報告書&レポート
ペルー・Tía María銅プロジェクトを巡る反対運動
はじめに
2018年ペルー・エネルギー鉱山省公表資料(Anuario Minero 2018)によると、ペルーの鉱業投資額は、2013年に過去最高の8,864mUS$を記録し、翌2014年から減少に転じたものの、2017年には3年ぶりに増加(3,928mUS$)し、2018年も対前年比126%増の4,947mUS$(見込値)となっている。国内に数多ある鉱山会社の中で、投資額第1位に位置づけられるのがGrupo Mexico社子会社のSouthern Peru Copper社(以下、Southern Copper社)で、2018年の見込額は615mUS$と、全体の12.4%を占めている。
他方、ペルー鉱業において最重要企業の一つともいえるSouthern Copper社が、ペルー南部に保有するプロジェクトで危機を迎えている。それが、南部Arequipa州Islay郡に位置するTía María銅プロジェクトで、地域住民からの反対運動に遭い、暴力を伴う抗議活動にまで発展している。ペルー国内でこうした問題が発生することは、投資環境としてのペルーの魅力を損なうものであり、国の法的安定性等への信頼度にも関わる重大な事態である。
本稿では、このTía María銅プロジェクトを巡る反対運動から、こうした状況が発生する背景を考察するとともに、現在のペルー鉱業、ひいてはペルーの国全体が抱える問題点についても考えてみることとする。
1.ペルー・Arequipa州における鉱業の重要性
ペルー鉱業界における直接雇用者(正規雇用者と契約雇用者の合算値)は2018年で20万人超とさほど多くないが、鉱山に関連する事業における雇用者(非直接雇用)は126万人と、鉱山関係全体で150万人近い雇用を創出する(Anuario Minero 2018)。人口3,220万人(2018年)とされるペルー人の約5%が鉱業に関係する計算となり、鉱業は、ペルーにとって重要な産業のひとつとなっている。
Tía María銅プロジェクトが位置するArequipa州はペルー南部に位置し、州都のArequipa市はリマに次ぐ国内第2位の人口を有する都市である。探鉱プロジェクト投資先としてはCajamarca州、Apurímac州に次ぐ第3位、開発プロジェクト投資先としてはCajamarca州、Apurímac州、Moquegua州に次ぐ第4位に位置づけられる地域である1。Arequipa州では住友金属鉱山株式会社および住友商事株式会社が出資するCerro Verde銅鉱山が操業しているほか、三菱マテリアル株式会社が参画するZafranal銅プロジェクト等、日本企業による鉱業投資も行われている。
2.Tía María銅プロジェクト概要、反対運動・抗議活動の経緯

図1.プロジェクト位置図
Tía María銅プロジェクトは、南部Arequipa州Islay郡に位置し、Southern Copper社が鉱業権を有する。採掘方式は露天掘りで、総投資額は1,400mUS$、酸化鉱鉱量は2.2十億t、銅品位0.39%である。La Tapada及びTía Maríaの2鉱体から採掘を行い、1日あたり100千tの粗鉱処理を実施、銅生産量は120千t/年、マインライフは20年の見通しである。
以下に、本プロジェクトを巡る反対運動・抗議活動の経緯をまとめた。特に、直近の2018年以降の動きを詳述することとし、反対運動・抗議活動の展開から、1回目の環境影響評価(以下、EIA)提出とその却下及び2回目のEIA提出とその承認までを「第I期」、その後のプロジェクト建設開始が迫る鉱山建設許可に係る動きを「第II期」とする(2018年以前の経緯については巻末の年表参照のこと)。
(1)第I期:環境影響評価(EIA)提出、却下から取得まで
本プロジェクトは、1994年頃Rio Tinto及びFreeport-McMoRan社による探鉱が行われ、1998年に鉱床が発見された。Southern Copper社は鉱業権を取得し、2004年頃から斑岩銅鉱床の探査(ボーリング)を行い、2006年にプレFSを開始した。2008年1月頃にFSが終了、その後2009年7月にEIAを提出し、すみやかに鉱山建設に移行し操業開始に至るとみられていた。プロジェクト開始にあたり、地元自治体や住民に対してEIA及びプロジェクトの内容を説明する公聴会を同年9月に開催予定とされていたが、プロジェクトに対する反対運動が表面化したことで中止となった2。2009年9月にプロジェクト周辺地域(Cocachacra地区、Deán Valdivia、Punta de Bombón、Mejía、Matarani)で同プロジェクトの賛否を問う住民投票が行われ、反対派が80%を占める結果となった。2010年2月、地元住民によるデモ活動が始まり、その後抗議活動が激化したことから、Garcia政権(当時)は「修正不可能な不備」を理由にEIAを却下し、プロジェクトエリアからの重機・設備撤去を命じた。本措置により、本プロジェクトは事実上一時中断となった。2011年4月、Southern Copper社は大統領選挙の決選投票3が行われる2011年6月5日までプロジェクトを停止し、新政権発足後にプロジェクト再開に向けた交渉を行う旨述べた。その後、新たなEIA取得を目指し、同社は2年以上の準備期間を経て2013年11月にEIAの再提出に至り、2014年8月にEIA取得に漕ぎ着けた。
(2)第II期:鉱山建設許可を巡って
通常EIA取得後には鉱山建設許可の取得段階に入り、本鉱山建設許可が下りればその後プロジェクト建設開始へと移行するが、反対派にとってはプロジェクト実現が迫ることとなり、Southern Copper社によるEIA取得をきっかけに反対運動がより過激化した。2015年4月、デモ隊と警官隊の衝突により初の死者が発生、Humala大統領(当時)は問題解決のためTV番組で各関係者に対し事態の解決を目指すよう呼びかけ、同社も60日間のプロジェクト停止を発表した。しかし翌月の2015年5月までに計4名の一般市民を含む犠牲者が出たことにより、事態を重く見た政府はArequipa州全土に非常事態宣言を発出した。プロジェクト実現のため地域住民の理解を得る努力の必要性に迫られたSouthern Copper社は、2015年8月、啓蒙活動・地域活動貢献費として100mPEN(ヌエボ・ソーレス:約33.6mUS$)の投資を発表、地域住民に対してプロジェクトに関する情報の周知を目的とした啓蒙活動や、地域社会に裨益する工事や活動を開始した。また2017年12月には、Southern Copper社がArequipa州政府に771kPEN(約235kUS$)を寄付し、Arequipa州政府がこれを受領したことから、プロジェクト反対派の間で州政府によってプロジェクトが推進されるのではないかという懸念が広がり、改めてプロジェクト反対が表明され、デモ活動が再開、頻発するようになった。
2018年11月、鉱山建設許可をめぐり、Southern Copper社は本プロジェクトの鉱物処理権の申請書類に対し鉱山総局から不備を指摘され、修正作業を行っていたが、これが同プロジェクトの建設許可に必要な手続きとなっている一方、EIAの有効期限が2019年8月に迫り、期限内に鉱山建設許可が下りない場合、同社は再びEIAを実施しなければならず、予断を許さない状況となった。結果、EIA期限直前の2019年7月に建設許可は下りたが、その直前の2019年6月にはArequipa州知事選挙が行われ、Caceres氏4が当選、再び鉱業反対派の知事が就任すると、2019年7月の鉱山建設許可に対し反対、拒絶した一方、国会ではこの混乱に乗じてエネルギー鉱山大臣の不信任決議案発議等を行った。また、2019年7月下旬以降、同プロジェクトへの反対抗議デモの影響が拡大し、同プロジェクトから最寄りのMatarani港で一時的に物資の出入荷が停止となる等騒動は広がりを見せ、その影響は鉱業以外の分野にも及んだ。
こうした騒動の拡大を重く見たエネルギー鉱山省の鉱業審議会は、2019年8月、本プロジェクトを巡る社会的損害や更なる抗議活動の拡大を理由とし、本プロジェクト建設許可の120日間に亘る一時停止を決定(14-2019MINEM/CM)した。この発表によってMatarani港で停止となっていた銅精鉱輸出は再開されたが、Southern Copper社のGonzales社長は、同社に事前の相談もなく突如行われたプロジェクト一時停止決定を巡り、鉱業審議会に対し、また同社のプロジェクトにて使用される約49haの土地用益権を取り消すとしたArequipa州Caceres知事に対し5、法的措置を検討するとコメントした。一方、Caceres州知事や同州の反対派市民団体(Chucarapi Pampa Blanca製糖所労働者・小規模株主保護戦線、Tambo渓谷利用者協会)は、7月末から8月初頭にかけて、鉱業審議会に対しプロジェクト建設許可に関する見直し請求を行っており、2019年10月7日に利害関係者を招集して公聴会を実施、この見直し請求に対する最終判断が2019年10月29日に行われ、鉱業審議会はSouthern Copper社に対しTía María銅プロジェクト開発許可追認を通知した。これに対し、反対派市民団体のうち、Tambo渓谷利用者協会では抗議活動の継続が決定されたが、激化には至らなかった。一方Arequipa州政府は、Tia Maria銅プロジェクトにて使用される約49haの土地を、10営業日以内に返還することを要請する文書をSouthern Copper社に送付した。Southern Copper社は、同社が当該地区の法的な所有者であることから、返還の求めには応じないとの方針を明らかにした。同州政府側は、Southern Copper社が自主的な土地の返還を行わない場合、警察による強制排除も辞さないとの方針を示している一方で、Southern Copper社側は、既に州知事による権利濫用を告発済みで、強制排除のような過激な措置はさらに重大であるとし、会社として更なる法的措置を検討する、と応じている。
3.反対派の目的および事態悪化の要因
Tía Maríaプロジェクトを巡っては、上記のとおり2009年のEIA提出から現在に至るまで、プロジェクトへの反対運動・抗議活動が継続的に発生している。本章では、反対派の目的および事態悪化が継続している要因について考察する。
プロジェクトにまつわる状況を辿ると、反対運動や抗議活動の性質のほか、本運動の担い手が変遷したことにより事態が混乱を極めていることが読み取れる。
3-1 反対派の目的
(1)農民による人手不足や地下水利用による水資源への懸念
Tía Maríaプロジェクトが位置するTambo渓谷は、元々稲作農家が力を持つ地域であった6。大型鉱山プロジェクトが開始されると、プロジェクトに人手が取られるために農家が人手不足に陥ることが懸念されるため、プロジェクトが始動した当初はこれら農家を中心に反対運動が起こっていたと言われている。なお、2019年10月29日、鉱業審議会がSouthern Copper社に対し開発許可追認を通知したが、地元住民による目立った反対運動が発生していないのは、収穫期であったためとされている。
また、地元住民らは、プロジェクトが地下水を利用することにより水不足につながる点についても懸念していた。当初、Arequipa州政府はSouthern Copper社に対し、住民の懸念を踏まえ海水淡水化装置を導入し海水をプロジェクト用水に供するよう進言したが、同社は本装置の導入は予算過多として否定していた。ところが、2009年9月に行われた周辺地域での住民投票によってプロジェクト反対派が80%を占めたことに対して、Southern Copper社は2010年2月、法的拘束力は無いものの、プロジェクトにおいては地下水と海水の両方を使用することとし、地下水を安定的に利用するためのPaltiture貯水池の建設計画を住民に公開した。本措置に対して、Sanchez鉱山大臣(当時)は同年5月、同貯水池は農業用水としての利用に限定し、その利用拡大も目的としていることから、プロジェクトにて利用する用水は海水が唯一の道だとし、海水淡水化プラント導入計画を遂行するよう企業側に要請した。これを踏まえ、Southern Copper社は同年11月、50mUS$を投じて海水淡水化プラントを建設することを表明した。Southern Copper社は、本措置に関して国立水資源機構(ANA)に通知し、同機構はこれを承認したが、プロジェクトの水資源への影響を懸念する住民側は、プロジェクトの地下水利用を巡る問題の解決によってプロジェクトを受け入れれば、いずれにしろ周辺の農用地12千haに影響が及ぶことは避けられないとの主張から、プロジェクトへの反対継続を表明した。
この地下水利用に関しては、2010年3月、国立水資源機構(ANA)が、本プロジェクトで地下水を使用しても、その量はTambo渓谷の地下水流量のうち15%相当(224L/秒)に過ぎず、残り85%はほとんど使用されず海へ流出するため、地下水量は十分に存在しており周辺地域の水資源供給量に影響しない、と明言している。また、2019年6月下旬にリマで開催された鉱業フェア「MINPRO」においても、Southern Copper社は以下の点を主張して水資源等の環境影響に対する懸念は無い旨主張している7。
- 1)地元Tambo川の水は一切使用せず、排水もしない。廃滓も発生しない。
- 2)プロジェクトエリアと住民居住区は地理的に隔たれている上、遮水シートを使用することで、プロジェクトにて発生した排水の浸透を抑制する。
- 3)海水淡水化プラントで約800m3/時間の海水の淡水化処理を行う。
以上のように、当初の同プロジェクトへの反対運動は、地元の農家や住民による人手不足や水資源への影響が懸念されたことが背景にあるとみられている。
(2)外部団体の関与により反鉱業運動としての性質が加わる
前述のとおり、当初Tía María銅プロジェクトに対する反対運動は、地元住民による運動として始まった。現在に至るまで、反対運動の背景には環境に対する憂慮があるが、2018年のTambo渓谷周辺住民に対するアンケートでは、プロジェクト支持者が多数派であるとの報道もなされている。Southern Copper社と地元住民による対話によって解決されている面があるにもかかわらず、現在まで問題が継続しているのは、反対運動の参加者が必ずしも地元住民ではないためであると考えられる。
2015年4月にペルー鉱業石油エネルギー協会(SNMPE)会長は、Tía María銅プロジェクトへの反対運動について、Tierra y Libertad党等の外部団体が介入しており、Conga金プロジェクト8への反対運動との共通点が多いことを指摘した。
プロジェクトへの反対運動が長期化する間に反鉱業を掲げる外部団体が介入し、当初の住民による反対運動から、反鉱業を掲げる強硬な運動へと性質が変わってしまった可能性がある。
3-2 事態を悪化させた要因
反対運動の目的の変遷に加えて、事態をこれほどまで悪化させた要因として、以下のような点が挙げられる。
(1)Southern Copper社による反対運動への対応
当初は、地元住民による人手不足や水資源不足への懸念(といった言わば“全う”な理由)が発端となった反対運動であった。Southern Copper社が、問題発生当初に住民との対話や適切な対応に努めていれば、混乱はこれほどまでに広がらなかったかもしれない。無論同社は住民対応を行っていたと考えられるが、反対派の中でも強い反対意見を特定し、その意見への対応を早い段階で検討するなど、より丁寧な対応を心掛けなかったことが問題を大きくしてしまった原因の一つであると推察される。
(2)暴動の激化を受けた政治的判断の変更・撤回
ペルーでは、反対運動の深刻化・暴徒化を受けて、法規に基づかない判断が下されてしまう傾向にある。その一例として、2019年8月、エネルギー鉱山省の鉱業審議会が同プロジェクトの建設許可を最大120日間停止したことが挙げられる。エネルギー鉱山大臣は、建設許可を付与した2019年7月に「建設許可は法規に基づく行政手続きであり、交渉可能な性質のものではない」と説明していたが、その後停止の判断を下した理由については「プロジェクトをめぐる社会的損害や抗議デモの拡大」と述べており、矛盾が感じられる。この建設許可停止については、政府が暴力行為に屈した例であるとの業界からの批判もある。EIAが発出済みでも、暴動の激化等があればプロジェクトの建設停止命令が行使されうるというのは、政府の方針や法律の一貫性に問題があると捉えられかねない。
(3)政治家による反対運動の政治的利用
大統領や知事等の交代に伴い、プロジェクトへの対応方針が変わることも、同国をはじめ他の新興国にもみられるような法的安定性の問題点であるといえる。2015年5月、Humala前大統領は、政府がプロジェクト中止の判断を下すことは憲法や法律の規定に背くためできないと発言した。しかし、2018年3月に就任したVizcarra大統領は国会での支持層が薄く1、政治的に弱い立場から万人受けするような姿勢を取らざるを得ないことから、同プロジェクトをめぐる騒動に関して地元自治体や住民を支持する発言を行っている。
2019年8月上旬、Vizcarra大統領がArequipa州を訪問した際の、Caceres同州知事らと本プロジェクトに関する協議を行った際の会話の録音記録が、2019年8月24日付地元メディアに流出した。この中で同大統領は、プロジェクト反対派の同州知事らに対しプロジェクト建設許可の停止を仄めかしているとも解釈される発言をしており、その後2019年8月10日に鉱業審議会による建設許可停止の決定が公表されたことから、物議を醸した。この録音によると、Vizcarra大統領は、法令に基づいた手順を踏むことなく許可の取り消しを行った場合、Southern Copper社が国に対し訴訟を行う可能性があるため、そうした事態を避けなければならないと説明し、同州知事らが提出した鉱山建設許可見直し請求に基づく行政手続きを経た建設許可の差し戻しが取るべき方法であると述べ、Vizcarra大統領自らも鉱山建設許可取り消しの方針を支持するとの発言を行っていた。さらに、1か月以内に鉱山建設許可に関する結果が出ない場合は、抗議の激化が想定されると発言している。
大統領が自らこうした発言をする背景の一つには、大統領選挙の前倒しがあると考えられる。大統領の任期は通常5年で、大統領選挙と国会議会選挙は2021年7月の予定だが、政界汚職問題を理由に犯罪免責等の議員特権の見直しといった改革を推進するVizcarra大統領と、それに抵抗する議会の対立が続いていた。同大統領は、2019年8月、自身及び国会議員の任期を短縮して総選挙を前倒しする方針を表明した。任期短縮に関する憲法改正法案が議会を通れば、2019年11月に国民投票も行うとし、自らの地位も賭けることで人気回復を狙ったものだった。しかし、2019年9月30日、国会が大統領の警告を無視して憲法裁判所の判事を改選したことを受け大統領は国会を解散した。これに対し野党議員は越権行為だとして大統領の弾劾手続きに入り、Mercedes Aráoz第1副大統領の暫定大統領への就任を発表したが、軍及び警察が直ちにVizcarra大統領支持を表明し、国民の80%がこれを支持していることも後押しとなり、Araoz暫定大統領は翌10月1日、大統領職を降りると表明した。
Vizcarra大統領が国会を解散したことに関し、国内外の憲法学者の90%が「憲法違反」と指摘しているが、2020年1月の大統領および国会議員選挙は既定事項となっている10。警察、軍のみならず、大多数の国民がVizcarra大統領を支持したという点が大統領の後押しとなっていることは間違いない。そのような背景を踏まえると、Vizcarra大統領は、大統領選挙を見据えてTía Maríaプロジェクトに関して住民側を支持するような発言を行ったとも取ることができ、民衆からの支持基盤を固めようとした意図が感じられる。鉱業プロジェクトが政治的意図によって翻弄される余地があることは、法規の有名無実化ともいえる憂慮すべき事項である。
4.Southern Copper社の啓蒙活動
Southern Copper社も地域住民に対し、プロジェクトを説明する公聴会を開催したり、地域活動貢献費を拠出したりと、社会における鉱業活動の受容性向上に向けた活動を行っている。
同社が地域住民に対して行っている啓蒙活動は以下のとおりであるが、こうした地域住民対策、具体的には地域住民にとってネガティブに捉えられがちな環境影響等の情報を迅速かつ透明性をもって具体的に発信すること、また地域の文化、生活様式、環境、ニーズに沿った丁寧できめ細やかな支援活動は、今後企業が鉱業活動を行うにあたってますます重要かつ不可欠な要素になってくると考えられる。企業の具体的な活動例は、小口朋恵著 カレント・トピックス19-30:Sustainable Mining 2019参加報告―地域住民対策の好例、失敗例―でも紹介しているが、どのような活動が有効で、どのような活動では足りないのか等、今後行っていくべき活動を考える上での一助としたい。
(1)「Valle Unido-Tía María:一つの谷プロジェクト」
Mollendo、Islay-Matarani、Mejía各郡の若者を対象とした職業訓練等の人材育成、クリスマス等各季節の子供向けイベントやスポーツ大会の開催、Tambo渓谷の小規模農家に対する生産性向上を目指した支援活動等を行っており、こうした活動の詳細をソーシャルネットワークを利用して逐次情報発信している。
(2)パンフレット作製
本プロジェクトを紹介する「Tía Maríaプロジェクトに関する真実」と題したパンフレットにおいても、プロジェクトの概要や地域が受ける恩恵や環境影響に関して、以下のとおり主張を行っている。パンフレットは計9ページで写真を多く取り入れ、詳細を説明した長文ではなく、ひとつひとつの主張を簡潔な文で述べた視覚的にも分かりやすいものとなっている。

図2.プロジェクト啓蒙パンフレット表紙
(出典:Southern Peru.comサイト)
- 1)採掘するのは銅のみ、プロジェクトの最終製品は銅カソード。
- 2)4,000人以上の直接・間接雇用を創出。
- 3)プロジェクト(採掘現場、選鉱場)はTambo渓谷には無く、渓谷北部の砂漠にある。
- 4)粉塵の発生を最小限に抑えるため、鉱石は湿らせ、最終的にはドームに保管。
- 5)発破を安全かつ騒音等の影響無く実施。
- 6)リーチング時の環境影響を最小限に。
- 7)尾鉱は発生せず、銅を含む残液も土壌や農地と接触しない。
- 8)リーチングで使用する硫酸はレモン果汁程度のpHであり、大気中にも飛散しない。
- 9)プロジェクトによる酸性水の発生は無い。
- 10)Tambo渓谷の地下水は一切使用せず、100%脱塩化した海水を使用。
- 11)採水した海水のうち40%を使用、残り60%を海へ放流する際、海への影響は無い。
- 12)プロジェクトで使用する水がTambo渓谷内に浸水することは無い。
- 13)Tambo渓谷の農業への影響も無い。
- 14)すべての項目はEIAにて承認済み。
- 15)国連プロジェクトサービス機関(UNOPS)からの138の質問項目に全て回答済み。
その他、150mPEN以上をCocachacra村の飲用水に係る問題解決に使用しているほか、Arequipa州はロイヤルティ等で毎年273mPEN以上を裨益として得られる。
おわりに
ペルー国内で頻発する鉱山プロジェクトを巡る抗議活動について、その原因、事情は個々に異なるため、本稿で取り上げた事案が他プロジェクトにも当てはまるとは言えない。しかし、もしプロジェクトが中止に追い込まれ、企業が現場から撤退したら現場はどうなるか。採掘技術、環境に配慮した鉱山技術や運営ノウハウに長けた企業がもはや参入できなくなった現場では、技術やノウハウを持たない地元零細企業や、最悪の場合違法採掘者が侵入し、彼らの間で資源の奪い合いが起きる可能性もある。その結果、地元自治体や住民が裨益するはずの利益はうやむやになり、周辺地域に対してさらなる環境影響を及ぼすことは十分にありうる。このような可能性を考慮すると、これまでプロジェクトに対して投資してきた企業にとっても、地域住民にとっても後戻りすることのデメリットの方が大きく、前に進むしかないように思われるが、反対意志を表明する地域住民はあくまで企業の撤退を求める意志のようだ。後にも引けない、先にも進めない混沌とした状況のまま、Tía María銅プロジェクトは生産開始宣言から10年が経過し、状況は混迷を深めているように見える。しかし2019年末、Southern Copper社は道路造成や部分的な線路敷設など、既に計画されていた事業を2020年に実施する予定と発表した。2020年、本プロジェクトが成功事例となり、Southern Copper社による社会受容性に根ざした鉱業活動がペルー鉱業の発展における礎となることを願う。
日付 | 反対運動 | Southern Copper社 | 政府 |
---|---|---|---|
2006 | プレFS開始 | ||
2008.1 | FS終了 | ||
2009.7.7 | EIA申請 | ||
2009.9 | 公聴会中止、延期 住民投票、反対派が80% ※初の明確な反対運動 |
公聴会中止、延期 | |
2010.2 | 公聴会延期 ※2度目 | ||
2010.4.13 ~4.19 |
自治体、農民組合等による無期限デモ、道路封鎖 公聴会延期 ※3度目 |
||
2010.4.20 | プロジェクト90日間停止措置 | ||
2010.11.22 ~11.24 |
デモ激化・暴徒化、怪我人・逮捕者続出 | ||
UNOPS、政府に対しEIA審査・手続不備を指摘 | |||
2011.3.23 | 道路封鎖、通行車両への投石等、無期限抗議行動激化 | ||
2011.4.4 | MINEM、EIA否認、機材・重機・設備の撤収命令 | ||
2013.11 | EIA再提出 | ||
2013.12.19 | 公聴会開催 | ||
2014.8.4 | EIA承認取得 ※2019年8月末期限 |
||
鉱山建設許可申請 | |||
2015.4.22 | 反対派と警官隊の衝突で初の死者1名発生 | ||
2015.5.6 | デモ隊と警官隊が衝突、 3日後に警官1名が死亡 |
||
2015.5.15 | 60日間のプロジェクト停止を発表 | Humala大統領、TV放送で 問題解決のため各方面へ 協力を呼びかけ |
|
2015.5.22 | 再びデモ隊と警官隊の衝突、死者1名発生 ※死者計4名に |
政府、Arequipa州Islay郡に60日間の非常事態宣言 | |
2015.7.22 | Arequipa州Islay郡の非常事態宣言を解除 | ||
2015.8.30 | 社長、啓蒙活動・地域活動貢献費として100mPEN(約37億円)の投資を発表 | ||
2015.9.1 | プロジェクトの情報周知活動開始 | ||
2017.12 | Arequipa州政府、Southern Copper社から770,523PEN(約235千US$)の寄付金受領を決定 | ||
2017.12.11 | Tambo渓谷利用者組合や周辺住民、プロジェクト開発反対を改めて表明 | ||
2018.4.13 | 反対デモ | ||
2018.4.20 | 反対デモ | ||
2018.5.9 | 反対デモ | ||
2018.11 | MINEMより鉱物処理権に係る不備指摘、修正回答提出 | ||
2018.12.9 | 左派Caceres氏(鉱業反対派)、Arequipa州知事に当選 | ||
2019.6.16 | Oliva大臣、6月中に建設許可付与の見通しを言及 | ||
2019.6.20 | Caceres州知事、Vizcarra大統領に住民意見尊重を要請 | ||
2019.7.9 | Islay郡Cochacra区住民数百人が夜デモ行進 | 建設許可付与をプレスリリース | |
2019.7.10 | Caceres知事、建設許可に拒絶意志表明 | ||
野党、国会でMEM大臣不信任決議案発議の方針を決定 | |||
2019.7.15~ | Tambo渓谷で無期限デモ、デモ行進や道路封鎖 | ||
2019.7.25 ~8.10 |
Matarani港で出入荷停止 | ||
2019.7頃 | Caceres州知事や同州の市民団体、建設許可の見直し請求を鉱業審議会に提出 | ||
2019.8.3 | 政府、Matarani港で警察の治安維持に対する軍隊の支援活動を許可 | ||
2019.8.4 | Matarani港で一般貨物の搬出入は再開も鉱物の出荷は依然停止 | ||
2019.8.5 | Arequipa州労働者連盟等加わり、Arequipa市内でも無期限デモ | ||
2019.8.10 | Arequipa郡知事、デモ実施団体に対し中止を呼びかけも応じず | MEM鉱業審議会、最大120日間建設許可の一時停止を決定(14-2019MINEM/CM) | |
2019.8.11 | Matarani港の銅精鉱輸出再開 | ||
2019.8.12 | 鉱山建設許可の正当性を主張、政府や地域に対話を呼びかけ | ||
2019.8.15 | CEO、鉱業審議会とCaceres知事に対する法的措置を視野と表明 | ||
2019.8.24 | 反対デモ再開 Matarani港・Mollendo港へのアクセス道・鉄道封鎖、銅精鉱出荷を妨害、警官隊との衝突で怪我人発生 |
||
2019.9.9 | 反対デモ | ||
2019.9.16 | 反対デモ | ||
2019.10.6 ~10.7 |
Arequipa州労働総連(FDTA)等市民団体、リマでデモ | ||
2019.10.7 | 鉱業審議会主催の建設許可見直し請求に係る公聴会 | ||
2019.10.25 | 2019年第3四半期報告書で、プロジェクトの状況や抗議問題の背景を説明、2024年の操業開始を目指すと表明 | ||
2019.10.29 | 鉱業審議会、プロジェクト開発許可追認を通知 | ||
2019.10.31 | 抗議発生も、地元農家は収穫期により状況を静観 | 環境評価・監査庁(OEFA)、査察開始 内務省、Matarani港での警察の治安維持活動に対する軍隊支援を12月2日まで延長決定 |
|
2019.11.4 | Arequipa州政府、プロジェクトの約49haの土地を10営業日以内に返還要請 | ||
2019.11.19 | Arequipa州政府による土地返還要求を拒否 |
- 栗原健一「ペルー鉱業の現状と最近の動向」平成30年度第5回JOGMEC金属資源セミナー資料を参照。
- その後、2010年2月、2010年4月と結果的に計3度中止となった。反対行動、公聴会中止の理由については「3.反対派の目的および事態悪化の要因」に詳述する。
- Ollanta Humala候補とKeiko Fujimori候補、結果Humala候補が当選し2011年7月から在任。
- 前Cayoma郡知事(2011~2014年)、反鉱業派として知られる。
- 「49ha」はプロジェクト全体の1%にも満たないごく一部のエリアであるが、このエリアに何があるのか、どういった意味があるのかといった詳細は不明である。なお、Caceres知事は、この49haの土地が自然保護地域の一部に該当することを理由に許可の取り消しを主張している。
- 2019年7月23日付現地新聞報道「2019~2020年の稲作地帯は18,925haで前期比ほぼ同水準、2019年の米収穫量は270千tだが消費は70千t、200千tの余剰発生」によると、Arequipa州は米一大収穫地帯であり、他農作物と比較しても米耕作地帯の面積が一番広い。
- 詳細は、栗原健一・村井裕子著 カレント・トピックス19-20:鉱業フェアMINPRO 2019参加報告参照。
- 佐藤朋恵著 カレント・トピックス2012年16号:ペルー鉱業と地域住民による争議─環境と先住民の主張─参照。
- ペルー国会は一院制である。Vizcarra大統領の協力政党は「改革のためのペルー国民(Peruanos Por el Kambio)」であるが、同政党の国会での議席中は全130議席中17議席に留まり、Alberto Fujimori元大統領長女のKeiko Fujimori議員が結成した「人民勢力党(Fuerza Popular)」が71議席の最大政党となっている。人民勢力党はVizcarra大統領が推進する汚職対策等の政治改革に反対し、大統領の弾劾手続きに始まる暫定大統領擁立に加担している。
- その後2020年1月14日、ペルー憲法裁判所(TC)は、2019年9月30日の大統領令による国会解散について、異議を申し立てていたPedro Olaechea前国会議長(現常任委員会委員長)の訴えを退け、解散は合憲との判決を出した。
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