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報告書&レポート

2021年11月29日 ジャカルタ 事務所 白鳥智裕
21_06_vol.51

インドネシアの高付加価値政策とEV

―ニッケルに対する高付加価値政策の動向とEVバッテリーサプライチェーン 拠点化への取り組み―

<ジャカルタ事務所 白鳥智裕 報告>

はじめに

近年、世界で最大のニッケル埋蔵量と生産量を誇るインドネシアは、国内におけるニッケルの高付加価値政策を進めている。最近では、高付加価値政策を一段と加速させ、東南アジア地域における電気自動車(EV)バッテリー生産の中心地としての位置付けを高めるための動きも顕著になりつつある。2021年3月26日には、新たに国営の「Indonesian Battery Corporation(IBC)」を立ち上げ、ゆくゆくは上流のニッケル生産から下流のEV生産とそのインフラストラクチャーまでを取り扱おうとしている。本稿では、インドネシアのニッケル産業の観点から、最近の同国における高付加価値政策の動きとEVバッテリーサプライチェーンの拠点化政策について概観した。

1.これまでの高付加価値政策とニッケル産業への影響

2009年1月12日、Susilo Bambang Yudhoyono大統領(当時)の署名を経て、現在の鉱物石炭鉱業法(法律2009年第4号)が施行された。この法律によって、インドネシア国内で生産された鉱物資源に関しては、国内での精製や製錬による高付加価値化が義務付けられた。この義務付けによって、既にインドネシア政府と鉱業事業契約(Contract of Work:COW)を締結し、インドネシア国内で鉱業活動を行っている事業者も、5年以内の2014年1月までにインドネシア国内での精製や製錬による高付加価値化の実施が義務付けられた。加えて、鉱物資源の高付加価値の義務化の一環として、インドネシア政府は2012年5月から国内で生産された鉱物資源に対する輸出規制を開始することになった。これを受けて、この時点で鉱業活動を行っている事業者による製錬所建設等の投資計画が開始され、2012年2月には19件の計画が発表された。その後も、製錬所建設の投資計画が発表され、同年6月には、エネルギー鉱物資源省に提出された計画数は185件と大幅に増加した。なお、この法律によって、インドネシア国内で鉱業活動を行うにあたっては、これまでのようにインドネシア政府と鉱業事業契約を締結するのではなく、インドネシア政府による許可制となったこともあり、同国内での製錬所建設は必須となった。

2014年1月12日になると、インドネシア政府は鉱石の精製や製錬を行わず、鉱石のまま輸出する、いわゆる未処理鉱石の輸出禁止を施行した。これによって、ニッケルは製錬工程を経てある一定程度の品位を高めるなどの処理を行わない限り輸出禁止とする措置が講じられた1

上記政策の結果、インドネシアのニッケル鉱石生産量は2013年までは増進したが、2014年以降はニッケル鉱石の輸出が禁止となる状況の中、国内でのニッケル鉱石の処理能力が十分でなかったことから、生産量は大きく減少した(図1参照)。この当時、インドネシア国内のニッケル製錬所は、南東Sulawesi州PomalaaのPT Antamの製錬所(フェロニッケル生産量能力26千t/年(Ni純分))と南Sulawesi州SorowakoのPT Vale Indonesia(PTVI)の製錬所(ニッケルマット生産能力68千t/年(内ニッケルは77~80%))の2拠点に過ぎなかった2。加えて、ニッケル鉱石の輸出が禁止されたことによって、インドネシアの国営鉱山会社PT Antamは、ニッケル鉱石の輸出販売は行わず、同社でのフェロニッケル生産工場で使用される分だけの鉱石生産にとどまることとなった。そのため、同社のニッケル鉱石生産量は、2013年には11.5百万wmtだったものが、2014年には1.21百万wmtと、およそ10分の1に減じる結果となった。

他方で、2014年には、ステンレス鋼生産世界最大手の中国青山集団(Tsingshan)とインドネシアのPT Bintang Delapan Groupの合弁により、Sulawesi州Sulawesi島に建設されたニッケル銑鉄(NPI)製錬所がフル稼働に向けて操業を開始した。その後も、NPI製錬所及びフェロニッケル製錬所やステンレス工場等が相次いで新規稼働・着工し始めたことから、インドネシア国内でのプライマリーニッケルの生産量は、毎年増加した(図2参照のこと)。当時インドネシアで生産されたニッケル鉱石のおよそ90%以上は、主に中国のNPI産業へと輸出されていた。しかし、2013年10月にインドネシア政府と中国政府が、ニッケル、ボーキサイト、鉄鉱石等の製錬所建設に係るMOUを締結するなど、このころから中国の鉄鋼企業を中心に、インドネシアでのニッケル工場への投資が進められることになった。

図1.インドネシアのニッケル鉱石生産量の推移(純分千t)

図1.インドネシアのニッケル鉱石生産量の推移(純分千t)

出典:INSG

図2.インドネシアのプライマリーニッケル生産量の推移※(純分千t)

図2.インドネシアのプライマリーニッケル生産量の推移※(純分千t)

※ニッケル地金、FeNi、NPI、焼結酸化ニッケル(冶金用)、酸化ニッケル(化学用)、硫酸ニッケル、塩化ニッケル、炭酸ニッケル、酢酸ニッケル、水酸化ニッケル、その他のニッケル塩・化合物
出典:INSG

2017年1月になると、エネルギー鉱物資源省規則(2017年第5号)が公布され、ニッケル鉱石の輸出が条件付きで認められることになった3。その条件とは、品位1.7%未満の低品位ニッケル鉱石であることや、国内のニッケル製錬能力の30%までに相当する量をインドネシア国内で処理すること等である。この基準に満たない場合は、ニッケル鉱石の輸出は認められず、引き続きインドネシア国内で製錬を行う必要があるとされた。また、このような条件で認められた低品位ニッケル鉱石の輸出が認められるのは、2022年1月までとされた。

条件付きとはいえ、低品位ニッケル鉱石の輸出が認められたことにより、2017年のインドネシアのニッケル鉱石生産量は、2016年の172.7千t(純分)から2017年は358.0千t(純分)に増加した。PT Antamは、低品位ニッケル鉱石の輸出が認められたことによって、2017年のニッケル鉱石生産量が前年比241%の5.57百万t(グロス)となり、ニッケル鉱石の輸出販売は2.94百万t(グロス)となったとしている。その後もインドネシアのニッケル鉱石生産量は増加傾向が継続して、2018年には647.7千t(純分)となり、フィリピンを抜いて生産量世界第1位となった(図1参照のこと)。

他方で、低品位のニッケル鉱石の輸出は、2017年1月以降2018年3月までに、インドネシア国内で32.27百万t(グロス)の輸出が許可されたが、実際の輸出量は輸出許可量の26.77%の8.64百万t(グロス)にとどまった。輸出許可には、インドネシア国内での製錬所の建設が条件となっていたが、製錬所建設の進捗の遅延が原因で許可の取り消しがなされたり、輸出許可の更新ができなかったとみられる。

ニッケル鉱石の条件付き輸出許可は2022年1月までであったが、2019年8月30日、インドネシア政府はエネルギー鉱物資源省規則(2019年第11号)を公布し、2年前倒しして、2020年1月からニッケル鉱石の輸出を再び全面禁止する措置を公表した。また、2019年8月26日には、インドネシア国内の製錬所建設を促進するために、政府に提出した製錬所建設計画が遅延した場合の罰則を定めるエネルギー鉱物資源大臣令(2019年第154号)も公布していることから、国内での製錬所建設が進んでいないことを受け、インドネシア政府がニッケル鉱石の全面輸出禁止を2年間前倒ししたとの見方も強かった。

エネルギー鉱物資源省によれば、2年前倒しした理由として、(1)国内ニッケル可採埋蔵量は698百万tであり、新たな埋蔵量の追加がなく、今後もニッケル鉱石の輸出を継続する場合は7~8年で枯渇する試算であること、(2)既に国内での低品位ニッケル鉱石からの製錬が可能になっており、かつ、EV向け電池材料としても活用できること、(3)今後、国内ニッケル製錬能力24.1百万t(11か所)から今後は81百万t(36か所)に増加する見通しで、国内で生産した鉱石が、すべて国内製錬が可能になること、を挙げた。またその背景には、EVバッテリー材料を生産する大型ニッケル製錬所が、2021年末までに4か所稼働する予定だったこともあり、具体的には、PT QMB New Energy Materials、PT Huayou Nickel Cobalt、PT Harita Prima Abadi Mineral、PT Smelter Nikel Indonesiaによる製錬所の操業が予定されていた。これらは、いずれも高圧硫酸浸出法(High Pressure Acid Leach(HPAL))による製錬所であり、品位1.7%以下の低品位のニッケル鉱石を処理し、EVバッテリー正極材の原料となる硫酸ニッケル生産を可能にするものであることから、インドネシアが自動車産業、特に今後はEV産業に注力しようとしていることが見てとれる。

インドネシアが高付加価値政策を掲げて以降、10年間のニッケルの輸出量や輸出額に着目すると、ニッケル鉱石の輸出は、ニッケル鉱石の輸出が禁止となった2014年及び2020年に減少したにも拘らず、フェロニッケルの輸出量や輸出額は増加傾向にある(図4及び5参照のこと)。また、INSGによれば、インドネシア国内のニッケル製錬所数は2014年の2件から、2020年には16件となっている4ことから、高付加価値政策は目論見通りに進んでいるとみられる。特にニッケル鉱石の輸出先はほとんどが中国であったところ、高付加価値政策の結果、フェロニッケルの輸出量の増加もそのほとんどが中国向けであることが特徴的である。

なお、2019年11月に欧州連合(EU)は、ニッケル鉱石等のステンレス鋼原料の輸出制限措置をとっていることがWTO協定に違反しているとして、世界貿易機関(WTO)にインドネシアを提訴した5。本件については、現在係争中である。

図3.インドネシアのニッケル輸出量の推移(グロス千t)

図3.インドネシアのニッケル輸出量の推移(グロス千t)

出典:GTA(260400, 720260, 750110)

図4.インドネシアのニッケル輸出額の推移(mUS$)

図4.インドネシアのニッケル輸出額の推移(mUS$)

出典:GTA(260400, 720260, 750110)

図5.インドネシアのフェロニッケル輸出量の推移(千t)

図5.インドネシアのフェロニッケル輸出量の推移(千t)

出典:GTA(720260)

2.国内ニッケル資源の高付加価値化とEVバッテリーサプライチェーンの構築

2.1.「Making Indonesia 4.0」にみるインドネシアの自動車産業政策

自動車産業は、インドネシアの重要産業の一つとして位置づけられている6。2018年4月に発表された「Making Indonesia 4.0」において、インドネシアは内燃機関車(ICE)とEVの輸出ポジションにおいて主導的な地位につくことが目的とされていることからも明らかなように、自動車産業は同国において最も重要視されている産業の一つである。一方で「Making Indonesia 4.0」においては、インドネシアの自動車産業は、自動車の原材料やコアコンポーネント(主要部品)を輸入に依存し、インドネシアの大手メーカーは低付加価値コンポーネントのビジネスで満足していること等の課題につき言及されている。そして、これらの課題の解決のためには、原材料や主要部品(鉄鋼、プラスチック、電子部品など)の生産を増加させること、また、EVバッテリーの生産やEVの組み立て工場、充電ステーションの設置などのEV業界でのエコシステムを構築する必要があることが謳われている。

その他「Making Indonesia 4.0」においては、重点項目の一つにある「部品・素材フローの改善:素材・部品産業の強化」として、自動車産業、特にEV生産が挙げられている。原材料等の調達を輸入に依存するのではなく、国内からの調達へと切り替える方針とされており、EV産業における国内鉱物資源の高付加価値化の意図が見える。また、2030年までに国内でEVを生産し、発展途上国へ輸出するとしている。

他方で、インドネシアでのEVバッテリーを意識したニッケルプロジェクトとして、中央Sulawesi州Morowaliにある中国鉄鋼メーカーの青山集団(Tsingshan)の工業団地に年間50千t以上のニッケル製錬所を建設する計画が2018年9月に報道された。本製錬所は、青山集団のほか、中国電池メーカー格林美股份有限公司(GEM社)、阪和興業、中国電池メーカー・寧徳時代新能源科技(Contemporary Amperex Technology社、CATL)、インドネシアPT Bintangdelapan GroupによるJVで、インドネシアでの二次電池向けニッケル・コバルト化合物の製造販売事業に投資するというものであった。また、同時期には住友金属鉱山が、PT Vale Indonesia(PTVI)と共同でSulawesi島南部のPomalaaでのニッケル精錬プラント建設のFSを行っていることを明らかにしている。

2.2.EV政策推進の大統領令とこれに伴う自国資源の高付加価値化

2018年11月に、Luhut Pandjaitan海事調整大臣が、インドネシアはEVバッテリーの主要プレイヤーになることを目指していると発言し、インドネシアは自国資源の高付加価値政策の一環として、EVバッテリーを自国内で生産することを目指していることが明らかになった。本政策に関連するものとして、インドネシア政府は2019年8月8日、陸上輸送のためのバッテリー駆動のEVのプログラムを加速することに関する大統領令(2019年第55号)7を公布、4日後の12日付で施行した(本大統領令は、前述した2020年1月からニッケル鉱石のみを再び全面輸出禁止とする政省令の改正の発表の約3週間前に施行されたものである)。本大統領令は、現在のインドネシアのEV政策の最も基本的なものとなっており、Joko大統領は公布の際に、「EVの60%はバッテリーである。バッテリーの原材料となるコバルトやマンガンなどはインドネシア国内にあるのは分かっていることから、この国の戦略的なビジネスプランを設計することで、今後、安価なEV産業の構築を先行させることができる。」としてコメントしている8

本大統領令では、(1)国内のEV開発推進、(2)優遇措置の付与、(3)EV充電インフラの供給および充電料金、(4)EV技術規定、(5)環境保護、の5点が定められた。特に、国内のEV開発促進では、国産EV構成部品の現地調達率について、四輪車は2021年までに35%以上(同じく2030年以降に80%以上)、二輪車及び三輪車は2023年までに40%以上(同じく2026年以降に80%以上)とすることが具体的な目標として盛り込まれた。また、優遇措置の付与として、EVプログラムの加速を促進することを目的とした企業に、さまざまな財政的および非財政的インセンティブを提供することも盛り込まれた。財政的インセンティブとは、税金または輸入税関の救済、車両充電料金の割引、車両充電施設の研究または建設に対する財政的支援、および業界に関連するリソースまたは製品の認証などである。また、非財政的インセンティブとしては、特定の道路の使用制限の免除、政府が特許を保有している技術の生産権の付与、およびバッテリー式電気自動車(BEV)産業が運営されている地域の安全とセキュリティの維持が規定された。なお、本大統領令の公布により、ニッケルの生産・製錬を行っているPT Antam、PTVI、PT Central Omega Resourcesには、株価が上昇する等の好影響が生じるなど、ニッケル産業への期待が見られた。

2.3.EVバッテリーサプライチェーンの構築

2020年10月、国営企業主導でのEVバッテリー生産の事業持株会社「Indonesia Battery Holding(IBH)」(後述するIBC)の設立が明らかとなった。IBHには、国営鉱業持株会社MIND ID、国営非鉄金属会社PT Antam、国営石油会社PT Pertamina、国営電力会社PT PLNの4社が参画予定で、バッテリー生産に係る上流から下流までの企業が参画予定であることも発表された。IBHは、将来的にはインドネシア国内でEV自体の製造までを行うことを視野に、上流のニッケル鉱山から中間製品や電池生産の下流に至るサプライチェーンに加えて、電池のリサイクルまで一貫して関与する方針を掲げている。本計画が発表された際には、IBHがCATL社及び韓LG Chemical社とそれぞれJVを形成し、EVバッテリー工場を建設するための協議を進めていることも明らかになり、CATL社とLG Chemical社は、EVバッテリー工場建設のために合計で12bUS$を出資する見込みであるとされた。

IBHに参画予定の各社に期待された役割は、MIND ID及びPT Antamがニッケル鉱石等原料の供給、PT PertaminaがCATL社及びLG Chemical社とともに工場建設や製品の製造工程の構築、PT PLNが製品の流通を担当する予定とし、EVバッテリーの生産開始の目標は2023年とされていた。なお、MIND IDは、同月にPTVIの株式を20%取得した際に、ニッケル原料を十分確保することができるが、少なくともリチウムの確保には国外への投資が必要であるとの見解を示した。

また2020年11月には、CATL社とPT Antamが5.1bUS$を投資し、インドネシアにEVバッテリーの製造工場を建設することを決定した。この際、インドネシア政府はバッテリー生産に使用されるニッケルの60%は、インドネシア国内で加工されたものであることを要求した。2020年12月には、インドネシア政府は、LG Chemical社のバッテリー部門を分離して設立されたLG Energy Solution社と電池産業に関する覚書を締結した。投資額は約9.8bUS$に達するもので、インドネシアでのEVサプライチェーン全体(鉱業、製錬、前駆体、カソード、自動車生産、バッテリーリサイクル)への投資が含まれるとした。本覚書には、EVバッテリーに使用されるニッケルの70%以上は、インドネシアで加工されたものであることが記載された9

2021年3月26日には、前述した4つの国営企業がそれぞれ25%ずつ出資し、国営の「Indonesia Battery Corporation(IBC)」が正式に立ち上げられた。設立時には、鉱業、製錬所からカソード製造プラント、前駆体、バッテリーセル、バッテリーパック、エネルギー貯蔵製品、バッテリースタビライザー、(バッテリーの)リサイクルにまで、取り組むとした。また、EVバッテリー産業を発展させるための最初のステップとして、2021年に小規模バッテリーセル組立工場を建設する予定とした10

更に、インドネシアのEVバッテリーは、2030年までに年産能力を140GWhに拡大し、そのうち50GWh分の製品を輸出する計画とし、IBCは段階的に17bUS$を投じる予定であり、2030年までに国内のEVは200万台、電動バイクは1,000万台以上になると予測した。また、これによって、インドネシアで生産されるニッケル鉱石の70%を国内産業向けに処理できるとした11

表1.IBCへの出資企業の関与と役割
会社 国営鉱業持株会社
国営鉱業持株会社MIND ID
国営鉱業会社
国営鉱業会社antam
国営石油会社
>国営石油天然会社PERTAMINA
国営電力会社
国営電力会社PLN
上流 中間製品 下流
役割 鉱石生産、製錬(ニッケル)による供給 ・バッテリーの前駆体、バッテリーセルとバッテリーパックの製造
・バッテリーのリサイクル
・バッテリーの流通
・バッテリーのリサイクル
出資比率 25% 25% 25% 25%

出典:各報道などをもとにJOGMECで作成

図6.インドネシアにおけるEV業界のサプライチェーンの将来コンセプトと関係企業の関与

図6.インドネシアにおけるEV業界のサプライチェーンの将来コンセプトと関係企業の関与

出典:エネルギー鉱物資源省12

以上のような経緯を経て、インドネシアがEVバッテリーの生産拠点となるための、韓国や中国企業によるEVバッテリー生産工場の建設が具体化してきた。2021年7月29日には、韓国の自動車メーカーHyundai Motor Group(現代自動車グループ)とLG Energy Solution(LGES)社が、インドネシア政府と覚書を交わし、ジャカルタに近い西Java州BukasiにあるKarawang工業地帯にインドネシアで最初のEVバッテリー工場を建設することが発表された。韓国企業2社がそれぞれ半分ずつを出資し、インドネシア政府は税制優遇措置などのインセンティブを約束している。また、CATL社もEVバッテリー工場の建設を2021年12月末に着工する予定である。また、20千t/年の使用済みリチウム電池の投入能力を有するバッテリーリサイクル施設が2021年末に商業運転を開始する見込みである13

他方で、インドネシアで生産されるニッケル鉱石は酸化鉱の生産が多く、これまでフェロニッケル及びNPIを生産してきた。酸化鉱からEVバッテリーの正極材に使用される硫酸ニッケルを生産するには、複雑かつ多くの工程が必要であり、コストもかかる。そのため、これまではインドネシアの豊富なニッケル埋蔵量を、EVバッテリーの正極材の生産に繋げることができなかった。 しかし、最近では、低品位の酸化鉱から硫酸ニッケルを製造できるHPAL法による製錬プロジェクトがインドネシアでも進められており、EVバッテリーサプライチェーンの拠点化実現への可能性が高まってきた。インドネシアのHPAL製錬プロジェクトについて、次章で詳述する。

3.インドネシアで進むHPAL製錬所プロジェクト

図7.に、ニッケル生産フローを示す。EVバッテリーの正極材に用いられるニッケルは、硫酸ニッケルである。硫酸ニッケルは、いわゆるClass1ニッケル(ニッケル含有量99.9%以上のブリケット、カソード、パウダー等)で、通常、硫化鉱から生産されたニッケルから中間原料を経て生産される。しかし、インドネシアで生産されるニッケルは、主に酸化鉱から生産されたものである。酸化鉱から生産されたニッケルの場合、主に鉄鋼原料としてフェロニッケルもしくはNPIが生産されてきた。フェロニッケルやNPIを原料として、正極材に使用する硫酸ニッケルの生産は技術的には可能であるが、複雑な工程が必要とされる。したがって、これまではインドネシアのニッケル埋蔵量及び生産量が高いとしても、生産されたニッケルを加工して供給するEVバッテリーサプライチェーンを国内で完結させることが困難であったともいえる。

他方で、近年インドネシア国内では、HPAL法を利用した製錬所プロジェクトの開発が活発化している。HPAL法を利用することによって、酸化鉱から生産されたニッケル鉱石を加工して、MHP(ニッケルとコバルトの混合水酸化物)を生産し、さらにそれを加工することによって、硫酸ニッケルを生産することができるためである。これによって、インドネシアで生産されるニッケル酸化鉱を原料として、バッテリーの正極材に必要な硫酸ニッケルの生産が実現できる可能性が高まってきた。

図7.ニッケル生産フロー

図7.ニッケル生産フロー

出典:JOGMEC金属資源レポート19_07_vol.49:世界のニッケル需給と今後の動向に筆者加筆

インドネシアでは、2021年6月23日に最初のHPAL製錬所の商業運転が開始された。本プロジェクトは、インドネシアのHarita Groupと中国のNingbo Lygend社の合弁会社であるPT Halmahera Persada Lygendによるもので、EVバッテリーの正極材の基礎材料となる混合水酸化物(MHP)を生産する。ただし、MHPを加工してEVバッテリーに必要な硫酸ニッケルと硫酸コバルトを製造するための生産設備については、現在建設中である。その他にも、計画又は建設中のHPAL製錬所については、2021年8月現在で少なくとも6つの製錬所プロジェクトが現在進行中である。

表2.インドネシアの主なHPAL製錬所プロジェクト
プロジェクト名 権益企業 製錬所所在地 生産目標
(年間)
生産目標に必要なニッケル鉱石量 備考
PT Halmahera Persada Lygend Harita Group、中国寧波力勤資源科技開発有限公司(Ningboa Lygend) 北Maluku州South Halmahera県Obi島 MHP:365千t
NiSO4:246千t
CoSO4:32千t
8.3百万t 2021年6月23日操業開始。硫酸ニッケルと硫酸コバルトの生産設備については建設中。
PT QMB New Energy Materials 中国GEM(36)、中国青山集団(31)、中国CATL(25)、阪和興業(8) 中部Sulawesi州Morowali工業団地 NiSO4:136千t 5百万t 2022年7月に稼働予定
PT Ceria Kobalt Indotam Pt Ceria Nugraha Indotama 南東Sulawesi州Kolaka県Wolo MSP:40千t 3,650千t FS中、2024年までに完成予定(他に4つのRKEF炉を持つフェロニッケル加工工場も建設中)
PT Kolaka(Pomalaa) Nickel Vale(44.3)、住友金属鉱山(15)、PT Indonesia Asahan Aluminium(20.7)、
その他(20.0)
南東Sulawesi州Kolaka県Pomalaa MSP:40千t FS中
PT Huayue Nickel Cobalt 華友コバルト社、青山集団、中国モリブデン(CMOC)社 中部Sulawesi州Morowali工業団地 MHP:70千t 11百万t 建設中、2021年末に試運転開始予定
PT Smelter Nikel Indonesia インドネシア系企業  Banten州Balaraja MHP:76千t 2.4百万t
PT Adhikara Cipta Mulia 南東Sulawesi州北Konawe県 MHP:76千t 2.4百万t

出典:各社HP、報道等からJOGMEC作成

 図8.インドネシアの主なHPAL製錬所プロジェクト位置図

図8.インドネシアの主なHPAL製錬所プロジェクト位置図

インドネシアにとって、HPAL法の導入に対する期待は大きい。前述のとおり、酸化鉱から生産されるニッケルから硫酸ニッケルが生産できることによって、インドネシアのEVバッテリー生産の拠点化の実現性が高まることの他に、低品位の酸化鉱からニッケルを回収できるようになることもその期待値を上げる要素となっている。

現在、インドネシアのニッケル製錬所はロータリーキルン方式の電気炉(RKEF)又は高炉による処理が多く、低品位の酸化鉱を処理することが難しいとされているが、HPAL法を採用することで、低品位の酸化鉱を処理することができるとされる。酸化鉱は、高品位のサプロライト鉱と低品位のリモナイト鉱の2種類に分類される14。エネルギー鉱物資源省によれば、これまでインドネシアで処理してきた高品位の酸化鉱(Ni品位:1.7~2.5%(サプロライト鉱))の埋蔵量は1,760百万tである。他方で、低品位の酸化鉱(Ni品位:1.7%未満(リモナイト鉱))の埋蔵量は1,890百万tである。これまで処理されなかったリモナイト鉱が、サプロライト鉱と同程度のポテンシャルを有していることから、低品位の酸化鉱の処理が可能になることによって、インドネシアのニッケル資源が増大することになる。

2020年12月、インドネシア政府は、ニッケル品位1.8%未満の低品位ニッケル鉱石を原料とするHPAL法によるニッケル製錬所を開発する企業に対して、インセンティブとしてロイヤルティ義務を緩和するという方針を示した15。加えて、対象となった企業には鉱山の採掘許可が自動的に付与されるほか、免税や資材輸入に係る関税引下げ等、その他のインセンティブも提供されるとしている。インドネシア政府が、HPAL製錬所の開発を推し進めていこうという意図が伺える。

インドネシア政府は、HPAL製錬所などの新規製錬所の開発が進めば、同国のニッケル生産量は今後も増加すると見込んでおり、世界のニッケル供給においてインドネシアが占める割合は、2020年の28%から2025年には50%まで増進し、資源国として確固たる地位を築くだろうとの見方を示している。加えて、ニッケル資源が豊富なことによって、国内のニッケルに関する下流産業を開発するための投資家を誘致する上で、強力な交渉力が可能になると期待している。

他方で、HPAL製錬所はその運用コストが高い上、HPAL製錬所から大量に廃棄物が発生するとされ、その廃棄物がどこに処分されるかなどの問題に関連する環境問題も伴うとされる。設備投資額について言及すれば、RKEFの場合にはニッケル1tあたりわずか13kUS$であるのに対し、HPAL製錬所の場合にはニッケル1tあたり65kUS$に達する可能性があるほか、高度な技術を必要とされるために、他国にHPAL技術を依存する必要があるとされた16。また、HPAL法により発生した廃棄物は大量のスラグや廃滓の発生が予想されるため、廃棄物管理が重要な課題となっている。

当地の専門家によれば、HPAL法により発生した廃棄物を管理する手段として、テーリング(廃滓)ダム、ドライスタック、深海テーリングの設置の3つの方法がある。しかし、同専門家によると、従来の方法であるテーリングダムの建設は、インドネシアの降雨量が他のニッケル生産地域よりもはるかに多いこと、インドネシアが地震リスクの高い環太平洋火山帯に位置していることから、大きなリスクを伴う可能性がある。ドライスタックについては、おそらくテーリングを処理するための最良の方法としているが、脱水処理にまだ課題があり、地盤のリスクもあるとしている。

最も有効なものは深海へのテーリングの投棄としており、技術的な観点からは代替案となるが、インドネシアでは一般市民からの反発が強い。実際、2020年10月には、北Maluku州Obi島にあるPT Halmahera Persada LygendのHarita Groupと及び中部Sulawesi州Morowali工業団地にて建設しているPT QMB New Energy Materialsに出資している中国青山集団の2社は、鉱業廃棄物の海洋廃滓投棄(STD:Sea Tailings Disposal)の許可を政府に申請した。しかし、これらの申請に関して、環境保護団体等から環境汚染を懸念した批判が出ていたこともあり、2020年10月には申請を取り下げた。環境への影響について評価が困難であり、この懸念を払しょくできなかったとみられている。PT Halmahera Persada Lygendは、2021年6月23日に商業生産を開始したが、同社によれば、ニッケル廃棄物は鉱山跡地の施設に保管している。同社のフェロニッケル製錬所とHPAL製錬所からは、毎年15百万t(そのうちHPAL製錬所からは、8.3百万t)の廃滓が発生するが、堆積場の建設にあたっては膨大なスペースを必要とするため、政府に解決策を求めている。

また、インドネシア以外で既に稼働している他のHPAL製錬所の電力のほとんどは石炭火力によって賄われているとのことであり、この場合HPAL製錬所における温室効果ガスの排出量は、高品位の硫化物鉱床からニッケルを生産した場合の最大3倍ともされている。インドネシアでも、既存のニッケル製錬所の全てが石炭火力によって賄われていることから、新たに建設されるHPAL製錬所も同様に、そのほとんどが電力源として石炭火力に頼らざるを得ないことが予想される。その結果、EVバッテリーによって「グリーン」目的のためにニッケル供給を増加させることの利点が、新たなHPAL製錬所の稼働による環境コストをカバーするのに十分ではないかもしれないという懸念もある。

おわりに

本稿では、インドネシアのニッケルに焦点を当てた高付加価値政策とEV政策について報告した。2009年の鉱業石炭法の制定以来、インドネシアでは自国資源の高付加価値政策を進めてきた。その結果、同国内のニッケル製錬所は増加、ニッケル鉱石輸出量は減少するとともにフェロニッケルの輸出量が増加した。インドネシアの高付加価値政策は、その目論見通りに進んでいる。

現在、自動車業界における世界的なEVへの傾倒に伴い、この機に乗じて、インドネシアは国内産業強化の一環として、東南アジア地域のEVバッテリーサプライチェーンの拠点化を目指している。それは、インドネシアの国内資源の高付加価値化政策と連動し、目指すEVバッテリーサプライチェーンには同国で生産されるニッケル資源とその加工が組み込まれている。EVバッテリーの正極材原料として硫酸ニッケルは、酸化鉱からニッケルを生産するインドネシアでは、これまでであれば、実現が難しかった。しかし、HPAL法を用いた製錬技術の導入が進められており、成功すればニッケル生産からEVバッテリー生産までをインドネシア国内で実施することは、夢ではなくなってきた。ただし、現在、複数のHPAL製錬所の開発計画が進められている一方、課題は多い。

2021年9月15に行われたHyundai Motor Group or Hyundai Motor社とLG Energy Solutions社によるEVバッテリー工場の起工式で、Joko大統領は、「ニッケル鉱石からバッテリーセルに加工されれば、ニッケルの価値は6~7倍になる。EVを生産すれば11倍になる。更に、バッテリー産業が発展すれば、電動バイク、電気バス、EVなどバッテリー産業から派生した投資先として、インドネシアの魅力は高まる。」と発言した17

今後、インドネシアの国内EVバッテリー生産が実現に至り、同国が東南アジア地域でのバッテリーサプライチェーンの拠点となれば、インドネシアのニッケル資源の高付加価値政策は大きく前進する。インドネシアが、自動車産業に力を入れていること、また、国内資源、ニッケルに係るインドネシアの高付加価値政策のこれまでの状況と成果を見ると、EVバッテリーサプライチェーンの拠点化政策は目論見通りに進むかもしれない。もちろん、サプライチェーンの拠点となるには、本稿で述べた以外にも多くの課題を残している。今後の動きが興味深い。


  1. ニッケルの他に輸出禁止となったのは、ボーキサイト、錫、金、クロム。また、銅、鉄鉱、鉛、亜鉛、マンガン、イルメナイト、チタンの精鉱については中間製品としてみなされ、国内の製錬所操業が本格稼働する2017年までの輸出が継続可能となった。しかし、輸出する精鉱中の金属の含有率が低率の場合には高課税率となるような累進課税制度が導入されたことにより、結果としてこれらも鉱石輸出の全面禁止と同様となった。ただし、その後、輸出税率は製錬所建設計画の進捗に応じて軽減されることとなっている。
  2. INSG
  3. 金属資源レポート1707-03-vol.47:インドネシア鉱業政策の動向―2017年1月公布政省令の概要と影響―
  4. INSG。2020年の合計ニッケルマット生産能力は80,000t/年(PTVI)、ニッケル製錬能力は419,500t/年(Ni純分。フェロニッケル及びNPI生産)
  5. EUは、(1)ステンレス原料の輸出制限・禁止措置、特に2020年からのニッケル鉱石全面輸出禁止措置、(2)国内高付加価値化(国内加工義務)や不透明な輸出認可手続きにより起きている他のステンレス原料(鉄、クロム、コークス等)の調達の制約、(3)国産機械・設備を30%以上導入した企業への原料等の輸入関税免除の優遇措置の3点がWTO協定違反であるとした。
    https://www.wto.org/english/tratop_e/dispu_e/cases_e/ds592_e.htm
  6. https://www.kemenperin.go.id/download/21267
  7. https://policy.asiapacificenergy.org/sites/default/files/Presidential%20Regulation%2055%3A2019%20on%20Electric%20Vehicles.pdf
  8. https://setkab.go.id/dorong-industri-presiden-jokowi-mengaku-sudah-teken-perpres-mobil-listrik/
  9. https://www.bkpm.go.id/en/publication/detail/news/nickel-for-life
  10. https://industri.kontan.co.id/news/erick-thohir-bentuk-indonesia-battery-corporation-ibc-produksi-140-gwh-di-2030
  11. 同上
  12. https://www.esdm.go.id/id/booklet/booklet-tambang-nikel-2020
  13. PT Indonesia Puqing Recyling Technology(IPRT)が保有(BRUNP Recycling Technology社(广东邦普循环科技有限公司(CATL社の子会社)、70%)、GEM社(15%)、PT IMIP(15%)からなるコンソーシアム。インドネシア政府(2021年1月プレゼンテーション)によると推定7mUS$のバッテリーリサイクルプラントは、年間20千tの使用済みバッテリーを原料として投入し、年間12千tのニッケル・コバルト、1.2千tの粗リチウム、3.4千tの銅、1.4千tのアルミニウム、2千tのバッテリーパック用金属、1.6千tの鉄鋼、1千tのプラスチックを生産する予定とのこと
  14. ニッケル酸化鉱は主に超苦鉄質岩が風化し粘土化したラテライト鉱が中心となる。酸化鉱は大きく土壌上部に位置するリモナイト鉱、そしてその下部に位置するサプロライト鉱の2つに分類される。
    金属資源レポート2013年7月号:最新選鉱技術事情 鉱種別代表的プロセス編(2) ―ニッケル―
  15. 2020年12月22日 ニュース・フラッシュ:エネルギー鉱物資源省がHPALニッケル製錬所に対するロイヤルティ引下げを明言
  16. https://www.cnbcindonesia.com/news/20201013115526-4-193901/wah-ri-bakal-punya-6-smelter-nikel-HPAL-senilai-rp-76-t
  17. https://setkab.go.id/en/remarks-of-president-of-the-indonesia-at-the-groundbreaking-ceremony-of-electric-vehicle-battery-factory-pt-hkml-battery-indonesia-in-karawang-new-industrial-city-west-java-province-wednesday-15/

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