報告書&レポート
リチウム生産技術概略
―現状および今後の動向―
はじめに
リチウムは原子量約7、I族に属する最も軽い部類の金属で、融点が181℃と低く、沸点は1,347℃と比較的高い。Mg、Al、Pbに添加するとこれらの金属の特性を著しく向上させる。また全元素中でも低い電位を示す。
用途として古くからは窯業・ガラス添加剤、金属グリースなどが知られてきた。度重なる研究の結果、コバルト酸リチウムなどのリチウム化合物を二次電池の正極に用いると高エネルギー密度、優れた充放電特性が実現することが分かり、1990年代にリチウムイオン電池が開発された。その後は、2010年代に入ってから二次電池向けの用途が主だったものとなっている。
他方、リチウム資源は主に南米などの塩湖からのかん水あるいは豪州などからのスポジュメン鉱石からなる。リチウムの利用形態としては主にかん水・鉱石を濃縮・精製して粉末状の炭酸リチウムに変換し、それが出発原料となって様々な用途向けの化合物などに加工される。
本稿ではリチウムイオン電池部材の原料として需要が増加の一途をたどるリチウム化合物の生産・精製方法につき概略的に述べる。
1. リチウム資源を取り巻く現況
1.1 資源賦存状況及び生産状況
リチウムは世界埋蔵量84.6百万tLCE(炭酸リチウム換算:Li純分ベースで16百万t)で、ニッケルの74百万t、鉛の88百万tと比べるとそれほど「希少」ではない。ただし生産規模では約200千tLCE/yとベースメタルに比べ、1~2桁小さい値となっている。
国別の埋蔵量としてはチリで6割弱を占め、中国、豪州、アルゼンチンと続く。おおよそかん水資源の埋蔵量が6~7割、鉱石資源の埋蔵量が3~4割となっている。
(USGSデータを基にJOGMEC作成)
生産量は原料(かん水・鉱石)ベースで2017年に約22万tLCE、そのうち豪州・チリで約7割を占める。2017年には西豪州でMt. Cattlinリチウム鉱山の生産再開、あるいは、Mount Marionリチウム鉱山、Wodgina Pilgangooraリチウム・タンタル鉱山(Pilbara Minerals社、Altura Mining社)といった新規鉱山の操業開始があり、豪州がチリを抜いて最大生産国となった。豪州鉱山からの増産により2018年の世界リチウム原料生産量は大きな成長となる見込み。
(USGSデータを基にJOGMEC作成)
化合物ベースでみると、豪州の精鉱は鉱物直接利用を除き、多くが中国に輸出され、化合物へ精製されており、化合物ベースで見た中国の生産シェアは50%程度とみられる。
企業別では、主要生産企業である米・Albemarle社、米・FMC社、チリ・SQM社、中国・Tianqi(天斉リチウム業)社で7割を占める。
この4社の主要生産拠点は以下のとおり。
プロジェクト名 | 国名 | 鉱床タイプ |
---|---|---|
Albemarle社 | ||
Atacama | チリ | かん水 |
Silver Peak | 米国 | かん水 |
Greenbushes | 豪州 | 鉱石 |
FMC社 | ||
Hombre Muerto | アルゼンチン | かん水 |
SQM社 | ||
Atacama | チリ | かん水 |
Tianqi社 | ||
Greenbushes | 豪州 | 鉱石 |
Shehong | 中国 | 鉱石 |
Zhangjigang | 中国 | 鉱石 |
Chongqing | 中国 | 鉱石 |
Zabuye(扎布耶) | 中国 | かん水 |
各社発表よりJOGMEC作成
生産開始済みの新興企業としては、Galaxy社(Mt. Cattlin鉱山)、Orocobre社(Olaroz塩湖)、Mineral Resources Ganfeng社(Mount Marion鉱山、中国で精製)がある。2018年に入り、Mineral Resources社(Wodgina鉱山)、Pilbara Minerals社(Pilgangoora鉱山)、Altura Mining社(Pilgangoora鉱山、別称:Altura鉱山)、Alliance Mineral 社(Bald Hill鉱山)も相次いで生産開始している。新規生産開始したプロジェクトは、アルゼンチン・Olaroz塩湖を除き、ほとんどが西豪州の鉱山となっている。さらに、Pilbara Minerals社及びAltura Mining社の一部豪州プロジェクトは中国企業(Ganfeng社など)がオフテイク権を所有している。
生産能力の今後の動向として、既存施設では2021年までに、SQM社が48千tLCE→180千tLCE/y、Albemarle社は65千tLCE→165千tLCEの増産計画を発表している。新規生産施設では西豪州各鉱山(Greenbushes、Mt. Marion、Mt. Cattlin、Wodgina Pilgangoora、Bald Hill)や中国リチウム精製企業(Tianqi、Ganfeng)、新規精製企業も増産を計画している。他方、ナミビアのDesert Lion鉱山がリチウム価格の下落傾向を受け一旦操業停止した例もある。2016年時点の調査結果では、生産能力は市場規模の2倍と試算され、充分な供給が見込まれている。
参考に、10th Lithium Supply & Market Conferenceで発表された新規プロジェクトの一覧を示す。開発ステージの進み具合に差異はあるものの、おおよそ1件あたり1~2万tLCEの生産規模で、ここに示したものを含め40件程度のプロジェクトが控えている。
表2.リチウム開発新規プロジェクト一覧
(10th Lithium Supply & Market Conference 2018及び各社発表よりJOGMEC作成)
1.2 リチウム原料から中間・最終製品への流れ
現状用いられるリチウム原料には主にかん水、鉱石がある。
原料から各リチウム化合物の加工フローは以下のとおり。
ガラス・窯業添加用途向けなどに一部鉱石(精鉱)のまま消費される分もあるが、多くは炭酸リチウムに精製され、それが出発原料となり、各種化合物に加工される。
1.3 用途
2017年に全リチウム需要のうち40~50%程度が2次電池向け、30~40%がガラス添加・窯業向けとなっており、その他では金属グリース(LiOH)、鉄鋼の連続鍛造用のフラックス、冷凍機吸収剤(LiBr)、一次電池(金属Li)にも使用される。国別消費量では、中国が5割程度、EU・日本・韓国がそれぞれ1割程度のシェアと見られる。
2.生産方法
リチウム化合物の生産方法は、かん水産と鉱石産で大きく2種類に分けられる。かん水産は主に南米で見られる塩湖のかん水からリチウム分を採取する方法で、鉱石産は主に豪州の鉱山で産出されるスポジュメン鉱石(Spodumene:リシア輝石)を原料にリチウム分を採取する方法である。かん水の蒸発池、鉱山の露天採掘場及び選鉱場ともに生産施設は大規模である。
1tの炭酸リチウムを製造するのに必要なリチウム原料量を概算にて示すと、収率100%として、かん水約190m3、鉱石約40tを要する。概算の詳細については以下の通りであるが、これらの数値を炭酸リチウム精製に要する原料の規模感としてとらえる必要がある。
(1)かん水の場合
一般的に原かん水Li:1,000mg/Lの濃度で、Li2CO3に換算すると(分子量はLi2:Li2CO3=14:74より)5,285mgLCE/Lとなる。1tのLi2CO3に換算すると、1t/5,285mg/L=189.2m3の原かん水が必要なことが分かる。
(2)鉱石の場合
一般的に粗鉱Li2O品位は1%で、Li2CO3に換算すると(分子量はLi2O:Li2CO3=30:74)2.47%となる。1tのLi2CO3を得るのに100/2.47=40.8tの粗鉱が必要なことが分かる。
2.1 かん水産からのリチウム化合物精製法
塩湖によりかん水の組成が異なり、また立地条件の制約から様々な生産法がとられている。以下に既に生産している塩湖でとられている精製方法の概略を述べる。かん水からのリチウム化合物精製のフローを一般化して図4に示す。
(1)Atacama方式
SQM社/Albemarle社が保有する、世界最大級のチリ・Atacama塩湖で用いられている炭酸リチウムの生産方法である。
① かん水(Li:1,500ppm程度)を天日蒸発させ、かん水を濃縮させることによりLiClより溶解度がより低いNaCl・KClを晶出させる。この時点で、Li濃度が0.9%程度まで濃縮される。
② さらに天日蒸発を重ねMgCl2を晶出させて、最終的にはLi濃度を最大で6%程度まで濃縮させる。この時点でMgが1.8%、Bが0.8%ほど残留している。
③ まずはBを溶媒抽出により除去し、生石灰(CaO)ないし消石灰(Ca(OH)2)を加え中和し、Mg(OH)2として除去する。
④ その後、ソーダ灰(Na2CO3)を添加し炭酸化し、加熱・フィルタプレスろ過、乾燥させ炭酸リチウムの製品を得る。
⑤ 水酸化リチウムは炭酸リチウムに消石灰を添加・水酸化基置換して得られる。
なお、炭酸化、ソーダ灰添加では残留カルシウム分の除去等の課題があり、各生産者のノウハウがある。
(2)FMC方式
アルゼンチン・Hombre Muerto塩湖で用いられている方法。フローシートなど詳細は明らかにされていないが、温度・pH調整を経て、アルミナ系吸着材(選択的にLiを吸着するもの)でLi分を1%程度まで濃縮し、その後天日蒸発しさらにLi分を濃縮する。その後の工程(炭酸化)はAtacama方式とほぼ同じとみられる。
(3)Olaroz方式
アルゼンチン・Olaroz塩湖でOrocobre社が採用している方式。かん水へのCaO添加によりMg分を除去後、Mg分を除去したかん水を天日蒸発して得られた濃縮かん水(Li分約1%程度)にソーダ灰添加し、粗炭酸リチウムを生成させる。その後、CO2を吹込み再溶解させる。再溶解はLi2CO3+CO2+H2O→2LiHCO3の反応式と考えられる。
その後ろ過を経たLiHCO3O溶液からイオン交換によりMg、Ca、Bなどの残留不純物を除去し、加熱結晶化して精製された炭酸リチウムを得る。
以上の3製法のフローを比較し、以下に図示する。
さらに、以下に中国の塩湖でとられている製法を述べる。ただし、詳細な情報が公開されておらず、記述は憶測が含まれる。
(4)中国チベット塩湖方式
中国チベット自治区・Zabuye塩湖で用いられている精製方法。炭酸系Liかん水でLi分は炭酸リチウム鉱物のZabuyeliteの形で存在している。凍結―天日蒸発を繰り返しLi分を濃縮していく方法である。凍結の際はNa2SO4、MgSO4といった硫酸塩を析出させ除去し、天日蒸発ではNaCl、KClを除去する。詳細は不明であるが、Li分を濃縮した後は、Atacama方式と同様の処理が行われる様である。
(5)CITIC方式
中国、青海省で採られている生産方法。天日蒸発により不純物除去(NaCl、MgSO4、KCl、MgCl2析出)し、塩酸処理でBを除去する。スプレー乾燥・キルン処理(強熱乾固・濃縮)により残存しているMgCl2をMgOへ変換して、純水溶解によりMgO分離しソーダ灰添加し炭酸リチウムを得る。
2.2 鉱石からのリチウム化合物精製法
スポジュメン鉱石(リシア輝石)を原料とする製法。スポジュメン鉱石の化学式はLiAlSi2O6、後述する粘土鉱物、リシア雲母に比べ、単純な鉱物構造と言える。主に豪州産(Greenbushes鉱山、Mt. Cattlin鉱山、新規鉱山などから産出)の鉱石を原料とし、2.1にて前述のとおり、中国でリチウム化合物(炭酸リチウム、水酸化リチウム)に精製される。ただし、最近の動向として西豪州(Tianqi:Kwinana、Albemarle:Kemertonなど)に水酸化リチウム精製工場を建造する計画が発表されている。
鉱石からの生産方法は以下のとおり。既存の鉱石からの炭酸リチウム精製のフローを一般化して以下に示す。
(1)採鉱と選鉱
リチウム鉱山は多くが露天採掘(Open Pit Mining)である。鉱床にピット・ベンチを設けて、スポジュメン鉱石を含むペグマタイトをさく孔・爆薬装填・発破し、粗鉱を得て選鉱場まで運搬する。
選鉱場では粗鉱をジョークラッシャー、コーンクラッシャーで破砕し、重液選鉱、比重選鉱、浮選、磁力選鉱等の処理がなされ、その後、ろ過、洗浄、乾燥され精鉱が得られる。一般に粗鉱(スポジュメン鉱石)のLi2O品位約1%は、精鉱のLi2O品位約6%となる
(2)リチウム化合物精製
硫酸
① スポジュメン鉱石を1,050~1,150℃条件下で熱分解(
② 硫酸と反応・加熱させ、硫酸リチウム(固形物)にする
③ 硫酸リチウムに水と炭酸カルシウムを加え、Fe、Alといった不純物をろ過で取り除き、同時に過剰の硫酸も石膏として除去し硫酸リチウム水溶液とする
④ ろ液にソーダ灰と生石灰を添加し、アルカリ性にしてろ過し不純物を除去、ろ液を再度硫酸で中和、蒸発させLi濃度3%程度のLi2SO4溶液にする
⑤ 溶液にソーダ灰を添加、加熱しLi2CO3を沈澱生成させる
この他に石灰
なお、西豪州で計画されている水酸化リチウム精製工場では、硫酸リチウム溶液を浄液後、NaOH添加しLiOHに置換する方法(後述)が採られる模様であり、また硫酸リチウム溶液を直接膜電解してLiOH・H2Oを得る方法(例えば、加・Nemaska Lithium社が計画/導入を検討)も提案されている。
リチウム化合物精製に付随して考慮すべき点として、鉱石からの炭酸リチウム精製ではLi2O濃度が6%程度の精鉱を原料としているため、残渣が大量に発生する。単純計算では40tの鉱石のうち1tが炭酸リチウムとなり、残りの残渣は廃棄物(硫酸性)となる。かん水からの生産であれば、リチウム抽出後の廃かん水(有害物質を含まない)はかん水貯留槽に戻すことが出来る。ただし蒸発の過程でKCl(肥料原料として利用可能)の他、NaCl、MgCl2、Ca(OH)2が多量発生する。
2.3 水酸化リチウム精製法
現在、リチウムイオン電池(LiB)用の正極材の高Ni化が進んでおり、二次電池用高Ni系正極材向けに水酸化リチウムの需要が増加している。高Ni系正極材の製造において、リチウム原料には比較的低温での反応性・拡散性が良好なことが求められ、炭酸リチウムよりは水酸化リチウムが適している模様である。ここでは需要が高まっている水酸化リチウムの製法について述べる。
(1)かん水からの精製(炭酸リチウムからの変換
南米のかん水からの生産においては、化成法が一般的である。この方法では、
① 炭酸リチウム・スラリーを沸点近くまで加熱
② 消石灰を添加し水酸化リチウム溶液(+炭酸カルシウムの沈殿)を得る
③ 固液分離を経て、溶液を蒸発結晶化・水分除去(遠心分離)
④ 蒸発乾燥させて、水酸化リチウム・一水和物:LiOH・H2Oを得る
置換反応の化学式(簡略):(Li2CO3+Ca(OH)2→2LiOH+CaCO3)
(Chemetall(現Albemarle)特許公報よりJOGMEC作成)
(2)鉱石からの精製
① 精鉱を
② Ca(OH)2添加・不純物除去(Feなど除去、Li2SO4溶液、Li濃度3%程度)
③ Ca(OH)2+Na2CO3添加・不純物除去(Ca、Mg除去、Li2SO4溶液、Li濃度3%程度)
④ NaOH添加(強アルカリ化)・Na2SO4結晶化(Na除去、LiOH溶液、Li濃度3%程度)
→LiOH・H2O結晶化(イオン交換による微量成分除去を含む)
置換反応の化学式(簡略):Li2SO4+2NaOH→2LiOH+Na2SO4
(3)硫酸リチウム(あるいは塩化リチウム)水溶液の電解
スポジュメン鉱石からの炭酸リチウム精製工程の途中で得られた硫酸リチウム溶液から
また、不純物を除去したかん水や精鉱を塩酸浸出して得られた塩化リチウム溶液の電解の場合、発生する塩素による設備のダメージも考慮しなければならない。
置換反応の化学式(簡略):Li2SO4+2H2O→2LiOH+H2SO4
なお、水酸化リチウムは空気中のCO2と反応して炭酸リチウムに変質するため、保管には注意が必要となり、長時間にわたる輸送には向かない。また、一般的に流通はしていないが水酸化リチウム無水物は潮解性を持つという特性がある。
2.4 新規生産技術
現在開発中・適用可能性を検討しているリチウム精製技術に関して概略を述べる。
2.4.1 かん水向け新規生産技術
主に南米の塩湖のかん水からの回収に向けた技術であり、Li分の沈殿回収、電解、溶媒抽出による濃縮、リチウムの選択的吸着などの手法が検討されている。リチウムに特化した分子認識技術(MRT:Molecular Recognition Technology)や原油・地熱随伴かん水からの回収(蒸発池を用いず、例えば真空蒸発によるLi分濃縮を行う模様)を目的にした技術も提案されている。いずれの新技術も天日蒸発工程の小規模化、省略を目指したものである。
以下、かん水向け新規生産技術について紹介する。
(1)POSCO(リン酸塩沈殿-膜電解)法
アルゼンチンで塩湖からのリチウム開発を目指しているPOSCO社が開発した製法である。
① 天日蒸発によりある程度Li濃度を高めたかん水をアルカリ(NaOH)中和し、不純物除去(Mg, Ca)する。
② この不純物を取り除いたLi溶液にPO4根を与える物質(Na3PO4)を加え不溶性溶解度が低いリン酸リチウムを沈澱させる。
③ リン酸リチウム沈殿を過剰なリン酸に溶かし酸性リン酸リチウム溶液とする。
④ 陽極、陰極がカチオン交換膜で隔てられた装置で電解し水酸化リチウムを生成させる。
本技術を用いることにより、高純度の水酸化リチウムが製造できることが期待できるが、薬剤(NaOH・リン酸及びリン酸塩)のコストがかさむことがデメリットと考えられる。
置換反応の化学式(簡略):Li3PO4+3H2O→3LiOH+H3PO4
(2)LiSX法
有機溶媒・抽出剤を用いた、かん水からのリチウムの溶媒抽出(Solvent Extraction)技術。Tenova Bateman氏が開発した精製方法である。銅のSX-EW法で用いられている技術をリチウム抽出に適用したもので、リチウムを選択的に抽出する抽出剤が用いられる。
① かん水に前処理LiPプロセス(膜分離など物理的処理と見られる)を施し、不純物(Mg・Ca分)を取り除いた後に
② LiSX(溶媒抽出工程)処理する。通常の溶媒抽出と同じくリチウムのExtraction→Scrubbing→Strippingの3段階の操作を経て高純度Li溶液を得る。
③ その後、製品化工程(炭酸化・水酸化工程)となる。
なお、ここでは通常のミキサーセトラーではなく、縦型カラムでの溶媒抽出反応が行われる。
本技術のメリットは、蒸発池が不要になる点であり(ただし前処理工程-不純物除去は必要)、生産に要する時間の短縮(蒸発池:約18か月→LiSX:数時間)につながる。一方、デメリットは有機溶媒のコスト、塩湖が存在する高地での揮発性を勘案した有機溶媒の取り扱いにくさなどが考えられる。
(3)Eramet法(吸着法)
アルゼンチン・Centenario and Ratones塩湖での適用を目指している製法である。
①天日蒸発工程の前処理としてリチウムを吸着剤により選択的に吸着・濃縮する。吸着剤の種類・詳細は不明である。リチウム吸着塔としてビーズ状の吸着剤を詰めたカラムにかん水を通し、リチウムを吸着させる。
② その後は吸着したカラムを水洗(ないし酸洗)し、リチウムを脱着させ、
③ リチウムを濃縮した処理液を天日蒸発させる。その後はAtacama方式と同様の処理がなされる。
本技術により、蒸発池が小規模になることが期待される。ただし、吸着剤のコストを考慮しなければならない。
2.4.2 鉱石・堆積岩向け新規生産技術
粘土鉱物(Hectorite)、リシア雲母(Lepidolite)・Li-B系の堆積岩(Searlesite)など、「非在来的な堆積岩原料」からの製法は、対象となる堆積岩の鉱物形態により処理方法が異なるが、スポジュメン鉱石に比べて
(1)粘土鉱物(Hectorite)精鉱からの生産
①(CaCO3+CaSO4)を添加・混合(粒化工程)の後
②
③ 水浸出し硫酸リチウム溶液を得る
④ 蒸発・結晶化(分別晶出法):元素ごとの溶解度の違いで不純物除去し
⑤ ソーダ灰添加により硫酸リチウム溶液を炭酸化
当初、当時のWestern Lithium社(現Lithium Americas社)が提案した生産方法であるが、現在は、粒化・
(2)リチウムを含む雲母鉱物からの回収(L-Max、SiLeach)
豪州企業(Lepidico社、Lithium Australia社)が開発した製法である。
① リシア雲母(Lepidolite)精鉱を約100℃の高温大気圧下で硫酸で浸出し、
② 石膏沈殿除去→Fe・Alなどの不純物除去→Ca除去といった、多段の浄液(不純物沈殿除去)を行い、
③ 炭酸化して炭酸リチウムを回収するものである。
なお、中国ではLepidoliteからリチウム抽出を既に実施しており、詳細な精製方法は不明であるが、通常のスポジュメン鉱石からの精製と同様の処理をしていると類推される。
(3)Li-B系の堆積岩からの回収
ioneer社(旧Global Geoscience社)が開発した製法であり、米国ネバダ州のRhyolite Ridgeプロジェクトを念頭に置いている。Li-B系の堆積岩(Searlesite)を対象とした、硫酸による浸出処理により硫酸リチウム溶液が得られる。精製方法としては、
① Searlesite精鉱→VATリーチング(開放型反応槽における50~60℃大気圧での硫酸浸出)→
② 蒸発・結晶化によりB分を抽出する。
③その後は「かん水と同様」の処理、不純物除去(多段中和・イオン交換)→炭酸化工程(ソーダ灰添加)が行われる。本プロジェクトでは副産物にホウ酸を見込んでいる。
Searlesiteは風化を受けており、硫酸浸出に適していると類推されるが、Li:1740ppm=Li2O:3.730ppmとLi品位が低めである。Searlesiteの鉱物組成はNaBSi2O5(OH)2(Naが一部Liに置換したもの)である。
2.4.3 その他の開発事例
商業化に近いプロジェクトとして、Nemaska Lithium社の加・ケベック州Whabouchi鉱山・Shawinigan精製工場プロジェクトがあり、前述の硫酸リチウム溶液電解法によりLiOH・H2O製造を目指している。膜電解して水酸化リチウムを得る最終的な工程以外は通常のスポジュメン鉱石の処理と同様と考えられる。
生産フローとしては、
① 採鉱(露天採掘)及び選鉱(重液選鉱・磁選・浮選)して得られた精鉱を
② 硫酸を加え加熱後水浸出で硫酸リチウム溶液を得る。水浸出によりAlO2O3・SiO2を除去→
③ 不純物を除去(多段中和:Al・Fe除去→Mg・Kなど除去+イオン交換)→
④ 膜(カチオン交換膜)電解により水酸化リチウム溶液を得る
⑤ 昇温・結晶化により水酸化リチウムを得る(選択肢としてソーダ灰添加による炭酸化もある)。最終的には水酸化リチウムと炭酸リチウムが製品として得られる。
ここでは、浄液工程の多段中和・イオン交換により厳密な不純物除去(ppbオーダー)が行われ、電解に耐えうる純度(つまり、電解の際にカチオン交換膜が不純物により目詰まりを起こさないレベルまで不純物が除去されている状態)の硫酸リチウム溶液が生成される必要がある。本プロジェクトは、現在年産数百t程度の実証段階にある。
2.4.4 リチウムイオン電池(LiB)からのリサイクル
現状ではLiBからのリサイクルでは、Co・Niが主要なターゲットとなっている。乾式製錬ではLiBを直接投入できるという利点はあるが、消費エネルギーが大きい上に、リチウムはスラグへ移行し回収は困難となる。湿式製錬では全元素の回収が可能になると利点はあるが、処理工程が複雑になり、薬剤消費も大きくなることが考えられ、採算性が悪くなることが予想される。以上の理由により、リチウムの回収は進んでいないのが現状である。また廃LiBの回収システムなど社会基盤の整備も課題と言える。ただしUmicore社、JX金属社はLiBからの全金属回収技術を開発中である。
3.リチウム化合物生産コストの概略
かん水・鉱石からのリチウム化合物精製の生産コスト(OPEX:操業費)の決定要因・構造につき、一般論を述べる。かん水は薬剤費、鉱石は精鉱費が操業にかかるコストの大部分を占めているが、その他のコストとしては、かん水:かん水採取・濃縮コスト、人件費、天然ガスの順に、鉱石:薬剤費、人件費、エネルギーコストの順となる。一般的に、炭酸リチウム生産コストは鉱石>6,000$/tLCE、かん水>3,000$/tLCE程度と見られる。高水準なリチウム市況により、例えば10,000$/tLCEという価格水準の場合であれば、豪州産鉱石を中国で炭酸リチウムに精製するプロジェクトでも採算が見合うことが分かる。
以下、原料別の特色を述べる。
(1)かん水
生産拠点ごとに差異はあるが大まかな傾向としては、薬剤費が操業費の約半分を占めている。かん水からのリチウム化合物精製にかかるコストとしては、不純物除去に要する薬剤(Ca(OH)2など)に加え、リチウム濃度・不純物元素比率(特にMg/Li比)、蒸発率(天日蒸発の速さ)、(炭酸リチウム工場における)ソーダ灰の調達、エネルギー供給・用水供給の容易さにつき考慮しなければならない。とりわけ、生産実行性があるMg/Li比を考慮することが重要であり、Mg濃度が高すぎると薬剤消費が大きくなり、生産が困難になる。またSO4/Li比も小さいに越したことはない。LiClの形で存在していることが望ましい。
利点及び課題としては、処理量に関連して最大容量設定や天日蒸発に関連して季節的気候変動への対応など蒸発池管理が最も重要で、概して濃縮のための天日蒸発に要するエネルギーが小さくなり鉱石の場合と比べ低コストではあるが、天日蒸発に長時間を要し、長い場合で1年半かかる点は課題である。
(2)鉱石
鉱石由来のリチウム化合物生産コストは、精鉱購入費用を考慮すると、精鉱費が過半数を占める。主なコスト決定要因としては、鉱石品位(Li2O)・脈石など不用鉱物含有量、エネルギー源(石炭・天然ガス)供給・硫酸調達である。とりわけ、Li品位・不純物濃度が重要で、薬剤・エネルギーの消費量を左右する要因となる。かん水の場合には問題にならないSiO2、Fe、Alといった不純物に注意が必要である。粘土鉱物など「非在来的な鉱石」においても同様のコスト要因が考えられる。精鉱販売価格は数百$/t程度であり、この範囲に採鉱・選鉱コストが含まれている。前述のとおり、1tの炭酸リチウムを製造するのに約6~7tの精鉱を要する。
硫酸浸出で生成するSiO2、Fe、Al等の不純物の管理が大きな課題であり、採鉱・選鉱にかかるコスト・手間を考慮する必要がある。また、かん水の場合は必要でない硫酸の調達も考慮しなければならない。メリットとしては天日蒸発による濃縮に比して、採鉱・選鉱→
参考までに、CAPEX(初期設備投資)の内訳について述べる。CAPEXの規模としてはかん水・鉱石ともに数億$程度要する。生産施設に大きな金額が割かれる。
かん水では蒸発池、炭酸リチウム工場で7割を占め、残りは付帯設備や、インフラ、揚水井にかかる費用となる。一方、鉱石では炭酸リチウム工場、鉱山・選鉱設備で7割を占め、残りは付帯設備、インフラに掛かる費用である。
概してリチウム原料の生産拠点は未開発の地域に所在することが多く、インフラ整備(エネルギー供給・運搬経路)は重要な要素である。設備投資には直接関係しないが、所在国政府との関係で環境許可や社会的操業許可を得ることも生産開始するためには重要な課題である。
まとめ
リチウム化合物精製技術のこれまでの傾向としては、南米を中心としたかん水からのリチウム化合物精製技術が主要な生産技術であったところ、2017年に入りリチウム鉱石からの生産プロジェクトが多数開始され、生産量については豪州がチリを上回った。現状、リチウム化合物精製の主流は鉱石産となっている。鉱石産リチウム増加の背景には、リチウム価格の上昇により、かん水に比べ高コストであった「豪州産精鉱を中国に輸送、中国で精製」という供給構造が成立しているためである。今後は残渣取扱いなど中国での精製過程における環境負荷や輸送コストが懸念されるが、西豪州では水酸化リチウム精製拠点を建設する動きがある。
近年増産分の鉱石を含め、鉱石からのリチウム化合物の精製は従来の
電気自動車向けを始めとする二次電池用需要が増大しており、また二次電池正極材向けには、高Ni化に伴い、炭酸リチウムから水酸化リチウムへと求められる原料も変化している。こうした状況下において、従来精製技術にコスト的に競合しうるあるいは大きくメリットのある新規精製技術が実用化する可能性も否定できないため、今後もリチウム精製技術動向を注視する必要がある。
参考文献
・各社ウェブサイト(Talison社、Orocobre社、Eramet社、Western Lithium社、Lithium Australia社、ioneer社、Nemaska Lithium社)
・USGS Mineral Commodity Summary
・工業レアメタル134 ANNUAL REVIEW 2018
・POSCO特許公報
・Lithium Supply and Market(Industrial Minerals)資料
・公益社団法人自動車技術会Motor Ring No.33、辰巳国昭(独立行政法人産業技術総合研究所)「リチウムイオン電池の基本構成とその特長」
・JOGMEC レアメタル・ハンドブック2016
・吉川竜太(JOGMEC) カレント・トピックス:豪州のリチウム、コバルト、レアアースプロジェクトにおける中・韓企業の動向について
・平成29年度第5回JOGMEC金属資源セミナー リチウム生産技術概略 資料
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