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報告書&レポート

2022年6月3日 金属企画部 調査課 小口朋恵
22_04_vol.52

中南米における中国・韓国企業の動向

<金属企画部調査課 小口朋恵 報告>

はじめに

12年前、筆者は南米ボリビアでリチウム案件を担当していた。当時、ボリビアのUyuni塩湖は世界最大のリチウム埋蔵量を誇ると言われ、電気自動車(EV)への関心の高まりとともにボリビアのリチウムは世界から注目を浴び、また雨期には「天空の鏡」と言われたその唯一無二の絶景が人気を呼んだ場所であった。当時、韓国側の担当者は、ボリビアのリチウム開発に非常に積極的で、筆者も頻繁に質問攻めに遭ったものであった。あれから10年以上が経ち、今やボリビアのリチウム開発に韓国の影はすっかり無いどころか、ボリビア政府の強硬な外資排除の姿勢や、その技術的な開発の難しさから、ボリビアのリチウムに対する世界からの注目はすっかり影を潜めてしまった。リチウムに関連する情報においては、今やほぼ必ずと言って良いほど、中国の名を目にするようになっている。10年前とは、リチウム開発に関心を向ける顔ぶれがすっかり変わってしまったことはもはや自明である。

本稿では、中南米で金属資源開発が積極的に行われている6か国(チリ、アルゼンチン、ペルー、メキシコ、ボリビア、エクアドル)を取り上げ、非鉄金属の代表でありEV関連でも需要が伸びるとされる銅の鉱山と、南米で注目される資源のひとつであるリチウムの開発における、中国及び韓国企業の存在感について見ていくこととしたい。我が国、中国、そして韓国は、リチウムイオン電池(LIB)生産の世界的な中心地であり、特に中国は近年積極的に海外投資を行っている様子が窺える。なお、本稿の図表中、中国に関することは赤、韓国に関することは青で示した。

1.鉱業における中南米と日中韓の関係

(1)日本にとっての中南米

財務省貿易統計によると、2021年の日本の銅精鉱の輸入量は4,959千t(グロス)であった(図1)。その国別の内訳は、多い順にチリ、豪州、インドネシア、ペルーとなり、チリとペルーが全体の50%を占めた。

また、2021年の日本の炭酸リチウムの輸入量は2,288t(グロス)であった(図2)。国別の内訳は、チリが全体の7割以上を占め、次いでアルゼンチンであり、この2か国から8割以上を輸入した。

このほかにも、チリからはモリブデン、レニウム等、ペルーからは亜鉛、錫、鉛等、メキシコからは銀、亜鉛等、我が国は様々な鉱種を中南米からの輸入に依存しており、中南米は我が国の鉱物調達源として重要な役割を担っている。

図1.日本の銅精鉱輸入

図1.日本の銅精鉱輸入

出典:財務省貿易統計

図2.日本の炭酸リチウム輸入

図2.日本の炭酸リチウム輸入

出典:財務省貿易統計


(2)中南米にとっての日本、アジア

一方、中南米側から見た日本、韓国、中国の役割を考える。

チリの銅精鉱輸出に関しては、Global Trade Atlas(GTA)によると、2021年は70%が中国に輸出された(図3)。次いで日本、韓国と続き、チリの銅精鉱の8割以上を日韓中の3か国に輸出している。2021年のチリの炭酸リチウム輸出も、GTAデータでは46%が中国、次いで26%が韓国、12%が日本となっており、この3か国で全体の8割以上を占めた(図4)。

アルゼンチンの炭酸リチウム輸出は、GTAによると、現時点で最新のデータであった2018年は、中国へ45%、米国に次いで日本へ13%、韓国へ8%輸出した(図5)。よってアジア3か国へ6割以上を輸出したことになる。

ペルーの銅輸出は、ペルー・エネルギー鉱山省鉱業統計(Boletín Minero Estadístico)によると、中国が約50%、次いで日本が6.9%、韓国が6.5%となっており、この3か国へ6割以上輸出した。

いずれの統計も、日中韓の3か国へ半分以上、多いものは8割以上輸出しており、中南米の鉱物資源の輸出相手として、このアジア3か国、特に中国が重要なポジションを占めていることが読み取れる。

図3.チリの銅精鉱輸出

出典:GTA

図5 アルゼンチンの炭酸リチウム輸出

図5 アルゼンチンの炭酸リチウム輸出

出典:GTA

図4.チリの炭酸リチウム輸出

図4.チリの炭酸リチウム輸出

出典:GTA


2.世界の銅、リチウム需給

本題に入る前にもうひとつ、世界の銅およびリチウム需給について触れておきたい。

銅のLME価格は、2020年春に新型コロナウイルスの蔓延で2020年3月に4,600US$/t台まで一時下落した後上昇し、2021年5月に史上最高値を更新する10,724.5US$/tをつけ、2022年3月に10,730US$/tと更新し、現在も9,000~10,000US$/t台の高値が続いている。この価格上昇・高値継続の理由としては様々な要因が挙げられ、詳細は割愛するが、今後EV普及につれ需要が伸びると見込まれており、その需要増加分に見合った供給がなされるか否かの将来的な懸念が、価格を押し上げている一因とも言われている。

世界のリチウム需要は、EV普及につれ比例的に伸びることが予想され、その予測は、多くの調査会社が様々な数値を出していると思われるが、端的には約20年後に現在の需要量の5倍とも10倍とも言われている。2021年、炭酸リチウムは需要増加に供給が追い付かず、高値となっているが、今後も、予測される需要増加分を満たすだけの供給量が見込めていないのが現状である。

韓国の市場調査会社SNE Research社が発表した2021年のEV等への搭載電池のメーカー別シェアは図6のとおりとなっている。1位は中・新能源科技股份有限公司(CATL)、2位は韓LG Energy Solution社、3位は日本のPanasonic社で、その後4~10位も中国及び韓国の企業が占めている。つまり10位までのランキングにこの3か国以外の国が入っていない。中国がEVの最大の生産地かつ需要地であることから、その需要に応えるため中国や韓国の企業が上位を独占することは当然の結果ともいえる。今後爆発的に需要が増えると見込まれているリチウム資源を、中国や韓国は世界中からかき集めるべく、投資に躍起になっていることが想像できる。

次章から、各国における銅、リチウムの中国、韓国の投資状況を見ていくこととしたい。

図6.EV等への搭載電池のメーカー別シェア(2021年)

図6.EV等への搭載電池のメーカー別シェア(2021年)

出典:SNE Research社

3.チリ

(1)銅

チリの主要銅鉱山を、表1にてまとめた。

表1.チリの主要銅鉱山一覧
鉱山名 権益所有企業(権益:%) 企業所在国
Chuquicamata CODELCO(100) チリ
Radomiro Tomic CODELCO(100) チリ
Ministro Hales CODELCO(100) チリ
Gabriela Mistral(Gaby) CODELCO(100) チリ
Salvador CODELCO(100) チリ
Andina CODELCO(100) チリ
El Teniente CODELCO(100) チリ
El Abra Freeport MacMoRan(51)
CODELCO(49)
米国
チリ
Los Bronces Anglo American(50.06)
三菱商事(20.44)
CODELCO(20)
三井物産(9.5)
英国
日本
チリ
日本
El Soldado Anglo American(50.06)
三菱商事(20.44)
CODELCO(20)
三井物産(9.5)
英国
日本
チリ
日本
Collahuasi Glencore(44)
Anglo American(44)
三井物産(12)
スイス
英国
日本
Lomas Bayas Glencore(100) スイス
Escondida BHP(57.5)
Rio Tinto(30)
三菱商事(8.25)
JX金属(3)
三菱マテリアル(1.25)
豪州
英・豪
日本
日本
日本
Spence BHP(100) 豪州
Cerro Colorado BHP(100) 豪州
Centinela(酸化鉱) Antofagasta(70)
丸紅(30)
チリ
日本
Centinela(硫化鉱) Antofagasta(70)
丸紅(30)
チリ
日本
Antucoya Antofagasta(70)
丸紅(30)
チリ
日本
Zaldívar Antofagasta(50)
Barrick Gold(50)
チリ
カナダ
Los Pelambres Antofagasta(60)
JX金属(15.79)
三菱マテリアル(10)
丸紅(9.21)
三菱商事(5)
チリ
日本
日本
日本
日本
Quebrada Blanca Teck(60)
住友金属鉱山(25)
住友商事(5)
ENAMI(10)
カナダ
日本
日本
チリ
Carmen de Andacollo Teck(90)
ENAMI(10)
カナダ
チリ
Candelaria,
Ojos del Salado
Lundin Mining(80)
住友金属鉱山(16)
住友商事(4)
カナダ
日本
日本
Sierra Gorda KGMH Polska Miedź(55)
South 32(45)
ポーランド
豪州
Caserones Nippon Caserones Resources(100) 日本
Atacama Kozan 日鉄鉱業(60)
Inversiones Errazuriz(40)
日本
チリ
Mantos Blancos Capstone Copper(100) カナダ
Mantoverde Capstone Copper(70)
三菱マテリアル(30)
カナダ
日本
Michilla Haldeman Mining(99.9) チリ

出典:「世界の鉱業の趨勢2021 チリ ―データ集―」表7-1に筆者加筆

チリの銅鉱山の特徴のひとつは、歴史が長いことが挙げられる。19世紀、有望な鉱脈鉱床が発見され、1800年代に世界銅生産量1位となっていた時期があるとおり、早くから欧米資本や国営公社CODELCOによる開発が進んでいた1。この中で代表的な鉱山は、世界最大の露天掘り鉱山と言われるChuquicamata銅鉱山であり、開山が1882年とされ、100年以上の歴史を誇るほか、El Teniente銅鉱山等も同様に歴史が長い。このようにチリは有望な鉱床が既に欧米資本やCODELCOによってほぼ独占的に開発されてきた。2010年代以降に日本企業により開発された新しい大型鉱山もあるが、近年は粗鉱品位の低下が課題となるなど、優良なプロジェクトの開拓が徐々に難しくなりつつある。このような中、中国が新たにチリにて鉱山開発を行うという投資判断は、しづらいものと考えられる。一方で、チリの各企業にとっても中国は重要な顧客であり、中国としても安定的にチリから銅精鉱を購入できる以上、敢えて自らリスクや課題を克服し、直接投資をする必要性を感じていない可能性もある。

(2)リチウム

チリで現在操業中のリチウムプロジェクトは、いずれもAntofagasta州Atacama塩湖で操業している智SQM社と米Albemarle社の2社で、各社プロジェクトの権益比率はどちらも100%である。世界のリチウム生産量ランキングにおいて、チリは豪州に次ぐ2位となっているが、この2社でチリの2位の地位を堅持していることから、この2社の操業がいかに大規模であるかが想像できる。

チリにおける計画案件は、いずれもAtacama州のMaricunga塩湖にて、豪Lithium Power International社、智Minera Solar Blanco社、加Bearing Lithium社の3社によるプロジェクトと、加Simco SpA社によるプロジェクトの計2件が主なものである。

2021年10月、鉱業省は、リチウム探査・生産の特別操業契約(CEOL: Contratos Especiales de Operación de Litio)の入札を公告した。同年12月、鉱業省はこの入札に8社から提案の申請があり、このうち3社を却下し5社から選択すると発表した。2022年1月12日、5社のうち最も高額で応札した2社を落札者として決定したと発表した(表2)2。しかし、この発表は当初予定していた発表日(2022年1月14日)よりも2日早く、一部左派野党議員や環境活動家、先住民が、この採用プロセスに不正があったとして批判、Miguel Vargas Atacama州知事や地域住民からの訴えを受け、落札業者発表からわずか2日後の2022年1月14日、裁判所は本件入札の手続きを中止するよう命じ、以後本入札に係る動きは止まってしまった。

表2.CEOL入札企業、提案額、結果
企業名 企業所在国 入札提案額(US$) 結果
BYD Chile SPA社 中国 61,000,999 落札
Albemarle Limitada社 米国 60,000,000
Cosayach Caliche SA社 チリ 30,100,000
Servicios y Operaciones Mineras del Norte SA社 チリ 60,000,000 落札
SQM(Sociedad Quimica y Minera de Chile SA)社 チリ 33,150,000

出典:カレント・トピックス22‐03号「チリ共和国、リチウム特別操業契約(CEOL)の入札結果」に筆者加筆

この一連の動きを巡っては、CEOLの署名が落札から2か月以内と決められていたこと、また当時のPiñera政権が政権交代を2022年3月11日に控えていたことから、手続きを急いだのではとみられている。前述のとおり、チリのリチウム案件に中国企業が直接参入しているケースが無いことから、本件入札により中国企業が初めてチリのリチウム案件に参入することになるとみられていたが、現Boric政権はこのリチウム入札に反対の立場であることから、本件入札が進むのかどうかは不透明で、このまま立ち消えとなる可能性もある。

なお、チリはリチウム資源が豊富なことで有名だが、現状プロジェクトが少ない。これは、チリ鉱業法(法律第18248号、1983年公布)の第7条にて、リチウムが放射性物質(核融合物質)として取り扱われ、「リチウムは鉱区の設定ができない鉱物」と規定されていることに起因する。このため、リチウム生産・開発にはチリ核エネルギー委員会(CCHEN: Comisión Chilena de Energía Nuclear)の許可が必要である。一方、鉱業法第8条には、第7条規定の鉱物の探鉱及び採掘について、「国或いは、国有企業によって直接実施する、または、大統領最高政令で定める条件の適用を受ける管理鉱区、あるいは、CEOLを通じて行うことができる」と規定され、CEOL契約を締結した企業はリチウム開発・生産が可能となる3。このため、先のCEOLの入札は、チリのリチウムプロジェクトに参入する限られた門戸であった。

(3)中国の存在感

表1のとおり、チリの銅鉱山に中国企業の影はほぼ無い。しかし、S&Pにてチリの各鉱山を保有している資源メジャー各社の権益保有者を見ると、多くの資源メジャーの権益比率に、1%未満の割合で、香港のヘッジファンドChina Capital Advisors社が含まれている。さらに、Rio Tintoの最大株主はAluminum Corporation of China(CHINALCO:中国鋁業股份有限公司)で、保有比率は11.27%となっているほか、加Teck Resources社に2009年、China Investment社(CIC:中国投資有限責任公司)が資本参加している4。先述のとおり、チリの銅精鉱の最大の貿易相手は中国であり、鉱山の権益比率を眺めただけで「中国の存在感が皆無」と結論付けるのはやや短絡的かもしれない。また、2022年4月、智Andes Iron社がDominga鉄・銅プロジェクトを中国のコンソーシアムへ譲渡することに合意したが、本件は環境問題や住民対応が課題となっている。

リチウム案件にも、現行・計画いずれにも中国企業の名は無い。世界の大手リチウム生産者は「Big 5」と呼ばれ、この「5」とは、チリで操業する智SQM社、米Albemarle社のほか、米Livent社(旧FMC社)、中・天斉鋰業股份有限公司(Tianqi Lithium Corporation、以下、天斉鋰業)、中・江西贛鋒鋰業股份有限公司(Jiangxi Ganfeng Lithium Co.,Ltd.、以下、贛鋒鋰業)を指す。このうち智SQM社の株式23.77%は、天斉鋰業が2018年12月に加Nutrien社から取得したことから、智SQM社には中国資本が入っていることになる5。そのため、チリのリチウム案件において中国の存在が皆無という訳ではないという点は強調しておきたい。

(4)天然資源国有化に係る新憲法草案

2019年10月、首都Santiagoの地下鉄運賃引き上げを発端に発生した大規模デモは、やがてチリ全土に広がり、大きな騒動となった。このデモ参加者は、Augusto Pinochet元大統領の独裁政権下で制定された憲法による不平等に不満を示し、この是正には新憲法が必要だと訴えていた。これを受け、Piñera前大統領はデモから1年後の2020年10月、憲法改正の是非を問う国民投票を行った結果、8割近い国民が改憲に賛成の票を投じ、新憲法制定に着手することが決定した。2021年5月、選挙によって選出された、無党派層や左派寄りの議員が多い制憲議会が作成した新憲法草案には、天然資源の国有化、新たな社会的・環境的管理をする案が盛り込まれていた。この法案の主旨は、銅、リチウム、金、銀、液体または気体炭化水素、ウラン、マンガン、モリブデン、コバルト等の戦略的資源の開発および探査に関わる民間企業の国有化という提案であった。2022年4月21日、憲制議会本会議にて、議員154名による法案の審議ならびに投票が行われた。新憲法の最終草案となるには議会全体の3分の2(103票)の賛成票が必要で、逆に言えば、52票以上が反対に投じれば賛成には届かず、右派議員の37票の他に15票を取り込めばよい計算であった。結果、賛成98票、反対46票、棄権8票で、承認に必要な103票以上には届かず否決された。同報告書は環境委員会へ戻され、同委員会は15日以内に内容の修正を行う必要があったところ、2022年5月7日から憲制議会本会議にて、環境委員会から再提出された法案の審議ならびに投票が行われた。結果、資源国有化については否決され、再度環境委員会に差し戻された。2022年5月10日、環境委員会にて資源国有化の修正案を採決したところ、否決されたが、環境委員会の一部議員が再び資源国有化に関連する法案を提出し、2022年5月13日、環境委員会にて採択されたが、翌14日、憲政議会本会議での採決で再び否決され、これが最後の審議・投票であったことから、法案が再び環境委員会に差し戻されることは無く、資源国有化の法案は消滅した。

智Cadem社による2022年4月18日付けの最新の世論調査では6、新憲法草案に賛成を投じると答えた人の割合が38%、一方反対は45%、無回答・不明が17%となり、反対の割合の方が多くなっていた。またBoric大統領の支持率も、支持すると答えた人の割合が40%、支持しないが50%となり、政権発足後たった5週間という、過去に前例のない速さで不支持が支持を上回った。

こうした世論の不支持の広がりを受けてか、2022年3月中旬、Marcela Hernando鉱業大臣は、メディアによるインタビューにおいて、「政府は(民間資源会社の)収用を考えていないようだ。政府の最大の関心事は、安全な国であり続けるための外国投資である。」と言及した。同月下旬のCESCO Weekでも同大臣は、鉱業投資を確実にするような地方政府の領土整備計画を行うことに言及した。Boric大統領は選挙期間中、公約の中に「リチウムの国営企業設立」を謳っていた。2019年10月のデモ以前から国民の間でくすぶっていた格差への不満を一層象徴するかのように、2021年は銅が史上最高値を更新し、資源価格が高騰した。この格差への不満が、チリ北部の鉱業州であるAntofagasta州、Atacama州においてもBoric候補(当時)への票を集め、当選に繋がったとみられる。しかし当選から3か月が経ち、世論調査の結果を見ると、現実問題として国にリチウム開発を行う能力があるのか、国民の間で懐疑的な見方が広がっていたとみられる。憲制議会は国民の声を反映した構成とはなっていないとの否定的な意見もあったことから、憲法草案が憲制議会本会議で否決されたように、新憲法制定は前途多難な様相となっている。またBoric大統領の政策も、当初の極左と称された過激なものから、より現実的な路線に変更しつつあるとの見方もある。Boric政権が任命したMario Marcelo財務大臣は、前チリ中央銀行総裁で過去の政権下での勤務経験が豊富にある人物であるほか、2022年3月に新CODELCO会長に任命されたMáximo Pacheco氏は、CODELCO役員も経験しており鉱業に精通した人物であることから、安定的な政権運営を目指していることが窺える。

4.アルゼンチン

アルゼンチンで現在操業中のリチウムプロジェクトは、いずれもHombre Muerto塩湖で操業している米Livent社(旧FMC社)と、Olaroz塩湖の亜Sales de Jujuy社(豪Orocobre社、豊田通商株式会社、亜国営Jujuy Energía y Minería(JEMSE)社の出資)の2社である。

アルゼンチンにおけるリチウムの計画案件は数多あるが、主なものを表3に示す。

表3.アルゼンチンのリチウムプロジェクト(抜粋)
プロジェクト地 企業名
(権益比率、%)
企業所在国 投資金額 予定生産量
Hombre Muerto塩湖 Salta
Catamarca
Posco 韓国 4,000mUS$ 25千t/年
(生産開始時)
Cauchari-Olaroz Jujuy Ganfeng Lithium
(江西贛鋒鋰業)
中国 435mUS$ 40千t/年
Mariana Salta Ganfeng Lithium
(江西贛鋒鋰業)
中国 580mUS$ 200千t(推定)
Tres Quebradas Catamarca Zijin Mining
(紫金鉱業集団)
中国 380mUS$ 20千t/年
Rincon Salta Rio Tinto 英・豪 825mUS$
Centenario-Ratones Salta Eramet 400mUS$
LIB製造プラント建設 Jujuy Ganfeng Lithium
(江西贛鋒鋰業)
中国

出典:世界の鉱業の趨勢2021 アルゼンチン ―データ集―表7-1に筆者加筆

表3を見ると、アルゼンチンのリチウムプロジェクトは、チリとは異なり中国企業の存在感が目立つ。この理由として考えられるのは、リチウムはアルゼンチンの鉱業法において第1カテゴリーに分類、つまり国内・国外問わずあらゆる民間企業が地方の鉱業権を介して期間等の条件無く開発可能なことである。アルゼンチン政府は従来から、外国企業による鉱業投資を促進、鉱業を国の主要産業に成長させることを国家戦略とし、2020年10月にも「アルゼンチン鉱業開発戦略プラン」を発表している7。そして2021年12月、Fernández大統領は州政府に対し、鉱業を推進するよう求めている。Catamarca州やMendoza州等、反鉱業の州もあることから一概には語れないものの、チリと比較すると、アルゼンチンには外資が参入して開発できる素地が比較的整っていると考えられる。亜政府と中国企業は、リチウム案件で度々会合を開き、巨額の投資を発表していることから、中国企業を歓迎する様子が窺える。その一例を、以下に列挙する。

  • 2021年3月、Matias Kulfas生産開発大臣と中・江蘇建康汽車有限公司(Jiankang Automobile Co.)幹部が面談、アルゼンチン国内でのLIB工場及び電気バス工場敷設に関する覚書に署名
  • 2021年11月、国有石油会社YPF(Yacimientos Petrolíferos Fiscales)、中・寧徳時代新能源科技股份有限公司(CATL)と戦略的パートナーになる計画について協議
  • 2022年2月、中・紫金鉱業集団股份有限公司(Zijin Mining Group Co.)、Tres Quebradasリチウムプロジェクト(Catamarca州)の炭酸リチウムプラント建設に380mUS$を投資と発表
  • リチウムの産業化、高付加価値化に関しては、「リチウム・トライアングル」と言われるボリビア、チリ、アルゼンチンいずれの国も、単に原料を輸出するだけでなく、国内でより加工を施す産業化、高付加価値化を見据えている8。ボリビアは、Morales元大統領の時代から「EV製造までボリビア国内で行うことを目標とする」ことを高らかに謳っていたが、アルゼンチンは可能なところから、より現実的な路線で産業化を目指すとみられる。

5.ペルー

ペルー鉱業の歴史も比較的長く、日本企業も銅、亜鉛、鉛等の鉱山権益を保有している。銅鉱山は表4のとおりまとめた。

表4.ペルーの主要銅鉱山一覧
鉱山名 権益所有企業(権益:%) 企業所在国
Antamina BHP(33.75)
Glencore(33.75)
Teck Resources(22.5)
三菱商事(10.0)
英・豪
スイス
カナダ
日本
Cerro Verde Freeport McMoRan(53.56)
Buenaventura(19.58)
住友金属鉱山(16.8)
住友商事(4.2)他

ペルー
日本
日本
Las Bambas MMG(62.5)
Guoxin International Investment(22.5)
CITIC Metal Co. Ltd(15)
中国
中国
中国
Toquepala Southern Copper(Grupo México) メキシコ
Cuajone Southern Copper(Grupo México) メキシコ
Toromocho Chinalco 中国
Antapaccay Glencore スイス
Constancia Hudbay Minerals カナダ
Corquijirca Buenaventura(61.43)他 ペルー
Cerro Lindo Nexa Resources ブラジル
Cerro Corona(Carolina) Gold Fields 南ア
Yauricocha Corona ペルー
Yauli(San Cristobal、Carahuacra他) Volcan ペルー
Mina Justa Marcobre ペルー
(ペルー、チリ)

「1.鉱業における中南米と日中韓の関係」で述べたとおり、ペルーの鉱産物の主要貿易相手国は中国となっており、その存在感は絶大である。一方で、中国企業が参入する鉱山や銅プロジェクトはあまり無く、その状況はチリに比較的似ているともいえる。チリもペルーも、古くから欧米や日本による開発が進んでいることから、中国が参入する余地があまり無い一方で、中国は自らこれらの国で開発せずとも、他社の生産物を継続的、安定的に購入できれば、敢えて参入する必要が無いと考えている可能性もある。なお、国際銅研究会(ICSG: International Copper Study Group)のデータによると、中国はそれ自身がチリ、ペルーに次ぐ世界第3位の銅精鉱生産国である。但し、図7のとおり、中国は国内の精鉱生産量を制限し、国内で増加する需要を賄うため、精鉱の輸入量を増やしている。自国資源の保護政策から、自給率を徐々に下げ、外国からの供給分を増やしているという実態が見える。

図7.中国の銅精鉱生産量と輸入量の推移

図7.中国の銅精鉱生産量と輸入量の推移

出典:ICSG

ペルーで頻発する、鉱山開発を巡る地域住民の争議は、中国企業がオペレーターであるLas Bambas銅鉱山の争議が大きな事例のひとつとして挙げられる。この争議が起こる原因が、例えばボリビアであれば欧米の外資を排除するといった考えもあるが、ペルーにおいては外資か否か、それがどこの国の企業であるかはほぼ関係が無いと考えている。争議が起こる原因は様々に考えられ、

  • 開発者の、初期段階での交渉相手の見極めの甘さ
  • 第三者外部団体等の関与
  • 開発者の、先住民の水・土地・自然に対する概念への理解の欠如
  • 鉱山の恩恵を受ける地域と受けない地域の差
  • 先住民側の、実力行使以外に主張を訴える手段の欠如

といった点が挙げられる9。現状、政府もこうした争議には対処しきれず手をこまねいているのが実態で、地方つまり鉱業県の地域住民の支持を受けて当選したCastillo大統領も、幾度もの弾劾提案で政権運営は不安定な、厳しい状況に置かれている。そのため、資源価格高騰を背景とした資源会社への増税が絡む、法改正といった議論も進んでいないのが現状である。

なお、ペルーにもリチウムプロジェクトは存在し、Falchaniプロジェクト(Puno州)、Quelcayaリチウム・ウランプロジェクト(Puno州)が代表的なものである。これらを保有しているのはMacusani Yellowcake社というペルー国内の会社であり、この親会社Plateau Energy Metals社もカナダ企業であることから、中国資本は入っていない。

6.メキシコ

メキシコには、北部Sonora州を中心にリチウムの埋蔵が確認されており、その形態は主に粘土であるが、一部塩湖も存在するという。現状、プロジェクトとして最も進展しているのは、Ganfeng Lithium社(江西贛鋒鋰業股份有限公司)によるSonora州のBacanoraプロジェクトで、同プロジェクトが唯一開発段階にある。

2018年12月に就任したAndrés Manuel López Obrador(以下、AMLO)大統領は、就任当初は「憲法第27条により、地表および地下に存在する天然資源の所有権が国家に帰属すると定められていることから、国有化の必要はない」等とリチウム資源の国有化を否定する発言を行っていた。しかし2020年10月、自身が所属する与党国家再生運動(Morena)の議員が、リチウム資源を国有化し、国営企業の設立を目的とする憲法第27条の修正案を連邦上院議会執行部に提出したことで、AMLO大統領は「政府が早急に判断すること」と述べ、リチウム国有化の気配となった。ただし、すでに憲法において鉱物資源の所有権は国家に帰属すると定められていること、またメキシコでは既に付与されているコンセッションに対して遡及的に影響を与えることはできないという原則があるため、存在するコンセッションへの法改正の影響は少ないとみられていた。

2021年10月、AMLO大統領は、電力部門の規制強化を主目的とする憲法第25、第27、第28条改正法案を国会に提出した。この中には、リチウムをエネルギー転換に必要な重要戦略資源と定めるほか、民間企業に対する鉱業権は付与されず、リチウムを含む戦略資源は国家が活用する内容の条項も盛り込まれた。既存の鉱業権に関しては、改正法の発行時までに経済省が正当に承認したリチウム探査の履歴があることを条件に、当規制は適用されないと明記された。2021年12月、経済競争委員会(COFECE)はSonora州Bacanoraリチウムプロジェクト買収を、競争法上の懸念が無いとして承認した。ところが、AMLO大統領はこのプロジェクトを念頭に、「メキシコ国家の資源にも関わらず、なぜ中国企業を承認したのか」と非難したことで、AMLO大統領の一連の発言と法案には矛盾が生じることとなった。

2022年4月、AMLO大統領は、自身が提出したリチウム資源の国家独占に向けた憲法改正案に関し、仮に可決されるに至らなかった場合、鉱業法の改正をもって実現させるとの意向を表明した。可決には上院および下院議席数の3分の2以上の賛成が必要だが、与党連合が占める議席数はこれに満たない10。最大野党PANは反改正キャンペーン、PRIは反対票を投じると明言するなど、風当たりの強い中行われた2022年4月17日の下院本会議での投票結果は、改正に必要な出席議員数の3分の2の賛成が得られず否決された。しかしAMLO大統領は改憲が失敗する可能性を考慮し、鉱業法改正案を憲法改正案が採決に入る前に提出していた。憲法改正が否決に終わった翌日の2022年4月18日、鉱業法改正案は、賛成275票、反対24票、棄権187票で通過、翌19日に行われた上院本会議でも賛成87票、反対20票、棄権16票で可決された。その後、大統領府の承認を得て改正施行令が2022年4月20日付け官報で公布され、翌21日に施行された。

鉱業法改正の要点は、以下のとおりである11

  • リチウムの探鉱、採掘、選鉱、利用については、新設される公共機関が責任を負うものとする。(第1条)
  • リチウムは公益事業と宣言され、この分野における鉱業権、ライセンス、契約、許可は付与されず、リチウム鉱床が存在する地域は国有鉱区とする。(第5条-Bis条)
  • リチウムは国家財産と認識され、その探鉱、採掘、選鉱、利用はメキシコ国民の排他的利益のために留保される。(同上)
  • リチウムの経済バリューチェーンは、新設される公共機関を通じて国家が管理、統制する。(同上)
  • 鉱物資源の探査および採掘は、連邦政府によって国家戦略鉱物と宣言されたリチウム及びその他の鉱物を除き、鉱業権を取得することにより可能である。(第10条)

当初は、憲法改正でも現行プロジェクトには影響が無いとされていたが、AMLO大統領は、憲法改正が叶わないなら鉱業法を改正し、そして企業による訴訟も想定内と述べている。AMLO大統領がこうした行動に出る背景のひとつには、2021年から続くリチウム価格の高騰が考えられる。将来、ほぼ確実に需要増が見込まれるリチウムを今から国が囲い込み、その利益を国の財政に補填したいというのは、「資源ナショナリズム」と表現される、資源価格が高騰してくるとメキシコのみならずどの国でも発生し得る考え方である。今回のメキシコの国家管理モデルはボリビアともいわれるが、ボリビアが2006年にMorales元大統領が就任後、リチウム資源の国有化による産業化を声高に謳ってきたが、それから10年以上経ちボリビアは未だにリチウムの商業化に至っていない12。このことから、AMLO大統領の手法には野党をはじめ業界、有識者等からも強い反発が起きている。一方で、AMLO大統領の支持率は、コロナ禍にあった2020年前半を除き、概ね50~60%台を維持している13。この安定した高い支持率を背景に、自身の政策を次々に実行に移していく可能性があり、今後の行方は不透明な状況になってきている。

7.ボリビア

ボリビアのリチウム資源は、言わずと知れたUyuni塩湖にある。前述のとおり、2006年の就任後天然ガス資源や外国資本の国有化により、外国企業を排除してきたMAS党のMorales元大統領は、2009年2月に制定した新憲法の中で、リチウムを含む天然資源は国家に帰属する旨を明確に謳った。以後、ボリビアは、ボリビア・リチウム公社(Yacimientos de Litio Bolivianos、YLB)を設立し、リチウムは国が開発すると言いながら、マグネシウム含有量の多いUyuni塩湖のかん水からのリチウム採取という、その技術的課題の自力での克服に難航してきた。

結局ボリビアは、国単独での開発を事実上断念し、2019年8月、YLBは、Uyuni塩湖及びPastos Grandes塩湖での独ACI Systems Alemania GmbH社及び中Xinjian TBEA Group社(特変電工股份有限公司)と、リチウム開発に係る共同開発の契約を行った。但しこれは、YLBが使用したかん水の廃液からのリチウム採取というもので、やはり核の部分はボリビアが手放さない形ではあった。当初より外国企業を認めず、リチウム開発進展の妨げとなっていたUyuni塩湖の地元Potosi県の地元組織Comcipo(Comité Cívico Potosinista:Potosi市民委員会)は、この契約の破棄等を求めゼネストを起こし、反対の意を強く表明した。

2019年11月、憲法では3選禁止が謳われているにも関わらず、独自の解釈で大統領選に立候補し、4選を果たしたMorales大統領は、選挙に不正があったとしてボリビア全土で抗議活動が起こり、軍も辞任を要求したことから、追い詰められたMorales大統領は辞任を表明しメキシコやアルゼンチンに亡命した。このMorales大統領の辞任劇により、独及び中国企業とのUyuni塩湖開発に係る共同契約は反故にされてしまう。

Morales政権時代、財務大臣いわば大統領の右腕として活躍したMAS党のLuis Arce氏が、2020年11月大統領に就任すると、2021年4月30日、政府はUyuni、Pastos Grandes、Coipasa各塩湖でのリチウム産業化プロセスを加速する技術的革新を目的とした「リチウムの直接抽出(EDL)に関する国際公示」を発表した。これに20社が技術提案を提出し、その中から8社を選定、2021年11月、各社と覚書を締結した。この選定された8社の概要は表5のとおりであるが、このうち4社が中国企業である。

表5.ボリビア・リチウム開発国際公示の選定企業
採択企業名 企業所在国
CATL(寧徳時代新能源科技股份有限公司) 中国
Fusión Enertech(聚能永拓科技開発有限公司) 中国
EnergyX(Energy Exploration Technologies) 米国
Tecpetrol アルゼンチン
Lilac Solutions 米国
CITIC Guoan Group社(中信国安集団有限公司) 中国
TBEA Group社(特変電工股份有限公司) 中国
Uranium One Group ロシア

出典:現地報道より筆者まとめ

なお、今回の提案はあくまで技術提案であり、表5に示す企業8社が行うかん水からのリチウム分離に最低80%の効率を求め、コストと環境影響で最良の結果を出した企業が今後の開発に向けた交渉権を得ることとなっている。その後、2023年にリチウムプロジェクトを開始、2025年までにカソード及びLIB製造を開始する計画である。

Morales政権時代、多くの国がUyuni塩湖のリチウム資源に関心を抱き、ボリビア政府にアピールを行ってきたが、外国企業の参入は決して認めない頑ななボリビア政府を前に、開発の話は進展を見せなかった。そのような中、かん水の廃水を用いるという形で、地元の大きな反対の中でも何とか共同契約まで漕ぎ着けた独・中企業であったが、Morales大統領の辞任によって一旦はその門戸が閉じられ、ボリビアでの外資の活動の難しさが再び露呈した。現在、Morales大統領の信条をほぼそのまま引き継ぐArce政権となり、リチウム開発は仕切り直しを行っている最中だが、天日干しによる低コストでの生産に非常に有利なチリの塩湖かん水と比べ、Uyuni塩湖のかん水はマグネシウムの含有量が高い等、組成に課題があり、低コスト・低環境負荷での生産にはこの塩湖に適した技術が必要である。この高い技術的ハードルを越えること以上に、ボリビアにある、植民地時代からの欧米企業による資源の「搾取」に対する、あまりにも根深い嫌悪感は、世代を超えて地元民に強く深く浸透している。この、単なる「外資嫌い」の一言ではとても表現しきれない地元住民の感情といかに付き合い、和解していけるかが今後の鍵となろう。

8.エクアドル

エクアドルは、将来有望な未開発エリアを指す「資源フロンティア」のひとつであり、2019年、大規模鉱山が2件開山した。Zamora-Chinchipe県にあるFruta del Norte金鉱山と、Mirador銅鉱山である。Fruta del Norte金鉱山は加Lundin Gold社の100%保有であるが、Mirador銅鉱山は、銅陵有色金属集団有限公司が70%、中国鉄建株式有限公司が30%権益を保有するEcuaCorriente社が操業している。大規模な露天掘り鉱山で、生産開始は2019年7月、計画生産量は銅94千t/年、マインライフは30年とされている。2020年8月、鉱山キャンプで新型コロナウイルス感染が数件確認され、一時的な操業停止はあったものの、その活動は概ね順調で、エクアドルの中でも最貧県のひとつとされるZamora-Chinchipe県、ひいてはエクアドル国全体の外貨収入増加に大きく貢献している優良プロジェクトといえる。

エクアドルには、このほかにも複数のプロジェクトがあるが、このうちのひとつ、Mirador銅鉱山の北40kmに位置するPanantza-San Carlos銅プロジェクトは、中国系ExplorCobre社保有で、2007年から始まった14。しかし、2015年に在エクアドル中国大使館前での環境活動家による抗議デモのほか、2016年8月、歴史的に自らの土地だと主張し同プロジェクト内に居住し続けていた先住民Shuar族を軍と警察隊が強制排除し、死者が出る事態となった。Shuar族側は、プロジェクトの環境影響に関する説明が不十分であることや、事前協議が行われていないことに対して抗議の意を示しているが、その意思を時に放火や機材の窃盗等、暴力的な手段にて示すことがあり、2020年中の生産開始とも言われていたが、未だ開始には至っていない。

9.韓国

中国・韓国企業の動向という名目であったが、これまで見てきたところ、韓国企業の存在感はほとんど感じられなかった。過去の李明博政権下での資源開発への積極姿勢が、次期朴槿恵政権下で反転して以後、その政策に変更は無く、政府としての資源開発はその後みられていないのが現状である。むしろ、2019年、韓国鉱物資源公社(KORES)は巨額の負債を抱えていることが明らかとなり、2021年には事実上解体、韓国鉱害管理公団と合併し、新組織「韓国鉱害鉱業公団」となるなど、韓国の資源政策は厳しい局面を迎えている。

かつて李明博政権時代までに苦心して獲得した鉱山も手放す方向とされ、中南米の案件では、パナマのCobre Panamá銅鉱山とメキシコのBoleo銅鉱山がその代表例である。Cobre Panamá銅鉱山は、KORESとLS Nikko社の韓国コンソーシアムが権益20%を保有していたが、2017年、LS Nikko社は保有権益10%を売却して撤退、KORESも残り10%を2019年に売却入札にかけたが、失敗に終わっている。KORESが株式90%を保有するBoleo銅鉱山も、毎年深刻な財政的損失が発生し厳しい状況にあると報じられ、2020年、残りの株式を保有する加Camrova Resources社が権益の売却を検討、KORESも数年以内に売却する方針との報道が流れたが、現在までのところ状況に変化は無い模様である15

なお、POSCO等が企業単位で、アルゼンチンにて開発に参入しようとしている例はある。

おわりに

中南米における中国・韓国企業の動向について、以下のことが考えられる。

  • 日本の銅、リチウムの原料調達において、南米は重要な供給源のひとつであるのと同時に、南米にとっても日本は重要な顧客だが、その輸出量のシェアは中国が圧倒的に大きく、リチウムの輸出量は日本よりも韓国の方が大きい。
  • 20年後に予想されている莫大なリチウム需要に対する原料の手当てが現状見込めていない。そのような中、最大の需要地である中国は原料確保に躍起になっているとみられ、その原料調達地の候補のひとつが南米となっている。
  • 中国は南米各国で入札等に参加しているが、チリやペルーでの現行の銅・リチウムプロジェクトにおいて、中国の存在感は薄い。どちらも開発・生産は既に欧米や日本が握っており、中国に参入の余地が無いのだと考えらえる。一方で、中国は生産物を購入する最も重要な顧客となっている。中国は自国でも銅精鉱や水酸化リチウムの生産がある中で、継続的かつ安定的に原料が購入できる状態であるならば、自ら様々なリスクや課題を克服して敢えて鉱山開発から参入する必要性を感じていない可能性がある。
  • 中国は、リチウムではアルゼンチン・メキシコ・ボリビア、銅ではエクアドル等、これまでほとんど開発されてこなかった有望な国に進出している。既に開発が進んでいる国での存在感はあまり無いが、これから開発が見込まれる国へは積極的に参加している。

世界情勢は日々目まぐるしく変化し、少し前までは考えられなかったようなことも起きている。地球温暖化対策は「待ったなし」と言われ、これに貢献可能な金属は、既に世界で取り合いとなっていて、隣国は素早い意思決定によって中南米をはじめあらゆる地域に触手を伸ばしている。


  1. 「銅ビジネスの歴史」第1章、p.16、2006年
  2. 兵土大輔著JOGMECカレント・トピックス22‐03号「チリ共和国、リチウム特別操業契約(CEOL)の入札結果」2022年2月
  3. 縫部保徳著JOGMEC金属資源レポート2012.3「チリ北部のリチウム資源」2012年3月
  4. 神谷夏実著JOGMECカレント・トピックス2009年38号「中国、外貨準備金を使い、国外資源権益獲得を活性化」2009年8月
  5. S&Pによると、現在の天斉鋰業の権益保有比率は48.33%に増え、筆頭株主となっている模様である。しかし、天斉鋰業は海外鉱山買収から業績不振に陥り、2020年12月、リチウム権益の一部を豪州資源会社IGO社に売却等している。
  6. https://cadem.cl/estudios/plaza-publica-431-desaprobacion-50-9pts-al-presidente-boric-supera-por-primera-vez-a-la-aprobacion-40-4pts-y-completa-un-alza-de-30pts-en-5-semanas/(2022年4月22日ダウンロード)
  7. http://newsletter.adimra.org.ar/files/NIpjfBd4/Plan%20Estrategico%20para%20el%20Desarrollo%20Minero%20Argentino%20-%20Memoria%20Viva.pdf
  8. 2022年4月7日、ボリビアとアルゼンチンがリチウム資源開発の技術協力や産業化に向けた覚書を締結したほか、2022年4月14日にラテンアメリカ・カリブ経済委員会(CEPAL: Comisión Económica para América Latina y el Caribe)主催で開催された国際フォーラム「ラテンアメリカからのリチウムの展望(Perspectivas del Litio desde América Latina)」にてボリビア、チリ、アルゼンチン、メキシコの4か国がリチウム産業化を進めることに言及した。
  9. このほかの一例として、小口朋恵、柴原理沙著JOGMEC金属資源レポート20_02_vol.49「ペルー・Tía María銅プロジェクトを巡る反対運動」2020年2月を参照ありたい。
  10. 与党連合の議席保有率は上院57.8%、下院55.5%であった。
  11. 佐藤すみれ著JOGMECカレント・トピックス22-05号「メキシコ2022年鉱業法改正の概要と課題」2022年5月
  12. メキシコは、2019年11月、ボリビアから亡命したMorales元大統領の一時避難場所として受け入れた経緯からも、親ボリビアであると言える。
  13. https://www.eleconomista.com.mx/politica/AMLOTrackingPoll-Aprobacion-de-AMLO-16-de-mayo-20220516-0006.html(2022年5月16日ダウンロード)
  14. Mirador銅鉱山と同じく、銅陵有色金属集団有限公司および中国鉄建株式有限公司が株式を保有する企業である。
  15. 金属企画部調査課著JOGMECカレント・トピックス20-15号「韓国・文在寅政権の資源確保戦略―資源開発基本計画概要―」2020年8月

おことわり:本レポートの内容は、必ずしも独立行政法人石油天然ガス・金属鉱物資源機構としての見解を示すものではありません。正確な情報をお届けするよう最大限の努力を行ってはおりますが、本レポートの内容に誤りのある可能性もあります。本レポートに基づきとられた行動の帰結につき、独立行政法人石油天然ガス・金属鉱物資源機構及びレポート執筆者は何らの責めを負いかねます。なお、本資料の図表類等を引用等する場合には、独立行政法人石油天然ガス・金属鉱物資源機構資料からの引用である旨を明示してくださいますようお願い申し上げます。

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