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最近の資源ナショナリズムの動向 2023年
はじめに
資源ナショナリズム(Resource Nationalism)は、古くは1960~70年代頃から、資源価格の高騰や特定の資源に対する世界的需要の増加等を背景に、度々興る概念である。昨今では、走行時にCO2を排出しない電気自動車(EV)が、カーボンニュートラル達成に向けたひとつの手段として急速に普及し始め、「バッテリーメタル」と称されるEVの原料鉱物の需要増加に伴う供給不足が叫ばれている。こうした中で、資源保有国において再び資源ナショナリズムの動きがみられるようになっている。
廣川満哉著金属資源レポート「最近の資源ナショナリズムの動向」(2012年11月)から10年が経過した今、本稿は、この世界的な資源ナショナリズムに関する最近の動向について今一度見直し、世界で今何が起きているのかを俯瞰するきっかけとしたい。はじめに「資源ナショナリズム」とは何なのか、その概念や定義を改めてまとめたのち、各地域における「資源ナショナリズム」の動向を詳述していく。この各章は、それぞれの地域担当者がそれぞれの視点から執筆した。「1.資源ナショナリズムの概念」「4.アフリカ」は原田武、「2.中南米」は小口朋恵、「3.東南アジア」は五十畑樹里、「5.中国」は千葉樹が担当する。
1.資源ナショナリズムの概念
1.1. 資源ナショナリズムの定義
資源ナショナリズムはマスメディア等でよく目にするが、その定義には色々なものがあり、以下のように表現されることがある。
- 資源保有国が、自国の資源の主権を求める動き
- 鉱山利益を資源国や地域社会に還元する動き
- 自国の資源を囲いこむ動き
- 多国籍企業や先進工業国による資源の乱掘や利益独占に対抗する動き
具体的には、権益の国有化・収用、外資制限、高付加価値化、輸出制限、カルテル、ロイヤルティ(Royalty)や超過利潤税の導入など、各種政策変更の形で現れる。
1.2. 非鉄業界における資源ナショナリズム
1960年代の世界的な独立・ナショナリズム台頭の時代、銅業界において資源ナショナリズムの気運が高まり、主要産銅国(チリ、ペルー、ザンビア、ザイール(現DRコンゴ))では、銅鉱山の国有化の動きが顕在化した。「これまで欧米資本により掌握されてきた資源を自国民の手に取り返すため」といった脱植民地化、国内資源に対する主権という色合いが強くあった。
1990年代になると、国営企業による非効率な経営と市況の低迷から経営不振が表面化した。資源国は外資による開発の必要性を認識し、鉱業の自由化と外資規制緩和の方向に転じた。今も銅メジャーとして大規模操業を行うチリCODELCOなどの例外を除き、大部分の国有企業が民営化の道を辿ることになる。
2000年以降、外資による自由化路線は継続したが、資源価格が高騰するにつれ、資源国・地域において、資源ナショナリズムが再燃し始めるようになった。
特に、近年の背景には、カーボンニュートラルやエネルギートランジションを背景に、銅のみならず、他の金属への注目度も増してきていることが上げられる。また、コロナ禍による社会的不平等の拡大、資源国における財政難なども背景にある。その他、資源国における大統領選や政権交代の前後において再燃するケースも見られる。世論において「鉱山は地域経済に十分に貢献できているのか」がより強く意識されるようになってきたことの表れであると考えられる。
出典:JOGMEC著『ベースメタル国際事情と我が国鉱物資源政策の変遷』2006年8月
1.3. 資源ナショナリズムの類型化
世界各国での資源ナショナリズムのケースを、おおむね以下の3つのタイプに分類した。
(1)権益への関与拡大
国が権益への関与を拡大させる手法として、鉱山の国有化、外資制限、政府や公社による権益取得または権益比率の引き上げ、政府の鉱山操業への介入といった方法がある。1960~70年代、銅について南米やアフリカで鉱山接収や買収による国有化が行われたが、その後、経営難から民営化されていった経緯がある。
(2)自国や地域の経済発展
自国・地域を経済発展させるための高付加価値化を目的として、鉱石等の原料輸出の規制、ローカルコンテンツの義務化、輸出税の設定等が挙げられる。
(3)鉱業からの歳入拡大
鉱業からの歳入を拡大させる方法は、鉱業特別税、鉱業ロイヤルティの引き上げや、超過利潤税の導入等がある。鉱業ロイヤルティとは、特定の利権の利用者(鉱業権を付与された鉱山会社など)が資源の所有者(国、地域等)に支払う対価であり、輸出額や鉱石生産量を基に計算されるなど、計算方法や税率は様々である。こうした鉱業だけにかけられる特別税は、国内で大きな災害が発生した場合に創設され復興財源とされたり、鉱業活動が盛んに行われる地方州や県等に分配され、地域経済の発展に使われたりする。
2.中南米
中南米は、チリの銅、ペルーの鉛・亜鉛、ボリビアの錫、メキシコの銀というように豊富な金属資源の埋蔵量を有し、生産量を誇る伝統的な資源国が集まるエリアのひとつである。特に近年は、カーボンニュートラルの志向の高まりを受けたEVの増加が見込まれることを背景に、EVに搭載されるリチウムイオン電池(LIB)の原料のひとつであるリチウムに世界から多くの関心が寄せられ、このリチウムを中心とした資源ナショナリズムの傾向が顕著である。チリ・アルゼンチン・ボリビアはリチウムトライアングルと呼ばれ、豊富にリチウムを含む塩湖が多数存在するエリアを有する。そのため世界の関心が南米のリチウムに向けられている中、これらの国々は自国のリチウム資源を自国民の利益のために自らの手で開発すべきと主張、もしくは不当な「廉価」で「搾取」されないよう強硬な政策を執る国もある。そして選挙の際、自身の支持率向上のため、また政権の浮揚策にも利用されている。2022年以降、中南米各国の資源ナショナリズム政策が具体化しつつある現状を、以下のとおり見ていくこととしたい。
2.1. チリ
2022年3月、弱冠36歳のGabriel Boric氏がチリ史上最年少で大統領に就任した。選挙期間中、左派のBoric候補(当時)は、リチウム国営企業創設といった比較的資源ナショナリズム色の強い政策を主張した。この学生運動の一リーダーであった人物が、第1回目の投票で1位となった保守系右派Kast候補を最終的に破り大統領にまで上り詰めた背景のひとつには1、国土の北部に集中する鉱業州の支持が高かったことが挙げられる(表1)。多数の鉱山会社が活動する鉱業州で、いわば民間の鉱業活動に反対の立場を取るBoric候補が支持を得たことは、関係者には驚きをもって受け止められたであろう。その背景には、2021年春に資源価格が高騰する中、企業ばかりが儲けていないか、自国民はその資源の利益を余すことなく享受できているか、といった疑念が少なからずあったのではないかとみられる。
州 | Kast候補(%) | Boric候補(%) |
---|---|---|
Tarapaca | 51.32 | 48.68 |
Antofagasta | 40.21 | 59.79 |
Atacama | 34.56 | 65.44 |
Coquimbo | 36.72 | 63.28 |
Valparaiso | 40.71 | 59.29 |
首都州 | 39.67 | 60.33 |
O’Higgins | 42.67 | 57.33 |
Aysen | 43.74 | 56.26 |
出典:SERVEL
2021年5月、新鉱業ロイヤルティ法案が下院本会議で可決された。このときの案は、銅のLME価格に応じて変動する累進課税(限界税率75%)を加えたもので、この実効税率は様々な計算がなされたが、80%を超える可能性も指摘されていた。中南米の鉱業国各国の実効税率が40%前後とされる中、チリだけ異常に高い税率となることから(図2)、鉱業関係者が反対の立場であったのはもちろんのこと、政府内でもチリの投資環境が劇的に悪化するとの懸念が示された。その結果、その後の上院での各種委員会等での審議を経る中で、幾度も出された修正案によってより現実路線に近づき、実効税率は徐々に下がっていった。
出典:webyempresas、JOGMECニュースフラッシュ
2022年10月に発表された政府修正案の概要は以下のとおりである。本案は2023年1月、上院鉱業エネルギー委員会で承認され、上院財務委員会に送られた。
2021年5月案 | 2022年7月案 | 2022年10月案 | 結果 | |||
---|---|---|---|---|---|---|
売上高に対する課税:Ad Valorem | ||||||
変動基準 | 銅価格(2.0~4.5US$/lb) | 銅生産量(銅量)・銅価格 | 銅生産量(銅量) | 採用 | ||
税率 | 15~75% 加えて、生産鉱物価値に対し3% |
200千t/年以上 | 1~7% | 50千t/年~ | 1% | |
50~200千t/年 | 1~2% | |||||
~50千t/年 | 免除 | ~50千t/年 | 免除 | |||
利益に対する課税 | ||||||
変動基準 | - | 銅価格 (2.0~5.0US$/lb) |
営業利益率 (MOM:Margen Operacional Minero) |
採用 | ||
税率 | 2~36% | ~0 | 免除 | |||
0~20 | 8% | |||||
20~45 | 8~12% | |||||
45~60 | 12~26% | |||||
60~ | 26% |
出典:JOGMECニュースフラッシュ
この政府修正案では、売上高・利益に対する課税いずれにおいても、当初案にあった、LMEの銅価格が上がると税率が上がるという、銅価格に応じた累進課税の案ではなくなったことから、銅価格が高値の際に得られた企業側のいわば「想定外」の利益に対する課税は不問とされた。利益に対する課税においては、営業利益の計算で、営業費用及び減価償却費等を差し引くことがこれまでの案では不可となっていたが、今回は可能となっており、課税対象となる額ひいては税金が減ることになる。ただし、銅価格が上昇すれば営業利益率も上がる可能性が高い。売上高に対する課税においては、当初案にあった銅生産量(銅量)が「50~200千t」、「200千t以上」という括りが無くなった。200千t以上に該当するのは一部の大規模鉱山であることから、200千tの境が無くなったことで大規模か否かは不問となったが、一方で50千t以上の銅生産量に該当する鉱山は多数であり、課税免除となる鉱山はごく一部である。この修正案によって、2022年7月修正時に55~58%とされた実効税率は、48%(Consejo Minero(チリ鉱業審議会)試算)まで下がった2。しかし40%前後の中南米諸外国と比較するとまだ高い状態であった(表2)。
2023年5月、2022年10月政府修正案が上院財務委員会ならびに上院本会議で可決され、下院本会議での再審議・再可決を経て、2023年、Boric大統領等が新鉱業ロイヤルティ法に署名した。なお、上院本会議で可決された税負担率上限(ロイヤルティ+法人所得税+源泉所得税)は以下のとおりとなり、過度な税負担に反対してきた鉱業界に政府が一定の配慮を見せた形となっている。
- 銅年産量50~80千tの鉱山会社の税負担率上限:45.5%
- 銅年産量80千t以上の鉱山会社の税負担率上限:46.5%
現在の新鉱業ロイヤルティ法案の動きの背景には、各鉱山会社との税率安定契約が2023年までで切れるため、2024年以降の契約に向けた法整備といった目的があるとみられている。しかし、明らかに増税を目的とした背景には当初、コロナ感染拡大による経済不況や対策費等で減った政府の財源を確保する目的もあり3、鉱業のみならず、富裕層に対する所得税の増税等も同時に議論されている。また、2019年10月に発生した地下鉄運賃値上げを発端とした首都Santiagoでの暴動は、国民の富裕層との格差拡大や不平等が動機の発端であり、怒りの矛先は富裕層出身のPiñera大統領(当時)にも向いていたが、資源価格の高騰時には、いわば誤算の儲けと見られがちな資源会社の売上が標的となっている点も否めない。しかし資源価格は時によって上下の振れ幅が大きく、一時的に高値になることもあれば、安値が続くこともまたあるものである。この鉱業に対する増税策が、低迷するBoric政権の浮揚策のひとつとなっているとみられる。鉱山会社にとっては、低品位鉱石を比較的大規模に採掘するのが特徴的なチリにおいて、一層銅品位が低下し、不純物の品位が上昇する中、増税は投資環境の悪化に直結し、業界関係者からは反対・懸念の声が上がっていた。政権としては、増税による恩恵を待つ国民の目も睨みつつ、チリ鉱業の将来も見据えながら、落としどころを探っていった結果と考えられる。
チリでもう1点、資源ナショナリズムの動きとして記載しなければならないのは、国内のリチウム資源国有化の動きである。2022年2月、資源国有化の内容を含む新憲法案が制憲議会の環境委員会にて賛成多数で採択されたが、その後の議会での投票では、採決に必要な議会全体の3分の2の票を集めることができず、その結果、法案が環境委員会と制憲議会を幾度も往復した結果、2022年5月の制憲議会本会議で否決され、資源国有化の法案は消滅した。その後2022年9月、国民投票が行われた結果、新憲法案は可決に必要な賛成過半数を得ることができず、法案は廃案となった。新憲法案が国民に受け入れられなかった理由のひとつは、Boricが大統領就任後、急速に支持率を失っていったことも挙げられる4。さらに制憲議会のメンバーが、右派、中道、左派、公職経験のない左派寄りの無党派層と幾つものグループに分かれ5、当時の政権与党であった中道右派が議席の3分の1を獲得できず、議会発足当初から厳しい舵取りを迫られていたことは否めない。
新憲法による資源国有化の動きは失敗に終わったが、Boric政権は引き続きチリのリチウム資源を国が管理する準備を進めていた。2023年4月20日、Boric大統領は「国家リチウム戦略」を発表した(カレント・トピックス23-06:チリの「国家リチウム戦略」参照)。現在、チリ国内の塩湖でリチウム生産を行っているのは、智SQM社と米Albemarle社の2社で、両者はCORFOとAtacama塩湖中のリチウム及びその他の物質を採掘するリース契約を締結しているが、このリース契約期限がSQM社は2030年まで、Albemarle社は2043年までで満了となるため、政府はこの切り替えのタイミングでの制度変更を試みている。元々、チリでのリチウム開発に参入するには特別操業契約(Contratos Especiales de Operación de Litio:CEOL)を締結しなければならないところ、2013年と2021年に鉱業省が行った入札は、プロセスの不備や先住民による権利保護の訴えでいずれも結果的に無効となった。チリ鉱業法でリチウムは鉱区を設定できない鉱物とされ、旧鉱業法でリチウム開発が認められている時に取得された鉱区を除き、民間企業によるチリのリチウム開発は事実上ほぼ不可能という規程の中、CEOLは限られた開発への参入の窓口であったが、チリのリチウム開発に対する新規参入の難しさを物語っている。
今回発表された「国家リチウム戦略」では、国営リチウム企業主導の下で生産が行われると規定するが、元々、現行鉱業法でも鉱区設定ができない鉱物の探鉱・採掘は国或いは国有企業が直接できると規定されていた。現行鉱業法と「国家リチウム戦略」双方の規程の下での民間企業の参入や国家による介入の方法等について、更なる議論、法整備や詳細を待たねばならないが、いずれにしろ国家の関与、介入は一層強まることが予想される6。
2.2. メキシコ
2018年、大統領に就任したAMLO(Andrés Manuel López Obrador)大統領は、2021年10月、国会に憲法改正案を提出した。その中に、電力再国有化とともにリチウム開発に関する規制が盛り込まれていた。2021年春、AMLO大統領は炭化水素法改正法案を提出し、国営石油会社(Pemex)による支配力強化等、資源に対する国の関与を強める動きに出ていたが、メキシコ国内で未だ開発されず手つかずのリチウムもその標的となった。
2021年末、経済競争委員会(COFECE)は、Ganfeng Lithium社(江西贛鋒鋰業)によるSonora 州Bacanoraリチウムプロジェクト買収を、競争法上の懸念が無いとして承認したが、AMLO大統領が「なぜ中国企業を承認したのか、(改憲により)リチウムは国家戦略資源となり、メキシコ人によるメキシコ人のための開発を行うことが既に決定している」とBacanoraリチウムプロジェクトを名指しで批判した。しかし憲法改正法案の中では、「既存の鉱業権に対しては、改正法の発行時までに経済省が正当に承認したリチウム探査の履歴があることを条件に、当規制は適用されない」旨が示されており、現在開発中のSonoraリチウムプロジェクトはこの条件を満たすとされることから、AMLO大統領による一連の発言と法案には矛盾が生じてしまった。しかし、この発言により、外国企業によるリチウム資源開発は鉱業権所有の有無に関係なく、全面的に認めない方針であることが明らかとなった。
憲法改正には上院および下院議席数の3分の2以上の賛成が必要だが、当時与党連合が占める議席数はこれに満たなかったため、AMLO大統領は鉱業法改正も視野に入れ始めた7。2022年4月17日、下院本会議での投票が行われたところ、憲法改正案は否決されたが、AMLO大統領はこれを予想し鉱業法改正案を予め提出していた。結果、2022年4月18日に下院、翌19日に上院を通過し、21日付で鉱業法改正案を施行と、異例のスピード可決となった。この新鉱業法で、リチウム鉱床は国有鉱区、リチウムは国家財産、国家が管理・統制すると規定し、民間企業の参入を規制することとなった。
また2022年8月26日、AMLO大統領が政令を公布し、エネルギー省管轄の国営リチウム公社(LitioMx)を設立した。翌2023年2月、LitioMxがプロジェクト決定権を持つ条件での民間企業とのJV設立、税制優遇措置を検討中と報じられたところ、同年3月、加Advance Lithium社がLitioMxとJV組成に向けた協議を開始したという。
AMLO大統領は、民間企業を含めず国営企業だけでリチウム開発を行うにあたり、ボリビアの事例を参考にしているという。しかしボリビアのリチウムは後述のとおり未開発な上、ボリビアはチリやアルゼンチン同様塩湖かん水であるのに対し、メキシコのリチウムは泥であり、泥からのリチウムの商業生産事例は未だ無い。果たして国だけで、技術力は民間企業から借りるとしても、未知なる泥リチウム開発を商業生産にまで漕ぎ着けることができるのか。しかし世の中のカーボンニュートラルの流れで、石油需要が徐々に減退していく可能性がある中、石油に代わる次なる資源はリチウムだとして、その開発に対しては強硬な姿勢を維持していくものと予想される。EVの普及とともに、世界的にリチウム争奪戦が激化していくと、一層リチウム国内資源を温存させ、自らのみの手による開発に向かうに違いない。
2.3. ボリビア
中南米においても、また世界的に見ても、資源ナショナリズムが最も強い国のひとつがボリビアである。このような思考、行動に至る理由には、ボリビアの土地柄、さらにいわば「搾取」の歴史が挙げられる。まず、ボリビアのGDPは南米諸国の中でも最も低く、最貧国のひとつに上げられる8。また先住民人口も4割程度と、他の南米諸国と比べてもその割合は大きい9。16世紀にスペイン人が南米大陸に上陸した後、ボリビアで大規模な銀山(Potosi銀山)が発見され、そこから大量の銀が生産されスペインの栄華を支えた。その後も三大財閥による鉱山開発で国内資源は欧米に輸出された一方で、資源提供側であるボリビアに富は残らず、むしろ現在に至るまで南米の最貧国となっている。
このような歴史的経緯を踏まえ、2005年に当選したEvo Morales元大統領は、ボリビア初の先住民出身大統領であった。Morales元大統領は反米・民族主義を掲げ、石油・天然ガスの国有化を宣言、2007年2月にはVinto錫製錬所を国有化、同年5月にはボリビア国営公社(COMIBOL)の機能強化に関する大統領令を発行し、過去に契約された鉱山所有権以外の全ての鉱区はボリビア国家の所有であり、その開発、生産、販売等の権利は全てCOMIBOLに集中させた10。このため、鉱業権を既に保有し、現在活動している鉱山や探鉱開発案件は今後も引き続き権利を保障されたが11、民間企業による鉱山開発の新規参入は基本的に認められないこととなった。更に2009年2月に改正された新憲法では、天然資源の管理は国家に委ねられる、新規鉱区での民間企業活動の規制等、資源の国家管理が鮮明となっている12。Morales政権となって以後、新規に開発された鉱山は1件も無い状態である。
Morales大統領は、2019年10月の大統領制選挙で再選されたが、その開票作業を巡って不正が発覚、国家警察や軍、一部の閣僚等からも辞任を要求される事態となり、同年11月に大統領辞任を表明、国外に亡命した。その後一時は暫定政権となったが、現在は再びMorales元大統領の信条を継承するLuis Arce元財務相が大統領となっており、ボリビアの資源ナショナリズムの思想に変化は無い。
またボリビアを語る上で欠かせないのは、「天空の鏡」と呼ばれ観光地としても人気を博したウユニ塩湖のリチウム開発である。ボリビアのリチウム埋蔵量は世界一とされ13、EVがトレンドとして騒がれ始めた2000年代から、ウユニ塩湖のリチウムはボリビアの守るべき資源の象徴として大切にされてきた。世界中がその資源量の豊富さからウユニ塩湖に注目する中、Morales元大統領は2009年に憲法を改正し、リチウム資源も実質国有化された。リチウム開発のためボリビアリチウム公社(Yacimientos de Litio Bolivianos、以下YLB)を設立し、自ら開発を進める計画であったが、ウユニ塩湖のかん水はマグネシウム等の不純物の濃度が高く、条件が他の塩湖と比べ不利なことから、既に大量生産を行っているチリと比較し、コスト競争力をもった開発の厳しさが露呈した。このため、Morales元政権下で、独及び中企業(TBEA:特変電工)と共同開発の契約を行ったが、Morales大統領更迭のほか、開発の主体はあくまでYLBであるとしても、外国企業が参入することへの強い反発が地元から起こったこともあり、共同開発契約は反故となった。その後、Arce政権下で、政府はUyuni、Pastos Grandes、Coipasa各塩湖でのリチウム産業化プロセスを加速する技術的革新を目的とした「リチウムの直接抽出(EDL)に関する国際公示」を行い、中国、ロシア、米国、アルゼンチンから計8社が名乗り出て、EDL試験を行った。2023年1月、これらの中から、コストと環境影響で最も優秀な結果を出したとされる、中国コンソーシアムCBC(CATL BRUNP & CMOC)が共同開発協定に漕ぎ着けた。また、開発にあたってひとつの技術に依存せず、今後複数の企業と協定を結んでいく意向を表明し、同年6月には中CITIC Guoan社、露Uranium One Group社がそれぞれ新たな協定を締結した。しかし、共同開発協定の詳細は不明ながら、やはり開発の主体はYLBつまりボリビア自身である点は忘れてはならない。ボリビアのリチウム開発は、その資源が注目され始めて早20年近く経過したが、未だスタートラインに立ったばかりである。
独立後、人口割合では至極一部であるいわゆる上流階級の富裕層が握っていた大統領の地位を、21世紀になり初めて先住民出身者が獲得した。この流れは紆余曲折を経ても現在まで続いている。先住民にとっては、これまでは「搾取」の歴史であった。がしかし今は、自分たちの国のことは自分たちが決める。今後もしばらくはこの流れが続くのであろう。
2.4. ペルー
ペルーの歴代大統領において左派、それも急進左派の大統領は稀である中、2021年7月、急進左派Perú Libre党のPedro Castillo候補が、右派Fuerza Popular党のKeiko Fujimori候補を破って当選した。主に都市部の富裕層からの支持を得ていたFujimori候補に対し、Castillo候補は地方の中間層・貧困層からの支持を得、選挙戦においてCastillo候補は、鉱物資源を「持ち去る」大企業との契約の再交渉を行い、国の富を「取り戻す」といったやや過激な表現で、国による資源管理、ひいては資源の国有化を謳っていた。
しかし、Castillo候補が大統領に就任すると、元々地方の教師だったCastillo大統領の政治家としての経験・知識不足が露呈してしまう。同政権における「資源ナショナリズム」的政策は以下のような事項が当てはまると考えられ、「1.(1)資源ナショナリズムの定義」として挙げた4点全てに当てはまる内容であるが、いずれもほぼ失敗に終わっている。
- 2021年7月の大統領の就任演説で、選挙期間中に取り沙汰された国有化の考えは無いと明言しながら、資源業界に「重大なアノミー(無規範状態)がある」、また「社会的利益(Rentabilidad Social)」を創出できない鉱業プロジェクトは実施不可能、と発言。「社会的利益」が何を意味するのか、その定義付けを巡って一時混乱。その後、「社会的利益」を創出できないとされた鉱業プロジェクトに対する措置的なものは行われていない。
- 2021年11月、Ayacucho州の、以前から環境汚染を理由に地元の反対デモが起きていたApumayo金鉱山、Inmaculada金・銀鉱山、Breapampa金・銀鉱山、Pallancata金・銀鉱山の閉山・撤退働きかけを、Vasquez首相を筆頭とする政府(首相府)と関連地方自治体間で合意。しかし鉱山を保有する企業のほか、鉱業関連団体・協会、商工会議所等が一斉に反発し、首相府は合意からたった5日後に閉山・撤退方針を撤回。
- 2021年中、税収増を見込み、政府は国際通貨基金(IMF)の支援等によって準備した鉱業税制改正の立法権を、国会に申請。しかし同年12月、国会本会は鉱業税制改正などの9項目を除く形で立法権付与を承認、鉱業税制改正は事実上頓挫。2022年9月、Bruneo財務大臣が、現時点で鉱業セクターの増税を行う見通しは無いと表明、増税案は事実上消滅。
- エネルギー鉱山省の大臣等の主要ポスト多数に、業界の経験・知識の乏しい与党Perú Libre党に近しい人物を配置。しかし経験・知識の無さが露呈したり内閣改造が相次いだため、Castillo政権下の10か月間で大臣が5回も交替14。また幹部の異動も多く発生。
- 鉱業が盛んな地方州からの支持を受け誕生したCastillo政権には、相次ぐ鉱山・プロジェクトに反対する地域住民への対応が政権発足当初から期待された。しかし幹部は、鉱業に反対する地域住民に迎合的対応を取ったところ、業界からの強い非難に遭い、地域住民寄りの対応では和解策を見い出せず。地域住民と企業間の仲介・和解に奔走。
やがて、Perú Libre党のCerrón党首との確執等が生じ、党内分裂もあり、Castillo大統領は与党Perú Libre党を離党した。Castillo大統領に対しては、2021年12月と2022年3月の2度、罷免決議案が提出され、いずれも否決された。しかし、2022年12月7日、Castillo大統領が国会の暫定的解散と臨時政府樹立を宣言、しかしこの国会解散には法的根拠がなく、同日午後に国会は弾劾審議を実施し賛成多数となり、Castillo大統領は罷免され、憲法規定に基づき副大統領が昇格し、Boluarte大統領が就任した。その後、この大統領罷免からBoluarte大統領就任を巡って各地で暴動が発生し、2023年1月、複数の鉱山も地域住民による襲撃に遭った。同月25日、左派議員によりBoluarte大統領に対する弾劾動議が国会に提出されたが、同年4月4日に反対多数で否決され、現在は各地の暴動も沈静化している。
そうした中、2023年3月、Acción Popular党の議員が国会に対して鉱業ロイヤルティ法等の改正を提案する法案を提出した。法案では、鉱業ロイヤルティや鉱業特別税(IEM)、鉱業特別賦課金(GEM)を定める法律(法律28258、29789、29790)の改正が提案され、このうち、鉱業ロイヤルティでは限界税率の引き上げが提案されている。法案は今後、所定の委員会による審議が行われるが、承認される可能性は低いと見られている15。しかし、銅や亜鉛等のベースメタルが比較的高値を維持する中、隣国チリで新鉱業ロイヤルティ法案の審議プロセスが進展しているのを横目に、ペルーにおいても増税に向けた議論が再び起きても不思議ではない。政権基盤は依然不安定であるが、COVID-19感染症流行で大きく打撃を受けた脆弱層の立て直しを図るべく国が鉱業税収を増やす政策を断行する可能性はあり、一筋縄ではいかない様相を見せている。
ペルーにおいても、メキシコのようには広く知られていないが、鉱石でリチウムの埋蔵があり、Falchaniプロジェクト(Puno州)が代表的なものである。リチウムで盛り上がる周辺諸国と同様に、ペルーでも以下のようなリチウム資源の国有化に関連する動きがみられる。
- 2022年10月、左派系議員団体が国有化法案を提出するも、委員会止まりで未審議。
- 2023年3月、Puno州の先住民団体が「未加工のリチウムの州外出荷は認めない」という方針を取り決め。
- 2023年5月、国営リチウムプラントの建設や操業を推進する法案が、エネルギー鉱山委員会で可決。
2.5. その他
アルゼンチンの資本(外貨)取引規制は、資源ナショナリズムと捉えられることもあるが、外国企業による投資を排除するというより、加速する外貨流出を防ぐための目的で、国内の経済財政保護を目的としたものと考えられる。
ブラジルのLula大統領は左派労働党出身で再選だが、1期目(2002~2009年)に現実的な経済政策を遂行したように、これまでのところ他の南米左派諸国のような、急進的で強硬な資源ナショナリズムの政策は執っていない。Bolsonaro前大統領の、いわば手放しで資源開発を推進する姿勢とは真逆の可能性があるが、「より環境に配慮した鉱業」を目指すとされている。その公約実現の一例と思われるのが、2023年4月末、Lula大統領はアマゾンを中心とした6つの先住民保護区(Acre州Arara do Rio Amônia、Alagoas州Kariri-Xocó、Rio Grande do Sul州 Rio dos Índios、Ceará州Tremembé da Barra do Mundaú、Amazonas州 Uneiuxi、Avá-Canoeiro)内での鉱業活動や商業的農業を禁止する大統領令発令である。こちらも、単に開発を阻止する目的ではなく、先住民の人権保護や森林・環境保全、横行する金の違法採掘対策といった意味合いが強いと思われる。
3.東南アジア
3.1. インドネシア
インドネシアでは、2020年1月から実施されているニッケル鉱石の輸出禁止と高付加価値化政策などが注目されているが、その背景には2009年の「鉱物石炭鉱業法」(以下、新鉱業法)の施行がある。
インドネシアの新鉱業法については、高付加価値化以外にも、鉱業事業許可制度や外国資本の資本移転について定められているが、本項目では、高付加価値化政策に焦点を絞り、インドネシア政府による輸出規制と高付加価値化政策の流れを、以下のとおり概説する。
2009年の新鉱業法施行以前は、1967年に「一般鉱業に関する法律第11号(旧鉱業法)」が施行されていたが、旧鉱業法には環境保全や違法採掘などに関する罰則等、諸問題に関する規程が定められていなかった。加えて、インドネシア国内の鉱業投資が1998年以降減少していたことがかねてより問題視されていた。また、自国の利益が外国資本に流出しているとの国内からの批判もあり、国内の鉱業環境を改善すべく、2005年5月に新鉱業法の法案が議会に上程された16。
その後2005年は、中国を中心とした需要拡大、ストライキによる供給障害、投機筋の流入などを要因に金属価格が高騰した。それに伴い、非鉄メジャー等外国企業は莫大な利益を獲得し、2009年に議員選挙と大統領選挙が行われた際には、より一層、外国資本に流出している自国の国益を国内に還元すべきとの論調がインドネシア国内で強まっていた。
2009年の大統領選挙では、当時現職のSBY(Susilo Bambang Yudhoyono)大統領が再選、2期目のSBY政権下で、2009年1月12日に2005年から約4年かけて国会で審議されてきた新鉱業法が、大統領の署名を経て公布・施行された。ここで「高付加価値化」の義務がインドネシア国内の企業に課せられた。しかし、この時点では鉱物の輸出禁止には言及されておらず、「インドネシア国内での高付加価値化(製/精錬)を義務付け、既存の鉱業事業契約(COW)には5年間の猶予期間を設ける」とだけ定められていた。
具体的に鉱物の輸出禁止に言及されたのは、新鉱業法の運用細則として定められた大臣令であった。運用細則は新鉱業法施行後から1年以内に定めるとされていたが、大幅に制定が遅れていた上に、突如、この大臣令で鉱物の輸出禁止という話になったため、国内の業界関係者内に混乱が生じた17。
2009年から高付加価値化の実施期限として定められていた2014年、同年1月から精鉱・鉱石の輸出を禁止とする大臣令が施行され、銅など一部の鉱物については輸出税の課税などを条件に、選鉱処理済み精鉱の輸出を3年間認めることとなった。
しかし、輸出税は、当初2014年は最低20%から始まり、その後3年間で徐々に税率が上がり、2016年には最大60%まで賦課する高率な内容だったため、実質輸出禁止に近い状態となり、国内の事業者は圧迫され、採算が合わずに相次いで生産減や操業停止を余儀なくされた。なお、銅精鉱の輸出税については施行後、約半年で最大7.5%に変更されている18。
また、2014年の段階で、精鉱等の輸出税が国内の製錬所建設の進捗度と掛け合わせる形となったが、2017年には2014年の精鉱等に加えて、ニッケル品位1.5%未満の鉱石、洗浄工程済みの品位42%以上のボーキサイトも、条件を満たせば5年間輸出が可能となった。即ち、この時点で、2022年1月に国内製錬義務化の達成と、未加工鉱物の輸出禁止が決定した。
国内の製錬所建設進捗度 | 税率 |
---|---|
0~30% | 7.5% |
30~50% | 5.0% |
50~75% | 2.5% |
75~100% | 0% |
※ニッケル鉱石とボーキサイトは一律10%、ニッケル鉱石については輸出税に加えて、製錬能力の30%以上に相当する量を国内で処理することが義務付けられていた。
しかしその後、輸出緩和によりニッケル価格が下落したことや国外に原料が流出したことで国内製錬所の操業や建設に支障が出ている、との指摘が国内の業界団体からあがった。当初インドネシア政府は、国内製錬所の操業停止や建設中断と政策との関連性は否定していたが、2019年8月、ニッケル鉱石については、他の鉱種よりも前倒しで2020年1月から輸出禁止の方針を公表した。背景には、高付加価値化加速への圧力や将来的なEV需要の増加、国内のニッケル資源の保護があったと思われる。
なお、2019年に公開されたインドネシアのエネルギー鉱物資源省のレポートによれば、同年には28件の製錬所(ニッケル以外を含む)の建設を目標としていた20。2018年の現地メディアによると、2017年末の段階で24件の製錬所が稼働とされており21、そのうちの多くがニッケル製錬所であったことからも、インドネシアにおいて、過去も現在もニッケルが高付加価値化の実現可能性と優先度が最も高い鉱種とされていることがわかる。
銅精鉱やボーキサイトについては、2020年6月に新鉱業法が改正され、製錬プロセスを有している、国内製錬所を建設している、もしくは他の製錬業者と協同している事業主に対しては、2023年6月まで輸出が緩和された。
2023年6月10日、ボーキサイトは輸出禁止となり、銅精鉱については、2024年5月まで条件付きで輸出を許可したことが報道されている。Joko大統領は、他の原料についても将来的な輸出禁止の可能性に言及している。なお、ニッケルについては、鉱石はすでに輸出禁止となっているものの、フェロニッケルやニッケル銑鉄に対して、2022年第3四半期に新たに輸出税が課される予定であることが、2022年8月に海洋・投資担当調整大臣府のSeptian Hario Seto副大臣によって公表されていた。しかし、輸出税の算出方法等について同第3四半期中に検討が終わらず、「2022年中」とタイミングが先延ばしとなっていた。2023年5月に、同副大臣はニッケル銑鉄などへの輸出税課税について、現状市場バランスが大幅に供給過剰となっていることから、輸出税課税はさらに供給過剰を拡大させる可能性があるため、当面実施しないと述べている。
輸出税の課税のほか、インドネシアではニッケル資源を保護しつつ、ステンレス用の品位が比較的低いニッケル(Class 2)ではなく、EVなどに使用されるより高品位なニッケル(Class 1)生産に繋げるため、2023年1月、Bahlil Lahadalia投資大臣は、国内のClass 2ニッケル製錬所の新規建設に制限を設ける方針に言及した。この製錬所建設の制限によって、インドネシア国内のEV下流産業の発展につなげる狙いがあるとみられる。
以上が、新鉱業法で定められた高付加価値化政策と、それに絡めた同国政府による輸出規制の流れであるが、2009年の新鉱業法施行後、輸出禁止の期間が度々延長されていることから、国内の高付加価値化が一筋縄ではいかないことが伺える。
また、インドネシアのニッケル鉱石の輸出禁止に対し、欧州連合(EU)が世界貿易機関(WTO)に異議申し立てを行い、WTOは2021年に紛争処理委員会を設置した。この件については、2022年に入って、WTOはインドネシアのニッケル鉱石輸出禁止はWTO規定違反だと結論付けた。この結果について、インドネシア政府側は不服であるとして上訴している。
Joko大統領は、WTOで敗訴したとしても今後の輸出規制の方針に影響はないとしていたようだが、今後の各鉱種の高付加価値化の進捗状況と輸出禁止の状況について、引き続き注視する必要がある。
3.2. フィリピン
フィリピンは、インドネシアと同じくニッケルの主要生産国であり、鉱業を自国の経済発展に繋げるべく、インドネシアの政策を模した高付加価値化政策を検討している。
2021年7月、Bañas-Nograles議員によって、ニッケルラテライト鉱等の輸出制限などが定められた法案が下院に提出されたが、2021年8月から下院の天然資源委員会で保留状態となっている22。
この法案の高付加価値化のポイントは、主に以下の4つ挙げられる:
- ニッケル鉱石などの輸出を段階的に減らし、前年の輸出量の50%から将来的にはゼロにする。
- この移行期間として5年を設ける。
- 製錬所建設を行う事業者にインセンティブを付与する。
- 製錬所に再生可能エネルギーを使用する場合は、追加でインセンティブを付与する。
また、フィリピンの環境天然資源省は2021年12月、2017年から4年間継続されていた露天掘りの禁止を解除し、鉱業への投資を促進する動きを強めた。インドネシアのニッケル鉱石が輸出禁止となっているため、最大消費国である中国はフィリピンからの鉱石輸入が最も多くなっている。今後の需要増加を見込み、鉱山開発に投資を呼び込む狙いがあると思われるが、一時2023年2月には、ニッケル鉱石の輸出税もしくは輸出禁止を検討中との報道もあった。なお、この件については2023年5月に貿易産業省(DTI)によって、ニッケル鉱石輸出禁止の予定はないとされているが23、フィリピンは時折、インドネシアの動きに追随する動きをみせている状況である。鉱山開発の後、原料を全て輸出するのではなく、上流から下流までのサプライチェーンを自国内でも強化するのが最終的な目的とみられる。
なお、2022年2月の現地紙の報道では、鉱山地球科学局(MGB)局長が、鉱山会社に鉱石加工工場を設置することを求める法律を制定するよう発言をしており、加工工場建設に向けた投資も課題とされる中、フィリピンにおける高付加価値化の動きも注目される。
2022年6月に前Duterte政権から新Marcos政権に移行し、選挙中には高付加価値化について前向きな発言をしていたことから、Marcos大統領も同政策に意欲的とみられ、今後より一層フィリピンもインドネシアと同様に高付加価値化を推進していくことが予想される。
4.アフリカ
4.1. ザンビア
2021年8月、選挙による政権交代がなされた。これまでのLungu前大統領政権下では、以下に記載する鉱山の清算等を巡って政府と鉱業界との関係が悪化していたが、前政権時には野党党首であったHichilema大統領が就任した後、現在は鉱業業界との関係改善が図られつつある。
前政権時において、資源ナショナリズムの様相が話題になったものの一つに、鉱業税制がある。鉱業ロイヤルティが2019年より新制度として導入され、銅価格により変動し、最大10%とされた。ザンビアでは、表4にあるように、幾度とロイヤルティの考え方を変えてきており、法人税が減少するタイミングでロイヤルティ収入を上げてきた経緯がある(図3)。鉱業界は、資源ナショナリズム的な政策と批判していた2019年以降、この増税を受け入れている。
2008年 以前 |
2008年 | 2015年 | 2016年 | 2019年以降 | |
---|---|---|---|---|---|
法人所得税 | 25% | 30% | 30% | 30% | 30% |
鉱物ロイヤルティ | 0.60% | 3% | 露天採掘:9% | 4,500$未満:4% | 4,500$未満:5.5% |
坑内採掘:6% | 4,500~5,999$:5% | 4,500~5,999$:6.5% | |||
6,000$以上:6% | 6,000~7,499$:7.5% | ||||
7,500~8,999$:8.5% | |||||
9,000$以上:10.0% |
出典:JOGMEC作成
※鉱種によってロイヤルティ率には違いがあり、ここでは銅に関連する率のみを抽出している。法人所得税や鉱物ロイヤルティの変更以外にも関税などの変更も行われてきた。
出典:LME Grade A 銅価推移は、S&P Global Market Intelligenceのデータを活用、法人所得税・鉱物ロイヤルティ額の推移は、Zambia EITIのデータ を活用してJOGMEC作成
Lungu前政権時には、国による鉱山管理の強化がなされたケースもある。印系資源グループVedanta Resources社が操業する、ザンビア最大の資源量を誇るKonkola銅・コバルト鉱山について、鉱業権維持に必要な義務を十分に果たしていないとして、2020年5月に同鉱山は清算会社化され政府の管理下に置かれた。前政権は、Vedanta社以外に開発を進める企業を模索しているが、この清算を巡って、現在も国際調停で係争が続いている。
これも前政権時の話しになるが、スイスGlencoreのMopani銅・コバルト鉱山が、コロナ禍を理由に操業休止した時期があるが、政府から再開を迫られ、さらにライセンス停止についても言及された。その後、2021年になってMopani鉱山の権益がスイスGlencoreから国有公社ZCCM-IH社への譲渡がなされ、政府は新規投資家の参画を模索しているとされている。
4.2. DRコンゴ
前Joseph Kabila政権下で施行された新鉱業法は、旧鉱業法と比較して外資に厳しい形に変更されており、資源ナショナリズム的な動きともされた。
項目 | 2002年鉱業法 | 2018年新鉱業法 |
---|---|---|
権益の政府持ち分 | 5% | 10% |
国内企業の権益参加 | - | 10% |
ロイヤルティ | ||
非鉄金属・ベースメタル | 2.0% | 3.5% |
戦略鉱物(コバルト) | - | 10% |
超過利潤税 (鉱物価格がFS時の想定を25%以上上昇した際の法人税率) |
30% | 50% |
Kabila前政権は、中国投資を優遇した鉱山開発契約を締結していたが、Tshisekedi現政権は、その条件の見直しに力を入れている。いくつかの鉱山アセットの見直しの議論が進んでいるが、特に中China Molybdenum社が操業するTenke Fungurume銅・コバルト鉱山については議論が紛糾し、政府は国有公社Gecamines社からの管財人を任命した。また、同鉱山のロイヤルティ計算の根拠となる埋蔵量の算定について紛糾し、その結果、2022年7月以降同鉱山からの生産物の輸出禁止にまで至ったこともある。
4.3. 南ア
南アには、B-BBEE政策(Broad-Based Black Economic Empowerment;BEE政策)があり、2004年から施行され、歴史的に不利益を被った人々に対する経済権益の移転を促進する政策が執られている。
鉱業においては2004年に施行された鉱物・石油資源開発法(MPRDA)において、BEE政策の目標値やスケジュールを定める鉱業憲章(Mining Charter)を鉱山エネルギー大臣が策定する旨が規定されている。鉱業憲章の中には、黒人企業(BEE)による権益所有率やローカルコンテンツ比率等が盛り込まれている。
2018年に3回目の鉱業憲章(Mining Charter III)の改正が行われ、BEEの権益26%が30%に変更された。その中で、既存権益についても更新時や移転時には30%にする必要が生じた。
業界団体である鉱業評議会(Mineral Council)は、過去の判例から、更新時・移転時のBEE保有比率の増に異議を申し立て、南ア高等裁判所は2021年9月、この鉱業協議会の主張を全面的に認める判決を出した。また判決では、鉱業憲章はあくまでも政策文書であって、それ自身に法的拘束力のある文書ではないことが確認された。鉱業憲章にある基準を満たさないことを理由に鉱業権の停止や取消しを行うことはMPRDA法の範疇を越えていると判断された。
5.アジア
5.1. 中国
中国については、第1章で触れた「資源ナショナリズム」とは少し事情が異なる。中国は多くの鉱物資源において、世界最大の供給国であると同時に世界最大の消費国でもあるため、「自国の地下に眠る資源を自国民・自民族のものと重視する」という考えよりも、世界の中で自国の優位性や影響力を保つことを目的としている向きがある。特にレアアースにおいては、いまだ世界供給の約6割、世界需要の約7割を占め、世界に与える影響は非常に大きいと言わざるを得ない。そこで本章では、レアアース資源に関連して過去に中国政府が発表した国内産業の管理施策や輸出規制について振り返るとともに、今後注視すべき動向について触れたいと思う。
(1)国内産業管理(レアアース管理条例)
中国政府は、レアアース産業を国家戦略における重要な資源として位置づけており、これまで様々な施策を行ってきている。近年では、2000年代に「実地調査、採掘、選鉱」の外資参入禁止を皮切りに、2011年にレアアース工業汚染物排出基準を公布し、産業参入基準をより厳格化した。その後、違法採掘も多発していたレアアースの国内生産の管理強化のため企業の統合を図り、2015年には6大集団へ生産が集約され、2021年12月には、中国希土集団が設立されたことで4大集団に生産が集約された。さらに、中国希土集団は、2022年10月に広東省の広晟集団と戦略的協力協定を締結し、設立間もない状況でのまた一つの大きな動きとなっている。今後、さらに北方希土以外の社が合併することで2大レアアース集団になると噂されており、より中央政府による管理強化の動きが進んでいくとみられる。
また、2021年1月には、これまで複数の管理部門、複数の法規等により行われてきた規制を総合、統一的な法律を設けることを目指し、「レアアース管理条例案」が中国工業情報化部により公表された。同条例案における取り組みの新たなポイントは、国務院によるレアアース共同管理メカニズムを構築すること、違法採掘・生産等の罰則を明記したこと、レアアース鉱山・製品の戦略備蓄の実施などが挙げられるが、本条例案は2023年5月現在も審議中でまだ制定されていない。
出典:業界関係者、現地報道によりJOGMEC作成
(2)輸出規制
レアアース関連の輸出規制としては、まず、1998年に輸出割当制が導入され、2006年以降、輸出関税が10%から25%へ徐々に引き上げられた。その最中、2010年に起こった尖閣諸島問題に端を発した通関業務の遅滞による“実質的な禁輸”(いわゆるレアアースショック)により、世界市場は大きく混乱すると共に、レアアース産業における中国の影響力とサプライチェーンの一国集中による弊害を経験することとなった。こうした中国による一連の動きに対抗するため、2012年に日米欧はWTOに提訴、結果として2014年に中国は敗訴し、2015年に輸出割当制が廃止、輸出関税は撤廃されるに至った。一方、同年には「輸出許可証制度」が新たに導入され、現在も運用されている。その後、2020年には「輸出管理法」が施行、2022年末に「中国輸出禁止・輸出制限技術リスト」の改正案が公開され、日本においても新聞各紙で取り上げられている。これらの近年発表された輸出規制について、以下に情報を整理したい。
中国の輸出管理に関する法律は大きく「対外貿易法」と「輸出管理法」に分けられ、一般貨物や技術に関しては「対外貿易法」で規定し、安全保障に関わる品目や技術に関しては「輸出管理法」で規定されている。現時点では、「輸出管理法」では大量破壊兵器関連が対象の中心となっており、レアアースについては明記されていないが、両用(デュアルユース)品目には防衛関連製品に使用されるセリウム等も関連する可能性があり、今後の対象リストの改定動向を注視したい。一方、「対外貿易法」では、同法で規定される「貨物輸出入管理条例」の中で先述した「輸出許可証制度」の適用対象がリスト化され、ここにレアアース製品が含まれていることで輸出の際の許可申請が必要となっている。また、2022年末に改正案が公開された「中国輸出禁止・輸出制限技術リスト」は、対外貿易法にぶら下がる「技術輸出入管理条例」の中で規定されており、レアアース関連では以下の項目(図5)が技術の輸出禁止または制限を受けることとされている。
出典:JETRO,CISTEC資料によりJOGMEC作成
これらの項目は、一部2008年のリストから緩和されたものもある一方、基本的には強化された形となっている。また、同条例では、リストアップされた技術に対する具体的な運用方法が明記されていないため、施行後の実際の運用状況を注視する必要がある。なお、この「中国輸出禁止・輸出制限技術リスト」改正案は、2023年5月現在、未施行である。
おわりに
廣川満哉著金属資源レポート「最近の資源ナショナリズムの動向」(2012年11月)によると、Ernst&young社が発表している鉱業ビジネスリスクランキングにおいて、2011年当時「資源ナショナリズム(resource nationalism)」はリスクの1位となっていたが、最新のランキング(図6)においては確認されない。但し、2位の「地政学(geopolitics)」は、世界的な紛争や貿易における緊張関係を指しており、その背景には資源ナショナリズムの高まりが指摘されている 。つまり、「地政学」リスクの中には「資源ナショナリズム」が含まれており、そのリスクは依然として高いと考えられる。以前に比べて世界情勢は目まぐるしく変化し、1年前には誰も予想していなかった紛争が勃発したり、特定の資源を巡って需要国が囲い込みに走ったり、特定の地域における鉱物の偏在性、地政学的リスクは増している。資源開発を行う以上は、資源保有国政府や地域の社会の要請は無視できない。それらが行き過ぎた場合において「資源ナショナリズム」として課題が顕在化すると考えられる。しかし資源保有国、資源利用国の双方が互いに利益を得る方法は、どこかにあるはずであり、持続的な開発を目指す上では、今後もその模索が続いていく。
出典:Ernst&young社「Top 10 business risks and opportunities for mining and metals in 2023」
- チリ選挙サービス局(Servicio Electoral de Chile:SERVEL)によると、第1回目投票では、得票率がKast候補27.91%、Boric候補25.82%。この両者が決選投票に進み、決選投票ではKast候補44.13%、Boric55.87%であった。
(https://historico.servel.cl/servel/app/index.php?r=EleccionesGenerico&id=236&chile=1) - SONAMI(チリ鉱業協会)の試算では、42~63%とされた。
- 幾度の議論を経る中で、現在は「税収を鉱業州以外も含む各地域でのインフラ対策、生活の質、生活環境の改善等を向上させるために利用する」目的へと変化している。
- Boric大統領の支持率は、政権発足後たった5週間という過去に前例のない速さで不支持が支持を上回った。
- 制憲議会の155議席のうち、与党の中道右派連合37議席、中道左派連合25議席、左派連合28議席、無所属48議席、先住民枠17議席であった。
- 2023年6月14日付で、政府は「国家リチウム戦略」の詳細・補足説明を発表した。
(https://s3.amazonaws.com/gobcl-prod/public_files/Campa%C3%B1as/Litio-por-Chile/Estrategia-Nacional-del-litio-ES_14062023_2003.pdf) - 与党連合の議席保有率は上院57.8%、下院55.5%であった。
- 世界銀行によると、ボリビアの2021年の1人当たりGDP(国内総生産)は3,345.2US$で、南米主要10か国の中で最下位である。ボリビアの次はパラグアイの5,891.5US$、最も高いのはウルグアイの17,313.2US$である。
- WGIA(International Work Group for Indigenous Affairs)によると、ボリビアの先住民人口割合は41%(2012年国税調査)と、南米主要10カ国の割合が数%である中、突出して高い。
- 世界の鉱業の趨勢「ボリビア」2007年
- 世界の鉱業の趨勢「ボリビア」2008年
- 世界の鉱業の趨勢「ボリビア」2010年
- 公式な統計が無いため、USGS “Mineral Commodity Summaries”にはボリビアのリチウム埋蔵量データは掲載されていない。
- Castillo大統領就任中のエネルギー鉱山大臣の遍歴は、Iván Merino(2021年7月29日~)、Eduardo González Toro(2021年10月6日~)、Alessandra Herrera Jara(2022年2月1日~)、Carlos Palacios Pérez(2022年2月8日~)、Alessandra Herrera Jara(2022年5月22日~、2回目)と、4名による延べ5回の交替であった。
(https://www.rumbominero.com/peru/noticias/mineria/10-meses-gobierno-5-cambios-minem-4-ministros/) - 2023年6月現在、委員会での審議も無く特に進展は無い。
- 「鉱山」第754号 2017年2・3月 シリーズ:インドネシア新鉱業法の経緯と現状①
- 「鉱山」第756号 2017年5月 シリーズ:インドネシア新鉱業法の経緯と現状③
- 同上、カレント・トピックス18-21:インドネシア鉱物資源高付加価値化政策に伴うFreeport McMoran社・Grasberg鉱山事業の行方
- 金属資源レポート インドネシア鉱業政策の動向―2017年1月公布省令の概要と影響―
- laporan-kinerja-esdm-2014-2019
- 24 smelters begin operation in 2017 | Republika Online
- https://www.congress.gov.ph/legisdocs/?v=billsresults#18
- https://www.philstar.com/business/2023/05/05/2263805/no-plan-ban-export-nickel-ore-pascual
おことわり:本レポートの内容は、必ずしも独立行政法人エネルギー・金属鉱物資源機構としての見解を示すものではありません。正確な情報をお届けするよう最大限の努力を行ってはおりますが、本レポートの内容に誤りのある可能性もあります。本レポートに基づきとられた行動の帰結につき、独立行政法人エネルギー・金属鉱物資源機構及びレポート執筆者は何らの責めを負いかねます。なお、本資料の図表類等を引用等する場合には、独立行政法人エネルギー・金属鉱物資源機構資料からの引用である旨を明示してくださいますようお願い申し上げます。