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報告書&レポート

2008年9月4日 リマ事務所 西川 信康報告
2008年63号

ペルー鉱業を巡る争議の動向-ペルー・オンブズマンによる社会争議レポート(2008年7月)より-


ペルーの公的仲裁機関であるオンブズマン(Defensoria del Pueblo)は、ペルー国内の社会争議動向を常時モニタリングし、毎月、体系的にとりまとめた調査報告書を公開している。本稿では、最新の同レポートの中から、2008年7月時点でのペルー国内の争議の現況、特に鉱業分野を取巻く争議の実情と特徴を概観する。

オンブズマン(Defensoria del Pueblo)
1993年、憲法により設立された独立監査機関であり、憲法が国民や共同体に対して保障する権利の保護、行政の監査、市民への支援サービス提供等を行う。オンブズマンの代表は国会の3分の2以上の賛成をもって選出され、任期は5年間。

1. ペルー国内の争議の概況
 オンブズマンレポート7月号によると、2008年7月時点で、オンブズマンに登録されている全国の争議件数は、147件(うち、顕在状態のものが97件、近い将来発生が予見されるもの(潜在状態)が50件)で、このうち、7月に新規登録された争議16件、潜在状態から顕在化した争議1件、顕在状態から潜在状態へと沈静化した争議5件、解決された争議1件となっている。また、これとは別に、7月に一時的に発生した争議(オンブズマンでは、軽度と見なし未登録)は74件で、これを合せると、7月時点の争議総数は221件となる。
 図1は、この1年間の争議総数とオンブズマンに登録された争議件数の推移を示したものである。全体の争議件数は、1年前と比較すると、約2.5倍に拡大しており、特に、2008年4月以降、増加傾向が顕著となっている。

図1. この1年間の争議件数の推移
図1. この1年間の争議件数の推移

 争議の発生要因としては、全争議221件中、社会環境争議が86件と約4割を占め、次に郡・区行政を巡る争議が49件、労働争議が31件、中央政府行政を巡る争議が21件と続いている(図2)。

図2. 発生要因別比率
図2. 発生要因別比率

図3. 県別争議件数
(数字は件数、括弧の数字は顕在化している争議件数)
図3. 県別争議件数

 次に、県別の争議分布を見ると、争議は、ペルー全県で確認されており、最も多く争議が発生しているのはLima県(28件)で、次いでCajamarca県とAyacucho県(両県とも18件)、Puno県(16件)、Junin県(14件)、Ancash県(13件)の順となる。
 争議件数上位3県の発生要因を見ると(図4)、Lima県では、労働争議が半分を占めている一方、Cajamarca県とAyacucho県では、労働争議はわずかで、社会・環境争議が最も多く、都市部と地方とでは、争議の性格が構造的に異なっていることがわかる。
 また、オンブズマンに登録されている顕在状態の争議97件の段階を分析したところ、初期段階15件、悪化31件、暴動・物理的被害1件、沈静化21件、対話中29件となっている(図5)。

図4. 上位3県の争議要因
図4. 上位3県の争議要因
図5. 段階別争議件数
図5. 段階別争議件数

2. 鉱業関連争議の動向
 鉱業関連の争議は、全体の争議221件の35%に当る77件となっている。なお、このうち、オンブズマンに登録されている鉱業関連争議は65件である。
 鉱業関連争議の発生要因別では、社会環境争議66件、労働争議10件、中央政府行政に関する争議1件となっており、社会環境を巡る争議が支配的である(図6)。

図6. 鉱業関連争議が占める割合
図6. 鉱業関連争議が占める割合

 一方、社会環境争議を産業分野別で見ると(図7)、鉱業関連66件と社会環境争議全体の約8割を占め、次いで、炭化水素関連3件、発電所関連3件となっている。その他の分野は、畜産関連、廃棄物処理関連、森林伐採関連などである。

図7. 社会環境争議の内訳
図7. 社会環境争議の内訳

 社会環境争議の県別分布状況(図8)については、最も発生件数多い県がCajamarca県(11件)で、次いで、Ancash県、Cusco県、Junin県(それぞれ8件)となっており、全体の60%がこれら4県とAyacucho県、Pasco県、Puno件の7県に偏在している。
 なお、争議が発生している具体的な鉱業生産地等としては、Cajamarca県のYanacocha鉱山、La Zanja、Michiquillay、Ancash県のAntamina鉱山、Pallca鉱山、Cusco県のTintaya鉱山、Junin県のToromocho、Pasco県のCerro de Pasco鉱山、Moquegua県のCuajone鉱山、Ilo製錬所、Tacna県のToquepara鉱山、Piura県のRio Blanco、Lambayeque県のLa Granjaなどで、多くの主要な鉱山や鉱山開発プロジェクトが含まれている。

図8. 社会環境争議の県別件数
図8. 社会環境争議の県別件数

 図9は、社会環境争議86件のうち、オンブズマンに登録されている75件について、その原因を分析した結果である。最大の原因は「環境汚染」で28件、2番目の原因は「環境汚染への危惧」で26件となっており、全体の約7割が環境汚染問題に端を発している。次いで、「プロジェクト不履行」が11件で、これは、主に鉱山会社が地域住民らに対してコミットした社会プロジェクトが実行されていないことへの不満によるものである。さらに、地域経済発展への支援要求9件、鉱山会社等に対する利益還元9件と続いている。なお、これらは単独の要因ではなく複数の要因と重複しているケースが少なくない。

図9. 社会環境争議の原因
図9. 社会環境争議の原因

 さらに、オンブズマンでは、社会環境争議の中で、オンブズマンに登録されている鉱業関連争議61件について、生産段階別比率と鉱山規模別比率を明らかにしている。前者については、操業段階が59%、探査段階が39%、製錬段階が2%(図10)、後者については、大規模・中規模鉱山が79%、小規模・零細鉱山が21%となっている(図11)。一方、違法鉱業を巡る争議は、1年前の4件から9件に増加しており、貧困度の高い地域に集中しているほか、環境汚染や土地争議等との関連が深いと指摘されている。

図10. 鉱業関連争議の段階別比率
図10. 鉱業関連争議の段階別比率

図11. 鉱業関連争議の鉱山規模別比率
図11. 鉱業関連争議の鉱山規模別比率

3. オンブズマンの取組み
 オンブズマンでは、社会争議の解決・沈静化に向けて、[1]防止・監査[2]仲介[3]人道的アクション[4]法的アクションの4種類のアプローチを行っている。7月の実績は表1のとおりで、防止、監査活動が、全体の約7割を占めている。
 また、表2は、鉱業関連争議に関するオンブズマンの最近の取組み事例で、カノン税の配分を巡るMoquegua県の暴動やUntuca金鉱山占拠事件など、大きな社会問題に発展した事件の解決に貢献している。

表1. オンブズマンの取組み実績(2008年7月)
防止・監査活動 情報収集 6件
立入り監査 12件
当事者への意見聴取/会議又はセミナー開催 46件
早期警告 4件
仲介 仲介/仲裁 4件
対話協議セッティング 11件
(争議解決の為の)ハイレベル委員会設置 0件
人道的アクション 怪我人への医療措置 7件
危険状況への対応 0件
死亡者発生時の対応 0件
法的アクション 逮捕者の拘束状況の調査 3件
警察、検察局、司法への監査 2件
合計 95件

表2. 最近のオンブズマンによる鉱業関連争議の取組み事例
争議 内容 オンブズマンの取組み
Moquegua抗議行動 6月、鉱業カノン税の公平な配分を要求するMoquegua県民ら約2万人が幹線道路の封鎖、警察官の軟禁、投石、放火等の抗議行動を展開。 ・軟禁された警察官の開放と輸送
・ハンガーストライキ実行グループとの対話
・被害を受けた警察官及び民間人の怪我人約100名に対する医療措置の監督
Untuca金鉱山占拠事件 6月、Untuca金山周辺で零細鉱業を営む住民ら400名が鉱山施設・アクセス道を占拠 当事者らとの複数の協議を通じて6月24日にUntuca地域住民、Cartagena鉱山会社、地方政府、オンブズマンによる合同対話協議会を実現、6月26日に住民らによる鉱山施設受け渡しを実現。
Toromoho銅開発プロジェクトを巡る抗議行動 Morocochaの住民らが、6月、同区の移転計画に伴う土地の買上げやChinalcoによる移転プロセスの説明不足等に抗議してデモ行進を実施。 6月17日にMorocha鉱山、Morococha区役所、フニン県政府、ワンカーヨ大司教等の当事者らによる会議をコーディネートし、同会議において対話協議の再開が確認された。
La Zanja金開発プロジェクトを巡る抗議行動 環境汚染の懸念から、地元住民による鉱山開発反対運動が断続的に発生。 同プロジェクトの環境影響評価に関する住民総会の開催に当り、Cajamarca及びLambayeque県の地方警察及び検察局との事前コーディネートを実施したほか、対話の優先と治安の維持を呼び掛けた。

4. おわりに
 以上、オンブズマンの調査報告書は、ペルー全土で相次いでいる争議の実情を把握する上で、貴重な情報源であり、今後もその動向を注意深く見守っていく必要がある。また、オンブズマンは、単に情報収集・分析だけでなく、争議の現場でも、その解決に向けて積極的な役割を担っている。しかしながら、オンブズマンのこうした地道な活動や努力を尻目に、争議は、ハイペースで拡大を続けている。この背景としては、最近の急激な物価上昇、貧富の格差拡大、環境汚染の広がりなど、昨今の経済発展の負の側面が、国民の半分近くとされる貧困層に浸透し始めたことによる表れと見られる。今後、こうした争議連鎖に歯止めをかけるために、政府の効果的な社会・経済対策、企業による直接的な社会貢献、そして、潤滑油としてのオンブズマンの活動強化など、三位一体となった取組みが求められている。
 なお、本レポートは以下のサイトで閲覧可能である。
http://www.defensoria.gob.pe/conflictos-sociales-reportes.php

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