報告書&レポート
カナダにおける温室効果ガス排出規制
―制度概要と課題―
はじめに
温室効果ガスの排出量削減は、カナダにおいて重要な気候変動対策の一環である。温室効果ガス排出規制は、これまで連邦政府や各州政府の政策や法制度に反映されており、特に2016年のパリ協定の発効を受け様々な温室効果ガス対策に関する取り組みが行われてきた。
カナダは連邦制であり、連邦政府と各州政府の2層構造であるため、その排出規制は両者の協働により実現している。このため、具体的な取り組みは各州により若干異なる。また、国際的な協力が必要とされる気候変動の分野では、カナダ国内での連邦政府と各州政府の調整が必要であり、昨今においては、特に炭素税をめぐり連邦政府と一部の州政府の関係に軋轢が生じている。
本稿では、金属鉱業、特に鉄鋼業に影響を与えるカナダの温室効果ガス排出規制を広く紹介することを目的として、第一部では我が国に密接に関係するBC州とAB州における制度の概要を紹介する。続く第二部では、温室効果ガス排出規制の具体的政策である炭素税について、現在カナダで注目を浴びている連邦政府と一部の州政府の間の訴訟に関して解説する。また、第三部では専門家の見解も踏まえながら、今後の動向について考察する。
第一部 カナダの温室効果ガス排出規制の概要
1.連邦法
カナダはパリ協定の加盟国であり、連邦レベルでは2018年より連邦法Greenhouse Gas Pollution Pricing Act(以下、連邦法GGPPA)が施行されており、国家レベルでの気候変動に対する具体的政策が示されている。
この連邦法GGPPAの趣旨は、2つある。まず、化石燃料の利用にあたっては炭素税を導入して化石燃料の消費者に対して課す価格を相対的に高めることで、一般的な需要を削減することである。次に、Output-Based Pricing Systemと称される排出量取引制度を導入することにより、一定の排出量を超える企業に対して排出量の削減を推進するものである。このOutput-Based Pricing Systemでは、法令に定められた排出枠を下回るとクレジットが付与され、逆にこれを上回ると連邦歳入庁(Receiver General for Canada)により税金が徴収される仕組みとなっている。
このように、連邦法GGPPAは一般の国民に対しては炭素税を課税し、産業界に対してはOutput-Based Pricing Systemを用い、制度としては国家レベルでの化石燃料の需要を減らすための行動変化を促す仕組みとなっている。
連邦法GGPPAの適用範囲はカナダ全土であるが、ここに連邦制をとるカナダの特色がある。連邦国家であるカナダには連邦政府と州政府という2層の政府があり、1867年憲法によりそれぞれの政府の所管事項が定められている。しかしながら、環境に関する所管は明記されておらず、連邦政府と各州政府が共同で管轄することとなっている。このため、連邦法GGPPAはカナダ連邦を構成する13の全ての州と準州で適用されることになっているものの、仮に同様の制度が州法・準州法により定められている場合はGGPPAではなく、これに相当すると認められる州法・準州法が代用される。よって、同等と認められる州法・準州法が存在する場合は、州政府が州炭素税を徴収することができる。一方、このような法制度がない州・準州では、連邦政府が連邦炭素税を徴収することができる。
連邦法GGPPAによる連邦炭素税は、段階的に10C$ごとに引き上げられることになっている。2020年現在、1t当たりの温室効果ガス(二酸化炭素相当量)については30C$が課せられ、最終的には2022年に50C$まで引き上げられる予定である。
2.各州の州法
国際的な気候変動に関する条約の交渉や調印は連邦政府の所管であるものの、実際の政策は各州政府に委ねられる。このため、連邦法GGPPAは法として整備されているものの、各州政府が連邦法GGPPAと同等な法制定を導入すれば、連邦法GGPPAの適用から免れることが可能となっている。
カナダの各州で導入されている温室効果ガス排出規制は、制度上の差異があり、カナダを構成する各州の多様性を物語っている。一概に温室効果ガス排出規制といっても、カナダにはBC州の化石燃料に対する炭素税制度、QC州とON州に見られるキャップ・アンド・トレード制度、そしてAB州のハイブリッド制度と、大まかに3種類の制度が設定されている1。
2.1.炭素税制度(BC州)
環境に関する取り組みに力を入れているBC州では、2008年に幅広い産業を対象とする州炭素税を導入している。このため連邦法GGPPAにより連邦炭素税が2018年に導入されても、同州は連邦炭素税の対象外となった。同州の州炭素税は、2008年は温室効果ガス(二酸化炭素相当量)1t当たりに対し10C$が課せられ、段階的に2019年には40C$まで引き上げられた。さらに、2021年には連邦法GGPPAに1年先立ち、州炭素税を50C$まで引き上げる予定とされていた。しかしながら、新型コロナウイルスによる経済的な影響から、BC州政府は2020年3月23日に州炭素税を当面の間は現在の1t当たり40C$に据え置くとの発表を行っており、新型コロナウイルスの影響を受けている州民や企業における経済的負担の軽減措置が図られている。
BC州は10年以上も一貫して州炭素税を導入しているカナダ国内でも独特な州であり、その州炭素税は幅広い化石燃料を対象としている。州内の温室効果ガス排出量は同州の経済成長から全体的に増加しているものの、州炭素税により省エネ技術が進歩し、一定の効果があると言われている。現在もBC州の州炭素税は健在であるが、一部の環境団体や専門家からは、州炭素税が企業の行動変化を促すには低すぎるという指摘がある。
2.2.キャップ・アンド・トレード制度(ON州、QC州)
人口がカナダで最も多く多角化した産業を誇るON州は、2015年にキャップ・アンド・トレード制度を導入した。このキャップ・アンド・トレード制度ではON州政府が総排出量を定め、政府が定めた対象産業に属する施設が割り当てられた排出量を超過した場合は排出枠の一部移転を認め、余剰排出量や不足排出量を市場経済により調整するというものである。ON州政府は、2018年に同様の排出量取引制度を持つ隣州QC州と排出量取引市場を形成した。既にQC州が2014年から米国CA州と排出量取引市場を形成していたため、ここにCA・QC・ONの3州に跨る広域な排出量取引市場が成立したことになる。
QC州については2007年に炭素税制度を発足させ、さらに2013年にはキャップ・アンド・トレード制度による排出量取引制度を定めた。上述の通り、QC州は2014年に米国CA州と排出量取引市場を形成し、2018年にはON州が参入している。
BC州のように、社会全体に炭素税を導入して一般的な消費者の行動変化を促すことが炭素税制度の目的であれば、ON州とQC州のキャップ・アンド・トレード制度は排出量取引により新たな市場を作り出し、市場原理で対象産業の活動に変化を与えることを目的としている。
しかしながら、州政府の政権交代に伴い、2018年に発足したON州のFord政権(オンタリオ進歩保守党、在任期間2018年から現在)は温室効果ガス排出規制に関する州法を撤廃し、これに伴いON州は上述の排出量取引市場から撤退した。この結果、連邦法GGPPAが自動的に同州内で適用され、同州内で連邦炭素税が徴収されることになった。これを受け、ON州政府は2018年9月14日に連邦法GGPPAが州政府の管轄を侵害する違法行為であるとして連邦政府を起訴した(本訴訟については、後段にて述べる)。
2.3.ハイブリッド制度(AB州)
石油産業が盛んなAB州は、2007年から一定量の排出量を超える企業に対して州炭素税を導入しており、2015年には連邦法GGPPAの導入に先立ち、化石燃料を対象とする州炭素税と、州政府が課税対象として定める産業に対する排出枠の設定を導入した。この州炭素税の導入と排出枠の設定という二本立ての制度は、一般にハイブリッド制度と呼ばれている。なお、根本的にAB州の州炭素税は、前述のBC州の同税と類似するものである。
AB州でのハイブリッド制度は、制度設計を行った当時の政権により変化してきた歴史がある。2007年にAB州政府はSpecified Gas Emitter Regulation(SGER)を導入し、温室効果ガスの排出量が多い施設のみを規制の対象とした。SGERの下では、施設ごとの排出量のベースラインが定められ、次第にベースラインを厳しくしていく措置が図られた。もし施設が定められた排出量を超過する場合は、①1t当たりの超過排出量に連動する課税、②排出量クレジットの購入、③カーボン・オフセットを他の産業から購入する、という対策が必要とされた。なお、①の1t当たりの課税については、導入当初の2007年は15C$が課せられたが、2016年には20C$、2017年には30C$まで引き上げられた。なお、このSGERの下では二酸化炭素回収・貯留技術(CCS)技術も注目を浴び、2010年の法改正でCCSに関する法制度も整備され、その取り扱いについても同州の石油法などで明記された。
このSGERは、2018年のNotley政権(アルバータ新民主党、在任期間2015年から2019年)の下でCarbon Competitive Incentive Regulation(CCIR)に置換された。CCIRでは年間100,000t以上の温室効果ガスを排出する施設が対象になり、温室効果ガスの排出量削減を促した。SGERでは排出枠を超えた施設は超過排出量に比例し金銭的負担が増えたが、CCIRが導入されてからは超過排出量と連動しない金銭的負担となった。
また、同政権下でも州炭素税は継続され、2018年にSGERがCCIRに改正されるまで、同税は2017年には1t当たり20C$が課せられ、2018年には1t当たり30C$まで引き上げられた。
また、Notley政権ではAB州が化石燃料の生産に大きく依存する州であるからこそ、率先して低炭素社会の実現への責任があると政策で表明され、気候変動対策として連邦政府に先立つ形で州レベルでの炭素税が導入された。この制度導入により、連邦法GGPPAに定める連邦炭素税を避け、AB州政府は自らの州法により炭素税を徴収することができるようになった。
ところが、2019年の政権交代で誕生したKenney政権(アルバータ連合保守党、在任期間2019年から現在)は、AB州政府の温室効果ガス排出規制を大きく変化させた。まず、Notley政権で導入された州レベルでの炭素税を撤廃した。これは予てからのKenney政権の選挙公約であり、新政権発足の法案第1号が州レベルでの炭素税の撤廃であった。
さらにKenney政権は、2020年1月にCCIRをTechnology Innovation and Emissions Reduction Regulation(TIER)と称される新たな規制に置き換えた。TIERは、実際のところCCIRと大差なく、引き続き年間100,000t以上の温室効果ガス排出量がある施設が対象となる。但し、これまでのCCIRでは対象産業のベスト・プラクティスが対象産業全体のベンチマークであったのに対し、TIERでは対象産業に属する個々の施設の過去の自らのパフォーマンスをベンチマークとすることができる。これにより、対象産業の施設はどちらを温室効果ガス排出量のベンチマークにするかという選択肢が与えられる。基本的には、前政権においてCCIRとしていた名称を変更してTIERと呼称したものであるが、国内外に石油産業の低環境負荷化が可能であることを示した事例となった。
Kenney政権によるCCIRのTIERによる置換は、連邦政府との軋轢を生まなかったものの、前述の州炭素税が2019年に撤廃されたことにより、連邦法GGPPAによる連邦炭素税が2020年4月1日から自動的にAB州内で適用されることになった。このため、AB州政府は連邦法GGPPAによる連邦炭素税の徴収は州政府に対する権利侵害に当たるとして、連邦政府を2019年6月19日に提訴した(本訴訟については、後段にて述べる)。
第二部 炭素税をめぐる連邦政府と一部の州政府の軋轢
1.カナダを二分する連邦炭素税をめぐる訴訟
上述の通り、カナダでは州法により州炭素税が定められていない場合には、連邦法GGPPAにより連邦炭素税が自動的に適用される。ON州とAB州では、いずれも州政府の政権交代により州炭素税が撤廃されたことで、連邦炭素税が州内で適用されるという状態になっている。カナダでは、連邦政府と各州政府の双方でそれぞれ税金を課すことができるとされているが、環境保全の名の下で連邦政府によって講じられた連邦炭素税の徴収は越権行為に当たるとし、両州政府がそれぞれ連邦政府を相手取る訴訟にまで発展した。さらに、これまで州法による温室効果ガス排出規制を否定し、独自の州法や州炭素税を持たないSK州の保守政権も、同様に連邦法GGPPAによる温室効果ガス排出規制が違憲であるとして連邦政府を起訴した。これにより、これら3州の各州政府が連邦政府を相手取り、連邦法GGPPAの合憲性を巡り衝突する形になった。
連邦政府は、連邦炭素税を「州境を超えた国家的懸念である気候変動に不可欠な対策」と捉える一方、これら3州は「環境保全の名の下に行われる連邦政府による州政府に対する侵害行為」と主張し、他州を巻き込む一大論争へと拡大した。特に、独自の州法を持ちながらも連邦政府によって統合された温室効果ガス排出量規制の必要性を論じるBC州は連邦政府の立場に理解を示した一方で、また同じく独自の州法を持ち温室効果ガス排出量規制を支持するQC州は州政府の独立性を保つという見解から、ON州、AB州、SK州の側に付いた。
2.ON州、SK州、AB州による訴訟
カナダの法制度では、政府は裁判所の法的見解を求めることができる。この「レファレンス(reference)」と称される政府による裁判所への意見照会(実際は通常の訴訟と同じように審理される)は、それぞれの政府の管轄にある最も上位の裁判所に対して行われる。例えば、州政府が裁判所に意見照会を行う場合には、各州における最上位の裁判所である控訴裁判所が対応する。また、連邦政府が裁判所の意見照会を行う場合は、カナダ最高裁判所が法的見解を示す。
この温室効果ガス排出規制をめぐる問題については、連邦法の違憲性を問うON州、SK州、AB州の各州政府が、それぞれの州の控訴裁判所に連邦政府を相手取り意見照会をするという形の訴訟を行った。なお、連邦政府は連邦法が合憲であると考えている以上、連邦政府が意見照会を行う際の第一審になる最高裁判所への意見照会は行っていない。このため、各州政府の各州の控訴裁判所への意見照会の結果、いずれかの当事者が敗訴し不服がある場合のみ、控訴という形でカナダ最高裁判所が審理する流れになっている。
ON州政府は、2019年9月14日に同州控訴裁判所において連邦政府を相手に訴訟を起こし、連邦法GGPPAの違憲性をめぐり控訴裁判所の法的見解を求めた。さらに、AB州政府も連邦政府を相手取る形で2019年6月19日に同様の措置を行った。なお、これまで歴史的に炭素税に反発しているSK州も既に2018年4月25日に同様な意見照会を同州控訴裁判所において行っていることから、ここにON州、AB州、SK州が連邦政府と連邦法GGPPAの合憲性を巡り衝突することになった。
これらの3つの裁判で最大の論点となったのが、連邦政府と州政府の所管事項をめぐる争いである。カナダの連邦政府と州政府のそれぞれの所管事項は、1867年憲法の第91条と第92条で定められている。この中で、連邦政府の所管事項の一つとして「平和、秩序、良い統治(Peace, Order and Good Governance)」という法概念がある。法曹界では略してPOGGと呼ばれるこの所管事項においては、「非常事態」あるいは「国家的懸念」と認められる場合には連邦政府の所管事項になるとして、これまでのカナダ最高裁判所判例では定められている。
これらの3つの裁判では、連邦政府はON州政府、AB州政府、SK州政府に対し、気候変動が「国家的懸念」であるという議論を展開した。カナダの法律では「国家的懸念」による「平和、秩序、良い統治」による連邦政府の管轄を発動するためには、その対象となる事項が「単独の、明確な、不可分な事態(single, distinct, and indivisible)」であることが求められ、さらに州政府では個別に対応しきれない事態であることが求められる。
これらの法律を踏まえ、連邦政府はON州、AB州、SK州に対し、環境問題が州の境界を超えた問題であるため、温暖化は「単独の、明確な、不可分な事態」であり、温暖化対策は個別の州の取り組みでは対応しきれない、最低限の温室効果ガス排出規制を必要とする国家レベルの問題であるとの議論を展開した。
これに対し3州は、州レベルでも温暖化対策は十分対応できる問題であるとの見解を表明し、仮に各州の控訴裁判所が連邦政府の展開する国家レベルの問題であるとの議論に基づき連邦政府の所管を認める場合、州政府によって所管されるべき様々な事項がなし崩し的に連邦政府の所管事項となってしまうとの反論を展開した。さらには、税金の徴収は州政府の権限であり、気候変動対策の名の下に、連邦政府が州内の活動から税金を徴収することは越権行為であるとの見解も示された。
審理の結果、これら3州の控訴裁判所において裁判官の意見が多数派と少数派に分かれ、ON州控訴裁判所とSK州控訴裁判所では、多数意見が連邦政府を支持したのに対し、AB州控訴裁判所ではAB州政府を支持するという結果になった。
ON州控訴裁判所とSK州控訴裁判所では、多数意見として気候変動に対する取り組みは「国家的懸念」であるという連邦政府の主張が認められ、このため気候変動対策は連邦政府の所管事項である「平和、秩序、良い統治」に該当するとの見解が示された。さらに、これを踏まえて、連邦法GGPPAによる温室効果ガス排出量規制の合憲性が認められた。一方、両裁判所の少数意見は、州政府の権限を重視する見解を示した。少数派の裁判官は、仮に連邦政府の所管が認められ連邦法が合憲とされると、憲法に定められる2層の政府というカナダの連邦制の連邦政府・州政府の均衡が崩され、結果として連邦政府の権限拡大に結びつき、州政府の権限が縮小してしまうことについて警鐘を鳴らした。
これに対して、AB州控訴裁判所では多数意見がAB州政府の主張を認め、連邦法GGPPAを違憲と認めことで、AB州政府が連邦政府に勝訴する結果となった。同裁判所では興味深いことに、AB州控訴裁判所の多数意見の議論は、これまでのON州控訴裁判所とSK州控訴裁判所の少数意見を汲み取るものであった。AB州控訴裁判所の多数意見は、仮に連邦政府の気候変動を国家的問題とする理論が通るとすると、今後全ての州政府の所管事項は連邦政府との調整が必要となり、憲法における州政府と連邦政府の権力バランスが著しく傾き、州政府の権限が大きく侵害されるというものであった。さらには、AB州控訴裁判所の多数意見は、気候変動対策は州レベルでの協力でも十分に適切な環境措置を取れるのではないか、として連邦政府の介入の必要性を疑うものであった。また、カナダの憲法上の権利として連邦政府においては租税に関する権利が与えられているものの、連邦炭素税の実際の対象となるのは州内の活動であり、これらの州内の活動を州税含めて取り締まるのは州政府の管轄である以上、州内の活動に対する連邦炭素税の適用は、連邦政府による州政府に対する越権行為であるとの見解が示された。なお、AB州控訴裁判所の判決も全会一致ではなく、少数意見としてこれまでのON州とSK州の控訴裁判所の多数意見と同様に、連邦法GGPPAを合憲とする連邦政府寄りの見解が示された。
これら3つの判決を受け、敗訴したON州政府とSK州政府は判決を不服として、それぞれカナダ最高裁判所に上告した。また、AB州控訴裁判所で敗訴した連邦政府もカナダ最高裁判所に上告したことから、これら3件は纏めてカナダ最高裁判所へ引き続き係争されることとなった。
第三部 今後の展望
上述の州レベルでの3つの係争を経て、それぞれの裁判で敗訴したON州、SK州、そして連邦政府が最高裁判所に控訴したため、これらの2020年内に最高裁判所にて第一回口頭弁論が行われる予定である。なお、当初は2020年3月24日~25日にかけて本口頭弁論が行われる予定であったが、カナダにおける新型コロナウイルス感染拡大を踏まえ、スケジュールが遅延している。本稿執筆時点では、本口頭弁論は2020年9月22日〜23日にかけて予定されており、一部の法曹界関係者の間ではカナダ最高裁判所の判決は2021年初頭までずれ込むものと推測されている。
これまでの3つの判決を分析すると、3州の控訴裁判所全てにおいて裁判官の見解が分かれている。これは、州や国の境界を超えた協力が必要な気候変動という問題を解決する中で、足並みが一致した取り組みが早急に求められるという現実に対し、「国家的懸念」の枠組みで連邦政府の「平和、秩序、良い統治」という所管事項で温室効果ガス排出量規制を読み込んでしまうと、カナダの連邦制度における連邦政府・州政府の拮抗が崩壊するという懸念に関して、各当事者間における見解の相違が背景にある。前者はON州控訴裁判所とSK州控訴裁判所のそれぞれの多数意見に反映され、またAB州控訴裁判所の少数意見にも反映された。対して後者はON州裁判所とSK州の控訴裁判所のそれぞれの少数意見とAB州控訴裁判所の多数意見に反映された。
法曹界関係者は、AB州控訴裁判所で連邦政府が敗訴するまでは、カナダ最高裁判所でも連邦政府が勝訴し、温室効果ガス排出量規制を行う連邦法は合憲とされると考えていたようである。しかし、AB州控訴裁判所で同州政府が勝訴したことにより、カナダ最高裁判所の判決の行方は不透明になり、予測し難くなっていると言えよう。
ただ、3つの州政府も連邦政府も、これまでと同様の議論を展開するべく主張書面をカナダ最高裁判所に提出しているため、これまでの3つの州控訴裁判所レベルにて問題となった同様の議論が、カナダ最高裁判所でも展開されることは確実である。すなわち、気候変動対策の州境・国境を超えた政策の擦り合わせの必要性がある一方で、各州政府の権限を侵害しない連邦制の拮抗を保つ憲法上の必要性があるということである。カナダ最高裁判所は、この相反する二つの見解の中で判決を下すことになる。
カナダの一部の環境法の学者は、AB州控訴裁判所による判決文では州政府の地下資源とこれに関連する権限が拡大解釈されており、法的な判断ではなく、あくまでも石油業界の主張をAB州控訴裁判所が踏襲したものであると批判している2。カナダでは昨今、化石燃料のあり方については、石油産業を持つカナダ西部の諸州と環境政策を標榜するカナダ東部の諸州の対立が表面化していることから、東部諸州の影響力が裁判官の任官にも伺えるカナダ最高裁判所が、どこまでAB州控訴裁判所の判例を参考にするかという疑問は残る。
また、別のカナダの環境法の学者は、カナダ最高裁判所の今後の炭素税に関する判決は、サステイナビリティーの実現にあたって環境許認可などの実務に与える影響は限定的であり、裁判という解決法では、実際の政策立案者や業界関係者の活動への具体的な指針にはならないと警鐘を鳴らしている3。
他方、カナダの石油企業が加盟する業界団体は以前から各州政府が独自に州炭素税を定めることが国益に繋がるとの声明を出しており、カナダ国内での温室効果ガス排出規制の多様性を擁護すると表明している4。
金属鉱業の分野でも、カナダの鉄鋼業界は炭素税に関しては財政的に負担が大きいとして反発した経緯がある。2018年6月~2019年5月までの約1年間、米国はカナダのアルミや鉄鋼に対して追加関税を課し両国間の貿易摩擦に発展したことは記憶に新しいが、この貿易摩擦では、ON州の州法撤廃によって連邦炭素税を含める連邦法GGPPAの自動的な適用と重なった。これにより、温室効果ガス排出量の上限は鉄鋼業界における業界平均排出量の90%と設定されたが、米国との貿易関税問題を抱える中、鉄鋼業界はこの上限設定が米国との貿易摩擦の中で多大な財務的な負担を強いるとして連邦政府に働きかけた5。これに対し、連邦政府の環境・気候変動大臣は鉄鋼業界に理解を示しており6、業界団体からの要望と国際的な気候変動に関する連邦政府のコミットメントの間で調整を図る様子が垣間見られる。
これらのカナダ憲法上の法原理と、カナダが資源エネルギー業界によって成り立っている国家であるという現状の狭間で、カナダ最高裁判所は今後、具体的に国家的な懸念である気候変動と経済活動に不可欠な資源エネルギー開発をめぐる連邦政府と州政府の権限の境界を定めることが求められる7。これらの事情を踏まえると、おそらくカナダ最高裁判所は州政府の権限を可能な限り保証する形で、気候変動対策には個別の州政府の対応ではなく連邦レベルでの対応が求められるとして、現在の連邦法GGPPAによる温室効果ガス排出量規制を合憲と認める可能性が高いものと推察される。
おわりに
カナダにおける資源エネルギー事情を考察する上で、環境対策や先住民対策という観点に加えて必要となるのが、カナダの連邦制の理解である。一括りに連邦制と言っても、世界には様々な連邦政府と州政府の権限に関する線引きがあり、カナダの場合は「多様性のある統一性」という精神のもと、その広大な国土と多様な社会を反映すべく、各州政府に大きな権限が与えられている。
また、これまでカナダ最高裁判所は何度も「州政府は連邦政府から権限委譲される存在ではなく、役割の異なる独立した別の層の政府である」として、2層構造になっているカナダ連邦制における州政府の独立性を支持してきた。しかし同時に、気候変動という切実な現代の課題に直面する中、効果ある対策には州レベルや国家レベルを超えた一丸となった対策が早急に求められていることも事実である。今後のカナダ最高裁判所の判決に関心が集まる。
- Sharon Mascher, “Striving for equivalency across the Alberta, British Columbia, Ontario and Quebec carbon pricing systems: the Pan-Canadian carbon pricing benchmark” (2018) 18:8 Climate Policy 1012 at 1015.
- Martin Olszynski, Nigel Bankes, and Andrew Leach, “Alberta Court of Appeal Opines That Federal Carbon Pricing Legislation Unconstitutional” (17 March 2020), online (blog) at 10: ABlawg <https://ablawg.ca/2020/03/17/alberta-court-of-appeal-strikes-down-federal-carbon-pricing-legislation-on-constitutional-grounds/>.
- Jason MacLean, “Climate Change, Constitutions, and Courts: The Reference re Greenhouse Gas Pollution Pricing Act and Beyond” (2019) 82 Saskatchewan Law Review 147 at para 66.
- Canadian Association of Petroleum Producers, “CAPP Comments on Federal Carbon Pricing Backstop” (Submitted to Environment and Climate Change Canada, 30 June 2017) at 5.
- Mark McNeil, “Steelmakers looking for some relief from carbon emission limits”, The Hamilton Spectator (2 April 2019), online: <https://www.thespec.com/news/hamilton-region/2019/04/02/steelmakers-looking-for-some-relief-from-carbon-emission-limits.html>.
- 同上。
- Dwight Newman, “Federalism, Subsidiarity, and Carbon Taxes” (2019) 82 Saskatchewan Law Review 187 at para 20.
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