t)やNyrster社の減産(合計120千t)等により、1,000万tを越える亜鉛生産能力が失われたが、2017~2018年の新規開山・操業再開鉱山での増産により、亜鉛鉱石の需給バランスは改善される見通しである。但し、中国の亜鉛鉱山については亜鉛生産の経済性に関係なく環境対応に追われているため操業見通しが不明瞭であり、中国国内の亜鉛鉱山の動向と需給バランスについては注視すべきである。
| 国名 | 鉱山名 | 生産量(千t/y) |
|---|---|---|
| 豪州 | Century | 264 |
| 南ア | Gamsberg | 250 |
| 豪州 | Lady Loretta | 142 |
| 米国 | Balmat | 60 |
| カナダ | Halfmile Lake | 55 |
| インド | Sindesar Khurd | 30 |
| カナダ | Myra Falls | 27 |
| ペルー | Pallca | 15 |
| 豪州 | King Vol | 10 |
| カナダ | Restigouche | 10 |
| 豪州 | Hellyer | 7 |
| メキシコ | Angangueo | 7 |
| ボリビア | Pulacayo | 5 |
出典:ILZSG
3-2. 地金需給
(1) 生産
2017年の鉱山生産が増加に転じた一方、亜鉛地金の生産は対前年比で2年連続の減少となった(図5)。ILZSGによると、2017年の世界の亜鉛地金生産量は13,224千t(対前年比323千t減)で、最大の生産国である中国における生産量は5,850千tと対前年比346千t減と大きく落ち込んだ。中国では、自国内の亜鉛鉱山の生産低迷や海外輸入鉱の高騰、環境監査による操業停止等、複数の要因により、地金生産は伸び悩んだ。亜鉛地金生産の多い韓国ではKOREA ZINC社の減産を背景に847千t(対前年比52千t減)、続くインドではRampura-Agucha鉱山における鉱山生産の伸びにより地金生産も増加し818千t(対前年比127千t増)となった。

図5.亜鉛地金生産推移(2013~2017年)
出典:ILZSG
インド、ペルー、メキシコ、ブラジル及びイラン等の亜鉛鉱山生産が拡大した地域においては地金生産も増加する傾向にあったが、その他の地域においては足元が鉱石不足の状態にあり、原料費が高くTC/RCが低かったことから、増産の機運は高まらなかった。表3に世界貿易統計より作成した主要各国の亜鉛鉱石輸入単価を示す。2017年は、鉱石価格が2015~2016年に比べておよそ1.5倍に跳ね上がっていることがわかる。また、2017年2月から11月まで続いたNoranda社のカナダ・Valleyfield製錬所でのストライキによる減産や鉱山閉山に伴うタイ・Tak製錬所の閉鎖も亜鉛地金生産に影響した。
| 2015 | 2016 | 2017 | |
|---|---|---|---|
| 世界平均 | 668 | 711 | 1,011 |
| 中国 | 608 | 646 | 911 |
| ベルギー | 742 | 672 | 993 |
| 韓国 | 672 | 714 | 997 |
| 日本 | 633 | 692 | 1,083 |
| 豪州 | 694 | 730 | 1,098 |
| スペイン | 677 | 791 | 1,185 |
| カナダ | 1,144 | 1,412 | 2,399 |
出典:International Trade Centre
図6に中国の亜鉛鉱石輸入推移を示す。中国亜鉛製錬所は、2016年は輸入鉱石の高騰やTC/RCの低迷により国内鉱山からの調達を増加させた結果、海外からの亜鉛鉱石輸入量は前年比で4割減となった。しかし、2017年になると環境規制の影響で国内鉱山の亜鉛産出量が減少したため、亜鉛鉱石を海外から調達せざるを得なくなったと見られ、海外亜鉛鉱石輸入量は増加している。しかし、前述のとおり中国の2017年亜鉛地金生産量は対前年比で350千t近くが減少したため国内需要を賄うことが出来ず、図7に示すとおり海外からの亜鉛地金の輸入も増加した。
ILZSGの統計によると2018年1~5月においては、亜鉛地金は中国も含め世界的に前年を上回るペースで生産されている(世界:対前年比2.5%増、中国:同2.6%増)。しかし、中国の製錬所については、5月以降は環境監査が実施されていること、数週間~数ヶ月の定修を実施している製錬所が出ていること、及び季節的要因や環境監査の影響により需要も低迷する可能性があることから、今後も増産ペースが続くとは限らない。2018年6月28日には複数の中国大手製錬会社が亜鉛価格の下落やTC低下を理由に10%の協調減産を行うとの報道が出ている。安泰科によると、2017年初からTCは4,000元/tを維持していたがQ4から顕著に下落し、2017年末の時点では3,000元/tに達した。

図6.中国の亜鉛鉱石輸入推移(2015~2017年)※グロス量
出典:Trade Data Monitor

図7.中国の亜鉛地金輸入推移(2015~2017年)
出典:Trade Data Monitor
(2) 消費
図8に亜鉛地金消費推移を示す。ILZSGによると、2017年の世界の亜鉛地金消費量は13,686千t(対前年比12千t増)、最大の消費国である中国は6,596千t(対前年比51千t減)、続いて米国829千t(対前年比10千t増)、インド679千t(対前年比10千t減)の順となっている。2017年の需給バランスは462千tの供給不足となり大きく逼迫したが(図9)、2018年3月に開催されたILZSGの2018年春季大会予測によると、2018年の需給バランスは263千tの供給不足とやや緩和する見込みとなっている。

図8.亜鉛地金消費推移(2013~2017年)
出典:ILZSG

図9.亜鉛需給バランス(2013~2018年)
中国の需要は、2017年は前年比0.8%減となったものの、ILZSGによると2018年は増加が見込まれている。環境監査や冬季の大気汚染対策によるメッキ加工業への操業規制が中国需要の伸びを阻害しているものの、2018年は不動産投資や家電向け消費が伸びて2.2%の消費増となると予測された。しかし、足元中国需要の減退について懸念が拡大している。中国政府は、地方政府が抱える過剰債務に対処すべくインフラ投資の監視を強化しており、また、不動産価格高騰を警戒し不動産市場に資金が流れ込むのを抑制している。こうした政策方針を受け、中国の固定資産投資は3か月連続で伸び率を縮小させ、2018年1~5月の固定資産投資は前年比6.1%増と統計開始以来最低の伸びを示した。さらに米中貿易摩擦の動向も注視される。2018年3月1日に米国は中国からの鉄鋼・アルミニウムの輸入制限を課し、4月2日には中国が報復関税を発動した。これにより原材料の値上がりや供給混乱等が発生し、設備投資の縮小や貿易活動の停滞が予測されることから中国経済失速懸念が高まっており、鉄鋼需要が下落し亜鉛需要も低迷するとの見通しが広まっている模様である。

図10.中国固定資産投資の対前年比伸び率推移(%)
出典:CEIC Data
4. 中国経済の動向と需要見通し
2018年6月、中国の固定資産投資の伸び率が1995年以降で最低となったことをうけ、また米中貿易摩擦により同国需要減退懸念が加速し、10日ほどの間に亜鉛のLME価格は10%も急落した。しかし、2016年5月頃より始まった決済期日が短い価格の方が高い状態であるバックワーデーション(逆ざや)の状態は現在も続いており、足元の需給は依然として逼迫している模様である。2018年の鉱山からの鉱石供給は増加見込みであるところ、中国需要の動向が需要家らの注目点となっている。
中国における亜鉛需要は建設が3割、インフラが2割、自動車が2割、その他(家電、薬品等)3割となっており、投資主導の経済成長を達成してきた中国経済の動きに強く結びついてきた。図11に示すとおり、中国経済の成長と共に亜鉛消費量も伸びてきたが、過去10年間においては2012年及び2017年に消費が減少する局面があった。
2012年の中国は、リーマンショックの影響を抑えるために実施した景気対策や北京オリンピック開催に向けた公共投資がひと段落し、インフレ率の上昇に対する金融引き締め政策及び過剰債務懸念で不動産投資抑制が進められた。これにより建設への投資が縮小し、亜鉛も建設向けの需要が減少することとなった。2013年も過剰債務・過剰生産の解消も目的に不動産開発投資と製造業の設備投資抑制政策が続き、GDP成長率も低下トレンドを辿ったものの、政府は景気減速に歯止めをかけるためインフラ投資を促進した。その結果、2013年の亜鉛需要は対前年比10%超に拡大した。

図11.中国の亜鉛消費量推移
出典:ILZSG、CEIC Data
2014年以降は、習近平国家主席が成長スピードを緩やかにさせ経済構造の高度化を目指す「New Normal」に向けた政策を進めたことにより亜鉛需要の伸びも緩やかになった。2014年は政府主導のインフラ投資に需要が下支えされ対前年比8%で拡大したが、2015年は小型車減税等を背景に自動車販売が好調だったことに下支えされたものの不動産及び製造業を主とした固定資産投資が減速し、鉄鋼業については過剰生産能力の淘汰が進んで亜鉛需要の伸びは減速して対前年比0.7%増にとどまった。2016年は再び政府が景気刺激策として大型のインフラ投資を実施したことで鉄鋼需要が上昇、またこれまで製造業の設備投資抑制が進められたところ、一転して民間による固定資産投資促進を目的とした政策が進められた。これにより、次第に製造業の固定資産投資は改善(図12)、景気減速の動きは一服し2016年の亜鉛需要は対前年比3.1%で拡大した。
ところが、2017年の実質GDP成長率は6.9%と年ベースでは7年ぶりに上昇し、製造業固定資産投資や不動産開発も好調に伸びたにもかかわらず、亜鉛消費はマイナスとなった1。この消費のマイナスには、3つの要因が考えられる。一つ目の要因は、亜鉛鉱石不足の影響である。2017年は、中国国内鉱山における生産が低迷し、海外輸入鉱も高騰して地金生産が伸び悩んだため、中国需要を賄える量の亜鉛地金を生産・調達できず消費の伸びが阻害されたと考えられる。二つ目の要因は、めっき需要の低迷である。中国では、亜鉛需要の6割が鉄鋼用めっきであるが、図13に示すとおり、2017年の亜鉛めっき鋼板販売量は緩やかに減少傾向を辿っており需要が低迷していたと見られる。但し、粗鋼生産は過去最高水準まで拡大しており、2018年に入り亜鉛めっき鋼板販売量も上昇を辿っていることから、今後鉄鋼需要は回復する可能性がある。三つ目の要因は、中国における環境規制である。環境規制の強化により、鉱山、製錬所、中間加工及び最終製品製造の川上から川下までの産業において一部操業停止が出たり稼働率が低下したりする事態が発生した。特に冬季においては大気汚染防止に高炉操業制限が科されたこともあり、粗鋼生産が減少し、中国の亜鉛産業全体も停滞して需要が縮小したものと思われる。春節が過ぎた2018年3月以降には、高炉操業制限解除や需要シーズンに入ったこともあり製造業の生産活動が活発化しているものの、環境監査や操業制限は今年も続くものと思われるため、今後急な生産活動縮小の可能性が懸念される。

図12.中国の亜鉛消費量と産業別固定資産投資の推移(前年同月比伸び率)
出典:CEIC Data

図13.中国の粗鋼生産量及び亜鉛めっき鋼板販売量推移
出典:CEIC Data
今後の中国の亜鉛需要を占う指標として、製造業の動向、インフラ投資の動向に注視したい。中国の固定資産投資は縮小傾向にあるものの、これまで政府主導で行われてきたインフラ投資が縮小していることが要因のひとつと思われ、前述のとおり製造業は2016年以降の規制緩和により好調な様子が続いている。粗鋼生産量も拡大しており、亜鉛めっき鋼板販売も増加傾向にある。エアコンを中心に家電の販売も拡大しており亜鉛需要は底堅い。亜鉛鉱石供給のタイトさも徐々に緩和されつつあり、中国における鉱山生産及び地金生産は昨年を上回るペースで進んでいることから亜鉛のマテリアルフロー上での供給ボトルネックは解消されつつあると見てよいだろう。ILZSGの月次統計によると、2018年1~5月累計の中国亜鉛消費量は2,513千tとなっており、対前年比1.0%需要が伸びている。さらに2018年7月には、米中貿易摩擦への懸念が広がっていることに対し、中国政府が景気刺激策としてインフラ投資や中小企業支援拡大の方針を示したことから、固定資産投資の指標も再び上向いていくものと思われる。
ただし、中国の不動産投資の動向については警戒すべきである。中国政府は2012年頃から不動産投資抑制政策を進めてきたところ、2011年には30%台で推移していた投資伸び率が2015年末には1.0%まで低下した。しかし、2016年には1級都市(上海、北京、深センなど)及び2級都市(蘇州、珠海、合肥など)で抑制措置を強めたにもかかわらず、不動産投資は2016年以降拡大傾向を辿っている。1・2級都市での不動産投資は停滞しているものの、規制の緩い3・4級都市で活発な投資が続いている。不動産投資の拡大は建設向けの亜鉛需要を生み出すが、中国政府は一貫して不動産投資抑制の姿勢を崩しておらず、地域によって「まだら模様」な経済状況が亜鉛需要を見通しづらくさせている。

図14.中国の不動産投資の推移(前年同月比伸び率)
出典:CEIC Data
おわりに
2018年7月25日現在も、亜鉛価格は2,600US$/t台で弱含んだ値動きを辿っている。2018年7月16日に中国国家統計局が発表した2018年Q2の実質GDPは前年同期比6.7%増とQ1(6.8%増)を下回り、需要家らの間で中国需要減退懸念が広まった。2018年1~6月期の固定資産投資は前年同期比6.0%増(Q1は7.5%増)、不動産開発投資も9.7%増(Q1は10.4%)と減速し、ILZSGの予測どおりに中国需要は伸びないとの見方が強まっている。中国亜鉛需要減退観測により、7月17日には、ついに2,527US$/tまで値を下げた。実に1年ぶりの安値である。
今後の亜鉛鉱石増産への期待や中国需要の減退により、懸念されていたほど亜鉛が不足しないとの見通しが出てきたことで、2016年、2017年と続いた亜鉛需給の逼迫感は、2018年半ばでようやく緩んできたように思われる。しかし、足元依然供給不足が続いており、中国政府は景気刺激策を行う方針を明らかにしていることから、需給バランスの改善を楽観視することは出来ない。ILZSGが2018年春季大会で公表した2018年の亜鉛鉱石生産見込みは13,616千t(対前年比5.1%増)、地金生産見込みは13,709千t(対前年比3.6%増)、地金消費見込みは13,972千t(対前年比2.0%増)で需給バランスは263千tの不足である2。中国消費見込みを前年ベースに据え置いたとしても13,827千t(118千tの供給不足)、あるいは中国消費量を対前年比1.0%減で見込んだとしても13,761千t(52千tの供給不足)であり、供給不足解消には至らず亜鉛需給が逼迫することに変わりない。さらに現在の弱気な亜鉛価格により各鉱山における鉱石生産スピードも緩やかになる可能性もあるため、亜鉛供給不足は今後も市場を圧迫するだろう。また、TCが低く抑えられていることや環境監査の影響で中国の製錬所の稼働率が低くなっている点も亜鉛需給を圧迫する要因となっている。2018年後半は様々なリスクを孕んだ中国の動向により不安定な亜鉛価格が続くと思われ、市場の安定のために2018年に立ち上がった鉱山がいち早く商業生産・フル生産に達することが望まれる。
1 本レポートではILZSGの統計を使用しているが、統計によっては2017年の中国の亜鉛消費は対前年プラスで出ているものもある。
2 2018年5月31日 カレント・トピックス18-12:2018年春季国際非鉄研究会(ICSG、INSG、ILZSG)参加報告
おことわり:本レポートの内容は、必ずしも独立行政法人石油天然ガス・金属鉱物資源機構としての見解を示すものではありません。正確な情報をお届けするよう最大限の努力を行ってはおりますが、本レポートの内容に誤りのある可能性もあります。本レポートに基づきとられた行動の帰結につき、独立行政法人石油天然ガス・金属鉱物資源機構及びレポート執筆者は何らの責めを負いかねます。なお、本資料の図表類等を引用等する場合には、独立行政法人石油天然ガス・金属鉱物資源機構資料からの引用である旨を明示してくださいますようお願い申し上げます。


