報告書&レポート
鉱物資源開発を巡る投資環境について考える
―インドネシア事例研究―
第2回 増大するリスクへの対応
<住友商事株式会社 資源第一本部長付 荒川仁 報告>
1. 前編を受けて
本稿は、2019年1月発刊の金属資源レポート「鉱物資源開発を巡る投資環境について考える―インドネシア事例研究―」の後編に当たるものである。
前編では、まずインドネシアBatu Hijau銅鉱山事業に参画して得られた教訓の中から鉱物資源開発に共通して当てはまるのではないかと思われる教訓を紹介し、その教訓に紐付ける形で、以下の通りテーマを設定した。
① 鉱物資源開発の特性とは何か。
② 鉱業事業特有のリスクとは何か。
③ 鉱物資源を取り巻く投資環境とは何か。
④ 投資環境の変化に伴いどのようなリスクが増大・新出しているか。
⑤ かかるリスクの増大・新出に対してどのように対応すれば良いか。
そして、上記テーマの内①から④まで、即ち鉱物資源開発の特性、鉱業事業特有のリスク、取り巻く投資環境、その投資環境の変化とリスクの増大・新出について考察を進めてきた。
この後編では、上記テーマの内⑤「かかるリスクの増大・新出に対してどのように対応すれば良いか」について、インドネシアBatu Hijau銅鉱山事業の事例を参照しながら、その具体的な対応策に関して、下記のプロセスに沿って考察を続けるものである。
まず、インドネシア事例研究として、Batu Hijau銅鉱山事業においては、実際に参画時の想定を超えてどのようなリスクが現出したのか、同鉱山ではかかる新たな次元のリスクに対して具体的にどのような対応を講じたのか、について紹介する。
次に、そのインドネシア事例を基に、一般的に鉱業事業において新たな次元のリスクが発生した場合に採るべき対応策として、どのような手段や対抗措置が考えられるか、について概説する。
最後に、今後鉱業事業に参画するに当たり、新たな次元のリスクが発生した場合に備えて、参画時点ではどのような検討を加えたらよいか、また、どのような布石を打ったらよいか、について提言する。
この新たな次元のリスクに対する対応策や参画時に打つべき布石というのは、非常に難しい命題であり、決して普遍的な回答や明快な解答が得られるような類の命題ではないが、出来得る限りその解に近づくべく試みるものである。
2. インドネシア事例研究―リスクの増大・新出―
まず、1996年にヌサ・テンガラ・マイニング社がBatu Hijau銅鉱山事業に参画した時点に遡り、当時同社ではどのようなリスクを想定していたかについて振り返ってみたい。
ヌサ・テンガラ・マイニング社が同事業に参画するに当たって実施したデューデリジェンスにおいては、主に以下に挙げるリスク要因を想定してリスク分析を行った。
(1)マクロ環境リスク
・市況悪化
・生産物に係る安定販売先の確保
(2)カントリーリスク
・投資先国の政情不安
・投資先国政府の信頼性
・現地資本化義務
・必要許認可の瑕疵
(3)技術リスク
・鉱量・品位の下振れ
・開発費のオーバーラン
・開発スケジュールの遅延
・生産コストの上昇
・コスト競争力の悪化
(4)パートナーリスク
・オペレーター/コントラクターの開発マネジメント能力
・オペレーターの技量
・現地株主(当初鉱区権者)の資金負担力
そして、これらリスクが実際に発生した場合の対処方法を検討し、対応シナリオの立案やシミュレーションを行って、全てのリスクはマネージ・コントロールすることが可能であろうと判断した上で、参画を決定した訳だが、現実は参画時の想定通りには行かなかった。
これら参画時に想定したリスクには、実際に参画して以降、現実には現出することなく杞憂に終わったリスクや事前にマネージ・コントロールできたリスクもあれば、やはり現実のものとなったリスクもあった。
更に、その現実のものとなったリスクの中には、参画時に想定していた範囲内で現出したリスクもあれば、想定を超えて現出したリスクや想定し切れなかったリスクもあった。
表1は、Batu Hijau銅鉱山事業におけるリスクの現出状況及び参画前後のリスク要因の変化について、「現出しなかったリスク・マネージできたリスク」、「想定の範囲内で現出したリスク」、「想定を超えて現出したリスク」の3つのカテゴリーに分けてまとめたものである。
| 参画時 | 参画後 | ||||
|---|---|---|---|---|---|
| 想定したリスク | 現出しなかったリスク マネージできたリスク |
想定の範囲内で 現出したリスク |
想定を超えて 現出したリスク |
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<マクロ環境リスク>
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<カントリーリスク>
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<カントリーリスク>
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<カントリーリスク>
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<技術リスク>
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<技術リスク>
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<技術リスク>
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<パートナーリスク>
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<パートナーリスク>
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本稿のテーマは、投資環境の変化に伴いどのようなリスクが増大・新出したか、かかるリスクの増大・新出に対してどのように対応していけば良いかについて考察することにあるので、ここでは、表1の内「参画時の想定を超えて現出したリスク」に焦点を当てて、以降の事例研究を進めていくことにする。
3. インドネシア事例研究―リスク増大・新出の原因―
それでは、前項で挙げた「参画時の想定を超えて現出したリスク」が何故に新出することになったのか、その原因や背景について振り返ってみたい。
これら新たな次元のリスクが新出するに至った原因を考えてみると、いずれのリスクも参画後に生じた投資環境のドラマチックな変化に伴う後発事象によって引き起こされたもので、その原因となった後発事象については表2の通り(1)地方分権化の急激な進行、(2)現地資本化義務の厳格化、(3)法令・制度の大幅な改定という3つのカテゴリーに括ってまとめることができる。
| 想定を超えて現出したリスク | 原因となった後発事象 |
|---|---|
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法令・制度の大幅な改定 |
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地方分権化の急激な進行 |
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現地資本化義務の厳格化 |
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法令・制度の大幅な改定 |
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地方分権化の急激な進行 現地資本化義務の厳格化 |
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法令・制度の大幅な改定 |
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地方分権化の急激な進行 現地資本化義務の厳格化 法令・制度の大幅な改定 |
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法令・制度の大幅な改定 |
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現地資本化義務の厳格化 |
この3つの後発事象に関し、時系列に沿って、その後発事象が発生するに至った経緯について補足しておきたい。
(1)地方分権化の急激な進行
第一の後発事象は、ヌサ・テンガラ・マイニング社がBatu Hijau銅鉱山事業に参画してから3年を経過した1999年以降、地方分権化が急激に進行したことであった。
インドネシアでは、1999年に「地方行政に関する法律第22号」及び「中央・地方間の財政均衡に関する法律第25号」が相次いで施行され、外交や国防など中央政府が司るべき行政機能を除いてほとんどの行政機能が地方政府に移管されることになったが、これを契機として鉱業における地方分権化が急速に進み、天然資源から得られる収入の一定比率が地方に配分される仕組みが導入されるなど、地方政府の権利が大幅に増大することになった。
しかるに、地方政府側にかかる大きな権限を付与されるに足るだけの能力や人員が備わっていなかったこと、従前は効いていた中央政府による地方政府のコントロールが効かなくなったことから、地方政府による独断専行的な地方税の賦課や地方政府首長・職員による汚職・腐敗の横行を招き、Batu Hijau銅鉱山事業にとっても参画時の想定を超えた新たなリスクに晒されることになった。
具体的には、2010年に地元県政府がBatu Hijau銅鉱山に対し本来の権限を超えて請負契約課税・精鉱売上税といった追加地方税を課してきたことや、2014年に地元州政府がBatu Hijau銅鉱山に対し一方的に重機通行税や燃料税などの追加地方税を課してきたことが、例として挙げられる。
ちなみに、Batu Hijau銅鉱山では、地元県政府からの追加課税については中央政府に対して越権行為であることを訴えたり、地元州政府からの追加課税については行政裁判所への異議申立てや民事裁判所への提訴を重ねたり、といった対抗措置を講じたが、そのために膨大な時間・労力・コストを費やすことになった。
なお、この地元州政府からの追加課税を巡っては、一部裁判において州政府の主張が認められるというBatu Hijau銅鉱山にとっては信じがたい判決が下されるなど、インドネシアの司法システムそのものに対する不安といった別次元のリスクも新出した。
また、地方分権化によって、地方政府が権限を有する森林使用許可などの付帯的な許認可に関して地方政府の恣意的な判断に左右される余地が増大することとなり、鉱山操業の継続が危ぶまれるようなリスクに晒されることにもなった。
具体的には、現地資本化を巡って政府と係争状態になる中で、地元州政府がBatu Hijau銅鉱山に対する森林使用許可の更新を恣意的に長期間ホールドすることによって圧力をかけてくるという事件が勃発、Batu Hijau銅鉱山では一時操業休止の危機に追い込まれ裁判所への提訴まで考えねばならない事態になった。
更に、地方分権化の波は、地方政府による越権行為や恣意的な影響の増大を招いただけではなく、地域住民による鉱山会社への要求を増幅せしめることにもつながった。
具体的には、Batu Hijau銅鉱山周辺では、地域住民が雇用や収益分配を求めて、時には外資による搾取を訴え、違法なデモや道路封鎖などの示威行動を起こす機会が増加し、その度に多大な時間・労力・コストを費やすことになった。
(2)現地資本化義務の厳格化
第二の後発事象は、Batu Hijau銅鉱山では商業生産を開始してから5年を経過した2005年に現地資本化義務の履行期間を迎えたが、その履行の過程で当該義務が当初の想定を超えて大幅に厳格化されたことであった。
具体的には、この現地資本化義務の履行に当たって、当該義務の解釈を巡って政府や現地株主との間で意見・主張が大きく割れて各々と対立することになり、その対立が2件の係争にまで発展、これがBatu Hijau銅鉱山事業の運営に想定を超えたリスクをもたらすことになった。
その係争の一つは政府との間の国際仲裁であった。
オペレーターである米Newmont社及びヌサ・テンガラ・マイニング社としては当初、鉱業事業契約(Contract of Work:CoW)上、外資に課された義務はインドネシア政府を初めとする現地資本に対して権益譲渡をオファーする義務のみであり、そのオファーの結果権益譲渡が成立しなくても当該義務は充足されたと見なされるものと捉えていた。
しかるに、政府は、それに反して外資は権益譲渡を完遂するところまでの義務が課されていると主張して譲らず、外資のCoW違反を訴求してきたことで係争に発展、互いに国際仲裁を提起する事態となった。
国際仲裁プロセスに入っても、外資側は自らの解釈が妥当であると信じて疑わず、仲裁委員会からの諮問や証人喚問など仲裁プロセスに信念をもって対応していったが、最終的な審決結果は案に相違して外資側の主張を退け政府側の訴求内容を認めるという極めて遺憾なものとなった。
こうして、外資側がCoW違反を問われてCoWが無効化され、契約上得られていたはずの様々な権利を取り上げられる危機に瀕するという、参画時には想定し切れなかったリスクが新出することとなった。
また、その係争のもう一つは現地株主との間の裁判であった。
政府との間の係争と併行して、現地株主が現地資本化においては自分達に先買権があると主張し外資を民事裁判に訴える事態が勃発したことで、外資は現地資本化義務を巡って更に難しい対応を迫られることになった。
この現地株主との裁判は、最終的には和解によって解決するに至ったが、その過程では第一審において現地株主側の訴求内容を認めるといういわれのない判決が下されるなど、この事例においても、インドネシアの司法システムそのものに対する不安という別次元のリスクが新出することになった。
(3)法令・制度の大幅な改定
第三の後発事象は、Batu Hijau銅鉱山が商業生産を開始してから9年を経過した2009年以降、インドネシア政府が新鉱業法の施行をはじめとして次から次に新たな法令の施行や従来制度の大幅な改訂を実施したことであった。
この数多くの新法令施行や制度改定の中で、Batu Hijau銅鉱山事業にとって最も影響が大きかったのが2009年1月に施行された「鉱物・石炭鉱業に関する法律第4号」(新鉱業法)で、同法の施行と関連政省令の発布及びそれに伴う制度の改定はそれまでの事業を根底から揺さぶるものであった。
同法がもたらした大きな変化を以下にまとめる。
・鉱業権は、国または地方政府から発給される鉱業事業許可制度に一本化され、従来の政府-事業主間で締結されていたCoW制度は廃止された。
・鉱業事業許可制度が導入されたことで、税・ロイヤルティなどの料率については随時施行される一般税法に従うこととなり、CoWにて認められていた固定税率制度が廃止された。
・鉱業事業主に対し新たに生産課金として純益の10%を納付することが義務付けられた。
・インドネシア国内で生産物の付加価値を高めることが義務付けられた。
・外国資本による鉱山開発の場合、生産開始5年後に国・地方政府・インドネシア民間企業等に過半数権益を譲渡することを義務付けられた。
・政府に鉱物生産量・輸出量をコントロールする権限が付与された。
この新鉱業法とそれに基づく制度改定には、実に数多くの様々な問題・課題が内含されており、国会・業界関係者・有識者など多方面から問題・課題が提起され、政府との間で多岐にわたる論争が巻き起こった。
表3は、その主な問題・課題や論点についてまとめたものである。
| 法令・制度改訂の内容 | 問題・課題・論点 |
|---|---|
| 鉱業事業契約制から認可制への移行 |
|
| 認可権限の地方分権化 |
|
| 国内付加価値義務化の導入 |
|
| 現地資本化義務率の引上げ |
|
| 施行細則の政省令への委譲 |
|
| 政省令による未加工鉱物の輸出規制 |
|
かように業界を挙げて大騒動と混乱が生じる中、Batu Hijau銅鉱山としても個別に、CoW制度の廃止と鉱業許可制度への移行はそもそもCoW上確保されていた「銅精鉱を輸出する権利」「税・ロイヤルティの固定化」などの安定化条項に反しており違約に当たると主張して、政府と議論を重ねた。
しかるに、新制度に準拠したCoWの改定と付加価値義務の履行及び未加工鉱物の輸出禁止を迫る政府から逆にCoW違反を問われる羽目になって議論が大きく紛糾し、ここでもCoW違反を問われてCoWが無効化され、契約上得られていたはずの権利を取り上げられる危機に瀕するという、参画時には想定し切れなかったリスクが新出することとなった。
また、新鉱業法の施行以外にも、2015年1月商業省が新たに大臣令を施行し、銅精鉱を初めとする鉱物輸出に係る代金決済に関して、従来義務付けられていなかった信用状での決済やインドネシア国内銀行での入金を義務付けたことで、Batu Hijau銅鉱山にとって参画時には想定していなかった新たな決済コスト負担と為替リスク負担を強いられることになったのだが、これも法令・制度の改定に起因して新たな次元のリスクが新出した一例であった。
更に、Batu Hijau銅鉱山において2000年に商業生産が開始されてから5年毎に尾鉱堆積許可が更新される都度、環境省が理由や背景の説明もなく一方的に尾鉱排出基準を厳格化してきたことで、参画時には想定していなかった新たな環境対策コスト負担を強いられることになった。これもまた法令・制度の改定に起因して新たなリスクが新出した一例として挙げられる。
以上、これら後発事象が発生するに至った経緯を辿ってみると、いずれもその背景には前編において取り上げた投資環境のドラマチックな変化があり、その影響は漏れなくBatu Hijau銅鉱山にとって逆風であったと言える。
また、「法令・制度の大幅な改定」及び「現地資本化義務の厳格化」については、監査法人Ernst & Youngによる「Business risks facing mining and metals」を基にまとめた鉱業事業リスク2010~2017年度総合順位において第1位にランクインした『資源ナショナリズム』に起因した事象であり、「地方分権化の急激な進行」については、同じく総合順位第3位にランクインした『社会的操業認可』に紐付いた事象であったと捉えられる。
ここから、Batu Hijau銅鉱山事業における実体験は、前編において立てた「投資環境は変化するものであり、その変化は事業主にとって逆風となるのが常であり、リスクの増大や新出につながり得る」という仮説を正に立証する事例であったと言える。
4. インドネシア事例研究―新たなリスクへの対応―
それでは、Batu Hijau銅鉱山では、かかる新たな次元のリスクを引き起こした後発事象にどのように挑んでいったのか、具体的にどのような対抗措置を採っていったのか、その対応の軌跡について振り返ってみたい。
これら新たな次元のリスクは、そのほとんどが一事業主としては到底制御することができない原因から生じたものであり、また、そのリスク対応においては、一事業主としては対抗することが極めて困難な投資先国の中央政府・地元政府や地域社会を相手取ったものであった。
その最たるものが、資源ナショナリズムや反外資感情の高揚を背景とした「法令・制度の大幅な改定」及び「現地資本化義務の厳格化」に起因して生じたリスクであった。
特に、政府の鉱業政策が頻繁に変わる一貫性に欠けたものであったこと、鉱山事業主にとって長期安定性を確保する礎となっていた鉱業事業契約制度が新鉱業法施行によって段階的に廃止されることになったこと、現地資本化義務が完全に遂行し切るところまで厳格化されたことが原因で、Batu Hijau銅鉱山事業の行く末が極めて不透明かつ不安定な状態に陥ったのだが、これが最大のリスクであったと言える。
そもそもこの鉱業事業契約は政府と一事業主との間の契約であるために力関係の上で対等な当事者間の契約とは言い難く、それが故にいざ契約上の紛争が生じた場合には一事業主が政府と相対で交渉すること自体に無理があった訳だが、参画時にはこの鉱業事業契約が絶対的なものでマインライフをカバーするだけの安定性が確保されているという前提で考えていたために、かかる当該契約の本質には思いが及ばなかった。
また、政府は、資源ナショナリズムを喧伝・高揚し、かねてより民衆が抱いていた反外資感情を煽ることで民意を味方につけたため、Batu Hijau銅鉱山事業に関わるステークホルダーのほとんどが敵に回る格好になって、同鉱山が孤立無援に近い立場に置かれることになったが、参画時にはよもやそこまで窮地に立たされようとは予想だにしていなかった。
そこから、一事業主が個人戦で数々のリスクに対応していくには自ずと限界があり、自国政府や政府機関、現地業界団体に協力を仰ぎながら、場合によっては同業他社や競合他社さえも巻き込みながら、タッグを組むなりチーム・タスクフォース・コンソーシアムなどを組成するなりなどして、言わば団体戦で挑んでいくことが必要になってくることに今更ながら気が付いた。
また、対等な力関係にはない政府を相手取って紛争を解決するには、国際仲裁など第三者の裁定を仰ぎ、その裁定を盾にとって政府との力関係を対等に近いところまでもっていくといった対抗手段も必要になってくることを改めて学んだ。
Batu Hijau銅鉱山では、その気付きと学びから、実際に米国政府・機関や日本政府・機関に対し協力を要請して投資保護の観点から政府間対話を重ねてもらったり、インドネシア業界団体によるロビイング活動や日本側官民合同タスクフォースに参加してインドネシア政府に対して新鉱業法に纏わる問題点の指摘や矛盾した政策の是正要求を行ったり、といった対抗措置を講じた。
更に、個社としてもインドネシア政府と粘り強く交渉を重ね、鉱業事業契約を巡る係争においては国際仲裁を提起するなど、考えられ得る様々な対抗措置を講じながら、防御に努めた。
なお、社会的操業認可に関わってくる地元政府からの要求の激化や地域社会によるデモ・示威行動の増大といったリスクもまた、一事業主としては到底制御することができない原因から生じたリスクの典型例であったと言える。
Batu Hijau銅鉱山では、かかるリスクに対しては、地元の州政府・県政府ごとに個別専門に対応する部署を設置して専任人員を配置、常日頃から綿密なコミュニケーションに努める、地域振興費を増額する、自ら植林事業・灌漑事業・教育事業・インフラ事業・医療事業など多岐にわたる地域振興プロジェクトに参加する、といった手段を講じていった。
更に、前述の通り、地元政府から不当な地方税を課された際には、行政裁判所への異議申立てや民事裁判への提訴といった対抗措置も講じた。
表4は、Batu Hijau銅鉱山がこれら新たな次元のリスクに対して講じた対応手段や対抗措置について、その詳細をまとめたものである。
表4では、前段にて焦点を当てた最大リスクへの対応手段・対抗措置を改めてまとめた上で、詳細には触れなかったその他の「想定を超えて現出したリスク」についても対応手段・対抗措置を付記してあるので、包括的な対応策リストとして参照いただきたい。
| 想定を超えて現出したリスク | 対応手段・対抗措置 |
|---|---|
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こうしてBatu Hijau銅鉱山が実際に施した対応手段や対抗措置をまとめてみると、新たな次元のリスクは、①コストをかけることで受忍できるもの、②コストをかけると事業性が成り立たなくなるもの、③コストをかけることでは解決できないもの、に大別できるように思える。
Batu Hijau銅鉱山では、コストをかけることで受忍できるリスクに対しては、あくまでも操業継続を最優先とする方針の下、受忍し得るレベルまでコストアップを極小化した上でそのコスト増を受け容れる形でリスクをマネージしてきた。
また、コストをかけると事業性が成り立たなくなるリスクやコストをかけることでは解決できないリスクに対しては、自国政府・機関から働きかけてもらったり、業界団体と連携したり、同業他社とタッグと組んだりして相手先との間で折衝や説得を重ね、また、国際仲裁や裁判所への提訴に踏み切るといった手段を講じながら、相手先から緩和や譲歩を引き出す形でリスクをマネージしてきた。
かように、Batu Hijau銅鉱山では、参画時の想定を超えたリスクが現出する都度、何度も壁に当たりながら知恵を絞って考えつく限りの対応手段と対抗措置を講じ、何とかぎりぎりのところでリスクを克服しながら、操業継続という大命題を全うしてきた。
ただ、それでも長期安定性を確保する礎となっていた鉱業事業契約制度が廃止されることになり、事業の行く末が極めて不透明かつ不安定な状態に陥ったという最大のリスクを抜本的に克服するには至らず、それがNewmont社とともにヌサ・テンガラ・マイニング社がBatu Hijau銅鉱山事業から撤退することになる一つの要因となった。
5. 総括
以上の議論を踏まえて、ここから前編・後編を通じた総括に入る。
これまで冒頭に設定した5つのテーマに沿って考察を進めてきたが、そのエッセンスを図にまとめると図1のようになる。

図1.鉱業事業にかかる投資環境とリスクとの関係フローチャート
鉱業事業リスクの変化は質・量両面で生じるものであり、質的には対応するに当たっての難易度が下がることはまずなく格段に上がることがほとんどで、量的にはリスク要因が減ることはまずなく増大したり付加されたりすることが常である。
かように変化するリスクへの対応は、どのようなリスクであっても時間・労力・コストがかかることが必至ではあるが、特に参画時の想定を超えたリスクや参画時には想定し切れなかったリスクへの対応には、より多くの時間・より大きな労力・より多額のコストを費やさねばならなくなるのが必然である。
一方、鉱業事業を推進していく上で、参画時の想定を超えたリスクに晒されることは出来得ることなら避けるに越したことはないが、現実問題としては最早避けることはできないのが宿命と考えるべきであろう。
従い、鉱業事業への参画を検討するに当たっては、①まず間違いなく想定を超えたリスクが生じてそれに直面する事態になり得ること、②想定を超えたリスクに直面した場合にはその対応に膨大な時間・労力・コストが必要になることを前提として考えざるを得ないであろう。
そこで、参画検討に当たっては、参画後に想定を超えたリスクが起こり得る前提に立って、その想定の下に参画時点で考えられ得る布石を出来得る限り打っておくことが望ましいと思われる。
それでは、想定不可能なリスクに対してどのような布石を打つことが出来るのだろうか。
これは非常に難しい命題であり、決して普遍的な回答や明快な解答が得られるような類の命題ではないが、インドネシアBatu Hijau銅鉱山事業の事例を基に一例を挙げるとすれば、以下のような布石が考えられ得るのではないかと思料する。
(1)投資環境の変化をタイムリーに把握することができる体制の整備
⇒ 業界団体や同業他社と密なネットワークを構築すること。
⇒ 然るべき現地コンサルタント会社/シンクタンク/有識者などをアドバイザーとして起用すること。
⇒ 投資先の中央政府や地元政府の様々な階層とチャネル・関係を確立すること。
⇒ 現地オペレーター会社にラインに入る形で人員を派遣すること。
(2)想定を超えたリスクが生じた場合にも対応し得るだけのパートナーシップの構築
⇒ 経験・能力・陣容を備えた信頼し得るパートナーと組むこと。
⇒ 問題対応力に優れたパートナーと組むこと。
⇒ 現地政府との折衝力や地域社会への影響力を備えた現地パートナーと組むこと。
⇒ 相手国政府を相手取って対抗せねばならない場合にも対等に渡り合えるようにすべく自国政府や政府機関が当事者として事業に参画するスキームとすること。
(3)有事の場合に投資保護が受けられるようなストラクチュアの構築
⇒ 投資先国との間で投資保護協定を締結している国からの投資となるようなストラクチュアとすること。
⇒ 自国政府の投資保険・事業保険が適用され得るストラクチュアとすること。
(4)契約上の紛争が生じた場合に備えて第三者裁定に訴えることが可能な仕組みの構築
⇒ 投資先国との間の諸契約や許可証において解釈が分かれる余地がないように精査すること。
⇒ 投資先国との間の契約には国際仲裁条項を織り込むこと。
上記布石を打つことで、たとえ想定を超えたリスクが起こった場合でも、のっぴきならない状況に追い込まれる前に、事前に構築した体制・パートナーシップ・ストラクチュア・仕組みをフルに活用しながら、関係先と折衝したり相手先に是正を求めたりといった手段でもって、リスクをマネージ・コントロールすることができるのではないかと考えるものである。
但し、たとえ上記布石を打ったとしても、あらゆるリスクをマネージ・コントロールし切れる保証はなく、のっぴきならない状況に追い込まれる事態がどうしても避けられない場合もあり得るだろう。
仮にかかる事態に追い込まれたとした場合、それは事業主として事業を継続すべきか否か究極の選択を迫られる状況に追い込まれていることを意味するのではないかと思われる。かかる局面において、事業主はどのような思考や判断をすることになるだろうか。この思考や判断のパターンはそれこそケース・バイ・ケースであり、普遍的なものがある訳ではなかろうが、インドネシアBatu Hijau銅鉱山事業の事例を基に参考例を示すとすれば、図2のような判断フローチャートが一例として挙げられよう。

図2.鉱業事業において危機的状況に陥った場合の判断フローチャート(参考例)
かように究極の選択を迫られる状態に追い込まれることもあり得るといった要因も勘案しながら参画を検討するとしたら、前段にて挙げた4項目の布石を打つだけでは事足りず、それに加えて更に以下の布石を打つなど、言わば二枚腰で備えておくしかないのではなかろうか。
・新たなリスクに伴うコストアップに備えて、そのコストアップにも耐え得るだけの事業性・経済性を確保しておくこと。
・コスト負担だけでは片が付かないリスクに備えて、妥当な方法で権益を売却できる選択肢を確保すること。
鉱業事業への参画を検討する際には、従来からデューデリジェンスの過程で、投資環境の把握⇒影響を及ぼす要因の洗い出し⇒想定されるリスクの列挙⇒リスク分析とマネジメント⇒投資保険の付保といった一連の作業は実施していたが、今や投資判断においてかかる作業だけでは十分とは言えず、本項にて挙げたような追加の布石を二枚腰で打った上でないと、適切な投資判断ができないという時代環境にあるのではないだろうか。
表5は、その従来のデューデリジェンス作業の内容に考えられ得る追加の布石を加えて、今の時代環境において求められるであろう参画時の備えについて、一つの参考例としてまとめたものである。
| 従来の デューデリジェンス作業 |
追加の布石 | ||
|---|---|---|---|
| 第一弾 | 第二弾 | ||
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以上、参画時の想定を超えたリスクが参画後に現出した場合に想定される個別の対応策から遡る形で、参画時の備えという包括的な対応策まで考察を展開した。
この包括的な対応策に関する参考例までまとめたことをもって、本稿の総括としたい。
6. おわりに
本稿では、前編・後編を通じて、インドネシアBatu Hijau銅鉱山事業への参画から得られた実体験を事例として、そこから鉱物資源開発を巡る投資環境の変化とリスクの増大、並びにその増大するリスクへの対応について出来得る限り納得が得られるような結論を導き出すべく、考察を重ねてきた。
但し、インドネシアにおいて現実に起こった事例を引用することで、出来るだけ客観性や説得力を持った議論を進めるべく努めたつもりではあるが、テーマの性格上どうしても主観や偏見が内在してしまうことが避けられず、鉱物資源開発の様々なケースに普遍的に当てはまる論説になったとは言い難い面があるかも知れない。
従い、本稿における各論はあくまでも一つの考え方を示したものであり、一つの参考意見として捉えていただければ有難い。また、前項の総括においてまとめた新たな次元のリスクに対する包括的な対応策、即ち鉱業事業参画時の備えについては、一つの提言として受け取っていただければと思う。
そして、これら参考意見や提言が、現在正に海外鉱山事業において諸々の課題に対応されている渦中にある方々や今後海外鉱山事業を手掛けられる方々にとって、多少なりとも参考になるのであれば、この上なく幸いである。
以上
おことわり:本レポートの内容は、必ずしも独立行政法人石油天然ガス・金属鉱物資源機構としての見解を示すものではありません。正確な情報をお届けするよう最大限の努力を行ってはおりますが、本レポートの内容に誤りのある可能性もあります。本レポートに基づきとられた行動の帰結につき、独立行政法人石油天然ガス・金属鉱物資源機構及びレポート執筆者は何らの責めを負いかねます。なお、本資料の図表類等を引用等する場合には、独立行政法人石油天然ガス・金属鉱物資源機構資料からの引用である旨を明示してくださいますようお願い申し上げます。


