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報告書&レポート

2024年9月5日 サンティアゴ 事務所 兵土大輔
24-19

アルゼンチンの銅プロジェクトに関する進捗状況について

<サンティアゴ事務所 兵土大輔 報告>

はじめに

昨今、世界各国、鉱山会社ならびに自動車メーカー等はカーボンニュートラル(CN)の実現に向けて温室効果ガス排出量削減のためにエネルギー転換及び電気自動車(EV)の普及促進を進めている。それに伴い、将来的に銅やバッテリーメタル(リチウム、コバルト、ニッケル等)の需要は堅調に増加することが予測されている。

世界第1位の銅生産量を誇るチリは、2004年から20年間の銅生産量がほぼ横ばいであり、DRコンゴをはじめとするアフリカ諸国の新規銅鉱山の開発が進んでいることを背景として世界の銅生産シェアが下落基調となっており、チリ一強から変化が認められる1。将来的に増加する銅需要に対応するには新規大規模銅鉱山の開発が重要となり、延いては銅鉱床ポテンシャルを持つ国が注目される。

アルゼンチンは、銅鉱床ポテンシャルが高い国として知られながら、現在操業中の銅鉱山はない。理由としては、アルゼンチン経済の不安定さや輸出代金の国内還流義務、さらに銅鉱床ポテンシャルがチリ国境のアンデス山脈付近に賦存することによるインフラ環境及び銅精鉱の輸出に関して課題があった。そのような状況の中、最近ではGlencore及びBHPといった資源メジャーがアルゼンチンの銅プロジェクトへ参画しており、同国の銅鉱床に注目が集まっている。このことは、隣国チリの優良な大規模銅鉱山の開発が一段落つき、アルゼンチンの優良プロジェクトへ波及しているようにも見て取れる。このように、資源メジャーがアルゼンチンの銅事業へ投資を始めたことから、将来的に銅供給国としてのポテンシャルを秘めた国と認識されていることは確かである。従って、本稿ではアルゼンチンにおける銅プロジェクトの進捗状況について取りまとめた。

1.世界の銅生産量

米国地質調査所(USGS)によると、2020年の世界の銅生産量は20百万tであり、そのうちチリが世界全体の29%、ペルーが11%と南米で約40%を占めていた2(図1)。2023年の世界の銅生産量は22百万tで、3年間で2百万t増加している3。銅生産量増加の理由としては、DRコンゴの生産量が2020年比で約2倍増となり、世界第3位まで上昇していることが挙げられる。その一方で、近年チリの銅生産量はほぼ横ばいであり、他国の銅鉱山開発が促進していることから生産シェアが減少傾向にある。その他の主要銅生産国は、若干の増減となっている。

図1.2020年及び2023年の世界の銅生産量

図1.2020年及び2023年の世界の銅生産量

出典:USGSの情報を基にJOGMECにて作成

2.アルゼンチンの銅プロジェクトの進捗状況

アルゼンチンはチリ国境のアンデス山脈付近に斑岩型銅鉱床ポテンシャルが高いことで知られ、Salta州からSan Juan州にかけて多くの大規模銅鉱床が発見されている(図2)。現在、アルゼンチンにおける主要な銅プロジェクトは少なくとも10件あり、いずれも資源量が数億t規模の大規模銅鉱床である(表1)。各銅鉱床の銅品位は0.3~0.5%前後であり、単一プロジェクトから見込まれる銅生産量は100~200千t/年に及ぶ。また、いずれの銅鉱床も金、銀、モリブデン等の副産物を産することが特徴的である。

アルゼンチンの銅プロジェクトは、加Lundin Mining社、加First Quantum社及び加Aldebaran Resources社をはじめとする中堅企業が権益を所有し、長期にわたり探鉱を行ってきた。その探鉱成果が着実に表れており、それ故に最近ではGlencoreがMara銅プロジェクトの権益を100%取得(2023年8月3日付 ニュースフラッシュ:Glencore、Mara銅プロジェクトの権益を100%取得参照)、また2024年7月にはBHPがLundin Mining社のJosemaría及びFilo del Sol銅・金・銀プロジェクトへ参画する等、資源メジャーから注目されるまでに至っている。

現在、FSステージのプロジェクトが多数あり、2030年頃には複数のプロジェクトで銅生産を開始することが期待される。しかしながら、大規模銅鉱山の開発は一般的に数bUS$の投資が必要となり、また銅鉱床がアンデス山脈付近に賦存するという環境から容易に投資意思決定ができるわけではない。そのため、プロジェクトを開発するには政府の政策ないし優遇措置等の支援が極めて重要である。従って、次項にアルゼンチンの投資環境及び政策について記す。

図2.アルゼンチンの鉱床分布位置図

図2.アルゼンチンの鉱床分布位置図

表1.アルゼンチンの銅プロジェクト一覧
プロジェクト名(州) 権益所有者(%) 鉱種 資源量
(百万t)
銅品位(%) 銅生産量計画(千t/年) ステージ CAPEX
(bUS$)
Taca Taca
(Salta州)
First Quantum (100) 銅、金、モリブデン 1,758
(PV+PM)
0.44 224 FS 3.2
Río Grande
(Salta州)
Aldebaran Resources (100) 銅、金、銀 71(I) 0.3 探鉱
Mara
(Catamarca州)
Glencore (100) 銅、金、銀、モリブデン 621
(PV+PM)
0.57 155 FS 2.4
El Pachón
(San Juan州)
Glencore (100) 銅、モリブデン 2,060
(M+I)
0.51 200 FS 3
Los Azules
(San Juan州)
McEwen Mining (100) 銅、金、銀 1,235(I) 0.4 175 PEA 2.4
El Altar
(San Juan州)
Aldebaran Resources (60),
Sibanye Stillwater (40)
銅、金 1,198
(M+I)
0.43 探鉱
Josemaría
(San Juan州)
Lundin Mining (50), BHP (50) 銅、金 1,011
(PV+PM)
0.3 131 FS 3
Filo del Sol
(San Juan州)
Lundin Mining (50), BHP (50) 銅、金、銀 259
(PV+PM)
0.39 66
(酸化鉱)
PFS 1.8
(酸化鉱)
432(I) 0.33
Valle de Chita
(San Juan州)
Minsud Resources Corp. (100) 銅、金、モリブデン 33(I) 0.43 探鉱
San Jorge
(Mendoza州)
Aterra Capital (50), Solway Investment Group (50) 銅、金 79.5(M) 0.57 40 PFS 0.2
104.9(I) 0.42

PV:確定埋蔵量(Proven Mineral Reserve/Ore Reserve)
PM:予定埋蔵量(Probable Mineral Reserve/Ore Reserve)
M:精測資源量(Measured Mineral Resource)
I:概測資源量(Indicated Mineral Resource)
 なお、Filo del Sol銅プロジェクトの銅生産量計画及びCAPEXは酸化鉱のみを対象とした予備的経済性評価(PFS)の結果を参考にしている。

出典:各社HP情報

3.アルゼンチンの投資環境

国家統計局(INDEC)によると、アルゼンチンは2023年からインフレ率が上昇している45(図3)。2023年12月、Javier Gerardo Milei氏が大統領に就任以降、Milei政権はインフレ対策を最優先事項とし、政府支出の削減、為替レート調整及び補助金の削減額調整を行い、経済を安定化させる取り組みを行っている。その結果、2024年5月以降は鈍化し落ち着きを取り戻しつつあることから同政策の効果が認められる。アルゼンチンは、建国以降9度の債務不履行(デフォルト)に陥っており、不安定な経済状況が長期的に続いている。デフォルトを回避するためには経済を正常化させる、すなわち足元ではインフレを徐々に抑制することが重要であろう。

図3.アルゼンチンのCPI(消費者物価指数)の推移(2023年1月~2024年7月)

図3.アルゼンチンのCPI(消費者物価指数)の推移(2023年1月~2024年7月)

出典:INDECの情報を基にJOGMECにて作成

他方、アルゼンチンで投資を行う場合は、輸出代金の国内還流義務が発生するため投資抑制が働いていた。これに対しては、2024年6月28日、アルゼンチン下院が「アルゼンチン人の自由のための基盤及び出発点に関する法律」を承認、同法律の一部である大型投資推奨制度(RIGI)が将来的に導入される予定である。RIGIは、(a)税制、(b)関税、(c)為替利益、の優遇措置を受けることができる大型投資を呼び込むための制度である。このように、大型投資を呼び込む政策が具体的に進めば、大規模銅鉱山の開発が促進されることになるだろう。

<RIGIの主要な制度内容>

RIGIはSPV(特別目的事業体:Special Purpose Vehicle)を対象とし、SPVは法人、個人法人及び有限会社等を指す。RIGIは、林業、インフラ、観光、鉱業、テクノロジー、鉄鋼、エネルギー、石油・ガスの長期計画かつ200mUS$以上の投資プロジェクトを対象とする。それら投資プロジェクトに対する優遇措置は次のとおり。

(a)税制優遇措置
・所得税を35%から25%へ減税
・配当に対する7%の課税を8年目以降は3.5%に引き下げる
・資本財の加速償却
・税額控除証明書を使って付加価値税を支払うオプションあり
(b)関税優遇措置
・3年目以降の輸出税免除
・資本財(資機材等含む)の輸入税免除
・個別投資家が使用または生産する商品の輸出入に関する貿易制限の禁止
(c)為替利益の優遇措置
・3年目または4年目以降、輸出代金の国内還流義務を全面的に解除する(注1)
・借入、返済、海外配当に対する資本規制の撤廃

おわりに

国際銅協会(International Copper Association)によると、世界の銅需要は2030年が37.8百万t、2040年には47.4百万tに達すると予測されている6。需要がこの予測どおり伸びるとするならば、図1に示すとおり2023年の世界の銅生産量は22百万tであることから、2030年までに15.8百万tの増加、また2040年までに倍増しなくてはならない(注2)。表1に示すとおり、現在アルゼンチンの主要銅プロジェクトのうち、見通しのある銅生産量は合計約991千t/年であり、これが実現されれば米国並みの供給量に匹敵し、将来的に主要な銅生産国に躍り出る可能性がある(図4)。

図4.2023年世界の銅生産量に将来アルゼンチンから生産が見込まれる銅生産量を反映

図4.2023年世界の銅生産量に将来アルゼンチンから生産が見込まれる銅生産量を反映

出典:USGSの情報を基にJOGMECにて作成

さらに、国内には探鉱余地が十分残されており、銅需要増加及び堅調な銅価格に応じて探鉱が活発化することが考えられ、新規銅鉱床のディスカバリーが増えると予想される。他方、アルゼンチンの投資環境については、経済に不安が残るものの、政府が大型投資を呼び込むRIGIの政策を打ち出しており、従来と比較して投資しやすい環境になることが期待される。

アルゼンチンは将来的に主要な銅供給国として十分期待されることから、引き続き同国のプロジェクト情報の進捗を発信できるよう努めたい。


  1. (注1)輸出代金の国内還流義務が免除される率
    SPV運営開始から2年後に20%、3年後に40%、4年後に100%
    長期輸出戦略プロジェクトの場合
    SPV運営開始から1年後に20%、2年後に40%、3年後に100%
  2. (注2)リサイクルを除くと仮定した場合の数量

おことわり:本レポートの内容は、必ずしも独立行政法人エネルギー・金属鉱物資源機構としての見解を示すものではありません。正確な情報をお届けするよう最大限の努力を行ってはおりますが、本レポートの内容に誤りのある可能性もあります。本レポートに基づきとられた行動の帰結につき、独立行政法人エネルギー・金属鉱物資源機構及びレポート執筆者は何らの責めを負いかねます。なお、本資料の図表類等を引用等する場合には、独立行政法人エネルギー・金属鉱物資源機構資料からの引用である旨を明示してくださいますようお願い申し上げます。

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