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報告書&レポート

2025年6月9日 バンクーバー 事務所 佐藤すみれ、石炭開発部探査・技術課 小口朋恵
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Cobre Panamá銅鉱山の生産停止に至る経緯と課題

<石炭開発部探査・技術課 小口朋恵、バンクーバー事務所 佐藤すみれ 報告>

はじめに

世界の銅精鉱の生産量は、伝統的な鉱業大国であるチリが現在も世界第1位を堅持しているが、鉱石の品位低下等の様々な問題からその生産量は年々減少傾向にある。一方で、チリに次ぐペルーやDRコンゴが生産量を伸ばし、データによってはDRコンゴがペルーを抜くほどの伸びを示しているように、伝統的鉱業大国の状況が年々変わりつつある。

そのような中、中南米においても近年、パナマやエクアドルといったこれまで鉱業分野ではあまり名を聞くことの無かった国々で銅精鉱の生産が始まり、中でも加First Quantum Minerals社(以下、FQM社)が操業していたパナマのCobre Panamá銅鉱山は、グァテマラからパナマまでの中米において最大の銅鉱山とされる規模であり、その操業や生産に対する世の中の期待値は高かったものと考えられる。しかし2023年11月、その操業は停止した。

本稿では、Cobre Panamá銅鉱山の規模の大きさを概説するとともに、操業停止に至るまでに何があったのか、何が原因であったのかを明らかにしていきたい。伝統的な鉱業国の銅生産において、品位の低下や不純物の増加が指摘される中、そして電気自動車(EV)の普及等により将来銅の需要が伸びるとの予測もある中、今後は伝統的鉱業国での生産維持・拡張等と同時に、これまであまり生産されてこなかった国いわば鉱業新興国での生産も検討していかなければならないと考えられる。鉱業新興国の代表格ともいえるパナマの一大鉱山におけるたった数年での生産停止は、今後の新規開発においても参考になる問題点が多く含まれるのではないかと考える。本稿が、そういった今後の検討にあたってのほんの一助となれば幸いである。

1.経緯

Cobre Panamá銅鉱山は、首都Panamá Cityの西120km、Panamá運河のカリブ海側に位置するColón県Punta Rincónに位置する(図1)1。Cobre Panamá銅鉱山のオペレーターである加FQM社の2024年末時点での公表情報によれば、鉱物資源量が約4.4十億t(品位:Cu 0.37%、鉱物埋蔵量を含む)あり、このうち当面の開発対象である鉱物埋蔵量は約2.7十億t(品位:Cu 0.37%、Au 0.07g/t、Mo 57ppm、Ag 1.37g/t)、マインライフが30年超と言われた巨大鉱山プロジェクトである2。同プロジェクトの現地管理会社Minera Petaquilla社と政府との間で締結されたコンセッション契約は1997年から60年間有効であり3、20年毎に見直す規定となっていた4

当初、権益は加Inmet Mining社が80%、韓国鉱物資源公社(以下、KORES)とLS-Nikko社がJVで設立した現地法人Korea Panamá Mining社が20%保有(KORESとLS-Nikkoそれぞれ10%ずつ保有)していた5。2013年4月、加FQM社はInmet社を買収し、FQM社はCobre Panamá銅プロジェクトの保有者となり、Inmet社が保有していたその権益80%をそのままFQM社が引き継いだ。2014年、KORESは同プロジェクトの株式を売却する意向を示したが6、その時点では売却先が見つからず、FQM社は2017年にLS-Nikko社の10%権益を買収(オフテイク権10%のみ保有)し、KORESは株式10%をそのまま保有した。KORESは資源価格低迷を背景に赤字が積み上がり事業が悪化、全ての所有鉱山を売却することとなり、2019年8月、同プロジェクトの保有権益を売却するため入札を実施したが、不調に終わった7。その後もKORESが同プロジェクトの権益を売却したとの報道は無く、FQM社が90%、2021年にKORESから新組織となった韓国鉱害鉱業公団(KOMIR)が10%の株式を保有している8

図1.Cobre Panamá銅鉱山位置図

図1.Cobre Panamá銅鉱山位置図

出典:JOGMEC『世界の鉱業の趨勢2021 パナマ』

2.生産

プロジェクトは、2019年2月に操業開始、6月に精鉱を初出荷、9月に商業生産を開始した。開山前に見込まれた平均生産量は320純分千t/年9、生産能力は2019年時点で最大425純分千t/年とされた10

図2にLSEG World Bureau of Metal Statistics が公表したパナマの銅精鉱生産量と、世界生産量に占める割合を示す。Cobre Panamá銅鉱山が国内唯一の銅鉱山であることから、パナマの銅精鉱生産量は全量がCobre Panamá銅鉱山からの生産であるとみなされる。LSEG World Bureau of Metal Statistics において、パナマの銅精鉱生産は2019年4月に最初の生産を確認、2022年に350.4純分千tとピークに達した。2023年12月の20.9純分千tを最後に、2024年1月以降の生産量はゼロである。世界の銅精鉱生産量に占めるパナマの割合は、生産量がピークに達した2022年に1.6%を記録した。

また、この生産量がピークであった2022年の世界の銅精鉱生産量を国別に円グラフで示したのが図3である。これによると、パナマの銅精鉱生産量は世界第14位である。このランキングにおいて、パナマより上位の国々がいずれも伝統的鉱業国であるため、鉱業新興国ではパナマがほぼ1位と言ってよい。表1が示すのは、世界の銅鉱山の生産能力ランキングであるが、Cobre Panamá銅鉱山は世界の名だたる銅鉱山の中、11位にランクインしている。これらのデータからも、Cobre Panamá銅鉱山の健闘ぶりと、規模の大きさを伺うことができる。

パナマ国内経済にとってもCobre Panamá銅鉱山の存在は重要で、同鉱山がパナマのGDPの約5%、輸出収入の約75%を占め、国内労働者の50人に1人を雇用していたとのデータもある11

図2.パナマの銅精鉱生産量と世界生産量に占める割合(2019~2023年)

図2.パナマの銅精鉱生産量と世界生産量に占める割合(2019~2023年)

出典:LSEG World Bureau of Metal Statistics

図3.世界の銅精鉱生産量の国別割合(2022年、21,797.3純分千t)

図3.世界の銅精鉱生産量の国別割合(2022年、21,797.3純分千t)

出典:LSEG World Bureau of Metal Statistics

表1.世界の銅鉱山生産能力ランキング(2023年)
順位 国名 鉱山名 生産量(千t)
1 チリ Escondida 1,104
2 インドネシア Grasberg 753
3 チリ Collahuasi 573
4 ペルー Cerro Verde 447
5 ペルー Antamina 424
6 メキシコ Buenavista del Cobre (Cananea) 417
7 ポーランド KGHM Polska Miedz 395
8 DRコンゴ Kamoa-Kakula 394
9 米国 Morenci 362
10 チリ El Teniente 352
11 パナマ Cobre Panamá 331
12 ロシア Polar Division (Norilsk/ Talnakh Mills) 325
13 ペルー Quellaveco 319
14 チリ Radomiro Tomic 315
15 ペルー Las Bambas 302

出典:S&P Capital IQ

3.精鉱の輸出

(1)パナマからの精鉱輸出

Cobre Panamá銅鉱山で生産された銅精鉱は、大西洋側のPunta Rincón港から各国に輸出されていた。操業を開始した2019~2023年までの5年間輸出実績があり、主に中国、日本、韓国のアジア3国に輸出されていたとのデータがある。2023年は、中国向けの輸出量が全量の半数を占め、またこのアジア3国への輸出量は全体の7割近くを占めた。我が国も2021年からの3年間は中国に次ぐ2番目の輸出相手であったというデータになっている。

なお、Cobre Panamá銅鉱山のオペレーターであるFQM社の筆頭株主は中Jiangxi Copper社(江西銅業股份集団公司)であり、2023年11月にJianxi社はFQM社への出資比率をこれまでの18.3%から18.5%へ引き上げた12

図4.パナマから世界への銅精鉱輸出量

図4.パナマから世界への銅精鉱輸出量

出典:S&P Global Market Intelligence – Global Trade Atlas

(2)我が国のパナマからの輸入

我が国のパナマからの銅精鉱の輸入実績は、図5(年別)、図6(月別)のとおりである13。財務省貿易統計では、パナマからの銅精鉱の輸入は2020年1月~2023年12月に恒常的な輸入実績が認められるが、2024年の輸入実績は無い(2025年3月現在)。パナマからの輸入量(グロス)が最も多かった2022年の我が国の銅精鉱の輸入量を国別でみると(図7)、パナマからの輸入量は全体の6%を占め、第6位につけている。パナマよりも上位の第1~5位には伝統的鉱業国が連なる中、新興国であるパナマが6位につけることは、我が国の銅精鉱輸入においてパナマが重要であったことを示している。

図5.我が国のパナマからの銅精鉱輸入量(年別)

図5.我が国のパナマからの銅精鉱輸入量(年別)

出典:財務省貿易統計

図6.我が国のパナマからの銅精鉱輸入量(月別)

図6.我が国のパナマからの銅精鉱輸入量(月別)

出典:財務省貿易統計

図7.我が国の銅精鉱輸入量(2022年、1,312純分千t)

図7.我が国の銅精鉱輸入量(2022年、1,312純分千t)

出典:財務省貿易統計

(3)中国のパナマからの輸入

中国におけるパナマからの銅精鉱輸入量の推移を図8に示した。中国の最大の貿易相手はやはりチリ、ペルーという南米の伝統的鉱業国で、この2か国で輸入量全体の半分以上を占める。一方パナマの存在感はさほど大きくは見えないが、輸入が始まった2019年以降、その存在感は徐々に増していたことが読み取れる。そして生産量が最大であった2023年のパナマからの輸入量は全体の2%で、6位につけていた(表2)。上位の国々が伝統的な鉱業大国である中でパナマが名を連ねてきたのは、新たな銅精鉱供給国としての期待や可能性の現れでもあると考えられる。

中国は銅の原料(精鉱)の輸入国であり、国内に抱える大きな製錬所のキャパシティを埋めるには、中国国内で生産される精鉱のみでは不足するため、国外から精鉱を調達してこなければならないとみられる。我が国の銅精鉱の輸入国は13~14か国であるのに対し、中国は2023年、60か国以上から精鉱を輸入し、その国数は年々増えていることからも、世界中から精鉱を調達している実態が分かる。その調達国として成長が有力であったパナマでの生産が止まったことは、大きな痛手となったとも考えられるが、逆に、このように調達ができなくなる可能性も想定して調達源を広げているとも考えられる。なお中国では2024年3月以降、精鉱不足などから国内製錬所間の協調減産が報じられた14

図8.中国の銅精鉱輸入量推移

図8.中国の銅精鉱輸入量推移

出典:S&P Global Market Intelligence – Global Trade Atlas

表2.中国の銅精鉱輸入におけるパナマのランキング推移(2019~2023年)
  2019年 2020年 2021年 2022年 2023年
1 チリ チリ チリ チリ チリ
2 ペルー ペルー ペルー ペルー ペルー
3 モンゴル メキシコ メキシコ カザフスタン カザフスタン
4 メキシコ モンゴル モンゴル モンゴル モンゴル
5 豪州 カザフスタン カザフスタン メキシコ メキシコ
6 カザフスタン 豪州 米国 スペイン パナマ
7 スペイン スペイン インドネシア インドネシア インドネシア
8 カナダ アルメニア パナマ 米国 セルビア
9 アルメニア カナダ カナダ エクアドル 米国
10 パナマ DRコンゴ ロシア パナマ スペイン
国数 56 54 60 60 65

※2020年のパナマのランキングは14位。
出典:S&P Global Market Intelligence – Global Trade Atlas

4.Cobre Panamá銅鉱山が生産停止に至った問題点

2023年、生産停止に至るまでにどのような問題点があったのか。これには非常に複雑な背景があった。政府および企業発表や過去の最高裁判決文、報道情報から以下の5点が読み取れる。

(1)鉱山開発に対する国民、先住民による根強い反対

まず、国民の多くが鉱山開発に対し非常に厳しい姿勢を示していることは大いに考慮するべき点と考えられる。パナマは地理的条件により複雑な生態系と豊かな生物多様性を有し、パナマ国民は一般的に環境保護に対する意識が高いとされる。過去には加Greenstone Resources社のSanta Rosa金鉱山やMolejón金鉱山が経営問題により操業を停止し、最終的に閉山措置を講じないまま放棄されたことから、坑廃水による環境汚染問題が発生した。

Cobre Panamá銅鉱山においても、開山する以前から、先住民NgäbeやBugléによる反鉱業活動やBarro Blanco水力発電開発等に対する反対運動が起きていた15。2012年、鉱業や水力発電に抗議する先住民グループがPan American Wayを封鎖、警察に強制撤去されるという事件が起きた16。この抗議活動により2012年3月、先住民居住区での鉱業や水力発電の開発を禁止する法律(2012年3月26日「Ngäbe・Buglé先住民自治区の資源保護に関する法律(2012年第11号法)」、2012年4月3日「鉱物資源法改正法(2012年第13号法)」)が制定されたが17、先住民グループは自らの居住区のみならずパナマ全土での禁止を求めていた。この抗議活動は、Pan American Wayの封鎖解除直後、Cobre Panamá銅プロジェクト開発にも及んだ。先住民による抗議の理由は、国内で展開されている鉱業プロジェクトが、先住民の居住する土地や文化を破壊するとともに、先住民に対し先住民が所有する土地の放棄をも強要している18、との主張であった。Cobre Panamá銅鉱山周辺住民によると、鉱山活動開始後、近隣Pifá川等で生物が死滅したほか、住民にも嘔吐、下痢、胃や腎臓の不調、発熱、皮膚病変といった健康被害が報告されているという19

こういった背景からも、パナマ国民の鉱業に対する嫌悪感は根強いとされる。

(2)1997年コンセッション契約法の立法プロセス

Cobre Panamá銅プロジェクトの探鉱・開発に対しては、1997年2月に制定された1997年法律第9号により、パナマ政府から当時の現地管理会社Minera Petaquilla社に対してコンセッションが付与されたが、20年後の2017年、最高裁判所によってこの1997年法律第9号は違憲と判断された20。その主な根拠は、同法の制定に先立ち一般競争入札を実施するべきところ、パナマ政府はその義務を怠り、Minera Petaquilla社に対し独占的にコンセッションが付与されたことから、公共調達の規則に反したと判断された。

この1997年法律第9号に係る憲法訴訟が提起されたのは2009年であり、違憲判決が下されるまでに多大な年数を要した。さらに、判決文が官報に掲載されたのはさらに3年後の2021年12月であり、それまでの間、判決文は効力を持たなかった。なお、貿易産業省が2018年9月に発表した声明によれば21、この判決が「1997年法律第9号の違憲性のみを宣言しているものであり、1996年に締結されたコンセッション契約と2016年に交わされたコンセッション契約の延長についての言渡しは無い」との見解を示し、FQM社を支援する立場を表明した。FQM社も同様に、違憲判決がコンセッション契約自体には影響せず、引き続き有効であるため、Cobre Panamáプロジェクトの開発継続は可能との見解を示した。結果、Cobre Panamá銅プロジェクトは開発・商業生産を実現したが、このことが開発反対派の不満を募らせる要因となった。また、操業停止措置を取った場合、FQM社からの国際請求は免れないことから、パナマ政府としてはすでに後戻りできない状況であったとされ、このことが、2023年のFQM社とパナマ政府間のコンセッション契約の再交渉に繋がっていったと考えられる。

(3)コンセッション契約の再交渉と新契約法のスピード可決

開発反対派からは、そもそも2017年に1997年法律第9号が違憲と判断された時点でMinera Panamá社との契約は破棄されるべきだったとの主張があった。一方、2021年にCortizo前政権は新契約締結に向け動き出した。Laurentino Cortizo前大統領は、自身が就任する以前より、1997年法律第9号の違憲判決により鉱山操業に法的不透明性が生じたことを問題視しており、操業に確実性を与えることを目的に、コンセッション契約の徹底的見直しを行うと公約していた。また、ロイヤルティの引き上げも再交渉に踏み切った主な目的の一つであった。1997年法律第9号で定められていたロイヤルティは鉱業法に基づき、鉱山の売上総利益に対し2%と規定されていたが、政府内でその低さが問題視されていた。また、再交渉が開始された当時は、COVID-19パンデミックにより国内経済が著しく落ち込み、歳入減少により巨額の政治赤字が発生していたことから、ロイヤルティ等から得られる収入により、財政立て直しのため財源を確保することが狙いだったとも考えられる。

最終的には、2023年10月20日、加FQM社の現地法人Minera Panamá社と政府が合意したCobre Panamá銅鉱山の鉱業コンセッションの契約を承認する法案が国民議会で承認され、2023年法律第406号が制定された22。契約期間は20年間で、追加で20年の延長が可能となる。加えて、ロイヤルティはこれまでの2%から新たに12~16%に引き上げられたほか、新たに賦課される法人所得税25%等諸税を合わせ、最低375mUS$/年の支払保証が課された。しかしこの新契約法(2023年法律第406号)の制定を巡り、議会で可決されるまでに要した時間は72時間とスピード可決、かつ同日に大統領署名に至ったことが国民の不満をさらに煽った23。結果、パナマ全土で約1か月に亘る大規模抗議活動に発展し、国内情勢の混乱と甚大な経済損失を引き起こした。環境保護団体は「国益を害する」として抗議活動を行い24、この抗議活動が翌月初めには労働組合、教員組合、市民グループ等にまで発展し、一部暴徒化した参加者と治安当局間の衝突に至った。また法案化前の段階での官報掲載(パブリックコメント公募)には法的拘束力がなかったことから、市民の意見は反映されず形式上の公募であったとの声が多い。

なお、Cobre Panamá銅鉱山は、新契約協議中も操業を継続していたが、デモ隊が鉱山内のPunta Rincón港を違法に封鎖したことにより、必要な物資の調達や銅精鉱の積み出しが妨害されたことから、2023年11月中旬に鉱石処理の縮小を余儀なくされた25

(4)2023年法律第406号(新契約法)の違憲判決

新契約に関する2023年法律第406号が制定された同日の2023年10月20日、パナマのJuan Sevillano弁護士が、2023年法律第406号を違憲と主張し、国を相手取りコンセッション契約の無効を訴える訴状を最高裁に提出した。結果、同年11月28日、パナマ最高裁判所は2023年法律第406号を違憲とする判決を下した。これを受け、翌29日、Cortizo前大統領はMinera Panamá社に対し、Cobre Panamá銅鉱山の閉山命令を下すに至る。

最高裁は、2023年法律第406号が憲法の計25カ条に違反すると判断した。その違反項目は主に(a)公共調達の規則違反、(b)環境保全の原則違反、(c)公共利益原則の違反、(d)三権分立の原則違反、の4つに整理できる。判決文によれば、2017年に最高裁が下した違憲判決により1997年法律第9号は無効と判断されたものの、2023年法律第406号では、1997年法律第9号と同様の違反が複製され、このことが三権分立の原則を逸脱していると判断し、立法府の不手際が指摘された。

(5)国民の意見を反映しない立法府の政策判断

「(4)2023年法律第406号(新契約法)の違憲判決」のとおり、市民による抗議活動が起きていた最中に新契約締結にかかる法律(2023年法律第406号)がスピード可決されたことが、火に油を注ぐ形で抗議活動の全国的な激化に繋がった。パナマでは過去にも鉱業関連の法律制定をめぐり同様の問題がいくつか発生している。

1996年、国は加Tiomin Resources社に対しCerro Colorado銅鉱山のコンセッションを付与する法律(Ley Cerro Colorado, Contrato No.32 15/03/96)を制定した。この契約締結に際し、政府が「先住民の同意を必要としない」との強硬な態度で臨んだことから、先住民による大規模な抗議運動が展開され、結果同社による鉱山開発が中止に追い込まれた経緯がある26

2011年には、貿易産業省(MICI:Ministerio de Comercio e Industrias)が国会に鉱物資源法の改正案を提出、その後先住民Ngäbe、Bugléや環境保護団体等が主要国道を封鎖する等の抗議活動を展開した。その翌2月には抗議活動の最中で強引に改正法(2011年法律第8号)が成立したことで、抗議活動が一層激化した。結果、2011年法律第8号の廃止を規定した法律を規定することで抗議活動の収束が図られた27

このようにパナマでは、鉱業に関連する立法過程において国民の意見が反映されないことを理由に、度々抗議活動が繰り返されてきた。そのたびに国民の不満が蓄積していったとされ、このこともCobre Panamá銅鉱山が厳しい状況に陥った原因の一つと考えられる。

5.その他の問題点

(1)COVID-19の流行

既にコンセッション契約に係る訴訟が起きていた最中、2020年3月、COVID-19が世界中に広まり、その影響はCobre Panamá銅鉱山にも及んだ。2020年4月、同鉱山の従業員1名にCOVID-19感染が疑われ死亡したことをきっかけに、政府はFQM社に対してCobre Panamá銅鉱山の操業停止を求めた。COVID-19が流行し始めた直後の2020年3月、Cortizo大統領は「不要不急の経済活動の30日間自粛」を指示していたが、同国の鉱業活動は厚生労働省による確立されたプロトコルに厳格に従うことで許可されていたため、政府から活動継続許可を与えられていた。Cobre Panamá銅鉱山の内部ではすでに複数の労働者の感染が確認されていたが、この活動継続許可をもって操業を続け、その結果死者を出してしまったことが、同鉱山の操業に反対する人々の中でより一層反発を生む結果となったとみられている28。このCOVID-19感染を受け、パナマ国内の港にコンテナ船が停泊している間に雇用が大幅に減少、インフレが急上昇し、国庫への補填が必要になった。結果、Cobre Panamá銅鉱山は一時操業停止の措置を取った29。この操業停止は2020年7月まで続き、鉱山は約3か月間の操業停止を強いられた30。しかしこの鉱山操業が一時停止した際には、操業停止による甚大な経済的損失が指摘されたほか、同鉱山労働者が置かれた経済状況や失業率増加に対する懸念から、鉱山労働組合が操業再開を求めるような動きもみられたという31

(2)ロイヤルティ引き上げ

2021年6月、政府は年金制度維持のため、Cobre Panamá銅鉱山からの生産物に対するロイヤルティの引き上げを検討した。FQM社はCobre Panamá銅鉱山の年間売上総利益の2%に相当する額のロイヤルティを支払っていたが、パナマの年金収支は赤字であった。以前より、銅の価値が正当に評価されていない、この割合が低すぎる、と政府内で指摘されており、2021年5月に政府とFQM社の間でロイヤルティの再交渉が行われた32。なお、パナマ鉱業会議所(CAMIPA)によると、Cobre Panamá銅鉱山の場合、ロイヤルティの額は営業利益の約17.72%にあたり、実効税率は42.72%であった33。2021年9月、政府はFQM社とCobre Panamá銅鉱山の操業に係る契約の再交渉を正式に開始、この交渉のテーマにはロイヤルティ引き上げも含まれた34。この交渉は、2021年11月に貿易産業省が提示した案をMinera Panamá社が却下したこと等で長期化した35

2022年1月、FQM社は政府が提示した最終提案に合意し、交渉は妥結した。ロイヤルティは、これまで鉱業法に基づきCobre Panamá銅鉱山の売上総利益に対し2%と規定されていたが、新たに12~16%に引き上げられることとなった。また、新たに賦課される法人所得税25%等諸税を合わせ、銅価格の変動に関わらず最低375mUS$/年の支払保証が課されることとなった36。FQM社側は、この案を受け入れる代わりに、操業継続を保証する措置を政府に要請したと報じられた37

6.価格動向

図9に2023年の銅価格を示す。年を通じておおむね8,000US$/t以上の高値水準の中での値動きとなった。年初は、チリでの高波や銅精鉱強奪等による出荷一時停止・遅延、ペルーでの大統領罷免による政情不安や鉱山襲撃による生産一時停止等が発生し供給不安が生じた中、中国でゼロ・コロナ政策が終了しその後の景気回復への期待感等から上昇した。しかしその後は主に中国や米国の経済低迷を理由に緩やかな下落基調となった。5月には米国債務上限問題によるデフォルト懸念等で一時8,000US$/tを割るも、同問題が合意に達したことで上昇に転じた。6月はチリCandelaria・Escondida銅鉱山の一時操業停止や、スウェーデンRonnskar製錬所の火災による操業停止といった供給懸念からも上昇した。7月にはDRコンゴKamoa Kakura銅鉱山の増産、DRコンゴTenke Fungurume銅鉱山・インドネシアGrasberg銅鉱山からの輸出再開といった明るい報道もあったが、10月5日には中国国慶節や米国の利上げ打ち止め観測後退等で2023年の最安値となる7,812.5US$/tをつけた。しかし10月下旬頃から、中国での景気回復基調等によって若干の上昇基調になっていたところ、11月17日のCobre Panamá銅鉱山の操業停止、そしてペルーLas Bambas銅鉱山でのストライキにより上昇基調のまま越年した。このように年末にかけての価格上昇は、世界の銅精鉱生産量の2%を担うCobre Panamá銅鉱山の生産停止が影響したとみられ、このほかにも様々な上昇要因があったとみられるが、Cobre Panamá銅鉱山の生産停止は将来のEV普及やエネルギー転換において需要増が見込まれる銅の供給に対する不安をより一層煽る結果となった。

図9.銅LME価格動向

図9.銅LME価格動向

7.Cobre Panamá銅鉱山の現状と操業再開の障壁

(1)現状

2023年11月にCobre Panamá銅鉱山の閉山命令が下されたが、政府としては、完全に閉鎖するためには一時的な再開が必要との考えがあり、国際的な専門家による監査を実施し、その結果を踏まえて、環境に配慮した閉鎖計画を検討するとの方針を示している。貿易産業省は、今後実施予定の環境監査実施には少なくとも3〜6か月を要すると見込んでいることから、2025年はケア&メンテナンス体制が維持されるとみられる。

一方、Mulino現政権下では、政府と企業の双方に操業再開に向けた動きがみられている。2025年2月、Mulino大統領は、政府がCobre Panamá銅鉱山に対する今後の対応を議論中で、「斬新なアイデア」を模索していると発言した。また、「現在審議が進行中の年金制度改革に決着がつき次第、鉱山問題に着手する」との意向を示し38、Cobre Panamá銅鉱山の操業再開も視野に入れていることが示唆された。パナマの年金制度は、構造上の問題や大幅な赤字により制度の持続が危機的状況であり、政府はこれを最優先の課題として改革を進め、2025年3月18日、社会保障基金改正法が制定された39

またFQM社は、2023年11月に閉山命令が下された後、国際仲裁裁判所(ICC International Court of Arbitration)に対する仲裁請求およびカナダ・パナマ自由貿易協定(FTA)に基づく仲裁請求を開始していた。Mulino大統領は、FQM社との協議の可能性はこの「同社が政府を相手取り申請中の国際仲裁請求を取り下げることが条件」と強調した。これに関し、FQM社は2025年3月末、同社とパナマ政府の顧問弁護士との協議の結果、前述の2件の仲裁請求を中止することで合意し、政府の要請に対する歩み寄りを見せた40

(2)操業再開の障壁

鉱山の操業再開には以下のような様々な障壁が存在し、複雑な状況となっている。

まず、過去に2度違憲判決が下されたことから、今後新たなコンセッションを付与する場合、過去のコンセッション契約法を根本的に改変し、憲法および法律に沿った新契約法を制定する必要があることは言うまでもない。

また、2023年11月には、全国土における鉱業コンセッション付与を禁止する法律第407号が制定された。よって、今後Cobre Panamá銅鉱山の採掘に係る新たなコンセッションを付与するには、この法律第407号を廃止する必要がある。しかしながら、報道によれば国民議会の与党議席数は全体の18%にすぎず、法律廃止に必要な投票数の確保は容易ではないと予想されている。

前述の事項は法的課題である一方で、社会的課題も大きな障壁である。2023年に発生した抗議活動のインパクトからも、Mulino大統領はCobre Panamá問題がデリケートなものとの認識を示している。世論の厳しい姿勢を変えることは容易ではなく、政府が鉱山再開を急ぐ政策をとった場合、重大な政治的危機を招くとも予想されている。

なお、2025年1月の世論調査によれば、「国にとってより良い条件の下、Cobre Panamá銅鉱山の操業を再開することに賛成か?」との質問に対し、「賛成」は32.0%、「反対」は63.6%という結果であった。また、Mulino政権によるFQM社とのコンセッション契約見直しについては、60%が「反対」と回答している41。これらの結果から、パナマ国民の過半数が、採掘による経済的メリットに関係なく、Cobre Panamá銅鉱山の操業に反対していることが見て取れる。一方で、FQM社が鉱山周辺住民に対し独自で実施したアンケートでは、96%が「再交渉するべき」との回答が得られたという42

おわりに

これまで見てきたとおり、Cobre Panamá銅プロジェクトは始まる前から反対運動が起きており、2023年11月、最終的に操業停止する決定打となったのは、新契約締結とそれに反対する国民の行動であった。そして、Cobre Panamá銅鉱山の操業停止後には、パナマ国内の別のプロジェクト、Cerro Quema金プロジェクトも鉱業コンセッション延長申請を貿易経済省が却下するなど43、別のプロジェクトにも影響が及んだ。パナマ国内にある鉱山はCobre Panamá銅鉱山1件、鉱業プロジェクトは金の2件(Cerro Quema、Santa Rosa)であるが(図1参照)、Cobre Panamá銅鉱山の操業停止でいずれも存続の危機に陥ったと言え、ひいてはパナマ国内での鉱業活動が今後どうなっていくのか、見通せない状況となっている。

Cobre Panamá銅鉱山は、今後政府とFQM社の間で操業再開に向けて動く可能性があるものの、多々障壁が存在している。国民からの納得を得た上で再び契約を交わすには、非常に慎重かつ長期的アプローチが必要といえる。このまま閉山となるのか、操業再開に向かうのか、今後の道のりがいずれの方向に向かうとしても、鉱業新興国でのプロジェクト実施の難しさを物語る一例として学ぶべきことが多いプロジェクトだと考えている。


  1. 1  https://www.first-quantum.com/English/our-operations/default.aspx#module-operation–cobre
  2. 2  https://www.first-quantum.com/English/our-operations/operating-mines/cobre-panama/reserves-and-resources/default.aspx
  3. 3  Minera Petaquilla社は、FQM社の現在の現地法人Minera Panamá社の前身の現地管理会社。(https://www.scielo.org.mx/scielo.php?script=sci_arttext&pid=S1405-33222020000300012#aff1)
  4. 4  https://mric.jogmec.go.jp/news_flash/20150601/36901/
  5. 5  https://www.newswire.ca/news-releases/inmet-mining-announces-option-agreement-with-ls-nikko-to-invest-in-cobrepanama-project-538727611.html
  6. 6   https://mric.jogmec.go.jp/news_flash/20140526/35116/
  7. 7   https://www.businesskorea.co.kr/news/articleView.html?idxno=34907
  8. 8   https://newsroompanama.com/2024/01/29/korean-company-plans-747-million-lawsuit-over-panama-mine-closure/
  9. 9  https://mric.jogmec.go.jp/news_flash/20140707/35343/
  10. 10   https://mric.jogmec.go.jp/news_flash/20190621/113932/
  11. 11  https://www.mining.com/web/cobre-panama-how-a-10-billion-copper-mine-is-now-sitting-idle-in-the-jungle/
    https://www.mining.com/panama-orders-first-quantums-copper-mine-closure/
  12. 12  https://www.miningweekly.com/article/chinas-jiangxi-copper-boosts-first-quantum-stake-after-stock-rout-2023-11-10
  13. 13  銅精鉱の純分換算率は、以下を参照した:https://miningdataonline.com/property/1392/Cobre-Panama-Mine.aspx
  14. 14  https://jp.reuters.com/markets/global-markets/2TYEASAAPBJSRBCCYNJI6TT7VQ-2024-03-13/
  15. 15   https://nuso.org/articulo/panama-se-rebela-contra-la-gran-mineria/
  16. 16  https://www.chron.com/news/slideshow/panama-road-blockade-36779.php
  17. 17  https://www.business-humanrights.org/es/%C3%BAltimas-noticias/panam%C3%A1-sancion%C3%B3-ley-de-miner%C3%ADa-y-que-regula-hidroel%C3%A9ctricas-en-%C3%A1rea-ind%C3%ADgena/
    https://mric.jogmec.go.jp/reports/current/20120607/1211/
  18. 18  https://mric.jogmec.go.jp/news_flash/20130729/33407/
  19. 19  https://www.theguardian.com/global-development/2025/jan/21/panama-cobre-mine-first-quantum-minerals
  20. 20  https://www.gacetaoficial.gob.pa/pdfTemp/29439/GacetaNo_29439_20211222.pdf
  21. 21  https://x.com/MICIPMA/status/1044915730209222657
  22. 22  https://www.first-quantum.com/English/announcements/announcements-details/2023/Cobre-Panam-Mining-Concession-Contract-Enacted-Into-Law-in-Panam/default.aspx
  23. 23  https://english.elpais.com/international/2023-10-27/mass-protests-in-panama-to-reject-new-concession-for-largest-copper-mine-in-central-america.html
  24. 24  https://mric.jogmec.go.jp/news_flash/20231026/179494/
  25. 25  https://www.reuters.com/markets/commodities/first-quantum-cuts-ore-processing-amid-port-blockades-2023-11-13/
  26. 26  https://mric.jogmec.go.jp/reports/current/20110106/1113/
  27. 27  https://mric.jogmec.go.jp/reports/current/20120607/1211/
  28. 28  https://mric.jogmec.go.jp/news_flash/20200410/124261/
  29. 29  https://mric.jogmec.go.jp/news_flash/20200422/124454/
  30. 30  https://mric.jogmec.go.jp/news_flash/20200710/126110/
  31. 31  https://mric.jogmec.go.jp/news_flash/20200528/125255/
  32. 32  https://mric.jogmec.go.jp/news_flash/20210607/156172/
  33. 33  https://mric.jogmec.go.jp/news_flash/20210623/156570/
  34. 43  https://mric.jogmec.go.jp/news_flash/20210906/158499/
  35. 35https://mric.jogmec.go.jp/news_flash/20220118/165178/
  36. 36  https://mric.jogmec.go.jp/news_flash/20230310/175828/
    https://www.laestrella.com.pa/economia/220114-gobierno-propone-cobre-panama-regalias-12-16-ganancia-bruta-pago-impuesto-renta-PLLE462915
  37. 37  https://www.reuters.com/business/energy/canadas-first-quantum-agrees-higher-payments-panama-copper-mine-2022-01-18/
  38. 38  https://www.mining.com/web/panamas-novel-ideas-comments-offer-hope-for-copper-mine/
  39. 39  https://www.mef.gob.pa/2025/03/modificacion-a-la-ley-organica-de-la-caja-de-seguro-social-asegura-prestaciones-de-salud-y-futuro-de-las-pensiones/
  40. 40  https://www.tvn-2.com/nacionales/cobre-panama-desiste-demandas-arbitraje-contra_1_2183436.html
  41. 41  https://www.laestrella.com.pa/panama/nacional/exclusiva-encuesta-se-mantiene-rechazo-a-edad-de-jubilacion-y-a-la-mineria-HB10224542
  42. 42  https://financialpost.com/commodities/mining/first-quantum-campaign-to-reopen-panama-copper-mine
  43. 43  https://orlamining.com/news/orla-mining-provides-update-on-panama-and-the-cerr-9232/

おことわり:本レポートの内容は、必ずしも独立行政法人エネルギー・金属鉱物資源機構としての見解を示すものではありません。正確な情報をお届けするよう最大限の努力を行ってはおりますが、本レポートの内容に誤りのある可能性もあります。本レポートに基づきとられた行動の帰結につき、独立行政法人エネルギー・金属鉱物資源機構及びレポート執筆者は何らの責めを負いかねます。なお、本資料の図表類等を引用等する場合には、独立行政法人エネルギー・金属鉱物資源機構資料からの引用である旨を明示してくださいますようお願い申し上げます。

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