報告書&レポート
鉱物資源開発を巡る投資環境について考える
―インドネシア事例研究―
第1回 投資環境の変化とリスクの増大
<住友商事株式会社 資源第一本部長付 荒川仁 報告>
はじめに
本稿は、2017年9月から2018年1月にかけて金属資源レポートに「インドネシアBatu Hijau銅鉱山に参画して」と題して3回にわたって連載したレポートに続く、およそ1年ぶりの続編に当たるものである。
そこで、本題に入る前にまず、その「インドネシアBatu Hijau銅鉱山に参画して」と題した前回レポートの概要について振り返ることにしたい。
同レポートのあらすじを以下の通りまとめたので、参照願いたい。
- インドネシアBatu Hijau銅鉱山事業への参画・出資を目的として住友金属鉱山株式会社・三菱マテリアル株式会社・古河機械金属株式会社・住友商事株式会社の4社によって設立されたヌサ・テンガラ・マイニング社は、2016年11月、その鉱山権益をインドネシア民間資本に売却して本事業から撤退するに至ったが、これは1996年7月に同社が設立されて本事業に参画してからちょうど20年が経過した節目に当たる年であった。
- ヌサ・テンガラ・マイニング社がBatu Hijau銅鉱山事業に参画していた20年間は、様々な問題や課題に直面しては関係者の総力を結集してそれを克服してきた苦難の歴史である一方、かかる厳しい環境においても何とか操業を維持し続け、投資先国・地域への貢献や日本向けを中心とした銅原料の供給においてその一翼を担ってきた確かな歴史でもあった。
- その歴史を振り返ると、本事業には実に様々な出来事があり数々の苦難に見舞われたが、その中でも特に重大と思われる難局が立ち上げ時に1回、中盤に1回、終盤に1回、計3度あった。
第1の難局は、1997年央に開発に着手して間もなく金属価格が大幅に下落する局面となり、そのまま計画通り生産開始を迎えると当初操業が立ち行かなくなることが確実な状況に陥ったために、従前の操業計画を大幅に変更してサバイバル操業から入るといった苦肉の策を強いられたことであった。
第2の難局は、2005年から始まった外資からインドネシア資本への権益譲渡義務の履行に当たって、鉱業事業契約上の条項に関する解釈を巡って政府との間で係争となったことに加え、インドネシア民間資本による敵対的買収の危機に直面し、政府との間で国際仲裁にもつれ込むまでに紛糾する事態になったことであった。
第3の難局は、2009年にインドネシア新鉱業法が制定されたことを契機に、資源ナショナリズムの高揚、鉱業権制度の大幅な変更、生産物の高付加価値化を標榜する政府からの圧力といわれのない輸出規制に直面する事態となり、それら逆風に対して業界団体・同業他社も巻き込んで政府と長きにわたって攻防を続けねばならない羽目に陥ったことであった。 - Batu Hijau銅鉱山ではかかる苦難に遭いながらも常に操業継続を最優先とする方針を堅持してきた。それが3度の大きな難局を乗り越え、時に輸出停止や操業休止を余儀なくされながらもその都度輸出再開から操業復旧に漕ぎ着け、操業継続という大命題を全うすることにつながった。
- この結果、ヌサ・テンガラ・マイニング社がBatu Hijau銅鉱山事業に参画していた20年間を通じて、投資先国と地域社会に対し、多額の税・ロイヤルティの納付/雇用の創出と維持/資機材の地元調達/地元の環境保護活動/地域振興費の拠出などを通じて多大な貢献を果たし続けるとともに、日本製錬各社及び日本製錬各社が出資する海外製錬所向けに銅精鉱を供給し続けることができたと思料する。
以上、前回レポートの概要について振り返ってみた。
こうして振り返ってみると、Batu Hijau銅鉱山事業に参画していた20年間は正に苦難の連続ではあったが、その代わりに苦難に遭遇しないと得られないような貴重な教訓を数多く学べたこともまた確かである。
その教訓の中には、インドネシア特有の事情やBatu Hijau銅鉱山事業固有の事情に起因したものもあったが、その多くは鉱物資源開発に係る様々なケースに共通して当てはまり得るものではなかったかと考える。
そこで、鉱物資源開発に共通して当てはまるのではないかと思われる教訓を紹介し、その教訓を基に、鉱物資源開発にまつわる特性やリスク、取り巻く投資環境、その投資環境の変化とリスクの増大、増大するリスクへの対応策について考察することで、現在正に海外鉱山事業において諸々の課題に対応されている渦中にある方々や今後海外鉱山事業を手掛けられる方々にとって多少なりとも参考になるのではないかと考えたのが、この続編を執筆するに至った動機である。
1. テーマ
ここから、本題に入る。まずは、本稿のテーマについて整理しておきたい。
前項にて鉱物資源開発に共通して当てはまるのではないかと思われる教訓について言及したが、それでは、その教訓とは何だろうか。以下に挙げるのは、インドネシアにおける実体験を通じて学んだ数多くの事柄の中から、鉱物資源開発に係る他の様々なケースにも当てはまるであろうと思われる教訓を抽出してまとめたものである。
| <教訓その1> | 鉱物資源開発には特性があり、その特性から逃れることは出来ない。 |
| <教訓その2> | 鉱物資源開発には、その特性から逃れられないがために、鉱業事業特有のリスクがつきまとう。その鉱業事業特有のリスクは時代とともに変遷するが、いつの時代でも変わらないのが投資環境に起因して生じるリスクである。 |
| <教訓その3> | 鉱業事業においては、事業に参画して以降操業を続けていく過程で、参画時には到底想定することができなかったような投資環境のドラマチックな変化が生じ得る。 |
| <教訓その4> | その投資環境のドラマチックな変化は、鉱業事業及びその事業主にとって追い風をもたらすことはまずなく、逆風につながるケースがほとんどである。 |
| <教訓その5> | その逆風は、従来からあるリスクの増大や参画時には想定し得なかった新たなリスクの新出につながり得る。 |
こうして教訓を抽出してまとめてみると、そこからいろいろ考察すべきテーマが浮かび上がってくる。そこで、本稿では、各々の教訓に紐付ける形で以下の通りテーマを設定した上で、このテーマに沿って考察を進めていくことにしたい。
① 鉱物資源開発の特性とは何か。
② 鉱業事業特有のリスクとは何か。
③ 鉱物資源を取り巻く投資環境とは何か。
④ 投資環境の変化に伴いどのようなリスクが増大・新出しているか。
⑤ かかるリスクの増大・新出に対してどのように対応すれば良いか。
なお、本稿は前編・後編に分けた2回連載とし、前編では、上記テーマの内①から④まで、即ち鉱物資源開発の特性・鉱業事業特有のリスクから取り巻く投資環境、その投資環境の変化とリスクの増大・新出について、後編では、上記テーマの内⑤、即ち前述のインドネシアにおける実体験に基づく事例に照らしてかかるリスクの増大・新出に対し具体的にどのように対応すれば良いかについて、考察する。
2. 鉱物資源開発の特性
それでは、前述の教訓とその教訓に紐付ける形で設定したテーマを順次一つずつ取り上げながら、その内容について深く掘り下げるとともに、各々の教訓がきちんと的を射たものと言えるかどうか検証していくことにしたい。
本項では、テーマ①「鉱物資源開発の特性とは何か」について取り上げる。
まず、鉱物資源開発の特性として考えられる代表的な項目を表1に例示する。
| (1)鉱体の不動性 (2)鉱床の多様性 (3)販売価格とコストの非連動 (4)巨額の投融資 (5)長期勝負 (6)政府・地元対策 (7)環境対応 (8)開発意思決定の複雑性 |
次に、これら代表的な項目について、各々その意味するところを補足説明する。
(1)鉱体の不動性
最初に挙げるべき特性は、鉱体を今ある場所から動かすことができないという鉱物資源が持つ根本的な性格にあると言えるのではなかろうか。自動車工場や化学プラントの建設であれば事業主はその立地をある程度任意に決めることができようが、鉱山開発はそうは行かない。自ずと立地は鉱体が賦存する場所に限定され、そこに選択の余地はなく、鉱種によってはある一定の地域・国に鉱体が偏在しているがために投資先国も限られてくる。
既に投資経験があって知見が蓄積されている国やカントリーリスクが限定的な国、言わば勝手知ったる国や地域のみを対象として投資できるのであればそれに越したことはないのだが、そうは行かないところに鉱物資源開発の他とは違う難しさがあるように思う。
(2)鉱床の多様性
鉱床は実に多種多様で、各々に個性があって、よく「一品料理」に例えられる。
鉱床は、高低差で見ると地下4,000mから海抜4,000m超まで、気候で見ると永久凍土から乾燥した土漠や熱帯雨林まで、実に幅広い範囲に賦存しており、また、全く同じ鉱物組成を有する鉱床は二つと存在しない。
従い、開発に必要な工事や処理設備の規模・内容、開発に要するコスト、操業に要するコスト、適用すべき操業プロセス、適正な生産物などもまた、鉱床の持つ個性に応じて千差万別であり、決まった開発マニュアルや基準となるガイドラインなどは存在しない。
この定型的なマニュアルを適用することが不可能であるところに鉱物資源開発ならではの難しさがあるように思う。
(3)販売価格とコストの非連動
生産物の販売価格は、鉱種によって多少の差はあるものの、ほとんどの場合国際市場で決まるその時々の地金価格や製錬加工費を基に決定されるため、ほぼ世界同一レベルの価格が適用されると言える。
それに対して、生産コストはその限りにあらず、必ずしも正の相関関係にはない。
自動車工場や化学プラントの建設であれば事業主はその生産物の販売価格に生産コストの変動をある程度転嫁することができようが、鉱山操業ではそうは行かない。
従い、生産物の販売価格の変動と生産コストの変動とが必ずしも連動していないために、鉱山事業主にとっては、一定のマージンを確実に得るという訳には行かず、その分事業性・経済性がぶれてしまうことになる。
図1は、銅を例に採って2000年から2017年にかけての銅価と銅鉱山生産コストの推移を示したものである。この図から歴史的にみて生産物の販売価格と生産コストが必ずしも連動していないことが分かる。

図1.2000~2017年 Cash Costs vs Copper Price
(出典:COCHILCO)
(4)巨額の投融資
鉱物資源投資においては、前述の「鉱体の不動性」にも関連するが、鉱体が人里や既存の交通網から離れたリモートエリアに賦存していることが多く、それが故に、事業主は鉱体自体の開発と処理設備・付帯設備の建設のみならず、自前で道路・港湾・電力・用水など様々なインフラを整備しなければならないケースが多い。
時にして、鉱体の剥土と処理設備の建設にかかる起業費よりもインフラ整備にかかる費用の方が大きくなるケースもある。
従い、投融資額が莫大になり、それだけリスクも過大になることが常であり、事業主は何段階にもわたるフィージビリティ・スタディと設計、綿密なデューデリジェンス、多角的なリスク分析とリスクマネジメント、巨額に及ぶ必要資金の手当・調達、と多岐にわたる検討と作業に多大の労力と時間を要することになる。
図2は、2012年から2020年にかけての鉱山会社トップ10による開発費・設備投資額の合計額を示したものである。この図から鉱山開発・設備投資に係る大凡の規模感とトレンドが分かる。

図2.2012~2020年Top 10 mining companies capital expenditure
(出典:Bloomberg)
(5)長期勝負
鉱物資源開発は、鉱床発見から操業開始まで最短でも10年はかかり、操業に入ってからマインライフを全うするまでにも大体10年から30年、大規模鉱床では100年超もかかる極めて足の長い事業となるのが通例である。
また、金属価格には高値圏と安値圏とを一定のインターバルを置きながら繰り返す変動サイクルがあり、そのサイクルが高値圏に留まる時機を複数回享受したいと考えれば、マインライフがある程度長くないと事業性に欠けるとして、事業主は長いマインライフを期待できる案件への投資を志向する傾向が強く、それが手掛ける案件が自ずと足の長い事業になるといった側面もある。
従い、ほとんどの場合、鉱物資源開発は長期勝負となり、事業主にとっては関連法令・許認可・労働力・資機材・税制など多岐に及ぶ分野において超長期にわたる安定性を確保することが必要になってくる。
(6)政府・地元対策
鉱物資源開発は、投資先国の中央政府・地元政府双方の法令を遵守しつつ、中央・地元政府当局から複雑な許認可プロセスを経て無数の許認可を取得しながら、地元政府・住民から然るべく理解とサポートを得て、推進していかねばならない事業である。
特に昨今、資源ナショナリズムの高揚、社会的操業認可(「鉱山操業には政府からの許認可のみならず地域社会/従業員/その他多方面にわたるステークホルダーからの同意も必要とする」という考え方)の必要性増大によって、政府対応・地元対策の難易度は飛躍的に増大しており、事業主は往々にして、激化する反鉱業運動、資源に対する投資先国・地域の過剰な期待、外資に対する敵対的な感情などと対峙していかねばならなくなっている。
かかる政府対応・地元対策には、他分野の事業案件でも当然必要ではあろうが、鉱物資源開発のように環境や地域社会への影響が大きな事業においては、より多大な時間と労力、より多額のコストをかける必要がある。
(7)環境対応
鉱物資源開発には投資先国の政府当局から環境許認可を取得することが不可欠だが、この許認可のハードルは高くなることはあっても決して低くなることはなく、許認可に要するプロセスや時間も複雑化・長期化する傾向にある。
特に、中央政府に加えて地元政府からも環境許認可を取得する必要がある場合には、許認可に要するプロセスや時間がより複雑化・長期化するのが通例となっている。
また、元より鉱物資源開発に対する投資先国・地元からの環境マネジメント要求は非常に大きいものがあるが、特に昨今、この要求は日々増大しており、環境規制も日々厳格化してきている。
事業主にとっては、この環境許認可の取得/環境マネジメントの要求/環境規制の厳格化に適時適切に対応せねばならず、その対応により多くの時間と労力が割かれるようになってきている。また、それに加えて、環境対応に要するコストも増大の一途を辿っている。
(8)開発意思決定の複雑性
前述の通り、鉱物資源開発には多岐にわたる特性があるために、開発意思決定においては、これら特性とそれに伴うリスクを十分に検討し、そのリスクをマネージする手立てを講じながら、時にはリスク分散のためのパートナーリングなども勘案した上で、事業性・経済性を確保できるか見極めるという膨大な検討と作業、検証の繰り返しが必要となる。
従い、意思決定にはかなり複雑な多面的・複合的な判断が要求されることになり、意思決定プロセスに多大な時間を要することにもなる。
この意思決定の複雑性は、他分野の事業案件にも当てはまることではあるが、鉱物資源開発の場合には他には類を見ないほど多面的な検討が必要となる分、複雑性がより増大すると言える。
3. 鉱業事業特有のリスク
この鉱業事業特有のリスクを考える上で、監査法人Ernst & Youngが、独自に鉱業事業に伴うリスク項目を洗い出し、項目毎に重要度を分析して順位付けを行った上で、毎年発表している「Business risks facing mining and metals」と題したレポートが有益と思われるので、同レポートを題材にして考察を進めていくことにしたい。
以下に掲げる表2及び表3は、同レポートから各年のランキングを抜粋したもので、表2は2010年度から2013年度までの4年間、表3は2014年度から直近2017年度までの4年間のリスク項目トップ10を表にまとめたものである。
この表2及び表3から、鉱業事業においては、数あるリスクの中でも、特にどういった種類のリスクが重要視・問題視されているかが把握できる。
また、表2と表3とを比較対照すると、前半4年間と後半4年間とでトップ10入りしたリスク項目の構成も各々のリスク項目の順位も大きく変遷していることが見て取れる。
| 2010年度 | 2011年度 | 2012年度 | 2013年度 | |
|---|---|---|---|---|
| 第1位 | 資本の配分と資本への アクセス |
資源ナショナリズム | 資源ナショナリズム | 資本の配分と資本への アクセス |
| 第2位 | 技能不足 | 技能不足 | 技能不足 | 利益の確保と生産性の 向上 |
| 第3位 | コスト管理 | インフラへのアクセス | インフラへのアクセス | 資源ナショナリズム |
| 第4位 | 資源ナショナリズム | 社会的操業認可 | コスト管理 | 社会的操業認可 |
| 第5位 | 社会的操業認可 | 投資計画の実行 | 投資計画の実行 | 技能不足 |
| 第6位 | インフラへのアクセス | 価格と通貨の ボラティリティ |
社会的操業認可 | 価格と通貨の ボラティリティ |
| 第7位 | エネルギーの確保 | 資本の配分と資本への アクセス |
価格と通貨の ボラティリティ |
投資計画の実行 |
| 第8位 | 資金調達 | コスト管理 | 資本の配分と資本への アクセス |
利益の共有 |
| 第9位 | 価格と通貨の ボラティリティ |
供給障害 | 利益の共有 | インフラへのアクセス |
| 第10位 | 環境の変化 | 不正・腐敗 | 不正・腐敗 | 代替の脅威 |
(出典:Ernst & Young社「Business risks facing mining and metals」を基に筆者作成)
| 2014年度 | 2015年度 | 2016年度 | 2017年度 | |
|---|---|---|---|---|
| 第1位 | 利益の確保と生産性の 向上 |
成長への転換 | キャッシュの最適化 | デジタルの有効性 |
| 第2位 | 資本の配分と資本への アクセス |
利益の確保と生産性の 向上 |
資本の配分と資本への アクセス |
投資家へのリターン |
| 第3位 | 社会的操業認可 | 資本の配分と資本への アクセス |
利益の確保と生産性の 向上 |
サイバーセキュリティ |
| 第4位 | 資源ナショナリズム | 資源ナショナリズム | 社会的操業認可 | 新時代のコモディティ |
| 第5位 | 投資計画の実行 | 社会的操業認可 | 資源ナショナリズム | 規制リスク |
| 第6位 | 価格と通貨の ボラティリティ |
価格と通貨の ボラティリティ |
成長への転換 | キャッシュの最適化 |
| 第7位 | インフラへのアクセス | 投資計画の実行 | エネルギーの確保 | 社会的操業認可 |
| 第8位 | 利益の共有 | エネルギーの確保 | 合弁事業の管理 | 新たな資源開発 |
| 第9位 | 技能不足 | サイバーセキュリティ | サイバーセキュリティ | エネルギーの確保 |
| 第10位 | エネルギーの確保 | イノベーション | イノベーション | 合弁事業の管理 |
(出典:Ernst & Young社「Business risks facing mining and metals」を基に筆者作成)
このランキングによると、前半4年間の主役は「資源ナショナリズム」「資本の配分と資本へのアクセス」「社会的操業認可」「技能不足」「インフラへのアクセス」であったが、後半4年間はこれらに「利益の確保と生産性の向上」「キャッシュの最適化」が加わってきた。
また、直近2年間は「デジタルの有効性」「サイバーセキュリティ」「新時代のコモディティ」「イノベーション」といった、正にデジタルトランスフォーメーション(DX)・人口知能(AI)・モノのインターネット(IoT)・電気自動車(EV)などが急速に進展している第4次産業革命の真っただ中にある今の時代を反映したリスク項目が上位を占めるようになってきているのも特徴的である。
かように、このランキングは、鉱業事業に伴うリスクが時代とともに変遷することを示している訳だが、その一方で、「資源ナショナリズム」「資本の配分と資本へのアクセス」「社会的操業認可」などは8年間を通じて根強く上位を占め続けていることから、時代の変化に余り左右されないリスク項目があることも示している。
この時代の変化に大きく左右されることなく根強く影響を与え続けているリスク項目について詳細分析することを目的に、勝手ながらこの8年間のランキングをまとめて総合順位をつけてみたのが表4である。
| 総合順位 | リスク項目 |
|---|---|
| 第1位 | 資源ナショナリズム |
| 第2位 | 資本の配分と資本へのアクセス |
| 第3位 | 社会的操業認可 |
| 第4位 | 利益の確保と生産性の向上 |
| 第5位 | 技能不足 |
| 第6位 | インフラへのアクセス |
| 第7位 | 投資計画の実行 |
| 第7位 | 価格と通貨のボラティリティ |
| 第9位 | コスト管理 |
| 第10位 | キャッシュの最適化 |
この総合順位で上位に属するリスク項目は、いずれも鉱物資源開発の特性に根ざしたものと言えようし、また、そのほとんどが投資環境に起因して生じるリスクであると言えよう。
これらリスク項目は、直近8年間でみると言わばお馴染みのリスク項目ではあるが、すべての項目が15年・20年というスパンで遡ってみてもその時代から根強く上位を占め続けているということではなく、中にはここ8~10年間に新たに浮上してきたリスク項目も含まれている。
「資本の配分と資本へのアクセス」「利益の確保と生産性の向上」「価格と通貨のボラティリティ」「コスト管理」などは古くて新しい伝統的なリスク項目と言えるが、「資源ナショナリズム」「社会的操業認可」「技能不足」「インフラへのアクセス」などは、ここ10年ほどの間の投資環境の変化から現出してきて今は定着したリスク項目と言える。
そこで、次項では、この「資源ナショナリズム」「社会的操業認可」「技能不足」「インフラへのアクセス」といったリスクが生じる元となった投資環境要因とその投資環境の変化について考えてみたい。
4. 鉱物資源を取り巻く投資環境
本項では、テーマ③「鉱物資源を取り巻く投資環境とは何か」について取り上げる。
投資環境と一口に言っても、投資環境を構成する要因としては実に様々なものがある。
まず、その投資環境要因として考えられる代表的な項目を表5に例示する。
| (1)政治的要因 (2)経済的要因 (3)社会的要因 (4)法的要因 (5)労働力要因 (6)生産活動要因 (7)自然条件要因 (8)マーケット要因 |
次に、これら代表的な項目について、その具体的な構成要素となり得る事項を思い付くままに列挙した。以下は、すべての構成要素を網羅しているものではなく、過不足があることは重々承知しているが、大まかな傾向を把握する目的で挙げたものなので、その点御容赦賜りたい。
(1)政治的要因
・投資先国の政治体制(大統領制、議院内閣制、政党)
・投資先国政府の安定性(支持率)
・政権交代と政策の変遷
・政府・国会における与党-野党間のパワーバランス
・中央政府から地方政府への権限移譲度
・中央政府-地方自治体間のパワーバランス
・投資先国政府の各国・地域との経済連携協定・自由貿易協定に向けた取組
・投資先国政府-自国政府間の経済・貿易協定の状況(協定の有無、その内容)
(2)経済的要因
・投資先国政府の政策(財政政策、金融政策)
・景気動向(経済成長率、インフレーション・デフレーション)
・金利動向(短期・長期)
・投資先国企業の株価動向
・投資先国政府の財務ポジション(経常収支、貿易収支、国際収支、外貨準備高など)
・投資先国の格付(政府の保証能力、投資・事業保険付保の可否)
・為替レート動向(安定性、変動幅、ボラティリティ)
・投資先国の産業構造(第一次産業・第二次産業・第三次産業比率、川中産業・川下産業の振興度など)
(3)社会的要因
・社会環境の変化(文化、風習、消費者のライフスタイル、世間の関心・流行など)
・人口動態(人口増加率、労働力人口の推移、年代構成、都市部集中度など)
・社会格差・所得格差(富裕層・貧困層の分布、階層、貧困率など)
・社会保障制度(公的扶助、社会福祉、社会保険、公衆衛生、医療など)
・教育水準
・宗教問題
・治安情勢(犯罪発生率、テロリズム、デモンストレーションなど)
・産業基盤社会インフラの整備状況(道路、鉄道、港湾、空港、ダム、上下水道、送電網、通信網など)
・生活基盤社会インフラの整備状況(学校、病院、公園、公営住宅など)
・史跡・文化遺産の分布状況(鉱区制限、開発制限、必要な許認可など)
・地域振興の必要性
・所在国政府による地域振興費拠出の義務付け
・不正・腐敗の状況(中央政府、地方政府、政府機関など)
(4)法的要因
・関連法制の整備状況(会社法、投資法、鉱業法、環境法、税法、労働法など)
・関連法制の安定性(改正頻度、改正の方向性)
・鉱業政策・制度の安定性(改定頻度、改定の傾向)
・鉱業規制・環境規制の変化(強化・緩和)
・国家税制の状況(法人税率、所得税率、鉱業課税、鉱業ロイヤルティ、国庫納付金、輸出入税、労働者分配金など)
・地方税制の状況(地方税の種類と内容、新たな地方税賦課の傾向など)
・投資先国政府-自国政府間の租税条約の状況(条約の有無、その内容)
・司法システムとその信頼性
・紛争解決手続の導入度(調停・仲裁の利用度、国際紛争解決制度の経験度など)
・外国資本の取扱い(自国資本との優遇・差別度)
(5)労働力要因
・投資先国の雇用実態(全国の失業率・当該地域レベルでの失業率、完全失業率・潜在的失業率)
・勤勉度(倫理観、誠実さ、明るさなど)
・労働意欲
・定着性(勤続年数、流動性、離職率など)
・熟練度(地質分野、採鉱分野、選鉱分野、製錬分野、機械分野、電気分野、土木分野、建設分野など)
・他の事業案件との競合(熟練工の取り合い)
・所在国政府による現地雇用の義務付け(地元雇用率の閾値設定)
・組合の組織化状況(全国の組織化、業界内の組織化)
・労使関係(労使間の紛争・係争、ストライキ・示威行動の発生度、労働協約の内容、雇用・解雇条件など)
・外国人労働者の受入(規制の有無、査証・労働許可証取得の難易度)
(6)生産活動要因
・鉱山事業付帯インフラの整備状況(電力確保、用水手当など)
・所在国政府による資機材現地調達の義務付け(現地調達率の閾値設定)
・資機材の現地調達力(現地生産状況、購買・利用・使用の可能性・可能度、品質)
・資機材の価格動向(過去の推移、変動幅、ボラティリティ、将来予測)
・資機材輸入の制限
・鉱山機械の質と能力(生産性、可用性、稼働時間、稼働率など)
・請負業者の可用性
・物流経路の確保状況(資機材の搬入、生産物の搬出)
(7)自然条件要因
・鉱山所在地の気象条件(気温、気圧、湿度、降雨量、降雪量、蒸発量、風向・風速、日照時間、日射量、地温、塵埃、視程など)
・鉱山所在地の高度
・鉱山所在地及び付近の地形
・森林・湿地・氷河・永久凍土の分布(鉱区制限、開発制限、必要な許認可など)
・生態系(生物多様性、絶滅危惧種、保護種など)
・水系(河川・湖沼・池、湧水、排水など)
・自然災害の発生頻度(地震、噴火、台風、津波など)
・近傍の海洋状況(深度、海水温、対流、海底の地形、海溝の賦存など)
・最近の気候変動の影響(地球温暖化、エルニーニョ・南方振動、ラニーニャ現象など)
(8)マーケット要因
・対象金属の市場規模
・市場プレーヤーの量
・市場プレーヤーの質
・対象金属の需給動向(世界の需給、地域の需給、所在国における需給)
・生産物の市場性・流通性
・生産物の価格動向(過去の推移、変動幅、ボラティリティ、将来予測)
・所在国政府による生産物販売への介入・制約状況
こうして投資環境要因と各々の構成要素を挙げてみると、そのほとんどが元々変化しやすい性格を有する要因・要素であったり、実際に時代の変遷とともに程度の差はあれども確かに変化してきている要因・要素であったりすることが分かる。
また、その内の多くが、一事業主としてはその変化を制御することが不可能であるにも拘らず、その変化が企業活動に多大な影響が及ぼすという性格の要因・要素であることが分かる。
但し、一事業主としては変化を制御することが不可能であるからと言って、事業開発を推進し操業を継続していくためには、かかる制御不能な投資環境の変化にも対応しない訳には行かない、という現実がそこにある。
そこで、次項では、投資環境の変化がどういった形で鉱業事業に影響を及ぼすのか、その影響によってどういったリスクが新たに生じるのか、その具体的な事例を考えたい。
5. 投資環境の変化とリスクの増大
前々項にて鉱業事業特有のリスクとその変遷について考察した際、Ernst & Youngレポート「Business risks facing mining and metals」を引用して2010~2017年度のリスクランキング総合順位をつけた。その総合順位上位にランクインしたリスク項目について、具体的にどういった形でそれらリスクが具現化しているか、その事例を挙げてみたのが表6である。
| リスク項目 | 具現化事例 |
|---|---|
| 資源ナショナリズム | ・外資保有の制限 = 外資権益の投資先国政府・企業への譲渡義務化 ・国内付加価値義務化 = 国内製錬の義務化、輸出品の加工度基準設定 ・未加工鉱物の輸出規制 = 輸出禁止、条件付き輸出認可、新たな輸出税の賦課 ・新たな鉱業税・鉱業賦課金の賦課 ・鉱業ロイヤルティの引上げ ・地方政府による新たな地方税の導入 |
| 資本の配分と資本へのアクセス | ・資本配分のジレンマ = 鉱山会社が志向する長期的な投資と株主が志向する短期的な還元要求との間のギャップ増大 ・運転資金のタイト化 ・ジュニア企業の資金調達の難化 |
| 社会的操業認可 | ・地域社会の懸念や不満の増加 ・反鉱業感情の高揚 = デモンストレーションや示威活動の増加 ・政府による規制の強化 ・裁判所による事業差し止め命令 ・政府による地域振興の義務付け ・地域振興費の増大 ・従業員・労働者からの要求拡大 = 労働法の労働者保護色の強い方向への改定、労働組合の強硬化、ストライキの増加、労使関係の難化 ・労務費の増大 |
| 利益の確保と生産性の向上 | ・事業運営の効率化の遅れ = 従業員の意識改革や企業文化の変革の不足 ・資源価格高騰時の生産コスト上昇による利益の圧迫 ・労働者の生産性悪化 |
| 技能不足 | ・熟練鉱山労働者不足の慢性化 ・他の事業案件との競合激化 ・鉱山労働者の高齢化 ・安全成績の悪化 |
| インフラへのアクセス | ・輸送手段の自前化 ・電力・エネルギー確保の自前化 ・用水確保の自前化 ・政府からの鉄道・土地・港湾施設等に関する要望の強まり |
| 投資計画の実行 | ・開発スケジュール遅延・コストオーバーランの常態化 ・投資回収意識の高まり ・先行き不透明感・不確実性の増加 ・新規投資計画の中止・見直し |
| 価格と通貨のボラティリティ | ・生産物の需給構造の変化 ・資源価格のボラティリティの拡大 ・資源価格のダウンサイド・リスクの増大 ・資源国通貨のボラティリティの拡大 |
| コスト管理 | ・原油・エネルギー価格の上昇 ・資機材価格の上昇 ・労働者からの賃上げなど待遇改善要求の激化 ・為替レート変動による影響の増大 ・鉱石品位の低下 ・採鉱フェーズの深部化 ・鉱山所在地の標高の高地化 |
| キャッシュの最適化 | ・株主からの配分要求圧力 ・政府・地域社会からの配分期待 ・労働者からの配分要求の高まり |
こうして見ると、投資環境の変化によってもたらされる影響は、鉱業事業にとって追い風となっているケースはほとんどなく、大部分が逆風となっていることが分かる。中には、想定を遥かに超えた風速の逆風を受けている事例もある。
その影響が逆風であるということは、取りも直さずそれによって従来からあるリスクが更に増大することになったり、想定していなかった新たなリスクに直面したりすることになる。
6. 新たなリスクへの対応
ここまで、冒頭で述べた教訓とその教訓に紐付ける形で設定したテーマを順次取り上げながら、鉱物資源開発の特性に始まり、鉱業事業特有のリスク、鉱物資源を取り巻く投資環境、投資環境の変化とリスクの増大・新出、と考察を進めてきた。
以前の鉱物資源開発においては、当然一部例外はあったであろうが、事業リスクは参画時にある程度想定することができたし、開発から操業に至っても事業リスクは参画時に想定した範囲内に収まっていてマネージすることができたケースが多かったように思う。
しかし、最近の鉱物資源開発においては、これまで見てきたように、投資環境のドラマチックな変化が生じるようになって、それに伴い参画時の想定を超えた、あるいは参画時には到底想定し得なかったような新たな次元のリスクが現出するケースが増えてきている。
しかも、この新たな次元のリスクは、一事業主としては制御することができない要因から生じることが多い。また、そのリスク対応においては、一事業主としては対抗することが容易ではない投資先国の政府や地域社会を相手にしなければならないことも多い。
従って、以前のように事業主が個別に数々のリスクに対応していくには限界があり、時に自国政府・機関や業界団体、場合によっては同業他社・競合他社さえも巻き込みながら、チームやタスクフォース・コンソーシアムを組成して団体戦で勝負することが求められるようになってきている。
かように、従来にも増して非常に難易度の高い対応を求められることになった現況下、事業主にとっては、かかる新たな次元のリスクに対して、どのような手段や対抗措置を考えていかなければならないか、如何にしてその手段や対抗措置を実行に移していくべきか、などが大きな課題となっている。
この課題が、正に冒頭で述べたテーマの内、⑤「かかるリスクの増大・新出に対してどのように対応すれば良いか」に当たる訳だが、その具体的な手段や対抗措置に関する考察については、後編に譲ることとする。
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